平和主義者でも戦わなきゃいけないときがある



「お願いします。マリンフォードに行かせてください」

静かな声が、凛と響いた。深く頭を下げるフレアとセイラを見て、とうとうこの日が来たかとスザクは思う。食堂のテーブルの上に広げられた新聞には、分かりやすく大きな見出しが印刷されていた。

『白ひげ海賊団の2番隊隊長、火拳のエースの公開処刑が決定』

テーブルに両肘を立てて寄りかかり、自分の両手を口元に持ってくる。いわゆるゲンドウポーズで、スザクは重々しく口を開いた。

「会議を始めます。議長はおれ、船長のスザクだ。タタンは、マリンフォード頂上戦争を覚えてるか?」
「は、はい。ええと、ルフィのお兄さんを助けるための戦いですよね? 初めてアニメキャラが死んじゃうのを見たので、けっこう印象深いです」
「かわいそう……」

突然話を振られ、タタンは前世の記憶をたぐり寄せながら答える。主人公であるルフィが、あれほど命を削りながら頑張ったのだから、最後はきっと報われる。そう思い、手に汗握りながら毎週テレビにかじりつき、続きはまだかとモヤモヤしていた。その先に待っていたのは、ルフィが愛する存在を失う結末だった。

「またエースが死ぬのを見たら、私の精神も崩壊する。エースの死が、ルフィの成長にとって大事だってのは分かってる。分かってるけど、それでも彼が死ぬのは耐えられない」
「頂上戦争の結末が公開された後、『赤犬〇す』botになっちゃったフレアだ。面構えが違う」

普段朗らかな笑顔を浮かべているフレアからは、想像もできないほどに、深刻な真顔だ。リーゼが圧倒されたように呟いたとき、冷静な眼差しでフレアを見ていたダイナが口を開く。

「策はあるんですか? 助けたい、死なせたくない、その気持ちは立派です。しかし今回の戦争は話が別です。自分の命さえ守り切れるか分からないのに、人の命を救う? 綺麗事だけでは無駄死にするだけです」

「……私もダイナと同意見だ。大事な船員を、死地に行かせるわけにはいかない。それにエースを助けられたとしても、この先の未来に与える影響を考えなければならない。ルフィの成長はもちろん、失われるはずだった命を拾い上げる責任。それを背負えるか?」

原作で死ぬはずだった命を救済すること。それは1人の人間の運命を変えることであり、原作の展開――未来を変えることでもある。本来この世界に存在しない人間が、成し得ることか。許されることか。コットンも言うように、意見が分かれるのは、当然のことだった。

「私たちにとって、彼らは唯一無二の愛する推し。けれど彼らにとって私たちは、縁もゆかりも無い赤の他人です。同じ想いが返ってくるとは限りませんし、助けに行っても不審がられる可能性があります」

あえて厳しい言葉を選びながら、ダイナは淡々と続ける。

「夢小説なら、頂上戦争で全員助けて、ハッピーエンドで幕を下ろせます。しかし、ここは現実です。戦争が終わっても明日は来る。人生は続いていくんです」

これで折れるような覚悟なら、頂上戦争で生き残ることすら叶わないだろう。これから立ち向かおうとしている現実の厳しさを察し、リーゼとタタンはハラハラしながら、向かい合う4人を交互に見た。スザクは6人を一望できる席で、じっと様子を見守っている。

少しうつむいていたフレアが、顔を上げる。そのファイアオパールに似た目に曇りは無く、真っ直ぐな覚悟が宿っているようだった。

「助けるなら、エースの死を偽装して助ける。ルフィの修行ルートを壊さないために」
「エースのために、エースを好きな自分のために動きたい。何もしないで後悔したくない」

「私も、大切な人のために自分の力を使いたいの。例え自己満足だとしても、できることがあるなら、やらずにはいられない。それに自分の望みさえ押し通せない者が、この海を渡っていけるわけないでしょう」

セイラの目にも、揺るがない決意が秘められているように見えた。2人の気持ちがしっかりと固まっていることを理解し、ダイナはそっと長いまつ毛を伏せる。

「……そこまで覚悟を決めているなら、私から言うことはありません」
「どうする? 船長」

コットンを含め、全員がスザクの方を向く。2人を行かせるか、2人を止めるか。それとも……。どんな船長命令が行使されるか、フレアとセイラはこくりと唾を飲み込む。6人の視線を受け止め、スザクは軽く頷いてみせた。

「うん。行こう、頂上戦争」
「……一緒に、来てくれるの?」
「おれ達の命くらい一緒に賭けてみろ! 仲間だろうが!」
「それアラバスタ」

アラバスタ編で、ルフィがビビに言ったセリフを引用するスザクに、フレアがツッコミを入れる。そのとき緊張していた空気が、ふわっと解けたような気がした。

「そうと決まれば、白ひげさんに挨拶した方がいいな。ぶっつけ本番で顔合わせて、第三勢力の敵だと思われたら、こっちが死ぬ」
「白ひげさん率いる海賊艦隊と、海軍本部&王下七武海だからな……」
「"小娘共の助けなんかいらねェよアホンダラ"、と言われないことを祈りましょう」
「億超え賞金首を海軍に引き渡したことあるし、戦力としては大丈夫だと思いたい」
「まずこの広い海で、今から白ひげさん探すの無理ゲーでは?」
「大丈夫よ。これがあるわ」

疑問を口にするリーゼに対し、セイラが取り出したのは、彼女が大切にしている宝石箱だ。蓋を開けると、中には四角い紙切れが1枚。そして見覚えのある、特徴的な青い十字架のペンダントが収められている。

「ニューゲートさんのビブルカードと、白ひげ海賊団マークのペンダントよ」
「何でそんなの持ってんの!?」
「実は私、モビー・ディック号に乗っていたことがあるの」
「えっ、推しの船に乗ってたのに降りたの!?もったいない!」
「推しと一つ屋根の下で暮らしながら、常にポーカーフェイスと平常心を保てる者だけが、私に石を投げてちょうだい」
「ナマ言ってすんませんでした」
「それは確かに無理だわ」

にっこり微笑みながら、セイラはヨハネによる福音書をなぞらえる。それを聞いたリーゼはくるりと手のひらを返し、スザクも頷きながら答えた。

***

たまに島に寄って物資の補給をしつつ、ビブルカードが指し示す方角に船を進める。そうして航海を続ける中、トロイメライ号の前方に船の影が見えた。遠くからでも分かる、巨大な白鯨を象った船首。かの有名なメルヴィルの小説に登場する、白いマッコウクジラと同じ名前の船だ。

「懐かしい……! 久しぶりのモビー・ディック号だわ……!」
「うわ〜〜待って待って待って、おれ今日ついに推しと対面しちゃうってこと? 緊張してきた誰かおれの手握ってお願い」
「船長同士の挨拶に対する緊張は無いのか?」
「逆に強いよ、うちの船長。相手四皇なのに」

コットンに左手を、リーゼに右手を握ってもらいながら、スザクは深呼吸を繰り返す。心臓はバクバクと忙しなく跳ね回っているようだ。セイラはというと、船べりに手を置いて、軽く身を乗り出すようにしながら、モビー・ディック号を見つめていた。

「気持ちは分かるが、白ひげ海賊団の前では船長の威厳を保ってくれ」
「あい……がんばります……」
「リラックス効果があるハーブを詰めたサシェ、一応入れとくね」

薬屋を営んでいた祖母のおかげで、ハーブの知識があるフレアが、スザクの上着のポケットに香り袋をねじ込む。ラベンダーの香りがほのかに漂い、スザクの気持ちが少し落ち着いていった。

「挨拶に行くメンバーは、おれとセイラさんとコットンさんでファイナルアンサー?」
「私がいた方が、話がスムーズになる確率が上がるものね」
「セイラは潤滑剤、私は何かあったときのフォロー担当だ。白ひげ海賊団推しの2人だけで行かせるのは、少々心配だからな」
「緊張と興奮で挨拶どころじゃなくなったら、目も当てられないもんね」

さすがにこんな初手でつまずくわけにはいかない。手土産の酒瓶と果物の確認をしながら、フレアは頷いた。頂上戦争に行きたいと言い出した手前、自分も挨拶メンバーに入りたかったが、冷静沈着なコットンに任せた方が確実だった。

3人は服装を整え、心の準備を終える。手土産を抱えたスザクの目つきが、スイッチを入れるように凛々しく変わった。

***

モビー・ディック号の前方に、小さな船が見えた。見慣れないが、全く見たことがないわけではない。それは新聞で見るよりも、不思議な雰囲気を‪まとっているように見えた。

――『フォレスト冒険団』。
しばしば新聞に名が乗る、団体の名前だ。海賊のように略奪はせず、海軍のように世界政府に属することもない。ただ、船1つであちこちの海を旅しているという、海賊とはまた違う自由さを持つ者たち。

メンバーは全部で7人。船長を除いた6人は女だが、それでもこの海を渡っていけるだけの戦闘力。あるときは海賊に支配されていた村を救い、またあるときは人身売買の拠点を潰したと聞く。

旗が揺れる。植物で作られた地球儀のようなマークが、目に焼き付く。

こんなときに、なぜ彼らが。船員だけでなく隊長たちも動揺を見せる中、白ひげはどっしりと椅子に腰かけたまま、彼らの船を見つめていた。


「ただいま戻りました。オヤジ様」

許可を得て乗り込んできたのは、3人。深々と頭を下げてから白ひげを見上げるのは、かつてモビー・ディック号に乗っていたセイラだ。9年ぶりに見る彼女は、更に美しさとしとやかさが増しているように見える。

「グラララ……。よく戻ったな、娘よ」

懐かしい愛娘の帰りに、白ひげは笑みをこぼす。その体に点滴の管はつけられていない。そのことにセイラたちが目を見張ったとき、白ひげは口を開いた。

「お前の帰りを待っていた。お前がくれた『命の水』……。あれのおかげで、おれも家族も助かった」

白ひげが後ろに軽く視線を向ける。そこから現れたのは、茶色の髪を大きなポンパドゥールにまとめた男だ。白いコックコートと、首に巻いた黄色いスカーフが、陽光の下で眩しく映る。セイラは思わず、口を両手で押さえていた。

「サッチさん……!?」
「セイラちゃんじゃねェか! おかえり!」

片手を上げ、日差しのように陽気な笑顔を見せるのは、白ひげ海賊団4番隊隊長のサッチ。――ヤミヤミの実を狙ったマーシャル・D・ティーチによって、殺されたはずの男が、そこにいた。

「礼を言わせてくれ。……ありがとう」
「そんな……! 頭を上げてください! オヤジ様!」

椅子に座ったままとはいえ、深く頭を下げた白ひげに、セイラは慌てる。やがて白ひげは顔を上げ、セイラのすぐ側に控えていた2人に目を向けた。

「お前らが、セイラの仲間だな。『フォレスト冒険団』」
「お初にお目にかかります。船長のスザクと申します」
「同じく、副船長のコットンです」

男――スザクは、まるで王族や貴族を相手にしているかのような、ボウ・アンド・スクレープを見せた。男にしては長く艶やかな、烏の濡れ羽色の髪がさらりと流れ落ちる。エースと同じ歳くらいに見えるが、精悍さと礼節を兼ね備えた人物のようだ。

確かに色男だが、酒場で飲んだくれている男たちが下卑た態度で話していた噂とは、まるで違うように見える。とても女を侍らせて悦に入る、軟派な男には見えない。

コットンと名乗る女もまた、美しい青年と見まごうような、中性的な容姿をしていた。短く切った銀の髪に、すらりと高い背。細い体躯。その立ち振る舞いは、おとぎ話に出てくるような、理想的な王子か騎士のような印象を与えた。

「お前らが来たのは、どういう用件だ。おれの娘を送り届けに来たわけじゃねェだろう」

彼らの本当の姿を見極めるように、白ひげは目を細める。ビリビリと空気が震え、威嚇のような軽い覇気がスザクを襲った。それを真正面から受け止めたうえで、スザクは白ひげを真っ直ぐ見つめ返す。

「まずは、仲間を救ってくださったことに礼を。人攫いに捕まったところを、あなた方に助けてもらったと、セイラさんから聞いています」

数歩白ひげのもとへ歩み寄り、スザクは持っていた酒瓶と、新鮮な柑橘系の果物が入った木箱を置く。そしてスッと片膝をつき、臆することなく、海を統べる皇帝の1人を見上げた。

「あなた方がいなければ、おれたちは昔馴染みであり、大切な仲間であるセイラさんに再会できなかった。その恩を返したい」
「この度の戦い、『フォレスト冒険団』一同、助太刀させてほしい」

白ひげ側の船員たちがざわめく。隊長格も相手の本心を探ろうとするように、スザクから目を離せずにいた。フォレスト冒険団はどちらかといえば、弱きを助け強きをくじく存在。賞金稼ぎのような一面も持つ、一般市民の味方のはず。自分たちのような海賊へ手を貸すなんて、信じ難いことだった。

しかしその訴えは、シンプルかつ芯が通っている。仁義を通そうとするようなその姿と、意志の強さを宿した目に、白ひげは口角を上げていた。

「本気か? 海賊に手を貸したらどうなるか、分からねェバカじゃねェだろう」
「海軍に追われることは重々承知です」

まるで白ひげしか見えていないかのような眼差しだ。自分がしたい選択をすること、そしてその選択に責任を取ること。自由と無法を履き違えていない若造に対し、白ひげは満足そうに笑みを深める。そして太い腕を伸ばし、スザクが献上した酒瓶を手に取った。

栓を抜き、ぐびりとあおる。彼の好みである、糖分が少なくキレのある味わいが、舌に広がった。酒を飲み干したのは了承の証。酒瓶を置き、白ひげはスザクに告げる。

「いい覚悟だ、小僧」

その言葉を聞いて、コットンとセイラは密かに胸を撫で下ろす。会う直前までは、別のことに気を取られておろおろしていたというのに、スザクはやはり本番に強い。まずは第1関門、突破である。

***

「一旦、今の状況を整理しようか」
「セイラさんが間接的とはいえ、既に救済してたのにはひっくり返ったよ」
「これで白ひげさんの身体が全盛期になってたら、頂上戦争RTA確定だったな」
「オヤジ様と話したけど、老いによる衰えまでは治せなかったみたい」

モビー・ディック号と共に、マリンフォードへ向かう中。7人は再び会議と称して、食堂のテーブルを囲んでいた。

ちなみに『命の水』とは、グリム童話に載っている物語に出てくる、どんなに死にそうな病気や怪我も癒すという水である。おとぎ話の万能薬と言ってもいいが、実現できるのは1日に小瓶1つ分の量だけ。それをセイラはこつこつ貯めていた。

「『若返りの水』も混ぜておけばよかったかしら……」
「こらこらこら勝手に延命しようとするな」
「本人の同意が無い延命治療、ダメ絶対」

セイラがハッと思いついたように、口元に指を当てたため、一同は一斉に止めた。普段のセイラはおっとりした大人のお姉さんだが、白ひげが関わると割と過激派になりかねないのは、最近得た気づきだった。

「まあサッチさん生きてて、白ひげさんの病気が治ってるなら、ちょっと有利かも」
「まだ油断できないけどね〜。大規模な戦争参加なんて初めてだから、ドキドキすんね」

リーゼの言う通り。億超えの賞金首を捕まえたり、人身売買の元締めを壊滅させたりしたことはあれど、敵対する者同士がぶつかり合う場に入るのは初めてだった。

武器の手入れは普段からしているし、物資の補給も既に済ませている。コーティングもとっくの昔にしていたため、今さらやることが無い。馴染んだ船の中で、手持ち無沙汰の全員が、どこか落ち着かない空気を出していた。

「コットンさん、精神統一は順調そうか?」
「刺繍が5作品目に突入した」
「めっちゃ作っとる」
「よろしければ、後で見せてください」

「セイラさん。白ひげさんの船にちょくちょく行ってるけど、何かこっちにも手伝えることある?」
「積もる話を少しずつしてるだけよ。私も何か手伝いたいと言ったのだけれど、『ゆっくりしてくれ』って言われちゃったわ」

どうしたもんか。皆で甲板に出て、練習試合みたいなことでもしようか。身体を動かせば気も紛れるかもしれない。スザクがゲンドウポーズで悩んでいたとき、食堂のドアが軽やかに鳴った。

「失礼しまーす。スザク、ちょっといい?」
「どうした? プラナリーゼ」

ひょこりと顔を出したのは、リーゼとそっくりな体と顔。見張り代わりに置いていた、リーゼの分裂体だ。スザクが問いかけると、分裂体は外の方を指さして、楽しげな表情で答える。

「不死鳥マルコがスザクと話したいって」
「ヘアッ!?」
「今、甲板に置いてる椅子に座って待ってる」

突然のことに、スザクは奇声を上げて身体を浮かせた。挨拶に行ったときは、白ひげ以外を視界に入れないように頑張っていたが、今は何と最推しがこの船に来ているらしい。

素早くぱたぱたと服のシワを伸ばし、念入りに手入れをしている髪にクシを入れる。まさに恋する乙女のような、スザクのいじらしい仕草に、船員たちの心が思わず和んだ。なお、今のスザクの外見は、世の女性を全員抱いたような美男子である。

「お茶を入れてきます。スザクの私物を使ってもよろしいですか?」
「お願いします! ありがとダイナさん!」

スカートとエプロンの裾を翻し、ダイナはティーポットを片手にキッチンへ向かう。早足で甲板へと急ぐスザクに、他の5人はこっそりついて行くことにした。


「遅くなってすまない」
「気にしなくていいよい。むしろ、いきなり来て悪かったな」

甲板に置かれた、木製の丸テーブルと椅子。そこに足を組んで腰かけていたのは、白ひげ海賊団1番隊隊長のマルコだ。小走りで来たことで、胸の鼓動の速さをごまかしながら、スザクは密かに深呼吸をする。

(うわ〜〜本物のマルコさんだ〜!背ェたかっ、ガタイ良っ、胸筋腹筋マーベラス! ありがたや〜〜!)
「……それで、今日はなぜこの船に?」

立ちっぱなしも不自然だと思い、スザクはマルコが座る向かいの椅子に腰を下ろす。マルコは軽く身を乗り出し、単刀直入に切り出した。

「共闘するからには、そっちの戦力を把握しておきたい。話せる範囲でいいんだが、教えてくれねェか」
「……確かに情報共有は必要だな。了解した」

新聞では詳しく出回らない、フォレスト冒険団の戦闘力。相手にした海賊たちは、全員囚われているため、経験を伝える者は無し。神秘のヴェールに包まれた姿が、ここで明かされようとしている。

「まず、うちに悪魔の実の能力者は2人。それ以外は非能力者だ」
「セイラさんのことは知っているだろうが、念のため。超人系のトショトショの実の能力を持つ。教養と想像力がものを言うため、彼女が使うとかなり汎用性が高い」
「次にリーゼ。動物系で、ムシムシの実 モデル"プラナリア"の能力を持つ。再生能力が高く、身体を切り落とされても分裂して再生できる。ちなみに肉弾戦が得意だ」

厳密に言えば、プラナリアは虫ではない。扁形動物門有棒状体綱三岐腸目に属する動物だ。しかしこの世界では、ざっくり虫の枠組みに入れられているらしい。

「お待たせいたしました。お茶をどうぞ」
「ありがとう、ダイナさん」
「こりゃどうも。ありがたくいただくよい」

そのときダイナがお盆を運んできた。しなやかな手つきで、紅茶が注がれたカップとポットをテーブルに並べる。マルコがカップに口をつけると、パイナップルの香りがふわりと漂った。

「へェ、美味いな。香りもいいよい」
「パイナップルのフレーバーティーでね、おれのお気に入りの紅茶なんだ」

渋みが少なくコクのある味わいに、爽やかな果実の甘さがほんのり混じる。温かい紅茶を3口ほど飲み込んでから、スザクはカップをソーサーに置いた。

「非能力者だと、おれとフレアは剣。ダイナさんはナイフや暗器。タタンは槍。コットンさんは銃を使う。コットンさんは主に後衛担当だが、それ以外は前線で戦える」
「フレアは剣の他に、特殊な炎を操ることができる。タタンは身体が頑丈で、反射神経もすばしっこさも優れてる。3つの覇気を使えるのはおれとタタンだが、彼女はおれよりも高いレベルで扱えてる」

「たまに暴発するけど」と付け加えてから、スザクは断言した。

「少し気弱だが、うちで一番強いのがタタンだ」
「驚いたよい。想像以上の精鋭揃いじゃねェか」
「お褒めいただき、光栄だ」

口元を緩めるスザクを、マルコは観察する。表情があまり変わらない、冷静な態度。艶のある黒の中で、顔の横の髪だけが、見覚えのある水色に染まっている。ルーキーによく見られるような驕りは無いが、自分たちの実力に対する誇りと、仲間に対する信頼が伝わってくる。

(まだ若ェのに、大した奴だよい)

エースと同じ歳のはずだが、スザクはかなり、精神的に成熟しているように見えた。可愛い妹分が新たなリーダーとして選んだ男は、仲間の命を背負う船長に、ふさわしい器を持っているらしい。そのことに安心しながら、マルコはふと疑問を口にした。

「気になっていたんだが……。お前らがおれたちに手を貸すと決めたのは、他にも理由があるんじゃねェのか?」

仲間を助けてもらった恩返しをしたいなら、もっと他にやり方があるはずだ。今まで友好的とも言える関係を築いてきた、海軍を敵に回してまで、なぜ海賊側につく決断をしたのか。一般市民を守ることもある彼らが、なぜ嫌われ者の海賊にまで手を差し伸べたのか。それが心に引っかかっていた。

「そうだな。理由は恩返しだけじゃない」

スザクは驚くほど、あっさりと答えた。

「うちには火拳のエースの大ファンがいてな。まだ年若い彼の命が、こんなところで散らされるのは許せないそうだ」
「大ファン」
「かく言うおれもあなたのファンだ。こんなときになんだが、サインください」
「その手配書どこから出したんだよい」

いつの間にかテーブルに、自分の手配書が出ており、マルコは思わずツッコミを入れた。更にペンまで差し出されたため、マルコはさらさらと手配書に名前を書き込む。サイン入りの手配書を受け取ったスザクは、頬を染めて嬉しそうにため息をついていた。

「ありがとうございます。家宝にします」
「セイラもオヤジに対してそんな感じだったが、変わってるよい。お前ら」

海賊稼業なんて、カタギからすれば嫌う要素しか無い生き方だ。それなのに手配書を宝のように扱い、純粋で好意的な感情を含んだ目で見つめてくる。興味深い気持ちから、マルコは愉快そうな笑みを見せた。

「改めて、よろしく頼むよい。スザク」

紅茶を飲み終えた後、青く燃える不死鳥に姿を変え、マルコは自分の船へと羽ばたいていく。宝石のような姿が遠ざかり、見えなくなった頃、スザクの身体がぐらりと大きく傾いた。

「わーーーっ!?」

そのたくましい身体が甲板に叩きつけられる前に、タタンが滑り込む。スザクを抱き起こし、タタンは慌てながら彼の顔をのぞき込んだ。

「スザクさん! 大丈夫ですか?! スザクさん?!」
「天に召されそうな顔と寝方だけど、生きてる? え……!! 脈が……、ある」
「あんのかい」

ちょうど雲間から薄明光線が差し込み、辺りを神々しく照らしていた。安らかな顔で目を閉じているスザク。その腕を取りながら、リーゼがシリアスな表情を作る。こんなときでもボケるリーゼの頭を、フレアが軽くはたいた。

「平常心を保てて偉いわスザク。立派よ」
「紅茶を飲んで落ち着いてください」

コットンとセイラに頭を撫でられ、ダイナにカップを差し出される。やがてスザクは目を開け、カップを受け取って紅茶を飲み干した。大きく深呼吸をし、目を閉じたまま呟く。

「キョウキュウカタァ」
「鳴き声?」
「供給過多、でしょうか」
「マルコさんとお話してお茶してサインもらって名前も呼んでもらっちゃった……。推しとしたいことベスト10に入るやつ……」
「最推し相手によく耐えたな」
「推し相手に不審者になるわけにはいかなかったから……。ハア〜〜〜〜〜笑顔がてぇてぇ……。ありがとう世界……。サインは額縁に入れます……」

両手を合わせて空を拝むスザクの目には、うっすら涙がにじんでいた。
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