それは希望よりも熱く、絶望よりも深いモノ
激戦の末にドフラミンゴは倒れ、ドレスローザは鳥カゴから解放された。司会者ギャッツがルフィの勝利を広めたことで、街のあちこちから、安堵と喜びの歓声が聞こえてくる。
切り刻まれた建物やガレキだらけの街を、駆け抜けながら、スザクは首にかけた羅針盤を確認する。シトリンもサファイアも、ファイアオパールも、曇りなく輝いていた。そのことに安心しながら、針が指し示す方向へ向かう。
鳥カゴが消えた以上、もう船で待ち続けるほど、我慢強くなれなかったのだ。
「リーゼ、フレア! コットンさん!」
「スザク!」
かすり傷はあるが、3人に目立った大怪我は無い。それを確認してから、スザクはリーゼとフレアに抱きつく。最後にコットンを強く抱きしめ、スザクはその肩に自分の額を当てた。
「……おがえり゛、コットンさん」
「ただいま。スザク」
涙まじりの声で、ぐりぐりとおでこを押しつけてくるスザクを、コットンはそっと抱きしめ返す。さらさらの頭を撫でてやりながら、コットンは微笑んだ。やっと呪いの糸から解放された。安心できる場所に帰ってこられた。そんな気持ちが胸を満たす。
「今のうちに島を出る?」
「あ、ちょっと待って」
スザクに問いかけられ、リーゼは思わず声を上げた。フレアの方に目を向けると、彼女はきょとんとしたように瞬きをする。そのとき、切羽詰まったような鋭い声がした。
「――フレア!」
振り向いた先には、肩で息をしているローがいる。左手に大太刀を持ち、だらりと下ろした右腕には包帯が巻かれていた。眉間に皺を寄せた顔は恐ろしく険しい。額に汗を浮かべたフレアが、後ずさりしかけたとき、ローがフレアの腕を掴む。小さな青いサークルが彼らを包み、2人の姿がパッと消えた。
「……え!? 何、どういう状況?!」
コットンから体を離しながら、スザクが驚いたようにリーゼたちを見回す。リーゼとコットンは、お互いに顔を見合わせてから、にっこり笑った。
「今は2人だけにしてあげよ」
「積もる話もあるみたいだしな」
***
一瞬のうちに景色が変わる。私が目を開けたとき、目の前にいたのはローだけだった。
あのとき、彼の言葉を聞かずに逃げてしまったからだろうか。もう逃がさないと言わんばかりに、がむしゃらに抱きしめられる。鯖折りを覚悟したほど、きつくかき抱かれたせいで、息が詰まりかけた。
反射的にローの胸を両手で押して、腕の中から離れようともがく。すると、ローが辛そうなうめき声を上げた。
「ぐ……ッ」
「あ……! ごっ、ごめん! 腕、痛むよね?!」
そうだ。ローは右腕に大怪我してたんだった。どうしよう。『命の水』は手元に無いし、手当できる人は近くにいない。痛み止めはウエストポーチに入れてるけど、こんなガレキだらけの場所じゃ、飲み水なんて見つからないし……。おろおろしながら抵抗をやめると、耳元でフッと小さく笑う声が聞こえた。
「……お人好しなのは、相変わらずだな」
「え」
「そのまま、大人しくしてろ」
「……まさか、わざと痛いふりした?」
「おれが怪我人なのは事実だ」
「な、何かずるい……!」
「当然。おれは海賊だ」
手のひらの上で、ころころ転がされている気がして、ぱしんと彼の背中をはたく。ローはくつくつ笑ってから、ぎゅっと両腕で私を抱きしめた。
――私も、ローも、ちゃんと生きてる。
少し速いような、彼の鼓動が伝わってくる。初めて会った時は、私より少し背が低かったのに、今ではすっぽり包まれてしまう。あの時の小さな男の子が、五体満足で生き残って、ここにいる。大切な人の本懐を果たして。
頑張ったね。そんな想いがじわじわとあふれて、目の奥が熱くなる。私はローの広い背中に手を回して、ぽんぽんと撫でた。
「……旗揚げしてから10年間。ずっとお前を探してた」
耳元でささやくような、ローの声が聞こえる。胸が締めつけられるくらい、真剣で切なげな声に、心臓がどくんと跳ね上がった。でも、さっきみたいな、嫌な動きじゃない。
「礼がしたかった。メシと宿をくれたことも。あの時期のおれを、普通の人間扱いしてくれたことも」
「お前の優しさとメシに、おれは救われてたんだ」
「……本当に、ありがとう。フレア」
素直な感謝が込められた言葉に、頬が熱くなっていく。たかたかと速くなる鼓動は、私のものかローのものか、よく分からない。
当たり前だと思ってしたことが、ローの心に綺麗な思い出として残っていたなんて、思わなかった。コラさんとかハートの海賊団とか、大切なものをたくさん抱えてるローが、私のことを考えてたなんて、想像もしなかった。
どうしよう。何か胸の辺りがあったかくて、ふわふわする。
「……ど、どういたしまして……?」
こそばゆい気持ちに包まれ、もにょもにょと口ごもりながら、ローの胸におでこを押しつける。照れくさくて彼の顔を見られない。
「心拍数が高いな。照れてるのか?」
「聴診すなぁ……! ローだってドキドキしてるくせにぃ……!」
もうやだ。顔だけじゃなくて耳まで熱い。からかうように、赤く染まってるであろう耳たぶをふにふにと触られ、私はまたぺちんとローの背中をはたく。
「心を焦がし続けてきた女に、ようやく再会できたからな」
「……へ?」
「お前のことが好きだ。フレア」
顔を上げると、切れ長の目に私が映る。低い美声で少女漫画みたいなセリフを言われて、内容が上手く噛みくだけなかった。頭の中で何度か再生してから、意味を理解する。
「くぅ……ッ」
「おい、どうした」
「推しじゃないのにこの威力よ……。国傾けられるくらいのダウナー系顔面SSR作ろうぜって、創造神が悪ノリしたの……?」
「おれだけの力じゃねェが、国は1つ傾けたな」
おかしい。私の好みは、よく食べよく動く健康優良児のはずだ。なのに何でこんなにドキドキするの? 好きって言われたから好きになるのは不誠実過ぎないか? 誰か助けてこのままだとリアコになっちゃう。
「あの、ごめん。私、」
「お前が火拳屋を好いていても関係ねェ。欲しいもんは奪う、それだけだ」
一見冷たそうな彼の目の奥には、確かに熱が宿っていた。私の背中には、しっかり彼の腕が回されている。囲われたら最後。嵌まったら二度と出られない。そんな予感がした。
***
怪我を負った体を、3日間休めた後。海軍が動き出したため、海賊たちは慌ただしくドレスローザを出発した。大将藤虎によって空をガレキで覆い尽くされたが、ドレスローザの市民たちの行動によって、海賊たちは守られる。
「わ、わぁ……! イッショウさんだ、ほんものだ……!」
「遠目からだけど、推し見られてよかったね。タタン」
「あっちは勝手に子分盃やってんね」
「ていうか、ぐるわらの一味ってまだゾウに行ってなかったんだ」
「私とタタンでこっそり援護してたの。ビッグ・マム海賊団はこちらに来ていないし、百獣海賊団がゾウに到着していないことは確認済みよ」
「何か原作と変わってるとこあるな……」
天候、ガレキのち晴れ。トロイメライ号から、サウザンド・サニー号とバルトロメオたちの船を見送っていたとき。青いドーム状の膜が周囲を包んだ。パッとフレアの姿が消え、フレアが立っていた場所にコツンと小石が落ちる。
「……」
取り残された6人は、フレアが立っていた場所とサニー号を、ゆっくりと交互に見た。サニー号の方から慌てているような悲鳴が聞こえた瞬間、彼女たちは一斉に動いていた。
「"
「『空飛ぶトランク』!」
「ダイナ、タタン! 進路を変えるぞ! サニー号を追いかける!」
「かしこまりました」
「はっ、はいっ!」
いち早く飛び出したのはリーゼ。それに続くのは、トランクに乗り込んだセイラとスザク。コットンは残る2人の指揮を執り、船の舵を切った。リーゼとスザクが、額に汗を浮かべながら声を張り上げる。
「コットンさんの次はフレアかよ!」
「何でリレー形式みたいにさらってくんだよ! うちのクルーはピーチ姫じゃないんだぞ!」
***
「トラファルガー・ロオオオオ!!」
突然ローがシャンブルズで人をさらって来たことに、麦わらの一味が大騒ぎしていたとき。ダンッと勢いよく甲板に踏み込んできた影があった。
「やいこらてめえ! うちのフレアは返してもらうかんな!」
びしりと指を突きつけながら、青い目は挑むように、ローを真っ直ぐ見つめている。手配書に載っている写真と同じ姿で、まだ少し幼い頃の面影を残した彼女が目の前に現れ、サンジは思わず声を上げた。
「リーゼ!?」
「ん? あ、サンジ! 久しぶりー!」
「突然すみませんお邪魔します! うちの船員がさらわれたのでお迎えに上がりました!」
戦闘態勢をあっさり解き、リーゼはぱたぱたと屈託なく手を振る。その後ろから現れたのは、スザクとセイラだ。トランクから降りた彼女たちを見て、ロビンもハッとしたように、両手を口元に当てる。
「セイラさん……!」
「あ、……ロビン……!」
セイラの顔から血の気が引く。ロビンのことは気になっていたし、どうか麦わらの一味と幸せになってほしいと願っていた。しかしセイラには、幼い頃のロビンに何も出来なかった負い目がある。今更どの面下げて会えばいいのか分からず、セイラは思わずスザクの後ろに隠れていた。
「……フォレスト海賊団船長、スザク屋か」
フレアを片腕で抱き寄せたまま、ローは射抜くようにスザクを見つめていた。ドレスローザでは、右腕を失いかける大怪我を負った彼に対し、フレアはろくな抵抗ができないでいる。ただ、めちゃくちゃに助けを求めるような眼差しでスザクたちを見ていた。
「……ちょうどいい。テメェとは、一度話をしておきたかった」
「ねえ待って? 話がしたいならその大太刀抜く必要無いよね? まずフレア返してよ話はそれからだよ」
すらりと鬼哭を向けられ、スザクは待ったをかけるように手を前に出す。やるしかないのか。ここ他所の船なのに。いや自分の船でもやりたくないけど。そろそろと背負っている大剣に手をかけたとき、ルフィの明るい声が響いた。
「何だお前ら、知り合いか?」
「なら宴だァ〜〜!!」
麦わら大船団の宴に加えて、サニー号でも突如開かれた宴。フレアはサンジとキッチンに引っ込み、食事や飲み物の用意をする。他の船員たちもサニー号にお邪魔し、それぞれ交流を始めていた。
「イノチアルイテル……。アッ、イノチコッチキタ……」
「コットンさんが推しに狂うとこうなるのか」
「片言じゃん」
両手で口を覆い、頬を染めながら、コットンはチョッパーから目を離せなくなっていた。感動したように肩を震わせる様子は、いつもの凛々しい姿からは想像しにくい。でも小さな手足でぽてぽて動き回るチョッパーの姿は、確かに愛らしかった。可愛いを浴びて元気が出たらしい彼女を、リーゼたちは微笑みながら見守る。
「お前、ほんとにわたあめみたいだなー。ピンク色でふわふわで、いい匂いする!」
「わたあめ、ですか? 初めて言われました」
「そうなのか? なァ、お前甘いのは好きか?」
「ごめんなさい。私、甘いものが得意じゃなくて……」
「えー! じゃあ苦い薬とか平気なのか?」
「は、はい」
「すごいな、オトナだな!」
「そう、ですか? ……えへへ」
ぱたぱた手を振るチョッパーと、目線を合わせるようにしゃがんで、はにかむような笑顔を浮かべるタタン。末っ子同士のほのぼのとしたやり取りに、コットンは真顔で呟いた。
「可愛いと可愛いが合わさって超可愛い」
「コットンさん落ち着いて」
「気持ちは分かるけど撮影用電伝虫しまって」
「麗しいお嬢さん。パンツ見せて貰ってもよろしいですか?」
「よろしいですよ」
「よろしくないんですよ」
「ダイナさんのパンツなんて、刺激が強すぎて死人が出るでしょ!」
「そんなにすごいパンツなんですか!?」
「あ〜〜ブルックさんが興味持っちゃった」
腰をかがめてセクハラ発言をするブルック。平然とした顔で、黒いロングスカートの裾をたくし上げようとするダイナ。それをスザクとリーゼは急いで止めた。
ダイナはいつも、自慢のダイナマイトボディを清楚でクラシカルなメイド服に包んでいる。しかし、下にまとうランジェリーは誰よりもセクシーだ。並の男性ではギャップに耐えられなくて死にかねない。今回の相手はもう白骨死体だが。
「ツッコミが追いつかない〜……。あれ? セイラさんは?」
「甲板のすみっこで座り込んじゃってます。ロビンさんがお話したいみたいなんですけども……」
「あのダンゴムシみたいに丸まってる気配、セイラさんなんだ」
きょろきょろと辺りを見回したスザクに、タタンが手で方向を示しながら答える。
『天狗の隠れ蓑』を頭からすっぽり被っているのだろう。見聞色の覇気で探って、ようやく気配を感じ取れるレベルだ。体育座りをして、膝の上に顔を埋めている体勢なのが、ぼんやり見える。
タタンの隣では、ロビンが少しおろおろした様子を見せていた。お互いちゃんと話をした方がいい、と判断したスザクたちは、セイラの背中を撫でながら話しかける。
「どうしたのさ、セイラさん」
「大丈夫だから出ておいで」
「ノコノコ顔を晒してすみません……ミジンコになります……」
「ネガティブホロウでも食らった?」
いつも面倒見が良くて柔和なセイラらしくない、どんよりした声が聞こえた。
「今更どの面下げて会えばいいのかしら……。合わせる顔なんて無いのに……」
「ロビンは話したいみたいだから、そこは答えてあげて。ね?」
「気まずかったらついて行くよ?」
声をかけてみるが、セイラは踏ん切りがつかないようで、ますます丸くなってしまう。彼女がこんな風になるなんて、珍しいことだった。よっぽどロビンに対して、申し訳ない気持ちが強いのだろう。
「……セイラさん」
背後から声をかけられ、セイラの気配がびくりと震えた。スザクたちが振り返ると、思い詰めたように唇を結んだロビンが立っている。そっとその場を離れたとき、微かにロビンの声が聞こえた。
「……ごめんなさい」
「拒絶して、ひどいことを言って、ごめんなさい。本当は、セイラさんが生きていてくれて、とても嬉しかったの」
ロビンが甲板に膝をついて、セイラに語りかける。22年間の空白を埋めるように、幼い日の後悔を紐解くように。
「でも、それと同じくらい、セイラさんを巻き込みたくなかった。それしか、あなたを守る方法が、思いつかなかった」
気配が揺れる。『天狗の隠れ蓑』がぱさりと軽い音を立てて、セイラの頭や肩を滑り落ちた。セイラの姿が現れる。眉を寄せて唇を噛んだ、泣きそうな顔で彼女は振り向く。
「……謝るのは、私の方よ」
「迎えに行くのが遅くなって、ごめんなさい。側にいられなくて、ごめんなさい」
セイラの声がかすれて、喉元で詰まったように出てこなくなる。最近涙腺が緩くなっていけないと思いながら、セイラは懸命に言葉を絞り出した。
「……生きていてくれて、本当によかった……!」
ぽろりと涙をこぼしながら、セイラは心からの想いを伝える。ロビンの腕がセイラへと伸び、その身体をひしと抱きしめた。セイラもおずおずと、ロビンの背中に腕を回す。
麦わらの一味もフォレスト冒険団も、話が聞こえていた者は皆、目に涙をにじませていた。
***
一方その頃。大量の肉や魚、野菜や果物を前に、2人のコックが奮闘していた。切る、さばく。下味をつける。炒める、焼く。揚げる、煮る。様々な工程を経て、食材を美味しい料理へと変えていく。
「手際がいいね、フレアちゃん♡ 君の美しい手つきについ夢中になっちゃうな」
「あはは、ありがとう」
メロリン状態の甘い声で言われると、照れくさいしこそばゆい。女好きのサンジはフレアを口説きつつも、手元を狂わせることは全く無かった。器用だなあと感心しながら、フレアは出来上がった料理の皿を持ち上げる。
そのとき、キッチンのドアが開いた。
「わっ、ロー」
「何だトラ男。待ちきれなくなったか?」
「違う」
仏頂面でサンジに答えてから、ローはフレアの手から皿を取る。どうやら向こうに持って行ってくれるらしい。
「怪我してるんだから、無理させられないよ」
「……これくらいできる」
「えっと、じゃあお願い。ありがとう」
「……ん」
おずおずと、つい上目遣いになりながらお礼を言う。ローは口の中で呟くように返事をしてから、キッチンを出ようとした。その前に、肩越しにフレアに目を向ける。
「……作ってほしいものがあるんだが、できるか」
「リクエスト? 何なに? できるだけ答えるよ」
ローが自分から、何かを作ってほしいと言うなんて珍しい。何が嫌いかは、はっきり言うイメージなのだが。サンジも意外に思ったのか、フライパンを軽く振りながら、ちらりとローたちの方を見た。
「……玉子焼き。砂糖じゃなくて、甘じょっぱい味付けのやつ」
「あ、出汁で味付けしたやつか。ちょっと船まで取りに行ってくるね」
だし巻き玉子は、ローと初めて会ったときに作ったメニューだ。懐かしいなと頬を緩ませながら、フレアは一旦席を外した。
「フレアちゃん、ちょっといいか?」
「ん? どうかした?」
「……リーゼって、そっちでちゃんと食べてたか?」
こんがり焼けた肉を、オーブンから取り出しながら、サンジが問いかける。どこか心配そうな声音に、フレアは今世のリーゼと、初めて会った頃のことを思い出した。傷だらけでやせていた、白髪の少女。目だけは生命力にあふれていて、それが余計に不憫に見えた。
「ちゃんと食べてるよ。リーゼはごはん好きだから、おかわりもよくするし」
「そっか……。そうか、良かった……」
サンジの顔が、安心したように和らぐ。渦を巻いた眉が柔らかく下がり、唇がほころんだ。フレアが思わず、片手を口元に当てたとき、キッチンのドアが軽やかに開く。
「味見係は要りませんかー?」
「来たね腹ぺこちゃんめ。そこの大皿持ってっていいよ。皆で食べて」
「はいよー!」
顔を出したのはリーゼだ。片手にスケッチブックを抱えていて、きらきらした青い目で料理とフレアを見ている。フレアは慣れた様子でお手伝いを頼んだ。
「どうしたの、そのスケッチブック」
「麦わらの一味のサインもらってた! あとはサンジだけね。後でちょうだい!」
「おう、分かった」
フレアはちょっと驚いた。あのサンジがメロリンせずに、男性陣にするような普通の対応をしている……だと!? 幼少期から知っている、幼なじみのような存在だから、メロリン対象にはならないのだろうか。
大皿を楽しそうに運んでいくリーゼ。その背中を、サンジは少し眩しそうに、目を細めて見つめていた。
***
美味しいごはんと、お酒にジュース。弾むのは、これまでの冒険の話と笑い声。朗々と響く歌声と陽気なギターの音色。
ルフィと一緒に、『好きな惣菜発表ドラゴン』を歌っていたリーゼは、アコースティックギターを置いてオレンジジュースを口にしていた。また料理を取りに行こうかな、どれにしようかな、と考えていたとき、隣にサンジが座る。タバコの煙が、微かに香る。
「食うか?」
「うん! ありがとう、サンジ!」
お皿にはサラダやハンバーグ、魚のフライにカルパッチョ等、様々な料理が乗っていた。リーゼの好物の唐揚げもある。盛り付けのバランスが美しく、リーゼははしゃぎながら受け取る。
「美味し〜! 幸せ!」
ハンバーグは厚みがあってジューシーで、濃いめのソースとよく合う。魚のフライは衣がサクッといい音を立て、ふっくらした身は下味がついているから、何もつけなくても美味しかった。塩味の唐揚げを頬張りながら、リーゼは満面の笑みで素直に言う。
「美味そうに食うとこ、変わってないんだな」
「だって美味しいんだもん!」
頬杖をつきながら、サンジは柔らかい声で話す。お皿が綺麗になったところで、リーゼは満足したように一息ついた。涼しい潮風が、火照った頬をそっと冷ます。目の前には、それぞれの仲間たちが、和気あいあいと楽しんでいた。
「……お前も、あの国を出られたんだな」
「うん。分裂体を囮にして逃げたら、スザクたちが来てくれたんだ」
お互いにしか分からない思い出を、共有する。痛くて苦い記憶。でも寄り添える存在がいて、ささやかな慰めがあった記憶。それを振り返りながら、リーゼは口を開く。
「サンジ。ごはんが美味しいってこと、思い出させてくれて、ありがとう」
明るいが、リーゼにしては落ち着いている、しみじみとした声だった。サンジが隣を見ると、リーゼの青い目がこちらを見上げている。幼い日に、夢見た海を映したような、深い青色。それが弓なりに細められる。
「ねぇサンジ。今、幸せ? もう辛くない?」
「……あァ。ちゃんと幸せだ」
料理人になりたいという夢を、叶えることができた。父親と慕える大恩人に、大切な仲間たちに、出会うことができた。麦わらの一味に面と向かって伝えることは、照れくさい。でもリーゼになら、不思議と素直に話せた。
「リーゼ。お前は?」
「すっごい幸せ!」
ぱっと花が開くように、リーゼは笑う。サンジはつられるように笑みをこぼしながら、軽くリーゼの頭に片手を置いた。そこにはもう、理不尽に傷つけられるだけの、弱々しい子どもたちはいなかった。
***
フレアは眉を下げてしおれたような顔で、切り分けられたローストビーフを、もそもそとかじっていた。左にはフレアお手製のだし巻き玉子を食べているロー。右には生ハムのサラダに舌鼓を打つスザクがいる。フレアの頭上で、ときおりジジジッと火花が散るような気配がした。
「こいつはおれの船に乗せるって、10年前から決めてたんだ」
「フレアはうちの船員なんですけど。船長の私に、話を通さずに連れ去るなんて、筋が通ってないんじゃないの」
「やめて……わたしのためにあらそわないで……」
人生でこんなセリフ言うことあるんだな。2人の船長に挟まれながら、フレアは助けを求めて視線をさまよわせる。遠くから、「よく分からんがドンマイ」と言いたげに、親指を立てるウソップが見えた。
離れた場所から、ナミがこっそり手招きしてくるので、フレアはこそこそと移動する。そこにはロビンやセイラ等、女性陣が集まっていた。
「あんた、トラ男と何があったのよ」
「意外と情熱的なのね。トラ男くん」
呆れたようにローを見た後、ナミが興味津々といった様子で、フレアに顔を寄せる。ロビンも楽しそうな微笑みを浮かべながら、フレアとローを眺めていた。テーブルに肘をつき、交差させた手の甲に顎を乗せたダイナが、キランと目を輝かせる。
「恋のお話ですか? 聞かせてください」
「ねぇ〜〜〜何で皆ノリノリなの。ダイナさんたちは一応知ってるでしょ」
「トキメキ成分はなんぼあってもいいからね」
後から合流したリーゼも、頬杖をついてニコニコしていた。フォレスト冒険団は全員夢女子。少女漫画のような、甘酸っぱい胸きゅん展開は主食と言ってもいい。
「ええと……。13年前に旅してたローが、うちに来たことがあって。大変そうだったから家に泊めて、3日間面倒見たんだよ」
「うんうん」
「そのときの感謝の気持ちを、大切にしてくれてたんだと思うけど……。いやでも絶対おかしいでしょ! 恩人(コラさん)の本懐を遂げるために、ドフラミンゴと刺し違える覚悟だったローが、1人の女に割く心の余裕なんてあると思う!? 無えよなぁ!!?」
「本当の自由を得たことで、ローのリミッターが外れてしまったんだろうな」
「もう何の気兼ねもなく、フレアへの想いを示せるものね。本当見かけによらず、愛情表現が強火な男だわ」
その場にくずおれ、頭を抱えて叫ぶフレア。その背中を撫でながら、コットンは思ったことを口にした。傍にしゃがみ込みながら、セイラもどこか感心したように呟く。リーゼはスプーンを手に持ち、新聞記者が持つマイクのように、フレアの方へ向けた。
「ハートの海賊団に引き抜かれるくらい、ローに好かれてると判明した本人に聞いてみましょう。フレアさ〜ん?」
「ほんとに何でだよぉ……。私そんな大したことしてないよ……。お腹空かせてる人にごはん振る舞うのって、そんなに変なこと……?」
「フレアにとっては当たり前でも、ローにとっては有り得ない、有り難い優しさだったのでしょうね」
「平和な村(と日本)で培われた、まっとうな善性と倫理観がアダになっちゃってるな」
北の海のように冷酷かと思いきや、実はカラッとしていて熱く重い感情を持つ。そんなローに好かれてしまったフレアを、ダイナとコットンはかわいそうに思いながら見つめた。これはもう、逃がしてもらえる可能性は低い。
ガバッと勢いよく顔を上げ、フレアは声を上げる。
「何かの間違いだって! お礼を言いたいは分かるよ? ローって受けた恩は絶対返すタイプでしょ? だからって自分の船に乗せようってなる?!」
「コットンさんの件で学んだけど、人の想いの強さを舐めない方が身のためだと思うの」
「新刊タイトル、『死の外科医に溺愛されすぎて困ってます』」
「人の悩みを! ネタにすな!」
ついトロイメライ号にいるときのようなテンションで、わいわい話すフレアたち。ナミとロビンは少しだけぽかんとしたが、思わずクスッと笑いをこぼす。遠慮の無い彼女たちのやり取りは、ぽんぽんとボールが弾むようで、見ていて楽しかった。
「仲良いのね。あんたたち」
「いつも、こんなに賑やか?」
「申し訳ございません。置いてきぼりにしてしまいましたね」
「別にいいわよ。フレアだっけ? あんた自身は、トラ男のことどう思ってるの?」
ダイナに返事をしてから、ナミはフレアに質問する。フレアは数秒固まってから、じわじわと頬を赤く染めた。視線がウロウロとさまよう。
「……わ、わかんない……」
ぽそりと呟きながら、フレアは頑張って言葉を探した。ごちゃごちゃに絡まった自分の気持ちを、どうにか解こうと、向き合っていく。
「私、今まで1人の人しか見てなくて……。でも、その人に対する気持ちは恋っていうより、保護者とか母性的なもので……」
エースのことは大好きだ。それは今も変わらない。でもその"好き"は、母が子に注ぐような感情に近い。世界中の悪意から守りたい。大切で愛しいという気持ちをめいっぱい注ぎたい。心の中で崇め奉り、幸福を祈りたい。そんな庇護欲と信仰が混ざり合ったような気持ちだった。
言わば、ローにとっての「コラさん」のような存在が、フレアにとってのエースだった。
「こんなぐしゃぐしゃな気持ち、初めてで……。自分でもよく分かんなくて……」
ローは今世のフレアに、「自分の料理で相手を喜ばせたい」という気持ちを、思い出させてくれた人。フレアの魂に刻まれている行為を、呼び起こしたという点で、特別な存在だった。
ローへの気持ちが恋なのか、まだ名前はつけられない。乱れ模様のように心が乱れて、脈拍が高くなって、自分が自分でなくなるような感覚がする。涙目で戸惑うフレアを見ながら、ナミたちは何かを察したように、口元を片手で押さえた。
「……トラ男くんの頑張り次第ね」
ロビンがそっと呟く。その眼差しは、殻をコツコツつついて破ろうとする、ヒヨコを見守るように優しかった。