修行しようとしたら死神が住んでた話


「これで大丈夫か?」
「イメージ通り! ありがと、コットンさん」
「もったいないなあ。せっかく伸ばしてたのに」

鏡を向けながら問うコットンに、フレアは振り返って明るく答える。1つまとめにするほど長かった、淡い茶色の髪は、すっきりと短くなっていた。それを後ろから眺めるリーゼが、残念そうに眉を下げる。

頂上戦争のときに、切られてザンバラになったり、毛先が焦げたりしてしまったフレアの髪。せっかくなので整えようと、フレアはコットンの手を借りたのだ。

前世でコスプレイヤーをしていたコットンは、衣装だけでなくウィッグも自作するほど、手先が器用だった。そのため今世では、船員たちの散髪係を担当することもある。

「大丈夫だよ。髪はまた伸びるし。まあ料理するなら、短いままの方がいいかなぁ」
「こうして見ると、フレアと再会したときのことを思い出すな」
「あの頃の髪は、短めだったからね」

当時のフレアは14歳。子どもの頃からショートヘアにしていて、髪を伸ばし始めたのはスザクたちと会ってからだ。懐かしそうに笑いながら、フレアはコットンに返事をする。

今日からいよいよ修行が始まる。皆の様子を見てきたスザクが、考えたメニューをもとに、各自で鍛錬していくつもりだ。

今回の戦争で自分の限界を知ったセイラは、ひたすら能力を使う特訓。
リーゼは、細切れにされても回復速度を上げる訓練。ダイナはナイフで、リーゼに攻撃し続けることで、速度を上げる訓練。
フレアは刀の素振りと、炎のコントロールの強化。そしてエースに新たな戦い方を教えること。
コットンは遠くから動くものを狙う狙撃の強化。スザクは、それをかいくぐりながら攻撃する訓練。
タタンは基礎的な力を更に上げる素振り。そしてメンタル強化のための瞑想。

フレアには、修行で疲れた皆の体を食事で癒す仕事もある。改めて頑張ろう、と気合を入れて、フレアたちは立ち上がった。


静かな場所を選ぶ者。あえて障害物が多い森を選ぶ者。それぞれが気に入った場所で特訓を始める中、フレアとエースは、障害物が無い開けた場所を選んでいた。

「メラメラの実の力は無くなってるけど、今の君は新しい力が宿ってる状態だよ」
「どういうことだ?」
「手、貸して」

首を傾げるエースに、フレアは右手を差し出す。エースが自分の右手を重ねると、温もりと共に淡い炎が灯った。紫がかったピンク色に、水色が混ざっているような、不思議な炎。

「この温かさを覚えて」
「心臓とお腹。体の中心から、この熱を全身に行き渡らせるイメージ」

言われるままに、エースは目を閉じて集中する。初めてのことでよく分からず、これでいいのかという戸惑いや焦りが彼を包んだ。思考に雑念が混ざり、眉間にシワを寄せて唸ると、とんと額を軽く突かれる。

「集中」

スイッチを押されたように、何かが切り替わる。深く息を吸い込んで、吐き出す。心臓と腹。体の中心で、炎が揺れてふくらむような感覚。そして、その熱が、全身の血流に乗って巡っていくような感覚がした。やがて温かい何かが、手のひらからあふれ出す。

「――うん。炎を出せたね」

目を開けると、エースの手のひらで炎が踊っていた。自分が今まで使っていた、赤やオレンジ色の炎ではない。フレアが使うのと同じ炎だ。三角形の火の粉が、ちらちらと舞う。

「コツを掴めたらこっちのもの。あとは自分の手足みたいに、炎を操る練習だね」
「すげェなこれ。どうなってんだ?」
「君を蘇生させるのに使った、特別な炎。メラメラの実とも、不死鳥の炎とも違うよ」

物質を燃やす性質と、肉体を再生させる力を持ち合わせる炎。そして硬化させれば、鎧も武器も乗り物も、自由自在に作れることを、フレアはエースに話す。

某アニメ映画に出てくる炎とよく似ているが、フレアが使うのは「並行宇宙に存在する炎生命体」ではない。あくまで、"それに限りなく近い炎"だ。

「エースはメラメラの実の能力者で、炎に適性があった。だから、この炎と共振できたんだと思う」
「なるほど。不思議炎ってことだな!」
「うん、まあそんな感じ」

ぽんと納得したように手を打つエースに、フレアは笑みをこぼす。今まで使っていた技を、新しい炎を使って再現しようとするエース。その隣で、フレアはたまにアドバイスをしながら、彼の練習を見守ることにした。

***

「今から休憩ー!」
「キッツイ」
「流石に疲れたな……」
「皆様、タオルをどうぞ」
「お疲れ様。水分補給をしっかりとね」

スザクの合図を聞いて、真面目にトレーニングをしていたメンバーが戻ってくる。地面に座り込んだり転がったりする彼女たちに、ダイナが真っ白なタオルを、セイラとフレアがドリンクのボトルを持ってきた。氷がカランと涼しげな音を立て、鮮やかに澄んだ赤色の液体が揺れる。

「わ、キレイ。これ何?」
「ハーブを使ったスポーツドリンクよ」
「ハイビスカスとローズヒップのハーブティーに、塩とはちみつを入れて作ったんだ」

ハイビスカスには、疲労回復に効くクエン酸が入っていること。そしてローズヒップには、レモンの20倍のビタミンCが含まれていることを、フレアが説明する。更にカルシウムや鉄分等のミネラルも、ポリフェノールも豊富に含まれていると言う。

「あ゛〜〜冷えてておいし〜」
「甘いのに酸っぱくて爽やかで、すごく飲みやすいです……!」
「乾いた喉と体に染み渡るようだな」
「ごくごく飲めちゃう」
「おかわりくれ!」

水分と塩分を補給したおかげで、しおれていた全員の表情に明るさが戻ってくる。畑仕事をしながら、8人の特訓を見守っていたドラクルも、同じハーブドリンクをもらっていた。

「お、これ美味いなァ。あとでレシピ教えてくれねェか?」
「いいですよ!」

グラスを傾けるドラクルは、肩に鋤をかつぎ、首にタオルを巻き、頭には麦わら帽子を被っていた。シンプルなTシャツと長ズボンと長靴という組み合わせが、いかにも農家のおじさんという雰囲気を出している。この人ほんとに"死神"か? と、フレアたちは内心で疑問に思った。

***

島に来てから1週間。フレアが作る栄養バランスがしっかりした食事と、充分な睡眠を摂り、それぞれの特訓をする。8人がこつこつと、規則正しく努力を積み重ねていたある日、ドラクルが言った。

「力が、欲しいか……?」
「何なになに。魔王みたいなこと言い出してどうしたの。欲しいけども」
「なら、おれが修行、手伝ってやろうか?」
「え、どういう風の吹き回し?」
「若いヤツが汗水垂らして頑張ってんのを見てたら、おいちゃん手ェ貸したくなっちまってよ」

ドラクルがニヤリと、楽しそうに笑う。茶目っ気を含んだ笑顔を見て、スザクは少し悩んだが、これはいい機会かもしれないと考えた。何せ彼は、罪状が多いがべらぼうに強い。世界政府から逃げ続けているスキルも持つため、学べることが多いかもしれない。

「分かりました。よろしくお願いします!」
「おうよ、任せろ。まずは肉弾戦担当の奴らだな。エースとリーゼ、ちょっと来い」

ドラクルの家から少し歩いたところにある、広々とした場所。6人が見守る中で、ドラクルは体を伸ばしてストレッチを始める。正面に立つエースとリーゼを、真っ黒な目で見つめ、ドラクルは言った。

「お前らどっちか、おれに1発入れてみな」
「そんなんでいいのか?」
「1人1発ずつじゃないんだ?」
「おう。全力で来いよ〜」

へらりと笑いながら、片手でちょいちょいと、2人を誘う仕草を取る。そんなドラクルに2人は構えた。リーゼと、ピンク色の炎を全身にまとわせたエースが、同時に駆け出す。

「"紙絵カミエ"」

拳がぶつかる寸前、ドラクルがひらりと2人の攻撃をかわした。風に吹かれる紙のように、柔らかな回避。2人が目を見開いた瞬間、リーゼの身体がバラバラになった。

「"嵐脚ランキャク"」

凄まじい速度で振り抜かれた足から、扇状の鎌風が飛んだのだ。プラナリアの能力を持つリーゼが4人に分裂する。複数でドラクルを囲み、押さえ込もうと飛びかかる。ドラクルの手足が、武装色の覇気で黒く染まった。

3秒後には、エースもリーゼも地面に転がっていた。

「おいおい、もう終わりか〜? おいちゃんまだ本気出してねェぜ〜?」

ニヤニヤ笑いながらドラクルがしゃがみ込む。煽るような笑顔で見下ろされ、エースとリーゼの負けん気に火がついた。ガバッと起き上がる2人に、ドラクルも構える。

「おらおらどうしたァエース! てめェはもう自然系ロギアじゃねェんだから、油断すんなァ!」
「チィッ、おっさんのくせに速ェ……!」
「リーゼも早く打ってこい! 六式なんざ見て盗め!」
「ふざけんなそんなすぐにできるかァ!」

投げ飛ばすドラクル。諦めずに何度も起き上がるエースとリーゼ。だんだん受け身が上手くなっていく2人と、ぽいぽい2人を投げまくるドラクルを眺めながら、6人はダイナがいれたお茶をすすっていた。

「ドラクルさん、何だか楽しそうです」
「エースとリーゼは大変そうだけどな」
「ドラクルさん、前世の記憶を思い出すのと、強くなるタイミングが違ってたら、救済行脚あんぎゃしてそう」
「青海救済道中膝栗毛ね」
「国語便覧に出てきそうなタイトルだ」

タタンの感想に、コットンが返事をする。スザクとセイラが、それぞれ思ったことを口にする隣で、フレアは前世で見た滑稽本を思い出した。

「そこのお前らも後で稽古してやるからな〜。楽しみにしとけよ〜」
「申し訳ございません。持病の"殿方と稽古してはいけない病"が」
「逃げちゃダメだよダイナさん」
「ウソップか、君は」
「ダイナもそんな冗談言うのね」
「はわわ……」

エースとリーゼの相手をしながら、ドラクルはイキイキとした笑顔を6人に向ける。よそ見をしている彼に、エースが火銃ヒガンを繰り出すが、全て軽々と避けられていた。真顔でNOを告げるダイナに、スザクやコットンたちがツッコミを入れる。

ダイナが本気で嫌だと思うなら、既に気配を消して、森のどこかに身を潜めているはずだ。やった方がいいのは承知の上だが、抗いたい気持ちもあるのだろう。分かる。だって手加減された上でコテンパンにされる未来しか見えない。

結局その日、丸腰のドラクルにかすり傷をつけたのは、タタンだけだった。



「今日の夕飯コイツにしようぜ!」
「元いたところに返して来なさい!」

エースが尻尾を掴んで持ってきたのは、1匹のタヌキだった。しょんぼりした顔で抵抗を全く見せない様子が、さすがに可哀想で、フレアは思わず声を上げる。それを聞きつけて、リーゼとコットンもやって来た。

「タヌキだ! カワイイー!」
「ホンドタヌキとよく似てるな」

コットンがエースからタヌキを受け取り、ころんとした体をそっと抱える。撫でると硬めの毛の感触が伝わってきた。森の方に帰そうと思ったが、タヌキはコットンの腕の中でくったりと気絶している。

「ん? おぉ、ぽん吉。来てたのか」
「ぽん吉? ドラクルさんのペット?」
「去年、害獣用の罠に引っかかってたのを助けたんだよ。ほらこれ」

近寄ってきたドラクルが、ぽん吉と呼んだタヌキの、短い前足を持ち上げる。そこには薄汚れた包帯が巻き付けられていた。

「もう怪我は治ってんだけどな。外そうとすると嫌がるから、このままにしてんだ。つーわけでエース。こいつを食うのは無しな」
「別のお肉をたらふく食べさせてあげるからね」
「おう! 捕まえて悪かったな」

コットンからぽん吉を受け取ると、ドラクルはその小さな頭を優しく撫でた。細められる目も同様に温かく、まるで慈しむように柔らかい。先ほどゲラゲラ笑いながら、8人相手に大立ち回りを演じていた人間からは、想像できない眼差しだった。

「ドラクルさぁん。その優しさを私たちにも分けてくれませんかぁ?」
「お前らには、死なないように強くなってもらいてェからな。ビシバシ行くぞ〜」

唇を尖らせるリーゼに、ドラクルはからからと笑いながら答える。汗と土埃にまみれた体を引きずるように、全員はドラクルの家に戻った。まずはお風呂を優先。その後ゆっくりごはんにしよう。

***

ドラクルとの特訓が追加されてから、全員の動きはだんだんと成長していった。最初は彼の速さについていけなかったが、回数を重ねるうちに、反応できるようになっていく。

最初クリアできそうにないゲームでも、繰り返すうちに慣れる。全員の動きと反射神経が良くなってきた辺りで、丸腰だったドラクルに装備が追加された。

「その辺の木の枝から作った、いい感じの棒だ」
「初期装備!!」
「ひのきのぼうじゃん!」
「舐めてんのかてめェ!」
「なぜ構え方が様になっているのでしょうか」

持っているのは、何の変哲もない木の棒。それなのに武器が増えただけで、難易度が上がった。それほど痛くはないが、肩やおでこや腕をぽこすか叩かれまくる。棒を振り下ろす直前に、力加減をする余裕がドラクルにあるということだ。

特訓。息抜き。特訓。自主練。やり過ぎて筋を痛めないように、身体を休ませる日も取り入れつつ、1日1日が飛ぶように過ぎていく。


「フレア、炎のコントロールは順調でっか?」
「ぼちぼちでんな〜」
「頂上戦争で出してた黒い龍。あれを自在に使えるようになったら戦力増すと思うんだけど、どうかな?」
「あのときはブチ切れてたからか、記憶が曖昧なんだよね。挑戦してるけど全然出せない……」
「火事場の馬鹿力ってやつか〜」

大剣を使って素振りをしながら、スザクが問いかける。刀を持って素振りをしつつ、フレアは質問に答えた。マリンフォードを火の海にしかねない勢いで、怒り狂っていたフレアを思い出しながら、スザクは空気を勢いよく切り裂く。

「そういえば、前から思ってたんだけど。フレアって、最推し相手によく耐えてるよ。私だったらあちこちで倒れてる自信ある」
「耐えてるつもりはあんまり無いかな。一周回って、尊い気持ちが愛でる気持ちに変換されてるというか……」
「なるほど?」
「ぶっちゃけエースが息してるだけで可愛い」
「もはや猫ちゃんに対する感想なんだよなぁ」

ほわほわと和んでいるようなフレアの笑顔を見て、スザクは納得した。だからいつも、菩薩みたいな顔でエースを見てたのか。まあ本来死ぬはずだった推しが生きてたら、一挙手一投足に感動してもおかしくない。スザクだったら、五体投地でこの世の全てに感謝を捧げていた。

「――御二方」
「うわああ!?」
「だ、ダイナさん!? いつの間に!?」
「黒い龍の辺りからいました」
「けっこう序盤!!」

背後から突然声をかけられ、フレアは刀を取り落としそうになった。スザクは思い切り肩を跳ね上げて、ダイナの方に振り向く。ダイナはいつも通りの楚々とした佇まいで、こちらを見ていた。

「お茶の支度が整いました。休憩をとりませんか?」
「……あ、けっこう時間経ってるね」
「休憩するけど……。ダイナさん、気配消すの上手すぎない? めっちゃびっくりした」
「特訓の成果が出ているようです。コットンさんとタタンも驚かせてきました」
「特に見聞色が得意なあの2人も?!」
「幻の6人目かい」

ただ戦うだけでなく、ドラクルはそれぞれにマンツーマンで教えることもあった。おかげでダイナは、気配の消し方、殺気の隠し方、死角からの攻撃に磨きがかかっているようだ。ちなみにリーゼは六式を叩き込まれており、ヒイヒイ言いながら食らいついている。

「皆の成長が見られて、船長は嬉しいよ」
「スザクの指導のおかげで、全員基礎はしっかりしていますからね」
「セイラさんとリーゼは、能力の覚醒も目指してるんだっけ」
「一朝一夕じゃできないから、無理しない程度に頑張ってるみたい。特にリーゼが、"私も羽衣出したい! かっこいいから!"って言ってた」
「羽衣目当てで覚醒を目指す人、初めて見たよ」
動物ゾオン系は覚醒すると、人格を取り込まれてしまう事が多いと聞きますが……。プラナリアに人格を取り込まれたらどうなるのでしょう」
「元気なリーゼがいなくなるのは嫌だな……」

表情が分からず言葉も発さず、ただ動いているだけのリーゼを想像して、スザクは眉をひそめた。たまに悪ふざけが過ぎることもあるが、好奇心旺盛で活発なのはリーゼの長所だ。それが失われるのは困る。リーゼの自我が保たれることを、祈るしかない。

***

ルフィによって、オックス・ベルが16回鳴らされた。

季節は巡り、新しい年が明ける。充実した準備期間の中で、食卓にお餅とペペロンチーノとケーキが2回出た。エースの分のみブートジョロキアが使われている特別製。エースがあの日を乗り越え、無事に歳を重ねられた記念だ。


皆が寝静まる11時半過ぎ。スザクはドラクルに呼ばれて、庭に出ていた。丸テーブルの上には、古びたラベルが貼られた1本の瓶と、2つのグラス。そしてオレンジ色の明かりを灯した、オイルランタンが置かれている。木製のガーデンチェアに腰かけたドラクルが、片手で手招きをした。

「スザクはハタチ過ぎてたよな。一緒に飲もうぜ」
「どうしたんですか? このワイン」
「ミホークが送ってくれた」

コルク栓を抜き、グラスに赤ワインが注がれる。プラムやチェリーのような果実の香りと、なめし革やタバコに似たアロマが合わさった、複雑な香りだ。少し口に含むと、力強い酸味と渋味が広がる。口の中を引き締めるような、パワフルな味わいだ。

「おれはけっこう好みなんだが、どうだ?」
「いいワインだね。でも私はもう少し甘い方が好み」
「ハハッ、そうか。まあでも、そのままでいいと思うぜ」

ドラクルがグラスを傾け、空を見上げる。スザクもつられて見上げると、頭上には満天の星が広がっていた。人工的な明かりが無いからこそ、無数のきらめきがはっきりと見える。

「苦いものを美味いと感じる日が来るなんて、あのときのおれは思わなかった」

静かに澄んだ空気の中で、ドラクルはぽつりと呟く。スザクは星空を見上げながら、彼の語る声に耳を傾けた。ちびちびとワインを舐めると、ブドウの皮のように苦くて渋い、アルコールが強めに効いた味が、喉にこぼれ落ちていく。

「ただの偶然なのは分かってる。だが、おれのところに来てくれて、ありがとう。他の奴らと関わる楽しさなんて、久しぶりだ」

星と乾杯するように、グラスを持ち上げながら、ドラクルは言う。ささやくようなその声は、染み入るように優しく、ほのかに寂しげな響きを持っているように聞こえた。

「……ドラクルさんさえよければ、一緒に来ませんか?」

スザクは思わず、そんな提案をしていた。誰も知らない、森に囲まれた孤島。住んでいるのは、人間1人とタヌキが1匹。理由があって怪物になった男だとしても、転生者同士なら何の心配も無い。彼も一緒に連れ出せないか。

ドラクルはぽかんとした顔で、スザクの真剣な顔を見つめ返す。それからケラケラと笑ってみせた。

「……ハッハッハ! バカ言え。おれを仲間にしちまったら、お前らの懸賞金が死ぬほど上がっちまうぞ」
「それでも、」
「それによォ。おいちゃん、もう旅も殺しも疲れちまったのよ」

おどけるような口調だが、その眼差しは暗く、燃え尽きた灰のように静かだった。スザクは口を閉じて、彼の言葉を待つ。旅に出る気が無い者を、無理やり連れ出すことはしたくなかった。

「"土から離れては生きられない"って、よく言ったもんだ。おれはこの島で、ぽん吉と静かに暮らしていく。そうしたいんだ」
「お前らが陸で一休みしたくなったら、いつでも来いよ。おいちゃんはここにいるからな」

ドラクルはグラスを回し、ワインをあおる。その隣で、スザクも残りの雫を飲み干した。ドラクルがこれまで辿ってきた人生を、連想させるような味。この苦味のような出来事が、まだ見ぬ自分の未来にも現れるのだろうか。

「お前らの冒険に、安穏と幸いあれ」

祈るようなドラクルの声と共に、カチンと2人のグラスがふれ合う。ドラクルが住む島に来てから2年目。フォレスト冒険団が、この島を出る前夜のことだった。
4/5ページ
スキ