推定ザシキワラシへの餌付け事情
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「だれだテメェ!!」
拝啓、実家のお母さん。押し入れから何やら薄汚れた子どもが出てきたときは、どうすればいいでしょうか。
***
大学で出された課題のレポート。それを書くために、図書館で借りてきた本をめくっていたときだった。押し入れの方から、ドンッと拳を打ち付けるような音が聞こえたのは。
私が借りている部屋には、押し入れが2つある。1つはプラスチックの衣装ケースや、家電が入っていた箱をしまう物置用。もう1つは、たまに私がドラ〇もんのごとく秘密基地にしている用。秘密基地用の押し入れから、その音は鳴っていた。動く物は何も入れてないのに。
おいおい、ここ賃貸だぞ。壊されたら弁償しなきゃいけないのは私なんだぞ。そもそも何で音がするんだよホラーかよ。素早く身構えて、目についたファブリーズをとっさに掴む。消臭剤で除霊はできない? やかましいプラシーボ効果を信じろ。
覚悟を決めて、スパンと一息で押し入れの戸を横に開ける。いきなり光が入ってきて驚いたのか、その影は腕で顔をおおった。やがて顔が上げられ、三白眼がぎろりとこちらを射抜くように見る。
そして冒頭のセリフである。
この世に生まれ落ちてから19年。両親と祖父母に育まれてすくすく育ち、平々凡々を具現化したような日々を過ごしてきた。大きな事故や事件や病気は、テレビの向こうで起きていること。小さな幸せと不運がある、ごくありふれた人生。
そこに現れた、青天の
「……いや君こそ誰ェ!?」
なんということでしょう。押し入れにいたのは、小学校低学年くらいの男の子だった。ツギハギだらけのタンクトップやズボンを着ていて、ズボンの裾はすり切れてボロボロ。おでこにはちょっとゴツめのゴーグルがかけられている。ツンツン立った赤い髪が、鮮やかに目に焼き付く。
「えーと……、ここ私の家なんだけど、どうやって入ったの? 鍵かけてたんだけど」
「知るか! いつものほら穴に入ったら、ここにいたんだよ!」
野犬みたいに吠えかかってくる男の子を眺めながら、どうしたもんかと私は考える。ウソをつくなら、もっとマシなウソがあるだろう。ここは住宅街にあるアパートで、近くにはほら穴なんてあるわけない。
警察を呼んだ方がいいのかな。でもこの子が不法侵入で捕まるか、私が誘拐犯の疑いを掛けられて捕まるかの2択は確定してしまう。女子大生がボロボロの幼い少年を、自宅に拉致監禁とか、そんなニュースでお茶の間に晒されるのはイヤだ。
そのとき、ぐううううっと大きめの音がした。
威嚇するように姿勢を低くしていた男の子が、固まってお腹を押さえる。唇を噛むその顔は、だんだん赤くなっていった。まるで恥ずかしがってるみたいだ。
「……お腹すいてる?」
「う、うるせェ! すいてねェ!」
改めて見ると、埃や土のような汚れがついた手足は、平均よりも細い気がする。ドラマで見たような、戦時中の孤児を連想して、気分が悪くなった。
「悪いけど、まずはお風呂を優先ね。汚れた状態で部屋の中歩き回られると困る」
「は!? おいはなせババア! おれをどうする気だ!」
「誰がババアだ私はまだツヤツヤの19歳だわ」
土足を履いてたので脱がせ、小脇に抱えて浴室に連れていく。服どうしよう。近くの店でそろえられるかな。
「そこのピンクの入れ物が、頭洗う用。緑の入れ物は体を洗う用。黄色の入れ物は髪をツヤツヤにする用。1人で洗える?」
「水あびればじゅーぶんだろ」
「却下だわアホタレ」
信用ならんので服をひんむき、バスタブにぶちこんだ。「何しやがるババア!」と抗議の声が聞こえたが、無視して温かいシャワーを浴びせる。『女子大生、いたいけな子どもを裸にむく』と架空のニュースが脳内で流れた。それも無視した。清潔が優先である。
暴れたり爪を立てたりしてくる彼と格闘しながら、もこもこに泡立てたシャンプーで彼の頭を洗う。実家の犬の方が大人しかったなと思いながら、体を洗う用のスポンジにボディソープを垂らした。無心で彼を洗い終え、シャワーで流し、バスタオルでくるむ。ドライヤーで髪を乾かすと、少し柔らかそうな、ふわっとした髪になっていた。
彼が着ていた服を洗濯機で回す。その間に彼が風邪を引かないようにエアコンをつけ、高校のとき使っていたジャージの上を着せる。やっぱりぶかぶかだ。いつも通帳や財布等の貴重品を入れているバッグを掴み、スマホとエコバッグも持って、彼に声をかける。
「今から君の服買いに行くけど、大人しくここにいてね? 部屋のもの壊さないでよ?」
「うるせェ、おれにメイレイすんな!」
「可愛くね〜〜!」
いやまあ突然裸にむいて泡まみれにしてきた女なんて、信用できないか。そこは反省。戸締まりしたのを確認してから、自転車に乗って近くの服屋へひとっ走り。ロボットの絵がプリントされたTシャツと、シンプルなハーフパンツと下着を購入。立ち漕ぎで息を切らしながら帰った。
「ただいま!」
彼は部屋の中央に座っていた。ジャージがワンピースみたいに、すっぽり彼を覆っている。その様子が少しだけ可愛く見えて、私は笑いをこらえた。
「はい、これに着替えてね」
彼がエコバッグから、もそもそと服を引っ張り出す。洗い終わった彼の服を、乾燥機に入れてから、私はキッチンに移動した。お昼ご飯にちょうどいい時間だ。あまり重くないメニューの方がいいかな。それで栄養がつきそうなもの。
「食べられないものとかあるー?」
「くさったりカビたりしてねェなら、なんでもいい!」
「そんなの食べさせるわけないでしょ」
アレルギーがあったら怖いので、ドア越しに声をかけてみる。元気な声でとんでもない返事が来たので、ツッコミを入れた。冷蔵庫の中身をチェックして、食材を取り出す。
レンジで解凍した鶏もも肉は、1口大に切る。玉ねぎは薄切り。フライパンに水とめんつゆを入れて煮立たせ、玉ねぎと鶏肉を入れて蓋をする。
めんつゆには出汁にしょうゆ、みりんに砂糖も入っているから、これだけであまじょっぱくて美味しい味付けになるのだ。めんつゆは偉大なり。うちのお母さんも味付けのベースに、よくめんつゆを使っている。
鶏肉に火が通り、玉ねぎがしんなりしてきたら、溶き卵を回し入れる。白身が固まって半熟状になったら、火を止めてまた蓋をする。
余熱で火を通している間、器にご飯を盛り付ける。電気ケトルで沸かしたお湯で、インスタントの味噌汁をいれて、そこに乾燥野菜を加えた。栄養バランスが少しでも良くなるように、おまじないだ。
「完成!」
2人分の親子丼とお味噌汁を、トレーに並べる。あの子はお箸よりもスプーンの方が使いやすいかな。自分のお箸と、カレー等を食べるときに使う銀色のスプーンも乗せて、部屋のドアを開けた。
「お待たせ。ごはんだよ」
テーブルに器を並べていく。それを見た男の子の目が、キラリと輝いたように見えた。鼻をくすぐる出汁やしょうゆの匂い。淡い茶色に染まった玉ねぎ。半熟の玉子が絡んで、つやつやと光る鶏肉。どうだ、美味しそうだろう。
「……なんだ、これ」
「親子丼。鶏肉と玉子が入ってて、美味しいよ」
スプーンを渡すと、男の子はそれをわしっと掴む。そしてごくりと喉を慣らしてから、猛然と食べ始めた。よっぽどお腹すいてたんだな。
「誰も取らないから、落ち着いて食べなよ」
がつがつ食べている彼に、一応声をかけながら、「いただきます」と手を合わせる。まずはお味噌汁を1口。お湯で戻された野菜がいっぱいで、ほっと息をつく。次に親子丼を1口。めんつゆと鶏肉の旨み。しんなりしつつ、シャクッとした歯触りも残る玉ねぎ。それをとろりとした玉子が包んで、ご飯を彩っている。美味しい。
もぐもぐ
ボロボロの服。薄汚れた体。上からグーで握るような、スプーンの持ち方。現代日本というより、スラムとかで育ったと言われた方が、納得できる。この子、ほんとにどこから来たんだろう。
親子丼もお味噌汁も、気づけばすっかり空になっていた。はふ、と満足そうに息をつきながら、男の子がお腹に手を当てる。食べてる間とか今の様子とか、ここだけ見るとあどけない一面もあるんだな。そう思いながら、私は彼に指を伸ばした。
「ご飯粒ついてるよ」
3粒つまんで取ってから、ぱくりと口に含む。ご飯1粒でも、残すのはもったいない。
食器や調理器具を洗って、改めて彼と向き合う。ちょっと待て服のタグつけたまま着たのか君。ハサミ出したら警戒されそうだから、このままにしとこうかな。ちょっと面白いし。ババアって言った仕返しだ。
「私はナマエ。君の名前は?」
「……ユースタス・キッド」
「おうちはどこなの? お父さんやお母さんの連絡先、分かる?」
「……親なんかいねェ」
外国人みたいな名前。それにしては日本語をすらすら話す。親はいない。鍵をかけたはずの部屋にある押し入れから、いきなり現れた、風変わりな男の子。
なるほど。妖怪の世界から来た、現代版ザシキワラシかな?
そう考えるしかないだろこれ。押し入れの中をのぞいてみるけど、いつも通りの光景だ。押し入れの中にある、壁や床をぺたぺたさわっても、子どもが通り抜けられる穴なんて無い。床にはキッドの靴についていたらしい砂が、いくつか落ちていた。
とりあえず今日は様子を見て、それでも帰り方が分からなかったら、覚悟を決めて警察行くか。それまでどうしようね。今の時間って、子どもが好きそうなアニメとかやってたかな。何の気なしにリモコンを手に取り、薄型テレビの電源をつける。そのとき男の子――キッドの目が見開かれた。
「……ッなんだこれ!」
「うわっ!?」
パタパタと駆け寄り、テレビに顔を近づける。小さな両手でぺたぺた画面を触りながら、彼はテレビの画面と後ろを交互に眺め出した。
「なんだこれ!? 板のなかで、にんげんとかがうごいてる!」
「テレビだよ。見たことない?」
「ねェ!」
「ねェか〜。目が悪くなるから離れようね」
よいせとキッドを、テレビから引き離す。キッドは目を爛々と輝かせながら、テレビに釘付けになっていた。そんなにテレビが珍しいのかな。リモコンを渡してみると、彼はあちこちボタンを押して、チャンネルを変えていた。
「これ、中はどうなってんだ!?」
「分解しないでよ。私じゃ直せないから、二度とこれ見られなくなるよ」
そう言うと、キッドの動きがぴたりと止まる。テレビが見られなくなるのは困ると、判断したらしい。でもその顔は子どもらしくむくれていて、諦めきれないようにリモコンをいじり回していた。思わず口元が緩み、彼の頭を軽く無でる。
「我慢できて偉いね」
「ガキあつかいすんじゃねェ!」
「いやガキでしょどう見ても」
食ってかかる彼は、キャンキャン吠えかかる子犬みたいに見えた。わしゃわしゃと遠慮なく撫でくり回すと、唸るような声を上げられる。もしゃもしゃになった赤い髪が、ちょっとライオンのたてがみみたいに見えた。
唇をとがらせながら、キッドは私を見つめる。
「……おまえ、なにがしてェんだ」
「ん?」
「おれにメシくわせて、ふくもよこして、なにがもくてきだ。カネか?」
「失礼な。子どもにお金せびるほど人間やめてないわ」
彼の目を真正面から見つめ返して、はっきり言い返す。
「君がお腹すかせてたから、ごはんを食べさせた。それだけだよ。服は成り行き。私のじゃサイズ合わないし」
「なんで、あったばっかのヤツに、そこまでできんだ」
「私が放っておけないから、勝手にやっただけ」
「ふーん……」
納得したのかしていないのか、キッドはこちらをじとりと睨むように見ている。警戒するような、見極めようとするような、そんな目つきだ。
「テレビ、気になったの見てていいよ。私はこれ読むから」
「なんだそれ」
「お勉強に使う本」
床に置きっぱなしだった、図書館の本を拾い上げる。いろいろあって忘れてたけど、これ読んでレポート書かなきゃいけないんだった。締切までまだ余裕はあるけど、こういうのはすぐ終わらせた方がいいもんね。
私が読書している間、キッドは意外と大人しくしていた。よっぽどテレビが気に入ったらしい。
***
夕飯も食べさせて、床に敷いたお客さん用の布団に寝かせる。翌朝、私が目を覚ますと、キッドはいなくなっていた。
「キッド? キッドー」
名前を呼んでみるが、返事は無い。布団はさっきまで寝相の悪い誰かが寝ていたみたいに、くちゃくちゃになっていた。布団の側に、畳んで置いてた彼の服も見当たらない。秘密基地用の押し入れが少し開いていたので、戸を開けてのぞき込む。
彼が履いてた靴も、何も無い。誰もいない。
「……帰れたのかな」
不思議な出来事だったな。夢でも見てたのかな、と思うけど、彼が寝ていた布団はそのままだ。何だったんだろうなと首を傾げながら、私は立ち上がる。
「さて。朝ごはん食べて、大学行こう」
歯車がかちりと噛み合って、回り始めるように、いつも通りの日常に戻っていく。淡々と穏やかに続く、代わり映えのない日常。突然、本に挟まれた栞のような刺激は、ゆっくりと薄れて溶けていく。
そう思っていた、のに。
「よォ、てめェか。変わんねェな」
「誰だよ! こんなパンク系アーティストみたいなデカい知り合いいないわ!」
「ア゛ァ? このおれを裸にひんむいて水責めにしたこと、忘れたとは言わせねェぞ!」
「…………ちょっと待ってその目つきと髪色、まさかキッド!? てか言い方! 言い方にすごく悪意を感じる!」
1年後。再び部屋に来た赤髪のザシキワラシ(推定)は、17歳くらいのいかつい青年に成長していた。