冒険団メンバーの過去編



とある少女の話をしましょうか。

東の海イーストブルーで生まれたその少女には、血の繋がった両親も兄弟も、親戚もいませんでした。孤児だった少女は、他の身寄りが無い子どもたちと共に売られ、1人の男に買い取られました。

女の人たちに囲まれて、体を洗われ、清潔な服を着せられたのも。ちゃんとした食事をとったのも。屋根のある部屋で、ベッドで眠ったのも、初めてのことでした。

連れてこられた館で、少女は様々なことを教えられました。
掃除に洗濯、料理の手伝い。読み書きに楽器。歌やダンスに礼儀作法。紅茶の入れ方。カクテルの作り方。
人体の構造。人間の急所。服の下に隠せるほど、小さな器具や細い針の使い方。相手の視線を誘導する方法。毒の種類。

少女を買った男が経営していたのは、娼館でした。それもただの娼館ではなく、依頼を受けて暗殺をしたり、訪れた海賊に一夜の夢を見せてから捕縛したりする面を持つ、特殊な娼館だったのです。

少女は淡々と、与えられる仕事をこなし、教えられた技術を身につけていきました。嫌がって泣く子も、上手にできずに叱られる子もいましたが、少女は静けさを保ち続けていました。

それらは少女にとって、生きる術でした。
衣食住を保証してもらうために、自分が支払える唯一の対価でした。

幸いにも見目が良く、器用だった少女は、娼館で頭角を現すようになりました。相手の必要なものを先回りして用意する等、使える人材だったこともあり、少女が来る前から働いている娼婦たちにも気に入られていました。

その店では14歳から店に出始め、15歳から本格的にお客を取るようになります。少女もその方針に従って働きました。将来は店の看板を背負う娼婦になるだろうと、誰もが噂していました。

***

転機が訪れたのは、少女が16歳になった頃。娼館がある島に、大物海賊団が訪れたのです。

彼らは金払いがよく、噂で聞いていたよりも温厚に見えました。それで満足すればよかった。しかし娼館の店長は、更なる欲を出したのです。

彼らを捕らえる。それが難しければ殺して、海軍に引き渡す。あれほど名高い海賊であれば、3割程度下がってもまだ貰えるだろう。それにどうせ海のクズなのだから、殺すことになったとしても、問題は無い。

事実、その娼館は、依頼を完遂させることで有名でした。逃がしたターゲットはいないからこそ、次から次へとカモがやって来る。暗殺者と娼婦、2つの顔を持つ女性たちが揃っているために、できた芸当でした。

少女に任されたのは、その船の副船長。初めて店に来た時から、積極的に店の女たちと関わっていたプレイボーイ。しかし飢えているような品の無さは全く見せず、逆に女たちの方が引き寄せられてしまうような色男でした。

熟練の嬢に加えて、常に冷静沈着な少女なら、彼に易々と骨抜きにされることは無いだろう。そう判断されたのです。期間はログが溜まるまでの1週間。先輩のサポートが中心ですが、少女にとっては、記念すべき大物でした。

***

「おれの相手をしてくれるのか。お嬢さん」

まずは、同じテーブルにつくところから。いきなり自分のテリトリーに引き込むのではなく、相手のテリトリーに歩み寄る。じっくりと相手を観察し、相手が何を望むか、何を好むか見極める。そして、じわじわと、獲物への距離を埋めていく。

先輩に続いて、彼の近くに座る。すると、揺らめく煙草のような、渋くスモーキーな香りが鼻をくすぐった。強くは無いが、個性のあるいい香りだ。

「歳はいくつだ?」
「16です」

彼が注文したウイスキーを、ジョッキに注ぐ。周りは海賊らしく、豪快に飲んでいた。だが彼は、それを離れた場所から眺めて、静かに飲むことを好むらしい。

お互いに名乗り、会話を楽しむ。彼の話にはさり気ない教養が光り、人によっては話すだけで惹き込まれてしまうだろう。蓄えた知識を、自分のペースで押しつけるのではなく、相手を楽しませてくれる。それが心地いい。

ふと思い出して、懐中時計に目をやる。いつの間にか、ステージの時間が来ていた。先輩に耳打ちしてから、彼に挨拶をして、その場を離れる。別室で、薄手のドレスからステージ衣装に着替え、いつでも登場できるように控えた。

ホールが薄暗くなり、備え付けられた舞台にスポットライトが当たる。砂漠の国を思わせる、情熱的な音楽が鳴り始め、観客の手拍子が聞こえてくる。

素足で床を進むと、黄金のアンクレットが擦れて音を立てる。身にまとうのは、雪よりも、百合の花よりも白い、7枚のヴェール。レースやシルクで作られたそれらは、花嫁が被るもののように清らかだ。

太鼓や笛、弦楽器の音色に合わせ、踊り出す。すらりとした腕を伸ばし、重力を感じさせないステップを踏む。くるくると回る度に、ヴェールが空気をはらみ、蝶の羽のように翻る。

並の人間なら息を切らしてしまうような、激しさ。しかしそれは悟らせずに、舞い続ける。やがて1枚のヴェールが肩から滑り落ちた。肌を覆い隠していたヴェールが、また1枚、床に広がっていく。身体を揺らし、腰をくねらせ、もう1枚。

だんだんと、ヴェールの下の身体があらわになっていく。宝石のようなビーズの刺繍が施されたブラと、深いスリットが入った薄絹のスカート。肢体を透かし、ときおり生足がちらりと見え隠れする。

観客の歓声や指笛の音が混ざり、熱狂的な空気を作り上げていく。コインを通した腰飾りが、動く度にシャラシャラと揺れた。挑発するような視線を投げかけ、妖艶な微笑みを浮かべてみせる。

プラチナにきらめくシルクの髪。みずみずしい果実のように、膨らんだ胸。引き締まったくびれ。磨き上げた珠の肌。たおやかな手足。エサを目の前で散らつかせながら、誘う。魅せつけているもの全て、自分が想像する以上の大金を積まねば手に入らない極上品なのだと、分からせる。

ヴェールの最後の1枚をするりとほどき、舞台から降り立つ。向かうのは、さきほどまで同じテーブルについていた、あの男のところ。長い黒髪を1つに縛り、ひとふさだけ前髪を垂らした彼。

椅子に腰かけた彼の前に立つ。どうやら楽しんでいるようで、ゆったりとした笑顔で、私を見つめ返していた。この後、何を見せてくれるのか。その期待に答えるように、私は彼の膝の上に座った。子猫が飛び乗るように、軽やかさとしなやかさを兼ね備えて。

「へェ……」

彼の余裕は崩れない。大きな手のひらが、私の腰をするりと撫で上げる。ぴくりと身体を震わせながら、私は持っていたヴェールを、彼の頭にふわりと被せた。

「!」

さすがに少し驚いたのか、彼の目が丸くなる。ヴェールを引き寄せ、彼の方へ顔を近づける。濃厚な甘さとフローラルな爽やかさが混ざったような、艶やかな香りが私たちを包んだ。

繊細なレースのヴェールでは、人目を完全に隠せない。あえて見せつけるように、私は彼の耳に口付けを落とした。

じゃれるように甘く、むきだしの耳に歯を立てる。彼の腕が私を捕える寸前、私は滑らかな動きで抜け出した。彼に残されたのは、チューベローズの香りをまとうヴェールだけ。颯爽と舞台に戻り、私は踊り切る。

割れんばかりの拍手と歓声が、ホールを満たした。

***

7日目の夜のこと。初日以降、上手く彼に気に入られた私は、ようやく部屋に誘われた。丁寧に編み込んだ髪の中に、毒針を仕込ませる。全ては今夜にかかっていると、店の嬢全員が、心地いい緊張感を味わっていた。

慢心は無かった。
全員のコンディションは、いつも通り完璧だった。
ただ彼らの方が、ひたすらに強く、一枚上手だった。それだけのこと。

息を切らしていたのは、私の方だった。舌に染み込ませていた、媚薬も筋弛緩剤も意味をなさず、ベッドに押し倒される。武器を扱い慣れている、大きな片手に、両手首をまとめられる。

私の指に握られていた針。毒が塗られていない方を、彼はくわえて抜き取り、ベッド下に吐き捨てる。それから口の端を吊り上げて、私の耳にささやいた。熱い吐息が、鼓膜を撫でる。

「いけない子だな、お嬢さん」

甘くなぶるように、耳に唇を押し当てられ、歯を立てられる。それは初日に、私が彼にしたことに対する、意趣返しのようだった。

***

「……こうして、二度と危害を加えられないように、恐るべきテクニックで思考も身体もどろどろのぐちゃぐちゃにされた少女――つまり私は、前後不覚になる中で前世の記憶を思い出したのでした」
「そんな形で前世の記憶取り戻すことあるんだ」
「ショック療法かしら」
「イヤだよそんなドエロいショック療法」

ダイナが自分の過去を話してくれたのは、最年少のタタンが18歳の誕生日を、迎えた後のことだった。

唖然としたように呟くスザクの隣で、セイラは考えを別の方向に逸らした。それにリーゼが、身震いしながらツッコミを入れる。最推しに前後不覚になるほど抱かれるなんて、想像しただけで頭がおかしくなりそうだった。裏夢小説で読むならかなり興奮するが。

「娼館は赤髪海賊団によって壊滅。家も職場も仕事仲間も無くし、ベン・ベックマンに見逃されて命だけ拾った私は、何とか脱出したところをスザクたちに保護された、というわけです」
「なんてこった……。その娼館の店長、何でよりにもよって赤髪海賊団にケンカ売っちゃったかな……」
「正直舐めていましたね。本番は無かったにもかかわらず、指と口と舌だけで、人間はあそこまで狂えるのかと。良い発見でした」
「そんな冷静な顔でやめなさい生々しい」
「はわ……」
「タタンには刺激が強かったか」

ダイナに改めて説明され、フレアは呆気にとられた。当時を思い出しているのか、ダイナは興味深そうな顔で、口元に手を当てる。変な方向に探究心を働かせる彼女を、コットンは呆れたような顔でたしなめた。その間に、顔を真っ赤に染めながら、両手で口を覆っているタタンの頭を、そっと撫でる。

「ちょっと待って? 私たちがダイナさん見つけたとき、熱病にかかったみたいに赤い顔で息切らしてフラフラで、やけに大きいマントですっぽり体隠してたのって、そういうこと?」
「そういうことです」
「当時の私の心配を返せよ! 難病かと思ったじゃんか!」
「その節はありがとうございました」

ツッコミを入れるスザクに、ダイナはいつも通りの涼しい顔で頭を下げる。当時はただごとじゃないダイナの様子を見て、スザクとリーゼとフレアは慌て、コットンとセイラは速やかに対応を始めていた。

「当時の私はまだ10代で、身体が未成熟でしたが、今なら問題ありません。推しとのワンナイトは絶対に叶えたい夢です」
「意外とガッツあるよねダイナさん」
「人の夢は終わらないのです」
「都合いい時だけ黒ひげ引用するのやめな?」
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