それは希望よりも熱く、絶望よりも深いモノ



王宮の隅にある高い塔。鍵をかけられた最上階の1室。そこが、コットンが軟禁されている部屋だった。

ぜいたくな内装。4本の柱と天蓋がついた大きなベッド。あちこちには大小様々な箱が積んであり、赤や緑、黄色のリボンがかけられている。

やることが無いので箱を開けてみると、可愛らしいぬいぐるみや宝石がたくさんついたネックレス、華やかなデザインの色鮮やかなドレス等がたくさん出てきた。

とても1日や2日で集められる量では無い。10代の少女の背丈に合わせたような、20年以上前に流行したデザインのドレスも出てきた。

――まさか、これ全部、31年かけて収集してきた物たちじゃないよな。

だとしたら重い。物理的にも精神的にも重い。両手首に繋がれた、手錠の鎖を鳴らしながら、コットンはそれらを箱にしまい直した。白いレースのリボンが首に巻かれた、テディベアをそっと持ち上げ、ふわふわした頭や体を撫でてみる。そうすると、少しは心が安らぐ気がした。

身の回りの世話をしてくれる使用人は来るが、ドンキホーテ海賊団の幹部とはまだ顔を合わせていない。会わせられても困るが。窓から空を見上げると、1羽の鳥が飛んでいた。

「……いいな。自由で」

鎖がじゃらりと音を立てる。頑丈で、ここから逃げようとすれば爆発する、爆弾がついた手錠だ。結婚式の日までつけられたままだろう。もしかしたら、もうずっと、この手錠と暮らしていくことになるかもしれない。

どうでもよかった。
仲間たちといられないなら、王宮でも牢獄でも同じだった。

***

ドフラミンゴはよく部屋を訪れた。高級な茶葉や可愛らしいケーキを持って、コットンの部屋でくつろいでいく。離れていた時間を埋めようとするように、コットンに声をかける。

「どんなケーキが好みだ?」
「好きな花は?」
「着たいデザインのドレスはあるか?」
「欲しいものはあるか?」

インタビューのような1つ1つの質問に、淡々と答えていく。今日もドフラミンゴはやって来て、彼女の手をすくい上げるように取った。

「婚約指輪だ。昔にやったやつは、もう入らねェだろう?」

左手の薬指に、金色の指輪がはめられる。ブリリアントカットのダイヤモンドが、昔よりも美しい輝きを放っていた。ドフラミンゴは懐から、オモチャのように小さな指輪を取り出す。長い指で大事そうにつまみ、そっと唇を当てて言った。

「……今日まで、持っていてくれたとはな」
(タンス預金代わりにしてました、なんて言ったら死ぬな。これ)

コットンは真顔で口を閉ざした。言わぬが花。知らぬがセンゴク。沈黙は金。世の中には知らない方が幸せなこともある。

指輪をしまい込み、ドフラミンゴは柔らかなソファに腰掛ける。膝の上にコットンを乗せて、彼女の短い銀髪に指を通した。

「また髪を伸ばすといい。お前によく似合っていた」
「……今の私は、お気に召さないか」
「男のような格好をしなくても、おれがとびきりの装いをさせてやるさ。お姫さん」

腰を抱き寄せられ、ドレスの裾が軽い衣擦れの音を立てる。コットンの髪を撫でていたドフラミンゴの顔から、少しだけ笑顔が消えた。

「……おれが迎えに行く前に、どうして下界ここに降りてきた? あの男に、そそのかされたのか?」
「……あの男?」
「フォレスト海賊団の船長だ」
「スザクは女の子だが」

ドフラミンゴの声に、憎悪にも似た響きが混じる。コットンはしばらく黙り込み、言われた内容を整理しようとした。

――もしかして、スザクが私をたぶらかして、マリージョアから攫ったと思ってるのか?

初めて会ったとき、スザクは11歳だ。そんな子どもが、人の心が無い化け物たちの巣窟に、ノコノコ来られるわけがない。誤解を解かなければならないが、全てを話すのは難しい。

「アイツの何が、お前をここまで変えた? アイツに何を吹き込まれた?」
「……スザクは関係無い。スザクは私をそそのかしてないし、私に無理やり何かをさせたことも無い。むしろスザクは、私の命の恩人だ」

ドフラミンゴの目を見つめて、コットンは話す。サングラスに隠れた目は、どんな色をしているか、もう思い出せなかった。

「ここへは、私の意思で降りた」
「……!」
「もう疲れていた。死にたかった。楽になりたかった。海に身を投げたところを、スザクが助けてくれたんだ」

苦しみから解放されることばかり考えていた。自分と同じ人々が、奴隷として虐げられるのを見たくなかった。酷いことを笑いながらする化け物たちと、自分が同じ存在なんて、認めたくなかった。

あの場所で、凍りつくような孤独を味わい続けるのに、耐えられなかった。

「証明チップは海に捨てた。両親は不摂生な生活が原因で、病気になって死んだ。天竜人としての私は死んだし、もう私を、天竜人だと証明できるものは何も無い」

冷静に事実だけを述べていく。語り終える頃には、ドフラミンゴの表情から、完全に笑みは消えていた。抱き寄せる手が微かに震え、力が込められる。

「……何故だ。お前には、おれと同じ気高い血が流れてる。世界一の権力を、生まれながらに持っていて、何故それを放棄できる」

それではまるで。自分を「人間」だと言って、人間らしい生き方を求めて、下界に降りたあの男ではないか。思い出したくもない顔と記憶が蘇りそうになり、ドフラミンゴはグッと奥歯を噛む。

コットンは少しだけ微笑んだ。眉を下げて、何もかもを諦めたような、苦味を含んだ笑みを浮かべて。ただ一言だけ告げた。

「君には、きっと、分からないだろうさ」

生まれながらに"神"だったドフラミンゴ。生まれながらに人間だったコットン。昔のままでいられたら、共に生きられる未来はあったかもしれない。でも現実には、『もしもあの時』は存在しない。

――道は分かれた。私たちはもう、分かり合えることはない。

これほど近くにいるのに、心は遠い場所にある。それがドフラミンゴには気に食わなかった。もう聞きたくないと、言葉を封じるように。苛立ちをぶつけるように。ドフラミンゴはコットンの唇を、自分の唇で塞いだ。
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