修行しようとしたら原作クラッシャーが住んでた話
前世は女として生きていたが、今世のおれは男としての人生を満喫していた。そして1人の女と出会い、仲を深め、やがて恋を実らせた。
彼女と共に、この先の未来を歩みたい。彼女と生きていきたい。そう思ってプロポーズした。彼女は花が開くように笑って、「はい」と答えてくれた。真っ白なベールとドレスを身につけて、頬を染めて微笑む彼女は、天使みたいに美しかった。彼女を抱きしめながら、おれは何て幸せ者なんだと、心から思ったぜ。
彼女が憧れていた
男でも女でも、どちらでもいい。おれと彼女の大切な子だ。名前はどうしよう。「無事に産まれたら川の字で寝たい」と言うと、彼女に首を傾げられた。そういやこの世界で、漢字は馴染みの薄いものだったな。忘れてた。
あれこれ思い描いて、彼女と語り合う時間は楽しかった。幸せだった。その幸せが、踏みにじられる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
あの日、家に帰ったおれが見たのは、一面の赤だ。血溜まりの中に倒れている彼女。取り囲んでいる海軍の人間。彼女の腹は裂かれていて、産まれてくるはずだった命が引きずり出されていた。現れたおれを見て、海軍のヤツらは動揺していた。
ヤツらの言葉は、ろくに聞こえなかったし覚えていない。ただ、汗を流しながら何かを必死に喋っているその顔かたちは、はっきりと焼き付いている。1人1人、余すことなく。
その中の1人――おれたちの子になるはずだった肉塊に、剣を突き立てていた男は、罪滅ぼしをしたいと土下座した。そして、部屋で呆然と過ごすようになったおれに、食糧を差し入れたりいい酒を持ってきたりしてくれた。
そいつと話すようになり、おれはそいつに妻子がいると知った。もうすぐ2人目が産まれるらしい。おれは会ってみたいと伝えた。涙ぐみながら頼んだおかげか、男は自分の家におれを案内してくれた。
清潔で温かな家だった。男の妻は優しく穏やかで、産まれてくる赤ん坊のための靴下を編んでいた。小さな息子がその近くをウロウロしていて、ときおり待ち遠しそうに母の腹を撫でる。
「ぼく、お兄ちゃんになるんだよ。悪いやつから、この子をまもってあげるんだ」
えへんと胸を張って宣言する息子に対し、男は頼もしそうに、幸せそうに笑っていた。まるで絵に描いたような、美しい家族だった。
おれは男の妻子を殺した。
妻の首を締め、その腹を裂いた。中にあったそれを引きずり出し、心臓の辺りにナイフを突き刺した。泣きながら殴ってきた息子の、喉を切り裂いた。帰ってきた男は、血の海に沈む家族を見て、泣き叫んでいた。
おれが最初から、復讐のために家族に近づいたのだと知った男は、おれに向かってわめいた。「化け物」「悪魔」と。おれは笑いながら答えた。
「お前が、おれにしたことだろう?」
そうして剣を抜いて斬りかかってきた男も、男の妻子と同じ場所へ送ってやった。そういう感じで、おれの家族を殺したヤツらに対し、おれは1人も残さず復讐した。
当然、海軍から追われる身となった。逃亡生活の中でおれが見たのは、圧政で民を苦しめる暴君。貧しい子どもを蹴飛ばす貴族。人を鎖に繋ぎ、いたぶる天竜人。胸糞悪いヤツらばかり。
おれは思った。どうせ血にまみれたこの手なら、何人殺しても同じじゃないか、と。
血で血を洗うように、おれは殺した。弱い立場の人たちを守りたかったわけじゃない。ただ、殺しても文句を言われなさそうなヤツがいたから殺した。王や貴族を失ったヤツらが、その先どう生きたかは、おれの知ったことじゃない。
どれほど命を奪っても、心はまったく痛まなかった。むしろ気分が高揚して、口元が緩んで仕方なかった。
海軍にサイファーポール。世界政府に繋がるヤツらが、おれを殺しに来た。逃げたり応戦したりするうちに、おれは強くなっていく。武器を手に入れ、気配の殺し方等の技術を磨き、見よう見まねで六式も習得した。自分にこんな力があるなんて、想像もしなかった。
全身黒ずくめ、手には大鎌。「神」も人も関係なく命を刈り取るおれに、"死神"なんて大層な名前がついた頃、革命軍のヤツらと会った。「革命軍に入らないか」と誘われたが、断った。
おれはあくまで私怨で動いているのであって、誰かのために世界を変えようと思ったわけじゃない。おれにはもう、助けたい人も守りたい人もいない。
前世で愛した人も、今世で愛した人も失っているおれに、恐れるものは何も無かった。
***
「以上、おいちゃんの昔話でした〜」
「つらい」
「えぐい」
「前世から推し未亡人だったけどさ……今世までそうなるの何で? ドラクルさんが何したっていうの」
「もはや呪いですね。お祓いに行きましょう」
「この世界で、お祓いの概念ありましたっけ……?」
「ドラクルさんの前世の推しって、誰だったかしら」
「ロシナンテ」
「救いなど無かった」
「そんなに嘆かなくても、おいちゃんはあんまり気にしてないぜ? 昔からEasy revenge!(気楽に復讐を!)精神だったしな」
「気楽すぎだよ」
「ノリと勢いで天竜人まで手にかけるな」
「生き様がD過ぎるわね……」
「何だろうこの……世界政府による悲劇が生んでしまった化け物感。闇堕ち具合が映画のボスレベル」
「私たちが知らないだけで、『FILM "D"ESTROY』始まってます?」
「……あの、すみません。ドラクルさんと奥さんが住んでた場所ってまさか」
「おう、フレアのお察しの通り。バテリラだぜ」
「ウワア゛アーーー!」
「辛い辛いしんどい無理」
「前世の詳しい記憶は、妻子を殺されて呆然としてたときに思い出したからなァ。海賊王の血筋探しは風の噂で聞いたが、おれという旦那がいるあいつには、手を出されないと思ってたんだ。もう遅いけどな」
「エェン……」
「タタンが泣いちゃった……」
「泣くよこんなん……」
悲鳴とすすり泣く声とツッコミが飛び交う中で、ドラクルはけらけらと笑う。そのときテーブルに突っ伏していたフレアが、ガバッと焦ったように顔を上げた。
「ど、ドラクルさん! 今その復讐心ってどうなってます!?」
「ん? 好き放題したから、おいちゃんもう満足よ。……あぁ、おれがエースを殺さないか心配なのか?」
「う……っ、はい!」
「ははっ、素直でよろしい! ……そう言われてもなあ。エースに対しては、何とも思ってないんだよなぁ。おれ」
グラスに注いだ水を1口飲んでから、けろりとした顔でドラクルは言う。そして、ふっと微笑んだ。
「おれの家族を殺したのは海軍だ。エースじゃない。もう誰も憎んでない。おれの復讐は、もう終わってるんだ」
心臓がどくんと跳ねるような、静かな笑みだった。情け容赦なく、命を狩る死神ではない。ヘラヘラ笑う軽薄そうな男でもない。凪いだ海のように静かで、ひどく苦い笑みだった。一体どれだけの表情を、彼は持っているのだろう。
「そもそも、たまたま"海賊王"なんて肩書きを得た男の血が流れてるだけで、産まれてもいない子どもを殺す方がイカれてるね。だからお前は気にしなくていいんだぜ、エース」
「え゛っ」
フレアがびっくりしたように声を上げ、全員の視線がドアに集まる。コットンやタタン等、見聞色の覇気を持つメンバーが探ると、すぐにエースの気配を感じ取れた。そして、彼が泣いているような感情も。
「もしそれでも気になるなら。背負わずにいられないなら――生きろ。生きて生きて、生き抜いて、いろんな世界を見て、いろんな人間と会って、いろんなものを食って、生きていけ。そんで100歳になってから、自分にとって大事な人間たちに囲まれて死ね」
「若いうちに死ぬのは許さねェ。お前の命を繋いだ奴らのもとで、生き続けろ。
ドアの方をちらりとも見ずに、ドラクルは淡々と落ち着いた声で告げる。ドラクルの手にあるグラスの中で、水がちゃぷんと揺れた。
海賊王が残した血筋の影響で、家族を失い、怪物となった男。そんな彼が、海賊王の息子と呼ばれる青年にかけた呪いは、背中を蹴り飛ばすような厳しさと優しさに満ちていた。