なりたてアルファと不遜オメガ
「ご機嫌ですね。牡丹様」
車を運転しながら、
「ふふっ。楽しくなりそうですわ」
「小石川様は、期待に沿うお方でしたか?」
「ええ。やはり新しい風は必要ですわね。彼女について、興味深いことが多いですわ」
足を揃えて後部座席に腰掛け、牡丹は考える。
小石川 律。柔らかそうな黒髪の、大人しそうな娘。ベータからアルファに変異した、稀な存在。素直で人畜無害そうに見えるが、恐らく芯に強いものを秘めている。
「あの慧悟とひとつ屋根の下で暮らしていて、まだ番関係を結んでいないなんて。元々がベータだったので、フェロモンの影響を受けにくいのかしら。それとも、彼女の自制心が人一倍強いのかしら」
一条 慧悟。彼が放つフェロモンは、血の繋がった親戚さえ狂わせる強さだと、牡丹は知っていた。そんな彼と生活をして、理性を保っている。自分たちとはどこかが違う、不思議な娘。その謎を解き明かすことを、牡丹は恐れなかった。
きっと彼女が隣にいれば、退屈しない。自分の直感と審美眼を、牡丹は決して疑わない。
「……」
ハンドルを握り、理人は思う。彼女と初めて会った日のこと。オメガと知られて親に捨てられ、施設に保護された。8歳になって引き合わせられたアルファは、ふわふわした黒髪で、ドレスを着た女の子だった。
お姫様みたいなその子は、頬をバラ色に染めていた。自分から目を離さないまま、彼女は立派な服を着た男にこう言った。
「おとうさま。わたくし、このこがいいわ」
その無邪気で尊大な声に、背筋が震えるほどの嬉しさを覚えたこと。胸が熱く高鳴ったこと。彼女が自分の、自分が彼女の【運命】だと、幼心に理解したこと。
彼女に見初められて、うなじを噛まれて、自分は今ここにいる。彼女は自分の大事な主人で、半身だと知っている。そんな彼女の目の良さを、彼も心から理解していた。
「どうしましたの、黙り込んで。わたくしのオメガは、他の方の話ばかりで拗ねているのかしら」
「いいえ。牡丹様が嬉しそうで、自分も嬉しく感じております」
「あら、可愛らしいお返事。ご褒美に、今夜もたくさん愛でて差し上げますわ」
ほっそりとした指先が伸ばされ、首筋とチョーカーをなぞる。理人はぴくりと震えながらも、前を見て車を操作した。揺るがない姿勢に、目を甘く細めて、牡丹は笑う。
「楽しみですわね。理人。わたくしの、可愛いオメガ」