なりたてアルファと不遜オメガ


この世界には、男性と女性の他に、「第2の性」が存在する。

それは、【アルファ】、【ベータ】、【オメガ】の3種類。一般的には、アルファはエリート系の支配階級。ベータは一番数が多い中間層。オメガはその体質の影響で、社会的に冷遇されやすい最下層と言われている。

私はベータの両親から産まれて、ベータとして育ってきた。仲の良い両親。それほど多くはないけど、気の合う友達。平凡で穏やかな毎日。これからも、ごく普通に進学して、ごく普通に就職して。いつかは恋もして、結婚するかもしれない。そんなごく普通の人生を送るのだと、思っていた。

転機を迎えたのは、高校を卒業した時だった。


「……私が、アルファ……?」

目の前には、上質そうなスーツを着込んだ人が座っている。政府からの指示で来たという彼らは、私の家のリビングで話をしてくれた。

「健康診断の際、バース性の検査も行っていますね。その結果、お嬢さんのバース性が、ベータからアルファになっていることが分かりました」
「そんなことが、起こるんですか? うちの子は、産まれてからずっとベータだったんです!」
「何かの間違いではないでしょうか……?」
「ごく稀に起こります。お嬢さんの場合、ベータやオメガが後天的にアルファになる、【スタディング】という現象です」

お父さんもお母さんも、驚きを隠せない様子だった。2人の間で呆然としながら、私は何とか説明に耳を傾ける。

「アルファとオメガは数が少なく、貴重な存在です。そのため、国では彼らを保護し、番わせることで、アルファを増やしています」
「国の未来と発展のため、お嬢さんも保護施設で生活をしていただきたい」

それはまるで、動物の繁殖のように聞こえた。
体が冷えて、握りしめた手が震える。何を言えばいいのか分からない。目の前が暗くなったとき、お父さんがテーブルに手をついた。バン、と強い音にハッとする。

「ふざけないでください。娘の意思は、選ぶ自由はどうなるんですか」
「国のためとはいえ、大事な娘を見ず知らずの他人に渡せません。それに娘は、第1志望の大学に進学が決まっています。それを取り消すなんて」

お父さんとお母さんの真剣な声。目の奥がじわりと熱くなって、強ばっていた肩の力が抜けていく。政府の人は、淡々とした態度で話を続けた。

「お嬢さんは、施設内の学校に入ってもらいます。手続きはこちらで済ませますので、その点についてはご安心ください」
「アルファとして教育を受け、成果を出せば、ベータ性よりもずっと就職は有利です。国からも補助金が出ますし、悪い話では無いでしょう」

頭の中で、考える余裕がようやく出てくる。知らない人とお見合いさせられて、子どもを作らなきゃいけないのは、嫌だ。でも、将来良い会社で、働けるチャンスができる。それに補助金もあれば、お父さんとお母さんに楽をさせてあげられる。

「……保護施設に入ったら、一生そこで暮らさなければならないんですか?」
「番関係ができ、精神と経済共に自立したと判断されれば出られます。施設で生活している間でも、ご両親やご友人とは面会可能です」

他にも色々説明を聞いた。学業や生活は保証されること。相性の悪い2人を、無理やりくっつけることはしないこと。個人の意思はなるべく尊重されること。両親は私を売るような形に、抵抗を感じていたけど、私の意思は決まった。

「その施設に、入ります」

持っていく荷物をまとめて、家族との時間を大切に過ごして。そうして迎えた3日後。私は迎えに来た黒塗りの車に乗って、保護施設へ向かった。

***

「着きましたよ」

柔らかなシートにもたれて、いつの間にか眠っていたらしい。目を擦りながら窓の外を見ると、車は門を潜るところだった。高い壁に囲まれたそこは、施設というより1つの街みたいだった。

たくさんの建物やお店が並んでいて、広い。後ろに流れていく景色を夢中で眺める。やがて車は白い建物の前で止まった。

「こちらで、まだ番のいないオメガが生活しています。現在は1人だけです」

もしかしたら、その人と私が一緒にならないといけないかもしれない。思わずこくりと唾を飲み込みながら、施設の人についていく。どんな人なんだろう。同い年? 歳上か歳下? まさかオジサンとか子どもじゃないよね。男性じゃなくて女性って可能性もある。

ドキドキしながら、シンとした廊下を歩く。自分の心臓の音が響きそうなほど、冷たく静まり返っていた。階段を降りて、ぼんやりと照明が灯る地下へと向かう。1つのドアの前で立ち止まり、施設の人が鍵を回した。

ドアが開かれる。
その瞬間、ぶわりと甘い匂いがした。

「……ッ!?」

目の前が一瞬暗くなる。後ずさり、目を閉じてやり過ごす。濃くて甘い匂いが鼻の奥を刺した。頭の中で何かがグルグル渦巻く。

――抱きたい。
――孕ませろ。
――犯せ。

罵るような、責め立てるような声が、脳内で響く。両手で耳を塞いで、何度も頭を振った。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。そんなことしない。そんなことしたくない。止めて。消えて!

「─────嫌ッ!!」

叫んだ途端、声が消えた。
恐る恐る目を開けると、施設の人が心配そうな顔で、肩に手を添えてくれている。そのことにほっと安心して、ドアの向こうに視線を移す。

「――へえ? オレのフェロモンに耐えるなんて、やるじゃねえか」

アンティークみたいな革張りソファに、長い足を組んで腰掛けている人がいた。面白そうにこちらを見る目と目が合って、息を呑む。

美しい。
かっこいいとか綺麗の前に、そんな感想を抱いたのは初めてだった。
金色に染めた髪。抜けるように白い肌。切れ長の目と長いまつ毛。均整の取れた体つき。首には、小さな金のメダルがついた、黒いチョーカーをつけていた。

王様みたいなオーラを全身に漂わせて、彼は立ち上がる。しっかりした指が私の顎を軽く持ち上げる。艶のある低い声が、どこか嬉しそうに響いた。

「初めまして。待ってたぜ、オレの【運命】」

***

「オレは一条(いちじょう) 慧悟(けいご)だ。お前の名前は?」
「こ、小石川(こいしかわ) 律(りつ)、です」

新居の準備ができるまでお待ちください。そう言われて通された部屋には、ふかふかの絨毯が敷かれ、ソファやテーブル等の家具が揃っていた。沈み込むような柔らかさが落ち着かなくて、もぞもぞと体を動かす。隣に座る彼は、慣れた様子でくつろいでいた。

「あの、一条さん」
「慧悟で構わねえよ。お前は、このオレの運命なんだからな」
「……さっきも言ってましたけど、【運命】って何ですか?」
「知らねえのか? ずいぶん箱入りのアルファが来たもんだ」
「わ、私、この前までベータだったんです」
「ベータねえ……。そりゃアルファとオメガの関係なんて知らねえわけだ」

声はからかうような響きなのに、私の頬にふれる手は、不思議と優しい。ドキドキしながら見つめ返すと、慧悟さんは教えてくれた。

「運命ってのは、【運命の番】のことだ。アルファとオメガの間にだけ発生する、特別な繋がり。恋人関係や婚姻関係なんかより、よっぽど強い繋がりなんだよ」

恋人よりも、結婚よりも強い。そんな関係があるなんて、初めて知った。政府に指示されて、子どもを作るだけの関係じゃなかったんだ。

「オメガに【発情期(ヒート)】があることくらいは知ってんだろ。番になりゃ、撒き散らされるフェロモンもヒートも抑えられるし、番になった2人だけで求め合える。win-winの関係だ」
「なるほど……」

相槌を打ちながら聞く。運命だからなのか分からないけど、確かに慧悟さんの近くにいると、何となく落ち着く。本能的に相性がいいのだろうか。

良かった。この人となら、いい関係を築けるかもしれない。

ほう、とため息をつく。そのとき、立ち上がった慧悟さんに両肩を掴まれた。体と視界が傾き、ソファに背中と頭が沈み込む。慧悟さんの後ろに、天井が見える。

「けっ、慧悟、さ……!?」
「ここに来たんなら、ヤることは1つだろ」

大きな手が、私の両手首を1つにまとめて、頭上で押さえつける。足をばたつかせたとき、スカートをめくり上げられた。太ももを撫でられて、顔が熱くなる。

「やっ、やだ、嫌、やめて……!」
「暴れんな」
「ッ!」

ぶわり。また、さっきの甘い匂いが鼻をくすぐる。花のような、蜜のような匂いが、とろりと全身にまとわりつく。頭の中がくらくらして、ぼうっとして。熱を出した時みたいに、息が荒くなる。

「はッ、ハァ、はぁ……っ」
「ほら、お前の本能をさらけ出せ」

ブラウスのボタンを外されて、首筋や胸元にキスされる。背中がゾクゾクして、お腹の下辺りがきゅうっと疼いた。服をはだけさせられて、筋張った手に肌を撫でられる。

「ひ、ぁ、やぁっ、やだぁ……っ」
「んな甘え声で言われても、説得力無えんだよ」

慧悟さんがシャツを脱ぎ捨てると、彼の上半身が露わになった。彫刻みたいに引き締まった体に、心臓がドクンと跳ねる。ぼんやりした頭の中で、「欲しい」という言葉が点滅し始める。

カチッと小さな音を立てて、彼のチョーカーも外された。それを床に放り投げ、彼は私に体を寄せる。悪魔みたいな囁きが、甘い毒みたいに流し込まれる。

「ほら、オレのうなじ、噛んでみろよ」
「ぁっ、う、ぁ……」
「苦しいだろ。辛いだろ。オレと番になれば、全部楽になる。最ッ高に気持ちよくなれるぜ」

――欲しい。
――噛みたい。
――抱きたい。
――押さえつけて、めちゃくちゃにしたい。

「……だ……め……っ」
「ア?」

震える声で、何とか伝える。必死に抵抗しようともがきながら、私は声を振り絞った。

「いや……っ。好きな人、以外と、……こういうことしたくない……ッ!」

バチン、と何かを弾くような感覚がした。体の熱が引いて、頭の中がはっきりする。自由になった腕を動かして起き上がると、目を見開く彼がいた。

「……何で」
「……?」
「……何で、オレのフェロモンが効かねえんだ……! 他の奴らなら、すぐにサカッて噛もうとしてきたんだぞ!」

乱暴されそうになったのは、私なのに。どうして彼の方が、傷ついたような顔をしてるんだろう。服の前を合わせて、彼から少しずつ距離を取る。その間、彼から目が離せなかった。

「……で、出会ってすぐに。こういうことするのは、おかしいです」

ちゃんと伝えなきゃ。番が特別な繋がりなら、フェロモンとかで流されて、簡単に結んじゃいけないはずだ。体の衝動じゃなくて、私の意思で、彼の意思で、決めなくちゃいけないはずだ。

「あなたは、本当に私と番になりたいんですか……? もっとお互いのことを知って、心から番になりたいと思えるまで、こういうことはしないでください……ッ!」

男の人に初めて押し倒されたこと。フェロモンのせいか、頭の中が朦朧としたこと。自分が自分じゃなくなる感覚。体を蝕んだ熱。全部が怖くて、視界が滲む。

ぽろぽろと涙が頬を伝う。施設の人がドアをノックするまで、私たちはその場から動けなかった。
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