平和主義者でも戦わなきゃいけないときがある
マリンフォード頂上戦争が、終結した。
フレアが高熱を出して倒れ、セイラは能力の使いすぎによる昏睡状態。何とか無事だった他の5人で、エースの無事を白ひげ海賊団に連絡したり、倒れた2人や眠り続けるエースの世話をしたりと、大忙しだった。
世界も同様。『白ひげ海賊団、マリンフォードから撤退』『火拳のエース、死亡か!?』等、様々な情報が号外となって、世界中に配られる。その中でもう1つ、大々的に公開されたニュースがあった。
頂上戦争から2日後のこと。食堂に7人全員が集まったところで、スザクがパンッと両手を打ち鳴らす。
「フレアとセイラさんの体調が整ったところで、改めて皆お疲れ様! 私は20年ぶりに本来の性別に戻れました! 見てイワさんプレゼンツの完璧なプロポーション」
「男性ならではの肉体美は失われたけど、至宝が2つもあるから実質プラス」
「リーゼ、おじさんみたいよ」
スザクに抱きつき、形のいい胸に顔を埋めながら話すリーゼ。そんなリーゼを見ながら、セイラは困ったような顔でたしなめる。カリファにやったら「セクハラです」と言われそうな行動だ。
しかしスザクは気にする様子を見せず、むしろ包容力を表すかのようにリーゼを抱きしめ、その頭を撫でていた。
気が済んだらしい2人が離れたところで、コットンがテーブルの上に新聞を広げる。そこに印刷されているのは、7枚分の手配書と、大きく記されたタイトルだった。
『フォレスト冒険団改めフォレスト海賊団、指名手配決定』
「おめでとう。これにて私たちは賞金首デビューだ」
「イヤーーッ!」
「ヤダーーッ!」
「ちいかわか」
「まあ、やっぱりそうなるわよね」
「タタンが一番高額だ」
覚悟を決めたように、現実を告げるコットン。リーゼは反射的に、ムンクの叫びのようなポーズで悲鳴を上げ、タタンは半べそをかいた。ツッコミを入れるスザクの横で、セイラが片手を頬に当てながら苦笑する。フレアとダイナは、詳しい内容を知るために、新聞をのぞき込んだ。
『夢想家』スザク、9000万ベリー
『鷲の目』コットン、7500万ベリー
『業火』のフレア、8900万ベリー
『絵空事の魔女』セイラ、9200万ベリー
『百人力』のリーゼ、7600万ベリー
『鉄の淑女』ダイナ、7800万ベリー
『涙の狂戦士』タタン、1億8000万ベリー
「なーんか初手から高くない? 気のせい?」
「タタン、政府に泣き虫バーサーカー呼ばわりされてんのウケんね」
「面白くないですよぅ……」
「2つ名、炎の料理人とかがよかったな」
「大将クラスと渡り合えてた3人は、6億行く可能性もあると思ってたが、それよりは低いな」
あれこれ話してから、それぞれの席につく。気を取り直すように、スザクは全員を見回してから、口を開いた。
「さて、タタンが最後頑張ったので、原作にかなり影響を与えちゃったわけだけど」
「わ、私、何かしちゃいましたか……!?」
「なろう系主人公でしょうか」
「『涙の狂戦士の成り上がり〜失敗作だと思われてた私が、実はフィールドデバフかかってただけで、めちゃんこ強かった件について〜』」
「実際にありそう」
涙目のまま慌てるタタン。ダイナが冷静にツッコミを入れ、リーゼはライトノベルのようなタイトルを即興で思いつく。フレアが感想を言い終わってから、スザクは話を始めた。
「今の状況を確認しようか」
「白ひげ海賊団には、エースが生きてることと、私たちが彼を匿うことについて、説明済み。OKももらってる」
「新聞によると、エースが死んだと思われてる説は濃厚。サボが記憶を取り戻す際の障害になる可能性は低い」
ただ、フレアがエースを抱えて逃走する写真は撮られていた。フォレスト冒険団がエースの遺体を所持している、もしくはエースに何かした可能性があると、世間には思われているだろう。
「ルフィの方はどう?」
「ジンベエさんに説明したから、エースは死んだことにして、話を進めてくれると思う。……多分、内心は罪悪感すごくなりそうだけど……」
スザクに問われたフレアは、そこまで話してから、ジンベエに対して申し訳なさそうに眉を下げた。大切な兄を亡くし、自暴自棄になったルフィを叱咤して、まだ仲間がいることを思い出させた大事な存在。そんな彼に、今は誰にも言えない秘密を抱かせてしまうのは、さすがに心苦しかった。
「白ひげさんは、怪我の後遺症の影響で、故郷のスフィンクスに隠居することを決めた」
「今は白ひげ海賊団と傘下の海賊たちで、ナワバリの島を守りつつ、黒ひげたちへの警戒をしてるみたい。落とし前戦争は、まだ起きてない」
セイラがほっと息をつく。原作では黒ひげがグラグラの実の能力を手に入れ、マリンフォードで絶望的な状況を作り出していた。それを結果的に阻止したことで、この先どうなるかは、まだ分からない。しかしセイラにとっては、大切な人の能力が、悪意を持つ人間に使われることよりも、良いと思えた。
「深追いしようとするサカズキたちを、コビーとシャンクスが止めてくれたのは原作通り」
「とりあえず私たちは目標達成。最後に、皆に伝えておきたいことがある」
そこまで話してから、スザクは更に真面目な表情を作る。6人がこくりと唾を飲み込み、次の言葉を待つ。
「エースが船に乗ってるからね。皆、戸締まりと見られたくない物の管理をしっかりするように。夢創作してるメンバーは特に」
「スケッチブック、金庫にしまいまッス!」
「書きかけの夢小説片付けなきゃ……!」
「この間書き終えた、ハード系裏夢小説が出しっぱなしでした」
「ダイナの作品が、一番の危険物ね」
「文字媒体はともかく、イラストは言い逃れできないのが難点だな」
「絵が上手いと大変ですね……」
スザクの一言に、夢絵師のリーゼ、夢書きのフレア、裏夢担当のダイナが立ち上がる。3人は今世でも夢創作をしているメンバーだ。スケッチブックや原稿用紙に直筆で書いたり、タイプライターを使って紙に文字を打ち込んだりしている。
頭に浮かんだら、形にせずにはいられない。そういう性分だ。今さら止められるなら苦労していない。
***
「……ここ、は……」
エースが目覚めたのは、その翌日だった。見覚えのない天井と、知らない部屋の匂い。記憶を探りながら体を起こしたとき、彼はハッと自分の胸に手を当てた。
「……おれは、あのとき……」
考えるよりも先に、体が動いていた。自分を守ろうとしてくれた女に、マグマの拳が振り下ろされそうになって。それを止めようと2人の間に割り込んで……。その後、どうなった?
マグマの熱で皮膚が焼かれ、拳が肉にめり込み、心臓までえぐり抜かれた。そのはずが、体のどこにも火傷や穴は見当たらない。体をぺたぺたと両手でさわり、心臓が規則正しく脈打っていることを確認する。
そのとき、トントンとドアが叩かれ、静かに開いた。
「――おや、目が覚めたのか」
入ってきたのは、すらりとした中性的な女だ。エースよりも身長が高く、シャツとベストとスラックスという服装も相まって、線が細い青年に見えなくもない。少し離れた場所にある丸椅子に、彼女は腰掛けた。
「気分は平気か? 痛むところや、苦しいところは?」
「……ねェ、が。ここは、いったい……」
「ここはトロイメライ号の医務室だ。君のことは、私たち『フォレスト冒険団』が、責任をもって保護した」
「……! ルフィは! オヤジたちは?!」
「落ち着け。これから説明する」
副船長のコットンと名乗る女が、新聞を持ってきてくれる。食い入るように目を通しながら、エースは戦争がどうなったのかを知り、あの日の出来事を思い返していた。
「ルフィは、ジンベエとハートの海賊団に助けられたそうだ」
「そうか、よかった……。……ところで、おれ、死んだと思われてんのか」
「このまま匿うのに好都合だと判断した。白ひげ海賊団には真実を話しているから、安心してくれ。君のことは、必ず彼らのもとに送り届ける」
真っ直ぐで冷静な眼差しは、信用するに足る人物だと思えた。エースが頷いて新聞を返すと、コットンはそれを受け取って立ち上がる。
「体調に問題無いなら、甲板に出て外の空気を吸うといい。声をかけてくれれば、食事の用意もしよう」
「……じゃあ、案内を頼んでもいいか」
「分かった。少し待っててくれ」
コットンが部屋を出ていく。その後、何やら複数のざわめく声が聞こえた。待つこと10分程度、コットンが医務室に戻ってくる。
「待たせたな。行こう」
彼女について部屋を出る。ホコリ1つない廊下を歩きながら、エースは船の中を見回した。部屋のドアには看板がかけられ、どこがどの部屋か分かりやすくなっている。船員の個室なのか、手作りらしい木の看板に名前が書かれたものもあった。
窓付きのドアが開かれ、甲板に出る。爽やかな潮風が吹き抜け、エースは深呼吸をした。
「お。おはよう、火拳のエース」
こちらに気づいたように、1人の人物が歩いてくる。エースと身長がほとんど変わらない。長い黒髪とスカートの裾が、柔らかく翻る。星のように輝く赤目の女は、歓迎するようににっこり笑って、エースに片手を差し出した。
「フォレスト冒険団、船長のスザクです。よろしくね」
「お、おう。よろしく。……お前らが、オヤジたちと一緒に、おれを助けに来てくれたのか」
その手を握り返しながら、エースは問いかける。フォレスト冒険団の話は、白ひげから聞いていた。新聞にフォレスト冒険団の活躍が載ると、「おれの娘がいる」と懐かしそうに、目を細めて話していたのだ。
悪い奴らではないと知っている。しかし、赤の他人であるはずの自分に、彼女たちがここまでしてくれるとは思わなかった。例え「白ひげ海賊団への恩返し」だとしても。
「そうだよ。ちなみに君を直接助けたのは、うちのフレア。コック兼薬師の剣使い」
「コックって……あいつか!」
自分の代わりに、サカズキの前に立ちはだかった人物のことを、エースは思い出す。白いコックコートを着ていて、包丁のような刀を使っていた。それと共に、突然ぶつけられた好意を思い出して、エースの顔が赤く火照る。
「顔赤っ。……照れてる?」
「てっ、照れてねェ!」
口元に手を当てて、にまにまと頬を緩めるスザクに、エースは言い返す。エースは、弟であるルフィや、家族である白ひげ海賊団以外の他人から、あんなに好意をぶつけられたことは無かった。波のように突如押し寄せた、1人の想いの勢いに、圧倒されそうになる。
だから、気になった。エースが"海賊王の息子"で"鬼の子"だと明かされても、なお自分を「好きだ」と言い放った彼女のことが、知りたいと思った。だからあの時、とっさに体が動いたのかもしれない。
「……オヤジたちや、おれを助けてくれて、ありがとう」
深々と頭を下げ、エースは心からの感謝をスザクに伝える。そして顔を上げ、真剣な目つきでスザクを見つめた。
「……あいつと、フレアと話がしたい。あいつは、今どこにいるんだ?」
「フレアなら、キッチンでごはんの準備してるよ。あーでも、今は料理に集中させてあげてほしいな」
エースが起きたと、コットンから聞かされたフレアが最初に始めたのは、料理の準備だった。時刻はちょうどお昼時。船員とエースの胃袋を満たすため、せっせと食材を調理している。
最推しの口に入るものとなれば、今まで以上に集中して作りたいに違いない。そう思ってスザクは話した。
「話はゆっくりできるときに、した方がいい。フレアのごはん美味しいから、期待していいよ」
***
「えー! 今日めっちゃごちそうじゃん!」
食卓にずらりと並んだ料理を見て、リーゼが歓声を上げる。蒸し鶏のサラダ、唐揚げ、肉じゃが、豚の角煮、味噌汁とほかほかのご飯。デザートには桃やパイナップル等のフルーツ盛り合わせ。船員たちの好物も、いくつか取り揃えたごちそうに、全員が目を輝かせた。
「皆の快気祝いと、お疲れ様の気持ちを込めて作ってたら、こんな量になっちゃった」
「フレアも病み上がりでしょ? 大丈夫?」
「平気平気。もう熱下がったし」
直角に曲げた両腕を、軽く上下させながら、フレアは笑う。皆を温めてくれる焚き火のような笑顔に、皆の頬も緩む。予備の椅子を追加したテーブルに、全員がついて手を合わせた。
「いただきます!」
コットンが自分の皿にサラダを取り分け、少しずつ味わうように口に含む。リーゼは唐揚げ、タタンは肉じゃがに箸を伸ばした。スザクはパイナップルをひと切れつまんでから、サラダと角煮を取り分ける。ダイナとセイラは味噌汁から口に入れた。
「唐揚げうんまー!」
「肉じゃが、ホクホクで美味しいです……!」
「ご飯が進む〜!」
「やっぱりフレアの料理は、心が和やかになりますね」
和気あいあいとした食事風景に、エースはつい見とれていた。白ひげ海賊団の宴と似ているようで、また少し違う。仲間は今、どうしているだろう。少しの間ぼうっとしていたとき、ことりと角煮の入った取り皿が置かれた。
「はい、どうぞ」
見上げれば、フレアのオレンジ色の目が、柔らかくエースを見ている。その優しい表情に、エースは顔も知らない母を重ねた。
「あ……、ありがとう。いただきます」
大きめに切られた角煮を1つ、口に入れる。とろけるように柔らかな肉を噛み締めれば、よく染みた甘辛い味と脂の甘みが、じゅわりと口いっぱいに広がった。白米を頬張り、また角煮を口に入れる。
体が空腹を訴えてくる。唐揚げも肉じゃがも、味噌汁も温かい。五臓六腑だけでなく、魂まで染み渡るような味がした。食べれば食べるほど、自分が生きていると、実感する。
「……ッ、……ッ」
気がつけば、エースの目から涙がこぼれ落ちていた。茶碗で顔を隠すようにご飯をかき込む。フォレスト冒険団のメンバーは、それに気づかないふりをして、食事を続けていた。
***
食事と片付けが終わった頃。食堂にはフレアとエースの2人だけが残っていた。「話がある」と声をかけたエースに、ほうじ茶が入ったグラスを渡して、フレアは席につく。
「どうしたの? 話って」
「……何で。あんなに、……」
どう言葉にすればいいか分からず、エースは黙り込む。彼の言葉を待つように、フレアはこくりとお茶を口に含んだ。手探りで言葉を探すように、エースは疑問に思ったことを、ぽつぽつと口にしていく。
「……おれは、ルフィやオヤジたち以外に、愛をもらったことがねェ。だから、不思議でしょうがねェんだ」
「何で、会ったばかりのおれに、あんなにはっきり……。「好き」なんて、言ってくれたんだ」
顔を上げて、フレアの目を見る。フレアは虚をつかれたように目を見開いてから、目線を下げる。耳や頬が、うっすらと赤く染まっていく。
「……確かに、対面では会ったばかりだけど。君の活躍は、ずっと見てた。見てるうちに、いつの間にか惹かれてた」
エースと目を合わせて、フレアは自分の気持ちを話し出す。最初は太陽のような明るさや自由奔放な強さ。弟を思う兄としての姿に惹かれた。よく食べよく動く健康優良児な様子を、愛しいと思った。
そして漫画を読んでいくうちに、「生まれてきてもよかったのか」と、幼い彼が真っ黒な目で語るのを見た。「生まれてきてはいけない人間なんていない」と、彼を抱きしめて伝えたくなった。そんな想いを、素直に告白する。
「いつか伝えたいって思ってた。世界中の誰が何を言ったって、私は君が好きで、君に生きてほしいって」
自分に対して、そんなことを言ってくれる他人がいたなんて、エースは夢にも思わなかった。もしかしたら一生会わなかったかもしれない。そんな存在に会えることは、一体どれほどの確率なのだろう。
「ついでに、この言葉を贈らせてほしい」
フレアはまるで、神のお告げのように静かに告げた。
「2度目の人生……噛みしめて生きるといい」
「それ別の作品なんだよ」
「ノッキングマスター次郎じゃん」
実は食堂のドアに耳を押し当てて、中の様子を聞いていたフォレスト冒険団。スザクとリーゼは思わず小声でツッコミを入れた。
***
「メラメラの実の力が、使えなくなってんだよな」
「1回心停止したから、その影響かな」
ある日のこと。エースが、メラメラの実の能力を使えないことに気がついた。炎が出ず、体を炎に変えることもできない。試しに海に飛び込んでみたが、沈まず泳ぐことができた。
今まで使っていた武器を失った今、どうすべきか。スザクはにっこり笑って全員を見回し、パチンと指を鳴らした。
「時間はたっぷりあるからね」
「やるでしょ、修行」
原作キャラの強さに置いていかれないように。この先も彼女たちが、安全に冒険を続けられるように。そしてエースが死なないように、力をつけるために。
2年間の修行、開始である。