番外編
時は2年前。ドラクルが住む島で、フォレスト冒険団が修行していた頃のこと。体力作りのために海岸を走っていたタタンは、あるものを見つけた。
「これは……、電伝虫さん?」
流れ着いていたのは、黄色い体と黒い巻貝を持つ電伝虫。弱っていたのを放っておけず、タタンは連れ帰って世話をした。水をやり、摘んできた草を食べさせる。フレアから貰ってきた、キャベツの切れ端や野菜くずを与える。介抱の甲斐あって、電伝虫は元気になっていった。
タタンは知らない。
その電伝虫が、ベガパンク率いる海軍特殊科学班SSGによって、生み出された新種だということ。
タタンは知らない。
それは、音声と映像を、不特定多数に向けて発信できる物だということ。
タタンは知らない。
彼女に恩を感じている電伝虫が、その生活を見ていたこと。タタンが1人で口ずさむ歌に、心惹かれていたこと。その歌を世界に届けようと、そっと念波を送り出したこと。
まるで、瓶に手紙を入れて流すように。広い世界の海原を、小さな歌声が漂っていった。
***
――やがて、世界に噂が流れ始めた。
眠る前の時間。もしくは、寝つけない夜のひととき。どこからともなく、流れてくる歌声がある。
圧倒的な歌唱力や技術、伴奏は無い。けれど、ささやくような歌声は、優しくあどけない。紡がれるのは穏やかなメロディと、ささやかな幸せや平和を祈るような歌詞。それらは寂しい夜に、そっと寄り添ってくれるような安心感を与えてくれる。
映るのは星空と、どこかの海だけ。顔も名前も分からない。はっきりしているのは、少女の歌声だということ。そしてたまに、ポロポロと金属を弾くような、澄んだ音色が聞こえること。
『オルゴール』。
大海賊時代の中で、傷ついた市井の人々は、彼女のことをこう呼んだ。小さくて可憐な旋律で、心を癒し、慰めてくれる存在として。
愛らしい容姿と素晴らしい歌声を持ち、世界を覆い尽くす勢いで人気を博すウタ程の知名度は無いけれど。彼女もまた、誰かに安らぎを与える力を持っていた。
***
「何かタタンが歌い手デビューしてた」
「本人は知らないだろうな。気づいてたら、とっくにあの映像電伝虫を部屋から出してるはずだ」
「タタンは恥ずかしがり屋だからなぁ。私たちの前でも、最初はあんまり歌ってくれなかったよね」
「最近は夢ソンカラオケ大会でもよく歌ってくれるけどね」
「面白そうだな。何だその夢ソンカラオケ大会ってのは」
「夢系のイメージソング縛りで歌う遊び。よく出るのは米津さん」
ドラクルの家のダイニングで、タタン以外の転生者組がこっそり集まる。スザクが話題を切り出すと、コットンが冷静に判断した。フレアは昔を思い返し、リーゼはドラクルの質問に朗らかに答える。
「今後どうしましょうか。私としては、このまま見守ってみたいところですが」
「タタンの歌が褒められるのは、悪い気しないけど。私たちが聞くのに時間かかったのに、どこの誰とも知らん人たちがすんなり恩恵受けてんの不公平な気がする」
「いわば事故みたいな状況だものね」
無表情の奥に、状況を面白がるような気配を見せるダイナに対して、スザクはちょっと拗ねたように唇を尖らせた。なだめるように相槌を打ちながら、セイラは考える。
今のタタンは例えるなら、独り言を無断で全国放送されている状態だ。タタンのことを思うなら、すぐに電伝虫をタタンから離した方がいいだろう。しかしタタンは電伝虫を可愛がっていたし、電伝虫もタタンに懐いているようだった。無理やり引き離すのは、気が引けてしまう。
「正直おいちゃんとしても、このまま聞いてたいけどな。前世の歌なんて久々だし。『Small world』なんか、つい感動して聞き入っちまったぜ」
「『Soranji』と『ツバメ』は、巷でもけっこう人気っぽいよね」
「タタンは好きな曲を口ずさんでいるだけだが、選曲が優しいんだよな。私もあの子の声で『かいじゅうのマーチ』を聞くと、気持ちが落ち着く」
「タタンが"大海原の伝道者"になる日が来るとは」
ドラクル、フレア、コットンが知っている曲名を挙げる。リーゼは感慨深そうに目を閉じて、前世の夢小説で見たタグを口にした。
「それにしても、歌を流すだけなら『ジュークボックス』でもよかっただろうに。『オルゴール』を選ぶ辺り、呼び名つけた人なかなかセンスある」
「あの音色は、きっと前に私が買ったカリンバね。サムピアノやハンドオルゴールとも言われてるから、それが基になってるのかしら。タタンが大切に使ってくれてて嬉しいわ」
「オルゴールにはリラックス効果があると言いますし、タタンによく似合っていると考えます」
気持ちの整理ができてきたのか、スザクは拗ねるのを止めて、得意そうに口元を緩めていた。仲間であり末っ子でもあるタタンが正しく評価されるのは、やっぱり誇らしいようだ。セイラは嬉しそうに、頬に手を当てて微笑む。ダイナもスザクに同意するように頷いていた。
***
転機が起きたのは、1年後のことだった。
月と星がきらきら輝いていた。窓から海を眺めながら、タタンは歌う。カリンバの音色をそっと響かせながら。1人きりで落ち着いた時間が、緩やかに流れていく。
『Hello Song』を歌い終えて、一息ついたとき。その声は聞こえた。
《――あ、あのっ。こんばんは。私の声、聞こえてる?》
「……ッ!?」
電話越しのような女の子の声が、突然響く。タタンはびくっと肩を跳ね上げ、キョロキョロと辺りを見回した。部屋の中には誰もいない。自分と、電伝虫だけ。
電伝虫の目が光り、壁に何かを映し出す。両手を胸の前で握って、縮こまるようにしながら様子をうかがうと、1人の少女が現れた。
《初めまして、だね。あなたの歌、すごく素敵だから、話してみたかったんだ》
ポピーレッドとピンクホワイトに分かれた、特徴的な髪がさらりと揺れる。紫色の目はこちらを熱心に見つめていて、緊張しているように唇が震えた。
タタンはその少女を知っている。
映画館で姿を見た。
彼女の歌声を、全身に浴びた。
世界で1番愛される歌姫。別次元の才能と天使の歌声を持つエンターテイナー。
「……ッ、……ッ!」
タタンの喉が震え、息がかすれる。だらだらと流れる汗が、背中を冷やしていく。頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
どうやらタタンの様子は、相手に見えていないらしい。向こう側にいるタタンが無反応なことに、戸惑うような反応を見せながらも、少女は思い切った様子で口を開く。
《私はウタ。ねぇ、あなたの名前は? さっき歌ってたのは、何の曲?》
「○✕△□〜〜〜!!」
声にならない悲鳴がこぼれる。タタンの耳が、顔が、首筋が、真っ赤に染まる。指を滑らせながらも電伝虫のスイッチを切り、タタンはベッドに飛び込んだ。頭から布団を被って震える。大きく見開かれた目から、ぶわっと涙があふれる。
(聞かれた。聞かれた。聞かれた……!)
全身が燃えるように熱い。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。1人だから安心して歌ってたのに、他所の人に聞かれるなんて。しかも、自分の下手な歌を、プロの歌手に――あのウタに聞かれるなんて!
タタンは部屋から飛び出した。手にはスコップをしっかり握りしめて、庭へと走る。ドラクルの畑からは離れた場所を選んで、ざくざくと掘り始めた。
***
「……お前そんなとこで何やってんだ!?」
第一発見者はエースだった。日の出ともに目が覚め、軽く体を動かすために外に出たとき、見慣れない穴が目に留まる。ドラクルが仕掛けた罠かと思って覗き込むと、ふわふわしたピンクの頭が見えた。
穴の中で三角座りをして、腕の中に顔を埋めているようだ。ぎょっとして声を張り上げると、びくりとタタンの肩が揺れる。それから、しくしくとすすり泣くような声も。
「……なにも、しでないでず……」
「いやしてるだろ。何で穴の中なんかにいるんだよ。早く出てこいよ」
「……わたし、きょうからここにずみまず……」
「んな狭ェとこ、体が痛くなんだろ」
これには流石のエースも困った。昔の彼なら、弟にするように、「泣き虫は嫌いだ!」と叱り飛ばしていただろう。しかし彼は成長し、泣いてる歳下の女の子に対する接し方は、それではいけないことを学んでいた。
「何があったか知らねェけどよ。スザクたちが心配すんだろ」
「……ひぅ、えええええん……」
とりあえず穴の中に腕を突っ込んで、頭を撫でてみる。それなりに深く掘ったなこいつ。メシでも持ってくれば元気出るか? そう考えながら立ち上がると、フォレスト冒険団のメンバーが出てくるのが見えた。
スザクに保護され、土がついた顔と体と服を洗われ、セイラの胸に抱かれてよしよしされた結果。タタンは無事に寝かしつけられた。一晩中泣いていたのか、赤く
「セイラさんのママみがすごい」
「『穴があったら入りたい』とは言うが、本当に掘って立てこもる子がいるとは……」
「余程動転していたようですね」
「どうしてこうなった」
「よおし。おいちゃんが事の発端を説明してやろう」
昨夜の配信をこっそり聞いていたのは、メンバー内でドラクルだけだった。タタンの歌が終わった後、あのウタがタタンに話しかけたこと。動揺したタタンが通信を切ってしまったこと。簡潔な説明を受けて、全員はテーブルの上に持ってこられた映像電伝虫を見る。
元凶の電伝虫は、タタンのショックが移ったように、しょんぼりと項垂れていた。目からはぽたぽたと涙も垂れている。本当に悪気は無かったらしい。
「うーん、誰も幸せになれない」
「タタンにとってもウタにとっても悲劇だったな」
「でもあのウタが話しかけてくるほど、タタンの歌が魅力的だったわけでしょ? そこは喜んでいいと思う」
「そのウタってやつ、そんなにすげェのか?」
「最近飛ぶ鳥を落とす勢いで人気の歌手よ」
ウタについて、エースに簡単な説明をしておく。エースがルフィと会うのは、ウタが船を降ろされた後だから、知らないのも無理は無い。義理とはいえシャンクスの娘であることは、複雑な事情があるので一応伏せておいた。ウタが海賊嫌いを公言し始めていたこともある。
「こんなことになるなら、早めに止めとけばよかった〜……」
「もう勝手に配信しては駄目よ。いいわね?」
スザクが後悔するように頭を抱える。セイラが注意も兼ねて諭すと、電伝虫は素直に頷いていた。
***
それ以来、タタンは歌うのを止めてしまった。電伝虫は決して部屋に入れないし、夜にカリンバを鳴らすことはあっても、歌を口ずさむことは絶対に無い。ハミングさえも聞こえてこない。
「ドラクルさん、稽古をつけてください!」
「いいねェ。おいちゃん、やる気のある奴大好きだぜ」
昼間は修行に没頭し、ドラクルとの特訓も積極的に受けに行く。水分補給はしているものの、休憩はほとんどしていないようだった。余計なことを考えないように、わざとやることを詰め込んでいるような。
食事をして入浴を済ませて、すぐにベッドに潜り込み、電池が切れたように眠りにつく。そんな日々が続いていた。
「タタン、休憩しよ」
「あ、ありがとうございます、スザクさん。でも私、まだ大丈夫です」
「船長命令!」
「はっ、はいっ!」
荷物と、フレアたちお手製のハーブドリンクを持って、スザクが元気に声を張る。思わず背筋を伸ばしたタタンの近くに、スザクは腰を下ろした。おずおずと隣に座るタタンに、ボトルを手渡す。
「はい」
「ありがとう、ございます」
少しずつ水分と塩分を補給していく。ハイビスカスの酸味が、頭の中をシャキッと切り替えてくれる気がした。ほう、と息をつくと、張り詰めていた体と心が緩んでいく。
「根を詰めるのはよくないよ」
「……はい。……でも、あの。……なるべく、頭の中を空っぽにしてたくて……」
「そっか」
スザクの態度はいつも通りで。でも、タタンから言い出すことを、どこかで待っているようにも見えた。冷えたボトルを、両手でぎゅっと握りしめて、タタンはうつむく。
「……電伝虫さんの、ことで」
「うん」
「……配信されてるなんて、思ってもみなくて。知らないところで広められてるなんて、全然気づかなくて」
「うん」
「……恥ずかしくて、死んじゃいそうでした」
モヤモヤと胸に渦巻いていた思いを、言葉に変換していく。スザクが受け止めてくれることに安心して、タタンは大きく息を吐き出した。
「……歌うのは、好きなんですけど。また知らない人たちに向けて晒されたら、どうしようって、怖くて。……あのウタさんにも、下手な歌を聞かれちゃったし……」
プロの歌手からすれば、素人の自分の声なんて、拙くて聞き苦しいだろう。タタンは両膝の上におでこを乗せて丸くなる。突き抜けるような恥ずかしさがじわじわと蘇り、体がぶるりと震えた。タタンが声を潤ませると、ぽんと頭に温かな手が置かれる。
「タタンの歌は下手じゃないよ。身内びいきじゃなくてね」
「……?」
「あの電伝虫、記録保存もできる個体だったみたい。タタンに届いたメッセージ、残ってるんだよ」
「騙されたと思って聞いてみて」とスザクに言われ、タタンは恐る恐る顔を上げた。船に乗ってから長い年月をかけて、タタンの自己肯定感を高めてくれた仲間。その筆頭であるスザクの言うことなら、信じられた。
《気持ちが楽になりました》
《今日はよく眠れそうだよ》
《また聞きたい》
《私のために歌ってくれてるみたい》
《聞けてよかった。ありがとう》
スザクの荷物の中にいたのだろうか。あの電伝虫が、タタンの目の前にある。聞こえてくるのは、女性の声。老人の声。あどけない子どもの声。どれも柔らかく穏やかで、『オルゴール』への――タタンへの感謝が詰まっていた。
《あなたの歌、すごく素敵だから、話してみたかったんだ》
《私はウタ。ねぇ、あなたの名前は? さっき歌ってたのは、何の曲?》
あの時はパニックになっていて、聞こえなかった言葉が、ちゃんと理解できる。彼女が勇気を出して、話しかけてきてくれたことが伝わってくる。
「……知らなかったです」
自分を認めてくれるのは、スザクたちだけだと思っていたのに。広い世界でも見つけてくれる人がいた。そのことが、タタンの胸をじんわりと温めていく。恥ずかしさが少しずつ、和らぐように溶けていく。
「……私、ウタさんに、失礼なことしちゃいました」
「そこはごめんなさいって言えばいいんだよ。直接が難しいなら、手紙にすればいいし」
「お手紙にします。その方が、ちゃんと伝えられそうだから」
声をかけてくれたのに、無視して通信を切ってしまったことを謝りたい。彼女が興味を持ってくれた歌について、ちゃんと答えたい。立ち上がるタタンの顔には、ほぐれた微笑みが浮かんでいた。
いつもの調子が戻ってきたことに、安心しながら、スザクも立ち上がる。タタンがレターセットを持ってなかったら、自分のコレクションのどれかをあげよう。雑貨屋さんで可愛いデザインのを揃えたから、タタンの好みのものもあるはずだ。
***
タタンが選んだのは、水彩風の花柄の便箋。謝罪と質問の返事等を丁寧にしたためた手紙は、ドラクルが慣らしたニュース・クーによって届けられた。
「隠れ住んでる賞金首のとこに、何で新聞とか手紙届くんだろ〜と思ってたけど。あの子のおかげ?」
「前に弱って落ちてきたのを世話したら、新聞配達してくれるようになってな。いやぁ、世間の情報を数年ぶりに見た時は、何か感動したぜ」
「ぽん吉のときといい、動物には優しいな」
「動物はいいぜ〜。餌をあげりゃあ懐いてくれるし、歯向かってきたら倒せばいいしな。シンプルで助かる!」
「動物の方が、嘘や裏切りが無さそうな点については同感だ」
カモメを見送るリーゼに、ドラクルが笑いながら答える。ドラクルとコットンが動物の話で意気投合しているのを聞きながら、タタンもカモメが飛んでいった方向を見つめていた。
海賊として指名手配されている以上、こちらの住所を書くわけにはいかなかったので、ありがたかった。名前も本名ではなく、『オルゴール』のままにしている。返事は望まない。無事に届いてくれれば、それでいい。そう祈っていた。
ところが、1週間後。リーゼとドラクルが、ウタの配信を聞いていたとき。ウタが大切そうに1枚の封筒を取り出す。可愛らしい水彩風の花柄は、見覚えがあるもの。先週カモメと共に送り出したものだ。
《オルゴールさん、見てくれてるかな? この前はびっくりさせちゃって、ごめんね》
《お手紙くれてありがとう。嬉しい! 素敵な歌がたくさんなのに、タイトルが分からなくて、気になってたんだ》
《よかったら、また配信してほしいな。私、待ってるよ!》
「……指名されてる〜〜〜〜〜!?」
「タタンの配信が途絶えたからか、人間に見つかると消える妖精さん説と、病気説が一部で流れてるらしいよ」
途中から配信を聞いたフレアが叫ぶ。リーゼは世間から聞こえてきた噂を、皆に教えた。あの歌姫にあそこまで言われ、配信を心待ちにされている。きっとこの海のどこかにも、彼女の歌を待っている人たちがいる。これは、チャレンジしてみても良いのではなかろうか。
「タタン、配信やってみる気は無い?」
「……ごめんなさい。皆さんにそう言われても、私は……」
「私たちと一緒にさ」
「……え、?」
「私、ピアノとバイオリンなら自信あるよ」
スザクの提案に、タタンが目を丸くする。それを聞きつけたリーゼは、いきいきと目を輝かせて、勢いよく手を挙げた。
「はいはーい! ギターの練習積んできたから、伴奏いけるよ!」
「ピアノとバイオリンなら、私も可能だ」
「さすが上流階級組」
「私も、芸事は一通り教わっております」
コットンとダイナも片手を挙げる。皆がいてくれると分かった途端、タタンの中で尻込みする気持ちが溶けていくようだった。1人だけだったら心細い。でも皆も参加してくれるなら、頼もしいし、楽しそうだ。
「み、皆さんがいるなら、……やってみたい、です」
「決まり!」
フォレスト冒険団は、海賊として指名手配されているから、顔出しは無しで。コットンは白い仮面。セイラは、神社にありそうな白の覆面。ダイナはペストマスク、フレアはクマの被り物をつけた。リーゼは、愛嬌のあるニッコリ顔を描いた紙袋を被っている。カオスで愉快な百鬼夜行のようになった。
「はい、タタンはこれ」
目の周りを覆うベネチアンマスクをつけたスザクに、渡されたのは、藍色のベール。クリスタルガラスのビーズが所々縫い付けられていて、星空のようだ。柔らかい布地のそれをすっぽり被ると、夜に包まれた気分になる。
「綺麗ですね。どこで買ったんですか?」
「コットンさんのお手製」
「小道具作りも任せてくれ」
「カメラの準備できてるぜ〜」
撮影担当のドラクルが、電伝虫をセットして、ひらひら手を振る。その隣では、エースがそわそわした様子で座っていた。楽しみにしてくれているらしい。直接見てくれる人がいると、少しの緊張と、それを上回る張り合いが出る。
「技術の準備は?」
「OK!」
「心の準備は?」
「ご、5秒だけください!」
それぞれが趣味で買った楽器で、遊んでいたときとは違う。練習を重ねて仕上げたものを、人前で発表する。深呼吸を繰り返し、タタンはドキドキする胸を両手で押さえた。
カウントダウン。配信が始まる。
《……えと、は、初めまして。"オルゴール"です》
タタンの声が、海を越えて、世界へ流れ出す。
《聞いてください。『Blessing』》
主旋律はタタン。伴奏とコーラスは他の6人。深みを増したメロディーに励まされるように、歌声が伸びていく。
産まれてきたことを、生きていくことを祝福するような。道に迷ったとき、背中を押してくれるような応援歌。透きとおるソプラノが、祈りを込めて歌詞を紡ぐ。
《聞いてくださって、ありがとうございました》
余韻を残して、演奏と歌が終わる。ぺこりと頭を下げたタタンを映して、配信は止まった。ドラクルとエースの拍手が響き、リーゼとスザクはタタンとハイタッチをする。
「いえーい! 初配信おめでとー!」
「こういうのも楽しいね」
「お前らすげェな! おれ、歌には詳しくねェけど、何か胸にジンと来た」
エースが熱を込めて、感心したように言ってくれる。和気あいあいと笑っている皆を見回して、タタンは安心したように、ふにゃりと頬をほころばせた。
***
数日後。
「バズっちゃった」
「『Blessing』と、その後に出した『神のまにまに』が特に人気を誇ってるな」
「タタン、次歌うとしたら何がいい?」
「えと、『最高到達点』歌ってみたいです」
「それはワノ国編終わってからにしよっか」
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