島だ、冒険だ、観光だ!


偉大なる航路グランドライン前半部の終点には、ヤルキマン・マングローブという、世界一巨大な樹が集まっている場所がある。正確には島ではないが、世間一般には『シャボンディ諸島』と呼ばれている。

「シャボンディ諸島だー!」
「新世界の入口! 観光名所! 遊園地〜!」
「楽しみ〜! 『ぼったくりBAR』行きたい!」
「シャッキーさんに会いたいのは分かるけど、法外な値段取られるからやめときな」
「行ってらっしゃい。私は留守番しているよ」
「え、コットンさん行かないんですか?」
「え〜! コットンさんも行こうよ、一緒に遊園地エンジョイしよ?」
「すまない。シャボンディ諸島には、いい思い出が無いんだ」

コットンの表情に影が差し、目が逸らされる。揺るがない意思表示と、どこか遠くを見るような眼差しに、6人は察した。世界貴族――天竜人や人攫いによるトラブル。更に人身売買が公然と黙認されている、光と影の両方を持つ場所だ。コットンにとっては、昔のトラウマを刺激される場所と言ってもいい。

「私のことは気にせず、皆で楽しんできてくれ。天竜人と人攫いには気をつけるんだぞ」
「無事に帰ってきます……」
「お土産たくさん買ってくるね……」
「別の島に遊園地あったら、皆で行こうね……」

ひらりと片手を振るコットンに見送られ、6人は船を降りる。マングローブの根から分泌された天然樹脂が、大きく膨らんでぷかぷか浮いていく。虹色に光る無数のシャボン玉が舞い上がる光景は、幻想的な美しさだった。

「夢のように美しいですね」
「絵になるな〜。スマホあったら連写してた」
「木がしましまなの可愛いです……!」

いつもは冷静なダイナさえも、感心したように呟く。フレアは片手で日差しを遮りながら空を見上げ、タタンは目を輝かせながらマングローブを眺めた。

「……やだベタベタするわ〜!!」
「うわバカバカバカつけようとするな!」
「リーゼ、ハンカチで拭いてちょうだいね」

好奇心を抑えずに、柔らかな草に染みていた樹脂にふれたリーゼは、はしゃぎながらロビンのセリフを口にする。そして樹脂でベタついた手をスザクの方へ向けた。笑いながらスザクを追い回すリーゼに、セイラが注意する。

地図を見たところ、30〜39番グローブは繁華街、40〜49番グローブは観光関係が多いらしい。皆で人通りの多い場所を目指す中、丈夫なシャボン玉を利用した乗り物を何度か見かけた。ペダルやサドルがついたシャボン玉は、原作でルフィも乗っていたボンチャリだ。

「はぐれないようにね」

物珍しさにくるくると視線を動かすタタンの手を、セイラはそっと握る。繋がれた手と優しく微笑むセイラを見て、タタンは嬉しそうに顔をほころばせた。

***

シャボンディ諸島――32・33・34番グローブ

「来たぜシャボンディパーク!」
「遊ぶぞー!」
「ジェットコースターに乗りたいですね」
「バイキングもいいわね」
「メリーゴーランド行ってみたいです……!」
「観覧車乗りたい! novelエースにも出てたやつ!」

固まって動きながら、ああでもないこうでもないと行きたいアトラクションを言う。遊園地は人混みの中で、人攫いに狙われることが多いため、念には念を入れていた。

牛やブタをモチーフにしたメリーゴーランド。透明で丸みを帯びたコーヒーカップ。ジェットコースターにフリーフォールにバイキング。屋台でジュースやアイスクリームを買いながら、アトラクションを制覇していく。

締めは港からも見えた、巨大な観覧車だ。シャボン玉を加工して作られたゴンドラが、ゆっくりと優雅に回るのは、見ているだけでも心が穏やかになる。スザクたちは3人グループに別れ、係員に誘導されてステップを登り、透明な虹色に輝くゴンドラに乗り込んだ。

「うわ〜〜〜小説でエースが見てた景色だサイコーーー!」

窓に張り付きそうな勢いで、キラッキラに目を輝かせながら、フレアは外の景色に夢中になっている。一緒に乗っていたスザクとリーゼは、彼女がはしゃぐ様子を楽しそうに眺めながら尋ねた。

「そういやフレアは、小説に出てくるイスカ少尉のこと、どう思ってんだ?」
「けっこう好き」
「え、意外。エースの夢女子なら、目の敵にしてもおかしくないと思ってた」
「ノベル読んだとき、2人の関係がそんなに甘くなかったから、私は平気だった。好敵手っていうか、いい感じの男女コンビだと思う。真面目で真っ直ぐで馬鹿正直でちょっと抜けてる女の子と、それを軽くあしらうちょいワル系太陽属性お兄さんの組み合わせって美味しすぎない? 2人の追いかけっこはもうちょっと詳しく書いてほしかった。さながらトムとジェリーよあれ。仲良くケンカしてくれ〜。ラストが切ないのもまたときめきポイント」
「めっちゃ語るじゃん」

エースが関係しているなら何でもいいのか。そういえばフレアはNLも楽しむタイプの夢女子だ。公式で推しの恋人さえ出されなければ、何でも楽しめるのかもしれない。

高い位置からのんびりと、シャボンディ諸島の景色を堪能し、もう1つのグループと合流する。それから6人は土産物屋を巡った。

「これが噂の……"偉大なる航路グランドライン饅頭"! 略して"グラマン"!」
「3ヶ月も日持ちするなんてすごいわ。どんな成分が入ってるのかしら」
「グラせんとグラチョコもゲットしました!」

試食のグラマンを口にすれば、しっとり柔らかな生地と、白あんの優しい甘さが舌の上に広がる。原作でも見たことがあるお土産を、無事に手に入れ、紙袋をいくつもぶら下げて歩く。無理強いはできないけど、コットンさんも一緒に来られればよかったな、とスザクは思った。

何も気にせずに、ただ皆で楽しく過ごせたらよかった。せめて他の観光地では、7人全員でこんな風に、思い切り楽しみたいな。そう思いながら店先を眺めていると、1つのキーホルダーが目に留まる。

それには、透明な虹色の玉を持った、ふわふわの白い生き物がくっついていた。つぶらな黒いビーズの目が、こちらを見つめている。可愛らしい生き物のマスコットを手に取り、スザクは店主に声をかけた。

***

「ただいま帰りました!」
「6人無事に帰還しましたー!」
「コットンさん、ただいま! これおみやげね!」
「おかえり。たくさん買ったな、君たち」

積まれた饅頭、せんべい、チョコレートの箱に、コットンがぱちぱちと瞬きをする。本をテーブルに置いて立ち上がったコットンに、スザクは包みを差し出した。

「船番ありがとうございます。これはおれから」
「? ありがとう。開けていいか?」
「はい」

不思議そうな顔で包みを開き、中のものを取り出す。キーホルダーを見たとき、コットンの目が少し見開かれ、頬がほんのりと薄紅色に染まった。

「可愛らしいな……」
「コットンさん、こういうの好きそうだと思って」
「好みだ。ありがとう」
「次の観光地は、皆で楽しみましょうね」
「……ああ」

目を柔らかく細め、コットンはふわりと嬉しそうに微笑む。凛々しい男装の麗人が、花のつぼみが開くような笑みを見せてくれる。それが嬉しくて、6人の表情も明るく緩んだ。

――うちの副船長を縛っている呪いが、少しでも解けますように。
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