修行しようとしたら原作クラッシャーが住んでた話



マリンフォード頂上戦争、終結から数日後。
フォレスト冒険団改めフォレスト海賊団は、とある島に船を停めていた。地図にも載っていない孤島だ。鬱蒼とした森が広がり、人が住んでいる気配は感じられない。

探索メンバーは、スザク、コットン、リーゼ、タタンの4人。残りの3人とエースは船で待機中だ。

「無人島……でしょうか?」
「安全が確認できたら、ここを修行場所にしようか」
「猛獣とかがいたら特訓になりそう」
「限度があるけどね」

少し身を縮めながら、タタンがきょろきょろと周囲を見回す。最後尾のコットンが、安心感を与えるように、タタンの背中をそっと撫でた。その辺で見つけたいい感じの枝を振るリーゼに、先頭のスザクが返事をする。

「……!」

そのとき、一瞬だけちらついた殺気。それにいち早く気づいたのはタタンだった。彼女が飛び出して槍を構えた瞬間、ガキンッ! と金属がぶつかり合う音を立てる。そこにいたのは、1人の男だった。

40代に見えるが、腕も足もがっちりと太く、鍛え上げられた身体つきだとすぐに分かる。傷がついた顔や身体は、とてもカタギには見えない。シンプルな黒いシャツと、同色の麻のズボンをまとっていた。

一度距離を取り、持っていた大鎌をくるくると回して、白髪の男はゆらりと身体を動かす。そして戦闘態勢に入った4人を見て、かくんと首を傾げた。ヒゲの生えた顎を撫でながら、ヤクザものに出てきそうな渋い低音が、空気を震わせる。

「んん? あ゛〜〜〜〜……。この感じ。ひょっとして相互か?」

「え?」
「ん?」

ソウゴ。今この男、相互と言わなかったか? 緊張と動揺が走る中、スザクが閃いたように目を見開く。前世の夢女子仲間を集めた張本人であり、転生者を見つけ出す能力を持つ彼女には、目の前の男が誰か合点がいったようだ。

「ま、まさか……『彗星どらごん』さんですか!? 前世はオリ主夢小説めっちゃ書いてた、あの!?」
「そーそー。おひさ〜だな。多分お前、『朱雀@最推し不死鳥』だな?」
「ええええええ!?」

さっきまでの一触即発な空気はどこへやら。ヘラッと気安そうな笑みを見せる男に、全員が驚きの声を上げる。一番早く冷静さを取り戻したコットンが、訝しげに問いかけた。

「……"死神"のドラクル。あなたが、なぜここに」
「はっはぁ、そっちの名前も知ってんのか」
「死神? コットンさん、知ってるんですか?」
「手配書を見たことないか? 懸賞金42億ベリー、ONLY DEADの危険人物。目をつけた相手は逃がさない殺人鬼。オズワルド・ドラクルだ」

コットンによる丁寧な説明に、リーゼとタタンが目を剥き、ポカンと口を開ける。

「40億超え!? 四皇と渡り合える実力者クラスじゃん!」
「お、ONLY DEAD!? 生死問わずじゃないんですか!?」

「どーもぉ。前世のアカ名は彗星どらごん。今世の名はオズワル・D・ドラクル。平等な死を気分次第で与える死神。それがおいちゃんだ。どうぞよろしくぅ」

「濃い濃い設定が濃い!」
「しれっとDの一族なんかワレェ!」
「前世で凝ったオリ主作ってたからか!?」

大騒ぎするスザクとリーゼに、ツッコミを入れられながら、ドラクルはのんきに笑ってピースサインを作る。更にその指をハサミのように動かしていた。

「何したらそんな高額になんの!?」
「海軍と海賊をけっこう、あと王族と貴族と天竜人を数人ずつ殺っただけだ」
「何やってんだお前ェっ!!!!」
「だけってレベルじゃないのが混ざってるんだが」
「とんでもねぇドラクルだ!」
「わァ……あ……」
「ちょっと男子ィ! うちの末っ子が泣いちゃったじゃん!」

追加で明かされる衝撃の事実に、とうとう全員が突っ込んだ。血なまぐさいのは苦手なタタンが、耐えられずにぽろぽろ涙をこぼす。リーゼは、震えているタタンを抱きしめ頭を撫でてあげながら、ドラクルに向かって叫んだ。小さくて可愛くて、物理的には強い末っ子の、メンタルケアはばっちりだ。

「で、お前ら何でおれのシマにいるんだ?」
「ウソでしょ? 爆弾投下しといて話題の軌道修正するの?」
「2年間、修行するための滞在場所を探しているんだ。今はここの探索中だった」
「それならここ使っていいぞ。お前らなら大歓迎」
「大丈夫? サスペンス始まらない? そして誰もいなくなった状態にならない?」
「大丈夫、大丈夫。おれが殺すのは、おれが殺したいヤツだけだから」
「……こわい……」
「やめんか。タタンが怯えるでしょ」
「前世の同志を殺るわけないだろー。それにお前らは、頂上戦争でかなり暴れた。おれは海軍の邪魔をしてくれるヤツが大好きなんだ」

前世は夢女子仲間でも、今世は億超えの殺人犯。さすがに警戒を隠せない彼女たちに、ドラクルは笑って答える。両腕を広げて、楽しそうな笑みを浮かべる彼に、スザクは恐る恐る問いかけた。

「……あなた、今世で何があったんですか……?」

ドラクルは答えない。ただその感情が読めない笑顔は、どこかほの暗い色を帯びているように見えた。

***

「……そういうわけで、ここを修行場所として使っていいことになりました。こちらにいるのは、この島の主的存在のドラクルさんです」
「どうもどうも。おいちゃんはオズワル・D・ドラクル、45歳。趣味は家庭菜園だ。よろしくぅ」

船に戻ったスザクの紹介を受けて、ドラクルは軽い調子で挨拶をする。フレアとセイラとダイナ、そしてエースは、数秒固まってから大声を上げた。

「……はいいいい!?」
「Dの、一族ですって……!?」
「その方、懸賞金42億の、"神"も殺した殺人鬼ですよね? お言葉ですが、即刻この島を出るべきでは」
「何でここに"死神"がいるんだよ!!?」
「おぉ? こいつぁ驚いた。そいつ、本物の火拳のエースか? 新聞では死んだみたいに書かれてたが」
「……だったら何だよ」

エースの目つきが鋭くなり、警戒心が彼を包んだように見えた。身構えるエースを気にせず、ドラクルは彼に歩みよる。

「そうかそうかあ、生きてたか! ハッハッハ! こりゃ傑作! お前ら最高じゃねェか! ザマアミロ海軍!」
「いってェよ! 何だこのおっさん!」

ゲラゲラ大口を開けて笑いながら、バシバシと背中を叩いてくるドラクルに、エースは素早く距離をとる。この人大丈夫? と言いたげな目を向けてくるフレアたちに、スザクたちは目配せした。

「……まさか、この方も転生者ですか?」
「そう。『彗星どらごん』さん、覚えてる?」
「あの人か〜……! 原作にいないのにDがついてるなんて、おかしいと思った……!」
「スザク以外にトランス転生してた人がいたのね。……それにしては、様子がおかしくないかしら?」
「……詳しく知らないが、どうも今世で何かあったらしい」
「まあそりゃそうだよね。何も無いのに天竜人まで殺してるわけないもんね」

7人で顔を合わせ、コソコソと話をする。ひとまず転生者同士で情報共有を終えて、後はドラクル本人に改めて確認することを決めてから、彼女たちはドラクルたちのもとに戻った。

「腹は空いてるか? ちょうど昼飯の時間だし、おいちゃんちに招待するぜ」
「は、はい」

悠々と森を進んでいく背中に、ついていく。木々や草が茂る小道を進んでいくと、やがて1軒のログハウスにたどり着いた。大柄な男性が余裕を持って過ごせそうな広さだ。

「お前ら運がいいな。今日はうちの畑の採れたて野菜と、ミホークからもらった野菜がある。手紙の近況報告通り、いい色つやしてるぜ」
「ちょっと待て。ミホークって、王下七武海の"鷹の目"ジュラキュール・ミホークで合ってる?」
「おう。世界最強の剣士、ジュラキュールさんちのミホークくんで合ってるぜ」
「何で鷹の目と文通してんの!?」
「襲いかかってくるのを応戦してるうちに、何か仲良くなったんだよな〜」
「とんでもねぇ情報しか出せないのかこの人」
「私も手伝います。船のコックです!」
「私もお手伝い致します。メイドです」
「お、頼もしいな。その衣装似合ってるぜ」

フレアとダイナが、ドラクルと共にキッチンへ向かう。その背中を見送りながらテーブルについたメンバーは、声を潜めて顔を寄せ合った。

「おいスザク、あのおっさんマジで大丈夫か??」
「向こうにフレアもダイナさんもいるから、毒を盛られる心配は無いと思う」
「見聞色の覇気で見る限り、彼に敵対の意思は全く無い。むしろ好意的だ。ここは素直に甘えておこう」

冷静な判断を告げるコットンを、タタンは頼もしそうに見つめる。エースは複雑そうにキッチンの方を眺め、眉間に皺を寄せた。

「……"死神"のドラクル、か」
「何か、エースが知ってるの意外だったかも。海賊以外のニュースとか興味無さそうなのに」
「新聞見ながら、オヤジが話してたんだよ。"人の道を外れた男"ってな」
「オヤジ様が?」

リーゼに対するエースの答えに、セイラが目を丸くする。エースはセイラの方に顔を向け、真面目な顔で話し始めた。

「オヤジに聞いただけだから、おれも詳しいことは分からねェ。ただ、あいつが殺すのは悪名高いヤツばかりだが、それがきっかけで荒れ果てた国もあるらしい」
「悪い人なら、いなくなった方がいいんじゃ……?」
「例えば王を殺した場合、その後の政治をどうするか、誰がやるかで揉めに揉めそうだな。客観的な視点と論理的な思考、そして正しい判断力がある人物の導きがあれば、上手くいきそうだが」
「……殺された王や貴族に子がいた場合、群衆の積もった恨みが、その子たちに集中する可能性もあるわね」

おずおずと口を開いたタタンに、コットンとセイラが静かに言う。現実は、悪人を倒してすぐにハッピーエンドにはならない。その先も暮らしは続いていく。その中で人間たちがどう動くか。どんな残酷な行動を取り得るのか。それに気づいたタタンは、青ざめた顔で息を呑んだ。

一見、気さくで軽い雰囲気のおじさんに見える。しかし出会ったときに感じた殺気は、大鎌の刃よりも研ぎ澄まされていた。

その場にいる全員が、底が知れない闇を覗き込んでいるような気分になっていたとき。キッチンのドアがパタンと開き、フレアがひょこりと現れる。

「お待たせ〜! 肉と鷹の目印の野菜の甘辛炒めです!」
「死神印の野菜サラダだぜ〜」
「後者の食いづらさよ」
「スープはミネストローネを、主食はご飯をご用意致しました」

食欲をそそる香りと、温かな湯気をほんわり立てる料理。そしてフレアの朗らかな笑顔に、強ばっていた空気がじんわりほどけていく。白いコックコートを着たフレアが天使に見える中で、ツッコミを入れる元気がリーゼに戻り、ダイナはてきぱきと配膳を進めた。

「いただきます!」

皆で手を合わせて食べ始める。火が通ってしんなりしたキャベツとピーマン、そして豚肉に、満足感のある甘辛いタレが絡む。野菜の甘みと豚肉の旨みが合わさり、ご飯が進む。

サラダに入っているのは、パリッとしたレタス。みずみずしいキュウリにトマト。口の中がさっぱりした後に、また甘辛炒めを口にする無限ループ。玉ねぎやじゃがいも、人参がたっぷりのミネストローネも、トマトの爽やかな酸味が溶け込んだ優しい味わいだ。

「めっちゃうまーー!」
「美味しいです……!」
「えへへ、よかった〜……っと!」

満面の笑みで賞賛するリーゼとタタンを見て、フレアは嬉しそうに頬を緩める。そして何かに気づいたように、素早く手を伸ばした。

その先にいたのは、がつがつと夢中で料理を頬張っていたエースだ。がくんと前のめりになった頭が、甘辛炒めの皿に突っ込む前に、フレアの両腕がエースを支える。腕の中で寝息を立てるエースを確認し、フレアはほっと息をついた。

「ははっ、本当に寝やがった。アラバスタ編で見たのと同じだな」
「ドラクルさんは、リアルで見るの初めてだね」
「警戒心を強く持ってもおかしくない生まれなのに、食事中に寝るっていう無防備極まりない癖があるの、本当に不思議ね」
「血糖値が爆アゲしたせいで気絶してるとか?」
「食べてる最中に気絶してるから、違うんじゃないか? 食べた後に眠くなるなら分かるが」
「人よりたくさん食べてるから、食べてる最中に血糖値が上がっちゃう、とかですかね?」

皆であれこれ考察しながら食事をする。フレアは母性あふれる優しい眼差しで、エースの頭を軽く撫でてから、彼の肩を揺すった。

「エース起きろー。ご飯中だよー」
「わんぱく小僧とお母ちゃんだ」
「……ンがッ? 寝てた」
「はいおはよう」
「慣れてんなぁ」

ドラクルが笑いながら、甘辛炒め丼を口にする。その表情はとても楽しそうで。「美味い」と呟きながら、タレの染み込んだ白米を噛む様子も、凶悪な殺人犯には見えなかった。

***

「教えてくれませんか。あなたのこと」

料理を食べ終え、後片付けも済ませた頃。また眠ってしまったエースを別室に移して、転生者たちはテーブルを囲んでいた。スザクの問いかけに、ドラクルは笑みを浮かべる。

「あなたがなぜ、賞金首になったのか。なぜ人を殺すようになったのか。知りたい」
「別にいいが、面白くないぜ?」
「構わない。それは私たちも同じだ」

スザクとコットンの真摯な目を見て、ドラクルはどこか眩しそうに目を細めた。そして、あの感情が読み取れないような笑顔で、7人を見回して話し始める。

「むかーし昔、20年以上前の話だ」
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