麦わらの一味の鑑定士
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目の前で、仲間が次々と消えていく。
「全員ここから逃げろ!!」
ルフィさんの叫ぶ声。シャボン玉が浮かぶ中、必死でその場から離れようと走る私の前に、手のひらに肉球がついた大きな人が現れる。
「イリス!」
「ルフィさ……!」
伸ばした手は、届かなかった。
***
シャボンディ諸島12番グローブで、麦わらの一味は「完全崩壊」を喫した。
王下七武海であるバーソロミュー・くまは、ニキュニキュの実を食べた肉球人間。その肉球はあらゆるものを弾き飛ばすことができる。くまの能力によって、シャボンディ諸島から弾き飛ばされたイリスは、とある島の海岸に落とされた。
肉球の型ができた真ん中で、意識を失っている彼女に、2人の人影が近づく。
「ねえねえ、知らない子がいるよ! 新しい子が生まれたのかな?」
「ほんとだ……。何の石だろう?」
「ぷにぷにしてるねー。新種かな?」
イリスの傍らにしゃがみこみ、彼女の頬をつんつんとつつくのは、柑橘のように透明な黄色の髪を持つ者。その横で、月の光を集めたような長い髪の者が、恐る恐る様子を見る。髪が風になびくと、チリチリと澄んだ音が鳴った。
2人とも、顔立ちは少女のように愛らしいが、体は少年のように細くしなやかだ。お互いの顔を見合わせて、2人はうなずく。
「先生に教えようか!」
「うん」
白銀の長い髪を持つ者が、イリスの上体を抱え、黄色の髪の者がイリスの足を持つ。ほっそりした足でさくさくと砂を踏みしめ、2人はゆっくりと歩き出した。2人がまとう黒い服の肩に、それぞれの髪色の光がちらちらと反射する。
2人が向かう先には、白亜の建物があった。
***
この展開、見覚えがある。見慣れない天井を見上げながら、私はそう思う。壁をくり抜いて作った寝台で、ふかふかの寝具に埋もれるように、私は寝かされていた。
「あ、おはよう! 目が覚めた?」
アーチ状に空けられた入り口から、通りがかった人がひょこっと顔を出す。ほっそりした体には、白いシャツと黒い半袖のトップス、そして黒いショートパンツをまとっている。顔の右横で三つ編みを作ったショートヘアも、丸い目も、サンストーンのように赤みがかったオレンジ色をしていた。
「君、海岸に倒れてたんだよ。イコイとヒトミが見つけて、ここに運んできたんだ」
「あ、ありがとうございます……。あのっ、私の他には、誰かいませんでしたか!?」
「ううん、君だけ」
「そうですか……」
思い出すのは、シャボンディ諸島でのこと。麦わらの一味の皆さんと、なすすべなく離れ離れになってしまったこと。目の奥が熱くなって、胸が潰れそうになって、私は布団の上で両方の拳を握りしめる。
――何かあっても、おれが全部ぶっとばしてやるよ!
ルフィさんの溌剌とした声が、頭の中に蘇る。海には、強くて優しいルフィさんでも、どうにもならない相手がいる。海に出るって、怖いことだったんだ。
――私、足手まといだ。
宝石や宝物の鑑定しかできない。仲間も、自分のことすらも守れない。体を鍛えたこともないし、武器を持ったこともない。細くてひ弱で、大切な人たちに守られるだけの、無力な存在だ。
「……っ、ひ、く……」
「え、え!? どうしたの? 大丈夫?!」
ボロボロと涙がこぼれ、ひきつるような声が喉から出る。悲しい、寂しい、悔しい。そんな冷たくて苦しい気持ちが荒れ狂う。
「そんなに目から水出したら、おしろい落ちちゃうよ?」
サンストーンみたいな人が、ベッドの側にしゃがみこんで、ハンカチをそっと顔に当ててくれる。泣きじゃくる私を、その人は懸命に慰めてくれた。
「何か、悲しいことがあったの?」
「……はい……」
「そっか……」
しょぼんと眉を下げながら、その人は言う。それから恐る恐る、私の手を下から添えるように取った。オレンジ色の目が少し丸くなって、私の手を軽く握る。その真っ白な手は少しひんやりしていて、とても硬かった。骨ばっている硬さじゃなくて、石膏細工のような硬さだ。
「わ、本当に柔らかい」
「え?」
「私、硬度は高い方じゃないし、割れやすいからさ。ふれても平気なのって新鮮だなぁ」
「え??」
硬い手の感触と、「硬度」や「割れやすい」という言葉。まるで石みたいなことを言う人だ。血が通っていないみたいに真っ白な肌と、サンストーンそのもののような輝きを見せる髪に、違和感が増していく。
「……あ、あの。あなたは、いったい……」
「ん? あぁ、自己紹介が遅れちゃったね。私はサンストーンのナツメ。硬度は6から6.5。衝撃には弱いから、優しく扱ってくれると嬉しいな!」
サンストーンには、へき開性という、特定方向に割れやすい性質がある。鉱物の中に含まれる内包物に、光が反射することで、アベンチュレッセンスと呼ばれるラメのような輝きが現れる。
「……え、ええええええ!?」
サンストーンが、人の形をしていて、動いている。言葉を話して、笑顔で名乗っている。そのことに驚いた私は、つい悲鳴に近い声を上げてしまった。
***
私が大声を出したせいで、いろんな人が部屋に集まる。やがて黄色い髪の小さな子が、すらりとした女の人を連れてきた。ラピスラズリのような深い青色の髪が、さらりと揺れる。その目を見て、私はハッと息を呑んだ。
7色の光が、きらきらと目の中できらめいている。私と同じ、アイリスクォーツのような目。向こうもそれに気づいたのか、私を見て目を丸くした。ルフィさんたちの仲間になってから、私は前髪を短く切っていた。
「……この子と話をする。君たちは広間に下がりなさい」
「分かりました」
「先生、一緒に聞いちゃダメ?」
「だめだ」
「えー……。はーい」
おそろいの黒い服を着た細い人たちが、部屋から出ていく。それを確認してから、"先生"と呼ばれたその人は、私に向き直った。
「……その虹水晶の目。君も、"石守"か」
「いしもり……?」
初めて聞く言葉に首を傾げる。彼女は驚いた様子やバカにするような様子を見せず、アルトに近い声で問いかけてきた。
「君は、どこの島で産まれたんだ?」
「ほ、宝石の島『ロックジェム』です」
「そうか……。"石守"とは、石たちの声を聞き、石たちの力を引き出し、石たちを守る者だ。石守として選ばれた者は、石と縁が深い場所で、虹水晶の目を持って産まれてくる」
――なるべく、人に見せないようにするんだよ。
思い出したのは、どこか心配そうに眉を下げて、私に言い聞かせていたおばあちゃんの顔。私の目を、他の人から隠そうとしていた。
「ま……待ってください! 私、16年間生きてきましたけど、石の声なんて聞いたことないです! 石の力を引き出したことも、石を守ったことも……!」
もし、そんな不思議な力が私にあったなら。その力で何ができた? 家族と故郷を守ることも、新しくできた仲間を――ルフィさんたちを守ることも、できたんじゃないの?
そんな力があるなら、どうして今まで使えなかったの!?
「石たちの声は、とても小さい。訓練を積まなければ、聞き取ることすら難しいだろう」
無力感で目が潤む。私の両肩にそっと手を添えて、彼女は諭すように私の目を見つめた。これから私が何をすべきか、目の前に提示していくように。
「石守は、石守からしか、力の使い方を学べない。身近に石守がいなかったら、自分が石守と自覚できないのも、仕方ないことだ」
「これからは、私が君を教えよう。私はルリ。この島、ビジューで産まれた石守だ」
ルリさんに問われ、私はこれまでのことを話した。海賊に襲われて、故郷から1人脱出したこと。その先で出会った、麦わらの一味に助けられたこと。彼らの仲間になったこと。そしてシャボンディ諸島で、彼らと離れ離れになったこと。
私もルリさんに質問した。ここはどこなのか。なぜ人の形をした石が話しているのか。ルリさんいわく、ここはたびたび、命が宿る石が生まれる島。ルリさんは命を宿した石を磨いて人の形に整え、人と同じように知識を教えているらしい。石たちのことを、ルリさんは"彼女たち"、そして"宝石"と呼んでいた。
ルリさんに案内され、白い廊下を進む。たどり着いた広間には、数人の宝石たちが集まっていた。色とりどりの目がこちらを見つめていて、少し緊張してしまう。
「紹介しよう。この子は私と同じ石守で、人間だ。しばらくこの島で、私の弟子になってもらう。皆、仲良くするように」
「イリスといいます。短い期間になると思いますが、よろしくお願いします……!」
シャボンディ諸島で、ルフィさんたちと合流しなきゃいけないから、あまり長くはいられない。それまで頑張って力をつけて、せめて自分だけは守れるようにしよう。そう思って頭を下げると、カツカツと軽い拍手が起こる。
「"人間"! 先生以外で初めて見た!」
「イリスちゃん、これからよろしくね」
黄色い髪の子やナツメさんが、好意的な声をかけてくれる。他の皆さんも優しそうでほっとしたとき、冷たい声が響いた。
「……どうやって、ここに来たの」
声がした方向に顔を向ける。少し離れた場所に、艶やかな黒髪の子が、腕組みをして立っていた。茶色の地に青と緑を重ねたような、ウッドオパールに似た目が、私を鋭く睨みつけている。
「……ここは外部の人間が入れないように、特殊な海流に囲まれてる。ただの人間が、入れるはずない」
「それは、」
「僕たちを砕いて、装飾品にするために来たの? いくら先生が許可しても、僕は先生以外の人間なんて認めないから」
明確な敵意に、体がすくむ。口を開くことすら許さないような彼女の雰囲気に、何も言えなくなったとき、ルリさんが私の背中に手を当てた。
「サユリ。この子の事情を知らないで、失礼なことを言うな」
叱るような厳しい声が、静かな広間に凛と通る。見上げると、虹水晶の目がサユリと呼ばれた宝石を、しっかりと見据えていた。その目を見つめ返したうえで、彼女は背中を向けて広間を出て行く。
「……すまない。信じてもらえないだろうが、普段はあんな意地悪を言う子じゃないんだ」
「……は、はい……。あの、私は大丈夫です」
サユリさんのことを思い返す。彼女の言動を振り返ってみると、確かに言葉には棘があった。でもあの鋭い目には、覚えがある。多分、彼女は怖い人ではないと思う。
あれは、私が仲間に入ったばかりの頃。私が仲間たちに危害を加える存在ではないか、注意深く見ていたときの、ゾロさんの目によく似ていた。
***
石守の修行は、ルリさんによる座学と、宝石たちとの交流から始まった。
「石たちの声は、本当に囁くようだからな。まずは宝石たちと話して、石の声を聞くことに慣れてほしい」
宝石たちは、私が思っていたよりも、好奇心旺盛だった。まずは最初に話しかけてくれた、サンストーンのナツメさん。その次に声をかけてくれたのは、黄色い髪の小さな子だった。
「私、シトリンのイコイ! 硬度は7だよ。よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします。イコイさん」
「イコイでいいよー。ねえねえ、人間のこと、いろいろ教えて! 私のことも教えるから、気になったことがあったらいっぱい聞いて!」
「それじゃあ……、どうして目はピンク色なんですか?」
「先生がピンクトパーズを入れてくれたんだよ。可愛いでしょ!」
他にも、イコイちゃんと一緒にいることが多い、ムーンストーンのヒトミさん。硬度は6から6.5で、摩擦にはあまり強くない。目にはゴールデンベリルが入っている、控えめで清楚な感じの子だ。
図書室でよく会うのは、ブラックスピネルのアオイさん。硬度は8。宝石の中では一番背が高くて、年長者らしいクールな印象だ。目にはターコイズが入っていて、知的な眼差しで本をめくっている。何かを紙に記録している姿を、見ることもあった。
そして未だに話せないのは、ブラックダイヤモンドのサユリさん。硬度は最も高い10。趣味なのか、よく外で黒い薙刀を振っているのを見かける。目にはウッドオパールが入っていて、私に気づくと警戒するような視線を向けてきた。
「イリスって、いつも胸のところに何入れてるの?」
「? 何も入れてないですよ」
「じゃあ何で、胸のところ、ふくらんでるの?」
ある日イコイちゃんに、そう聞かれた。ピンクトパーズの目が興味津々といったように、私の胸を見つめている。思わず両腕で胸を隠すようにしながら、私はどう答えようか頭を働かせた。
「ええと……。人間の女の人の、体の特徴かな。成長すると、胸とかがふくらんでくるんです」
「そうなんだー。さわってもいい?」
「そ、それはダメです!」
「えっ何で?! 人間ってさわっても、欠けたりヒビ入ったりしないんでしょ?」
彼女の目には、やましさなんて全く見えない。人間のことを知らない故の、純粋な好奇心と興味。それをまっすぐ向けてくる彼女を傷つけたくなくて、私は少しずつ後ずさりしながら答えた。
「あ、あんまり人にさわらせちゃダメな場所なんです!」
「そうなの!? うぅん、ちょっとだけでもダメ? お願い〜」
「イコイ。イリスを困らせたら駄目だろう」
そのときスッと、私の前に黒い人影が立つ。うなじの辺りで1つにまとめた黒髪が揺れた。イコイちゃんを止めてくれたのは、2冊ほど本を抱えたアオイさんだった。
「さわらせたらいけない場所に、無理にさわるのはよくない。人間に関する本を貸すから、まずはこれで勉強しよう」
「むぅ……。イリスのほっぺも手も柔らかいから、そこも柔らかいのか確かめたかったのにぃ」
残念そうに、イコイちゃんが少しだけむくれる。アオイさんから本を受け取ってから、イコイちゃんは私を見てしょんぼり眉を下げた。
「イリス、ごめんね」
「い、いえ」
勉強するために、図書室の方へとことこ駆けていくイコイちゃんを見送る。アオイさんは仕方ないなと言うようにため息をついてから、私の方を見た。
「すまないな。私たち宝石はふれあうことがないから、つい夢中になり過ぎたんだろう」
「硬度が違う者同士でぶつかったりすると、割れちゃいそうですもんね……」
「ひび割れや欠けは、治せる程度だけどな。私やイコイのように硬い石は、手袋や長い靴下を身につけて、ふれあう面積を減らしてるんだ」
すらりと伸びる、長い白手袋をはめた手。それを軽く上げながら、アオイさんが説明してくれる。そういえば、イコイちゃんもサユリさんも、手袋やニーハイソックスを身につけていた。宝石たちと一緒に過ごす中で、違う石が一緒に暮らすときの工夫を聞くのは、興味深かった。