修行しようとしたら死神が住んでた話


"偉大なる航路グランドライン"後半の海、新世界。手紙に同封されていたエターナルポースを頼りに、フォレスト冒険団はとある島に到着した。白ひげの故郷であり、彼が作った村――スフィンクスがある島だ。

「めっちゃのどかだ〜……」
「守りたい、この聖地」

柔らかな草原が広がり、ピンク色の花がそよ風に揺れる。柵に囲まれた場所では、インペルダウンにも出てきた人面のライオンが、のびのびと過ごしていた。水車がゆっくりと回り、離れた場所から子どもたちの無邪気な笑い声が聞こえてくる。

高い岩壁に囲まれたその場所は、優しい箱庭のようにも見えた。

「あ……」

向こうから大柄な人物が近づいてくる。それを見つけたエースが目を見開き、ぽつりと声をこぼした。それに気づいたフレアは、エースの背中に刻まれた、白ひげのマークに手を当てる。行っておいでと、伝えるように。

エースの顔に、喜びがにじんでいく。フレアに晴れやかな笑顔を向けてから、エースは勢いよく駆け出した。

「――マルコ!」

2年越しの再会を、フォレスト冒険団は離れたところで見守る。タタンやリーゼは目を潤ませ、セイラたちは祝福するような眼差しで、静かに眺めていた。

「一緒に行かなくて、よかったの?」
「うん」

スザクがフレアに問いかけると、彼女はこくりと頷く。金色に光るロウソクの火のような、優しい希望にあふれた目で、フレアはエースを見ていた。

「自分でも、びっくりするくらい気持ちが穏やかなんだ。エースが生きて、仲間と笑い合ってるだけで、すごく満たされた気持ちになる」
「エースが、エースの大切な人たちと幸せに過ごせるなら。その隣にいるのは、私じゃなくてもいいって、心から思える」

スザクが思い出すのは、頂上戦争のこと。マリンフォードで散々燃え盛り、遂にエースを助けたフレア。その影響か、フレアの中でくすぶっていたエースへの無念や未練が、さっぱりと無くなっているように見えた。

大切な存在に害をなすものを、焼き尽くそうとする強い面。人を温め、人の糧を作る恵みの面。"フレア"とは、よく似合う名前だ。

「……私、ルージュさんになりたかったのかもしれない」
「うん」
「ずっと、エースを慈しんで、愛して、この世の悪意から守り抜いて。"生まれてきてくれてありがとう"って、伝えたかったんだ」
「うん」
「この2年間、私はずっと忘れない。自分の本懐を果たせただけじゃなく、エースにごはんを振る舞えて、エースの側にいられた。すごく贅沢で、特別な時間だった」
「うん」
「だからもう、私は満足だよ」
「『きみが幸せになってくれるなら いちばんじゃなくていい』ってやつだね」
「センチメン〇ルサーカスじゃん」

フレアがくすくすと笑う。その満ち足りたような笑顔を見て、スザクも嬉しそうに笑った。

恋をして結ばれるだけが愛ではない。離れた場所から見守り、幸福を祈ることも、また1つの愛だ。


マルコに案内され、スザクたちは白ひげとも再び顔を合わせた。身体には頂上戦争で刻まれた傷が増えていたが、本人は気にせず酒を飲んでいた。

「オヤジ、ちったぁ控えてくれよい」
「飲みてェモン飲んで体に悪ィわけあるか」

困ったようにため息をつくマルコを見下ろして、白ひげは手に持っていた酒瓶を置く。長い年月を経た巨樹のような体。空気を震わせる声。それらを視界に映し、耳で聞いたセイラの目から、涙があふれた。

「……オヤジ……」

かすれて震える声で、エースが彼を呼ぶ。白ひげは大きな両手を伸ばし、エースとセイラをそっとすくい上げた。細められた目のふちが、微かに光る。

「……よく、帰ってきてくれた」

顔を寄せてささやかれた言葉には、心からの喜びと愛が込められているように聞こえた。小さな子どものように、ポロポロと涙をこぼし続けるセイラ。こらえていた気持ちが決壊したように、声を詰まらせて泣き出すエース。

それはまるで、美しい映画のワンシーンのようで。本来は亡くなるはずだった彼らが、生きてまた会えたことに、フォレスト冒険団一同は感極まる思いだった。温かな感情が、透明な湧き水のようにこんこんと胸を満たす。

「……お前らには、感謝してもしきれねェな」

エースとセイラを下ろし、フォレスト冒険団と正面から向き合って、白ひげは頭を下げた。白ひげの隣で、マルコも深々と頭を下げる。

「何か礼が出来たらいいんだが、欲しいもんや、して欲しいことはあるか」
「あなた方が健康に生きていてくれたら、それで充分です」
「グラララ、無欲な奴だ」

スザクの返事を聞いて、白ひげは肩を揺らして笑う。それからタタンの方に手を伸ばし、彼女を丁重に手のひらに乗せた。大きな存在の、文字通り手のひらの上にいることに、タタンは少しだけ体を強ばらせる。しかし白ひげの眼差しは思ったより優しく、タタンは体の力を抜くことにした。

「お前も、何か望みは無ェのか」
「わ、私ですか?」
「"おれ"の命を救ったんだ。渡せる宝は少ねェが、相応の見返りを求めてもいいだろう」

ちょこんと座る場所から、温もりが伝わってくる。見返りなんて考えていなかったタタンは、慌てて頭を働かせた。ただセイラたちの大切な人を助けたくて、勝手にやっただけだ。お礼なんて、もらおうと思っていなかった。

欲しいもの。望むもの。あれこれ考えて、タタンは1つ思いつく。

「あ、あの……!」
「ん?」
「……頭を、なでてほしい、です」

スザクたちがいつもしてくれること。でも、今世で血の繋がった家族は、誰もしてくれなかったこと。前世の両親がしてくれたように、自分より大きくて包み込んでくれる存在に、そうされてみたかった。

思いがけなかった答えに、白ひげは目を丸くする。しかしそれも数秒ほど。大きな人差し指で、白ひげはタタンの頭を撫でた。ふわふわした彼女の髪は、淡い桜色の砂糖菓子のようだった。

「えへへ……」

頭を撫でられるうちに、タタンの顔がふにゃりと緩む。まろい頬がほんのりと桃色に染まり、タタンは嬉しそうに、にこにこ笑っていた。かつて啖呵をきった相手の手のひらで、安心しきった様子を見せるタタン。そんな彼女を見て、白ひげはちょっと下唇を噛む。

そして腕を掲げて高い高いをした。

「ひぇあああああ」

地面からかなり遠ざかり、視界がびっくりするほど高くなる。スザクたちがとても小さい。タタンは思わず悲鳴をあげて、白ひげの指にしがみついた。ぎゅっと閉じたまぶたを恐る恐る開けると、心がすっきりするような爽快な眺めが広がる。

ひとしきりタタンの頭を撫で回してから、白ひげはタタンを地面に下ろした。


「島を出る前に、この村を観光してもいいですか?」

スザクがお礼として求めたのは、その1つ。白ひげは快くそれを受け入れ、フォレスト冒険団はのんびりスフィンクスを散策した。村人たちに挨拶をし、人面ライオンの羽毛をさわらせてもらったり、子どもたちから花を受け取ったり、なごやかな時間が流れていく。

「いい村ですね」

子どもたちと遊ぶリーゼや、トショトショの実の力で子どもたちを楽しませるセイラを眺めて、スザクは言った。隣に立つマルコも、温かな眼差しで、それを見守っている。

子どもたちは全員、健やかにのびのびと過ごしていた。年相応のほがらかな笑顔を浮かべて、あちこちを駆け回っている。誰も飢えず、誰も傷ついていない。平和そのものだ。

「オヤジは、自分の宝の取り分を全部、この村に送り続けてたんだ」

四皇と呼ばれる海賊にしては、慎ましい行為だ。自分の故郷と、そこで生きる人々のための、見返りを求めない無私の行動。海より深い愛情の持ち主だと、スザクは思う。その代わり、人のお酒を欲しがるケチな面はあるが。

「……改めて、ありがとよい。エースのことも、おれを助けてくれたことも」

真正面からスザクに向き直り、マルコは感謝の言葉を告げた。フォレスト冒険団にはさっき礼を言ったが、スザク本人にはまだ言えていなかった。赤ぶちの眼鏡の奥にある、真摯な彼の目に、スザクの心臓が高鳴る。

ただでさえ、2年後の新しいビジュアルにときめいているのに、これ以上ドキドキしたら死ぬんじゃないか。そう思うのに、目が逸らせない。村の子どもにもらった花を握りしめながら、スザクは心からの言葉を口にした。

「あなたが好きです。マルコさん」

マルコの目が、少し見開かれる。スザクの黒いビロードのような髪が、そよ風に揺れた。柳眉は不安げに下がっているが、赤い星のような目はマルコを真っ直ぐに見上げている。頬を赤く染めたその表情は、恋しい相手に勇気を出して想いを伝えようとする、純な乙女そのものだった。

「ありがとよい、スザク」

長い時間を過ごしたわけではないが、マルコにとってスザクは、宝石のような人間だった。容姿も剣術も身のこなしも、一朝一夕で身につけたものではない。丹念に削り落として磨き続けたからこそ、圧倒するような強い輝きを放つ。そんな人間に映っていた。

「だが、お前はまだ若ェんだ。こんなオッサンに、いつまでも夢中になってちゃもったいねェよい」

だからこそ、自分の手中に収めるわけにはいかない。マルコがそう言うと、スザクの喉がこくりと動いた。赤い目が潤み、両手で口を覆うようにして、ふるふると肩が震える。その頬だけでなく耳も、うっすら紅色に染まっていた。

「……良識ある大人の発言だ……。かっこいい……好き……」
「話聞いてたか?」
「皆さんこの方が私の最推しなんですよ……」
「誰に向かって言ってんだよい」

感動の波に押し寄せられたかのような、スザクの反応に、マルコは思わず苦笑する。驚いたが、こんなに感情表現が豊かな奴だったのかという発見もあった。男のときは表情が変わらない、冷静沈着な人間だと思っていた。

マルコはスザクが持っていた花をそっと抜き取り、彼女の髪に挿す。清楚な白いマーガレットは、スザクの黒い髪によく映えた。不死鳥の羽そっくりな、水色の横髪に指先でふれて、マルコは手を離す。

「うおっ!?」

熟れたリンゴのようになったスザクが、その場にくずおれそうになったため、マルコは慌てて抱きとめた。

***

「ファンサが! やばい!!」
「落ち着けスザク」
「ドクター! あちらのスザクにお薬を!」
「リラックス効果のあるミルクティーと、ドライパイナップルよ」

フレアが調合したブレンドティーは、カモミールとペパーミント、ラベンダー、オレンジフラワーにレモンバームが入っている。セイラは更に、それを温めたミルクで割っていた。

トロイメライ号の船室で、清々しい香りのミルクティーをちびちびと飲み、好物のパイナップルをつまみながら、スザクは湧き上がる感情を噛み締める。舌の上には、干したことで凝縮された果実の甘みが広がった。

「マルコさんのこと、好きになってよかった〜……!」
「23歳の壁は厚かったかー」
「彼にとっては、娘でもおかしくない年齢差ですからね」
「マルコさんならしわしわのおじいちゃんになっても愛する」
「スザクの愛が海並に深いな」

一応振られたことになるのだが、どんよりした空気は全く無かった。嫌われているのではなく、スザクのことを考えた故の返事だと分かっていたからだ。

ミルクティーの最後のひとしずくを飲み干し、気を取り直してスザクは立ち上がる。

「さてと。原作にけっこう介入しちゃったし、しばらく大人しくしてよっか!」

彼女たちは、まだ気づいていない。
今回の件で、フォレスト冒険団全員の顔と名前は、全世界に晒された。それを見た人間が、何を思うか。目当ての人物を見つけた者たちは、狙いを定めるように、指先で写真と名前をなぞる。

置き去りにした過去が、影法師のように追いかけてくることを、彼女たちはまだ知らない。
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