番外編
おれがそいつと出会ったのは、革命軍に保護されてから、しばらく経ったとき。リベルテさんが気分転換にと、連れてきてくれた王国に、そいつはいた。
「虚飾と我欲にまみれたあの城で、あの方だけが清廉です。あの方は、誰よりも王にふさわしい器を持っております」
リベルテさんが話してくれたそいつは、シンプルな服を着て、広場のベンチで本を読んでいた。誰も寄せつけないような、高い壁に囲まれた城。そこで暮らしている第3王子とは、とうてい思えないような自然さで、街に馴染んでいた。
「スザク様」
「先生! おかえり!」
リベルテさんが声をかけると、大きな目がルビーみたいに輝いた。立ち上がってこっちに駆け寄ってくる。それから、顔の半分が包帯で覆われているおれに気づいたように、ぱちりと瞬きをした。
「知り合いの子です。スザク様と同い年だそうですよ」
「よ、よろしく」
「わた……、おれはスザク。よろしくな!」
健康そうな褐色の手が、差し伸べられる。革命軍から見る王族のイメージと、そいつはだいぶ違う気がした。王族や貴族は身分ばかり気にして、自分より下の立場の人間は、人間とすら思わないようなヤツだと思っていた。
でもそいつは、高い壁から飛び出して街に出ている。人懐っこい笑顔で、初対面のおれに握手を求めている。その手を握り返すと、皮膚は意外と固くてしっかりしていた。剣か何かを扱うことに、慣れている手だ。
スザクは楽しそうに軽く腕を振ってから、温かい手をほどく。そのときスザクが抱えている本に目が止まった。表紙には航海術の文字が記されている。
「お前、航海に興味があるのか?」
「買い物に行ってきます」と席を外したリベルテさんを見送り、広場のベンチに並んで座る。問いかけてみると、スザクは笑顔でうなずいた。
「おれ、いつかこの国を出て、いろんな場所を冒険するんだ!」
首にかけた羅針盤を手に取りながら、スザクはいきいきとした目で夢を語った。仲間を見つけて、あちこちを自由に旅する。会いたい人や見たい景色がたくさんある。だからそのために、ここで勉強しているのだ、と。
「今すぐ出ようとは、思わねェのか?」
「今のおれじゃ、まだ力が足りないからな。王子って立場を使いまくって、得られる知識も技術も、全部身につけるって決めたんだ」
文字盤にはめ込まれた宝石を、ひとつひとつなぞりながら、スザクは目を細める。
「先生も言ってた。"時には、遠回りが近道になることもある"」
リベルテさんが言ったのであろう言葉を、スザクはそらんじる。そしてベンチから軽やかに立ち上がり、つやつやした黒髪を揺らして、おれの方を向いた。
「今はまだ準備期間なんだ。でも絶対、おれは夢を叶えて、やりたいように生きる!」
太陽みたいに眩しい笑顔で、断言してみせる。その様子を、前にもどこかで見たような気がした。頭の中でぱちんと何かが弾ける。でもそれは上手く形にならず、霧のように散っていった。
「……アハハッ。お前、全然王子サマっぽくないな」
「よく言われる」
話しているうちに、スザクが何だか身近な存在に見えてきた。おれには記憶が無いけど、家に帰りたくない、どこか遠くに行きたいという気持ちは確かにある。
家を出て、自由に冒険したい。家族は誰も自分に期待してないから、ちょうどいい。そう語るスザクは、まっさらなキャンバスに色とりどりの絵の具を塗るみたいに、すっきりした顔をしていた。
「次は、海で会おうな」
「おう。約束!」
スザクが差し出してきた小指に、自分の小指を絡める。海で会ったときは、おれもこいつも、もう少し大人になってるはずだ。そのときおれたちは、どんな風に成長してるかな。
そう思うと、何だか今から楽しみだった。
羅針盤についた7つの宝石と、ルビー色の目の輝きは、今もおれの記憶に残り続けている。