封印解いたせいで、のじゃロリに世話焼かれてます



子どもの頃から、変なものを見てきた。

ちょっと待って、「あーよくある話ね」って切り上げようとしないで。騙されたと思って、とりあえず聞いてよ。

ある時は、丸くて可愛い、手のひらに乗るサイズ。
またある時は、目がたくさんついてて、うにょうにょした手が生えた不気味なやつ。

他にも狐だったり牛だったり魚だったり、色々な姿をしたそれらは、どうやら私以外の人には見えないらしい。

はたから見れば、何も無いところを熱心に指さしたり、空中を撫でてたり、誰もいないところで独り言言ってたりする私を、周りの人が避けるのは時間の問題だった。

いやまさか、両親にまで避けられるとは思ってなかったよ。ご飯は用意してくれるけど、全然一緒に食べてくれないし、お誕生日も祝ってくれなくなったもん。私が家にいる時はほとんど帰ってこないし。

聞いたら仕事で忙しいらしい。それじゃあ仕方ないね。

まあそんなこんなで、中学生になった私だけど、やっと"それら"を気にしないように振る舞えるようになったんだよね。

幼稚園と小学生の時はぼっちだったから、"それら"しか遊ぶ相手がいなかったんだけどさ。"それら"って何か呼びにくいな。おばけってことにしよう。

そんなある日の帰り道、黒くてドロドロした危なそうなやつに追いかけられた。

さすがによーいドンで逃げた。

せっかく初めてできた友達と一緒に帰るという記念すべき日だったのに、「用事があるから!」って心にも無い嘘ついてダッシュで1人帰った時の私の気持ちを10文字以内で述べよ。

答え:絶対許さないかんな

おいそこ、お前1000年に1度の美少女じゃねーだろとか言わない。言葉のあやだよ。

そういうわけで、現在追いかけっこしてます。場所は白い砂浜じゃなくて緑の森。今なら私はハンターから逃げる挑戦者になれるかもしれない。

「オ゛オオォ゛……」

「だあああああしつこいぃぃぃい!」

一定の距離あけて追ってくるのが腹立つ!「どこへ行こうというのかね」ってか!目潰すぞこんにゃろう!

唯一ラッキーなのは、着ているのが制服じゃなくて、動きやすさに特化したジャージってところだ。ジャージ下校が許されるのは中学生の特権。

おばけに追いかけられた時は、大抵鳥居がある場所、つまり神社に駆け込むことにしている。

小さい頃たまたま逃げ込んだことで気づけたんだよね。私ナイス。気分は昔見た、登場人物全員がメガネかけてるSFアニメ。断片的にしか覚えてないけど、不思議で近未来的で、どこか怖いアニメだったと思う。

「鳥居どこ!?」

こういうとき高校生なら、「OK」とか「Hey」ってアメリカンな声がけしただけでスマホが答えてくれるのに!うう、早く高校生になりたい……。

その瞬間、緑色の中に映えるような、所々ペンキが剥げた白を見つけた。

握っていた手は手刀の形にする。足が加速する。スニーカーで地面を蹴り、私は鳥居という名のゴールをくぐり抜けた。

「っしゃオラァ!見たか!逃げ足は早いんだよ私は!……ぜぇ、はァ、きつい……」

ガッツポーズの後によたよたと歩き出す。走った後にいきなり止まるとよくないって、小学生時代に教わった。

荒く息をしながら振り返る。

「ォ、オオ゛……オ゛オ」

そしたらあらビックリ。黒ドロの危なそうなやつが、ずるりずるりと鳥居をくぐってくるではありませんか。

嘘だろお前通れるタイプかよ!

あんなのと戦えるのなんて、プリティでキュアキュアな選ばれし女の子だけだって!えっ、まさか私が魔法少女だった……?お助けマスコット妖精はどこだい。早く出てきて。じゃないと未来の魔法騎士が死ぬぞ。

「管理の人も祀られてるお方もごめんなさい!」

待ってても助けなんて来ない。不敬覚悟で、ボロボロの祠の戸を開ける。武器なんて贅沢言わないから、せめて何か投げられる物が欲しかった。良い子も悪い子も真似しちゃダメだよ。

そこには、縄で締められた緑青色の円盤があった。

……え?これもしかして銅鏡ってやつでは?訳ありっぽく縄が巻かれてるけど、これこんな寂しいところに置いてていいやつ?

恐る恐る鏡を手に取ったとき、祠の中が陰る。入口を塞いでいるのは黒ドロおばけ。目と思わしき穴が、こちらを向いている。

「あ……っ、あっちいけーーーー!!」

内心謝りながら、私は鏡を力いっぱいぶん投げた。滲んだ視界に、丸いそれがくるりくるりと回る。古くなっていたのか、途中で縄がちぎれて落ちた。

しゃらんっ。

どこからか、鈴の音が響いた。

「……何やら騒がしいのう」

鏡が空中で止まり、表面にヒビが入る。

にゅっと白い腕が、あでやかな赤い着物が、白い顔が、鏡から抜け出てくる。

同い年くらいの少女だ。
ひとふさだけ銀色が入った黒髪。ほっそりした手足。肌の白さを引き立てるような紅の着物には、大輪の花が描かれている。その上には、月と星の模様がある、透けるほど薄い白の羽織。

それらをまとっても衣装負けしてない。むしろ服が飾りに見えるほど、涙が止まるほど綺麗な女の子だった。1000年に1度の美少女はこの子かと、ぼんやり思う。

「妾を目覚めさせたのは、お主か?」

「ヘッ、アッハイッ」

「ほう……?」

へたり込んだ私の目の前にしゃがみこんで、女の子がニヤニヤと見つめてくる。着物の色合いに似た瞳が、楽しそうにきらめいた。

「封印を解いてくれた礼じゃ。そこの化け物から助けてやろう」

女の子が手を軽く振る。するとおばけから黒いドロドロが流れ落ち、透明になって消えていった。

「その代わり――」

そこで区切り、女の子は無邪気に、可憐に、でもどこか妖艶に、にっこりと微笑んだ。

「お主の家に妾を連れて行け」

***

和装の美少女が自分の部屋にいる。
もし私が男子だったら、部屋の真ん中で歓喜の舞をしてから五体投地してるシチュエーションだ。

「ねー、せっちゃん」

「何じゃ清南きよな

「何で私、君に取り憑かれたの?」

ちなみに彼女の本名は、雪月花せつげっかというらしい。「風流な名じゃろ」と彼女は言っていて、実際私もそう思ったけど、呼びづらいので"せっちゃん"と呼ぶことにした。

「久しぶりに目覚めて、目の前に可愛らしい人の子がいれば、側で守りたくなるじゃろ」

「私人外じゃないから分かんないや」

「何を言うか。子は皆かわゆいものじゃよ。時に残酷なほどの無邪気さ、愚かなまでの単純さ、取り繕ったところが無い素直さ。どこを取っても良しじゃ」

「それ褒めてる?特に最初の2つ褒めてる?」

せっちゃんはおばあちゃんみたいな口調で喋る。見た目は中学生くらいなのに、それがアンバランスで面白い。

いつから封印されてたのか、そもそもどうして封印されてたかは分かんないけど、せっちゃんとのルームシェア生活は温かくて楽しい。

せっちゃんがいない日々が思い出せないくらいには。

「せっちゃん、おやつ作ったから食べよ」

「これは何ぞ。この間の菓子とは違うな。確か、わっふると言ったか?あれはなかなか美味じゃったな」

「これはワッフルじゃなくてホットケーキだよ。やー、いい感じに丸く焼けたわー。自信作」

「ほっとけぇき、とな」

「せっちゃん、今のもう1回言って」

「?ほっとけぇき」

「ぎゃんかわ」

「ぎゃ……?それは何の言語じゃ」

カタカナや若者言葉に弱いところ。
甘いものが好きなところ。

「これ、子はもう寝る時間じゃぞ」

「この漫画読んだら寝るよー」

「居眠りして、担任に起こされるのはお主じゃ。明日読めばよかろう。没収じゃ」

「せっちゃんの鬼」

「鬼の妾が子守唄を歌ってやろうな。ほれ寝床に入るがよい」

うちのお母さんよりもお母さんらしく、ダメなことはダメって注意してくれるところ。
布団越しに叩いてくれる手が、すごく優しいところ。
歌がすごく上手いところ。

「今度カラオケ行こうね、せっちゃん……」

「空桶?なんじゃそれは」

「たぶん漢字変換ちがうと思う……」

***

せっちゃんと行動するようになってから、初めてできた友達とも、普通に過ごせるようになった。

危なそうなおばけが来た時は、すぐせっちゃんが退治してくれるのだ。ありがたい。

でも四六時中ずっと一緒にいるわけではなくて、せっちゃんの気分で別行動になることもある。せっちゃんいわく、「個人の時間も大切じゃろ。ぷらいべぇと、と言うやつじゃな」とのこと。

「何かあったら、これを鳴らして妾の真名を呼べ。すぐに駆けつけるぞ」

「おわ、すごいキレイ。鈴?」

透明な玉を繋げたブレスレット……数珠?に、金色の鈴が付いている。振ると、しゃらんと澄んだ水のような音がした。

「子に御守りを持たせるのは当然じゃろ」

「お母さん……」

「はは、妾はお主を産んでおらんぞ」
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