麦わらの一味の鑑定士
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心地いい風が船を押していた。
透明な青空には、雲ひとつ浮かんでいない。航海は極めて順調。ライオンを模した陽気な船首に腰かけ、麦わら帽子を被った少年――ルフィは、のんびり海を眺めていた。
「なんかおもしれーことねェかなァ」
黒く丸い目は、楽しいことを見逃すまいと、キョロキョロ動いている。そのとき彼の目が、とあるものを捉えた。小さな影が、波の上でゆらゆら揺れている。ルフィが目を凝らしながら前のめりになると、大きな水飛沫が上がった。
「うわっ! 何だァ!?」
現れたのは、ウツボのような姿をした海王類。長い尾が揺らめいた影響で、小さな影が木の葉のように、頼りなく波にもまれる。ルフィにはそれが小舟だと確認できた。
波に押された小舟が、サウザンド・サニー号に近づいてくる。追いかけてきた海王類が、ぱっくりと大きな口を開けて、小舟を飲み込もうとした。その瞬間。
「ゴムゴムの……
勢いよく伸びた腕が、海王類を殴り飛ばす。水柱を上げながら海王類が沈んだところで、ルフィはまた腕を長く伸ばした。その手で小舟に乗っていた人物を掴み、落とさないように腕を巻きつかせてから、自分のもとに引き寄せる。
「おーい。お前、大丈夫か?」
「……」
乗っていたのは、1人の少女だった。長い前髪の隙間から、少し青ざめた顔がのぞいている。ルフィがぺちぺちと彼女の頬を叩いても、少女はぐったりと目を閉じていた。ルフィは少女を抱えると、ひょいと船首から降りる。
「チョッパーー! こいつ診てくれ!」
「えっ!? どうしたんだその子! 医者ァーー! おれだーー!!」
騒ぎを聞きつけて、他の仲間たちも何だ何だと集まってくる。少女は気を失ったままで、それでもその胸に、しっかりと革製のカバンを抱きしめていた。
***
家が、博物館が、島が燃えていた。
「岩石から、こんなに美しいものが生まれること。人が、こんなに美しいものを作り出せること。それを守って、伝えて、生きて」
お父さんから託されたカバン。はらりと涙を流しながら、お母さんが言っていた最後の言葉。頬にふれた手のひらの柔らかさ。離れていく温もり。海原を突き進んでいく船。手を伸ばして叫んでも、大切な人たちには、もう会えない。
――離れ離れになるくらいなら、私も一緒に、あの島で……。
「あ、起きたか?」
ぱちりとまぶたが開く。見えたのは見知らぬ天井と、小さな姿。2本の角に、白いバツ印がついたピンク色の帽子。くりくりした目。ふわふわした小さい生き物が、私の顔をのぞきこんでいた。
「…………ッ! カバン!」
はじかれたように起き上がる。くらりと目の前が暗くなって、私は両手で頭を抱えた。硬いものが私の腕にそっとふれて、あわてたような可愛い声が聞こえてくる。
「急に起きたらだめだ!」
「……で、でも……」
「カバンって、これか?」
顔を上げると、ヒヅメがついた手が、革製のカバンを差し出してくれた。それを震える手で受け取り、ぎゅっと抱きしめる。感触と重みが安心感をくれて、私の目に涙がにじんだ。
「大事なものなんだな。そのカバン」
「……は、い……。あ、ありがとう、ございます」
ぺこりと頭を下げる。シカやトナカイのぬいぐるみみたいな子は、ニコッと笑いながら話しかけてくれた。カバンが手元にあることで、私の中に冷静さが戻ってくる。改めて見ると、目の前にいるのはとても不思議な生き物だった。
「お前、海の上を小舟で流れてたんだ。覚えてるか?」
「……あ。は、はい」
「それで、海王類に襲われてたところを、ルフィ――おれたちの船長が助けたんだ」
「そう、だったんですか……」
本当に自分に起きたことなのか、現実感が持てなくて、ぼんやりと呟く。そんな私を、その子は心配そうに眺めてから、自分の胸をぽんと叩いてみせた。
「おれはトニートニー・チョッパー。医者で、トナカイだ! シカでもたぬきでもないからな!」
「チョッパーさん……」
「おう! お前の名前は?」
「……わ、私、イリスです」
トナカイさんなのに、お医者さんなんだ。そう思いながら、自分の名前を答える。知らない人……トナカイさんに、名前を教えてよかったのかな。でも、助けてくれた相手からの質問を無視するのは、失礼だよね。
「もう少し、寝てたほうがいいぞ」
「は、はい」
「苦しかったり、おなか空いたりしたら言ってくれ。サンジのメシはすごくうまいんだ!」
明るい声をかけられながら、掛け布団をぽふぽふと叩かれ、私はもう一度ベッドに潜り込む。カバンを胸に抱えたままでも、チョッパーさんは何も言わないでくれた。足を曲げて体を丸め、カバンに顔を埋める。頬になめらかな革をふれさせて、私は目を閉じた。
***
「おはよう、マドモアゼル。白水仙の花のごとく繊細可憐な君が、元気になれるように、愛と真心を込めた食事をご用意しました♡」
「あ、ありがとうございます……」
うやうやしい態度でお盆を持ってきた彼は、とろりと甘い目で私を真っ直ぐに見てきた。歯の浮くようなセリフに頬が熱くなる。お花に例えられたのなんて初めてだ。
ベッド脇のテーブルに、そっとお盆が置かれる。並んだ料理はどれも温かそうで美味しそうで、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。そういえば、島を出てから何も食べてない。お腹がくぅぅと音を立てる。
「冷めないうちに召し上がれ」
「い、いただきます」
黒いスーツを着た金髪の彼が、優しく目を細めた。恥ずかしくなりながら、私は素直に手を合わせる。
野菜をたっぷり入れたスープが、さらりとお腹に温かく落ちていく。小麦とバターの香りがするパンはふかふか。甘いトマトソースがかかった金色のオムレツは、口の中に入れるとまろやかにとろけた。塩気がちょうどいいベーコンは、カリカリに焼かれている。
カットされた色とりどりのフルーツまで、みずみずしくて美味しかった。新鮮な甘さの果肉と果汁が、じんと舌に染みる。夢中でぱくぱく食べ続けていた私は、最後のオレンジを飲み込んで一息ついた。
「ごちそうさまでした……! すごく美味しかったです!」
「ハァ……ッ! 驚いた……。あまりに麗しい笑顔だったものだから、大輪のバラが咲いたかと思ったぜ。お口にあったようで何よりです」
食べ終わった食器を片付けようとする前に、料理を持ってきてくれた彼がお盆をスッと持ち上げる。そして私の前に片膝をつき、騎士のような態度で私を見上げた。
「おれはサンジ。あなたの
「え、えーと、その。私、お花じゃなくてイリスです」
「イリスちゃん……! 名前まで可愛いんだね! 食べられないものはあるかな?」
「あ、いえ、無いです。それに私、この船に置いてもらっている身なので、気になさらないでください」
好き嫌いもアレルギーも無いのは本当だ。申し訳ない気持ちで答えると、サンジさんはグッと胸を押さえて目を閉じる。
「何て慎ましいマドモアゼルなんだ……。ランチにディナー、おやつも腕によりをかけて作るから、待っててね〜!」
波打つような独特の動きで立ち上がり、サンジさんは部屋を出て行ってしまった。本当に気にしなくていいのに。不思議なところがあるけど、優しい人なんだな。
***
「お! お前起きたのか!」
手を引いてくれるチョッパーさんと一緒に、医務室を出る。カバンを胸に抱きしめたまま、甲板に出ると、新鮮な風が頬を撫でていった。深呼吸して爽やかな空気を取り込むと、麦わら帽子を被った男の子が駆け寄ってくる。
「おれはモンキー・D・ルフィだ。よろしくな!」
「わ、私はイリスです。あの、助けてくださって、ありがとうございました……!」
「いいってことよ!」
深く頭を下げる。ルフィさんは歯を見せて、晴れた空のような笑顔を浮かべた。それからぱちりと瞬きをして、私の方へ手を伸ばす。
「にしてもお前、長ェ髪だな。前見えてんのか?」
温かい手に突然ふれられ、私は少しだけ肩を揺らした。長めに伸ばして下ろしていた前髪を、わしゃっとかき上げられて、視界が一気に開ける。ルフィさんの顔が近づいて、彼の丸い目に、私の顔が映っていた。
「お前キレイな目してんなー。虹みてェ」
光の加減で、7つの色がちらちら現れる、アイリスクォーツみたいな私の目。おばあちゃんに「なるべく人に見せないように」と言われたから、ずっと前髪で隠していた。真正面から私の目を見て、褒めてくれる人がいるなんて、思わなかった。
ぽっと頬を赤く染める私を見て、ルフィさんは楽しそうに笑う。その後、彼は何かに意識を取られたように、別の場所へ走っていった。歳が近い男の子に、目をのぞき込まれたのも初めてで、少し胸がドキドキする。
「そういえば、チョッパーさんたちは旅人さんなんですか?」
「おれたち海賊なんだ! 今までいろんなとこを冒険してきたんだぞ!」
「え」
チョッパーさんが誇らしげに胸を張って、上を指す。見上げると、麦わら帽子を被ったドクロの旗が、風にはためいていた。
かいぞく。その言葉を聞いたとき、故郷のことが頭に浮かんだ。燃える火。人の悲鳴や叫び声。私たちが守ってきたものを、踏みにじって奪った人たち。遠ざかるお父さんとお母さん。そんなものが次々思い出されて、呼吸が浅くなっていく。
「……ッ、は、ヒュ……」
「……? イリス? どうしたんだ?」
カバンをぎゅうっと、強く抱きしめる。チョッパーさんの声が、遠くで聞こえる。おかしいな、すぐ隣にいるはずなのに。でも足に力が入らなくて、視界が薄暗くなっていく。ぺたんと甲板に崩れ落ちた気がして。その後のことは覚えていない。
***
医務室のベッドで目覚める。チョッパーさんと、2人の女の人が、私を見て安心したように息をついた。
「大丈夫? あんた甲板で、いきなり気絶したのよ」
「……きぜつ……」
「ご、ごめんな。おれが海賊って教えたからか? でもおれたち、普通に暮らしてる人を傷つけたり、その人たちから何か奪ったりはしてないんだ!」
歳が近そうな、オレンジ色のショートヘアの女の子が、心配そうに声をかけてくれる。その横でチョッパーさんがぴょこぴょこ跳ねながら、全身で訴えるように話していた。
「……あなたがずっと抱えていたカバンと、何か関係があるのかしら」
少し離れた場所で見守っていたお姉さんが、そっと口を開く。さらさらの黒髪を切りそろえた綺麗な人だ。青みがかった目は、気遣うような色を宿している。質問しているようで、無理に答えなくていいとも思っているような、そんな目に見えた。
この人たちが海賊なんて、言われるまでずっと気づかなかった。優しい人たちだ。見ず知らずの私を助けてくれて、ベッドに寝かせてくれて、美味しいごはんを食べさせてくれた。私からカバンを取り上げて、海に放置することもできたはずなのに。島に来た海賊みたいな人たちなら、そうしてもおかしくないのに。
カバンを抱きしめながら、私はうつむく。今の私はひとりぼっちだ。頼れる人が誰もいない。だから、この人たちに、どこまで"自分"を見せていいのか分からない。どこまで話していいのか、どこまで心を許していいのか、分からない。
でも、私だけじゃ、私がやらなきゃいけないことは叶えられない。ぐるぐると悩んでから、私は深呼吸をする。顔を上げて、3人の方をちゃんと向いた。
「……私の故郷は、海賊に襲われました」
少しの驚きと、納得したような表情。それを見てから、私は話を続ける。
「私の故郷は、宝石の島『ロックジェム』。宝石が採掘される鉱山と、世界中からあらゆる宝石を集めた博物館があります」
年間を通して涼しく乾燥した気候のため、資料保存に適した島だ。岩や山しか無いけれど、掘り起こされた鉱物を加工して商売をするおかげで、皆が豊かな生活を送ることができた。
「島に来た海賊たちは、人を傷つけ、宝石を全部奪おうとしました。私は……、私は、両親に手引きされて、1人だけ脱出しました」
「そのときに渡されたのが、このカバンです。博物館の館長をしていた父が、展示品の中から特に貴重なものを持ち出して、私に託したんです」
オレンジ色の髪の女の子が、こくりと喉を動かす。黒髪のお姉さんは静かな眼差しで、話の続きを待ってくれる。
「母から言われました。……『岩石から、こんなに美しいものが生まれること。人が、こんなに美しいものを作り出せること。それを守って、伝えて、生きて』と」
そっと、なめらかな手触りのカバンを撫でる。両親の――島の人たちの願いと祈りが、そこに込められているように感じた。この中に入っているのは、ただの宝飾品じゃない。人々に愛され、守られてきたもの。次の未来に受け継いでいく、自然の美しさと人の技術の結晶だ。
――離れ離れになるくらいなら、私も一緒に、あの島で死にたかった。
でもそんなことをしたら、両親の行動が無駄になってしまう。だから死ねない。立ち止まることはできない。託されたものを守って、生きていかなきゃいけないんだ。
チョッパーさんの目が、ウルウルと揺れている。
「助けていただいたことは、とても感謝しています。でも、このカバンに入っているものを、お礼として渡すことはできません」
代わりに、私は自分の首飾りを外した。おばあちゃんから受け継いだ、アイリスクォーツのペンダント。水晶が成長する過程でできたヒビに、光が当たることで、石の内部が虹色に輝く。虹の女神の名前を持つこの石は、持ち主を幸福や希望に導くと考えられていた。
「これを差し上げます。祖母の形見ですが」
「受け取れないわよそんなの!!」
両手にペンダントを乗せて差し出すと、オレンジ色の髪の子に押し返されてしまった。焦ったように、彼女の額に汗が浮いている。ペンダントを持ったまま、どうやってお礼をしようと考えていると、オレンジ色の髪の子が口を開いた。
「……宝石の島出身ってことは、宝石は見慣れてるわね?」
「は、はい。鑑定士の資格を持ってます」
小さな頃から鉱物が好きだった。祖母や両親に教えてもらいながら、勉強したおかげで、鑑定士の資格は既に得ている。こくりと頷くと、女の子は何かをひらめいたように笑った。
「なら、あんたの腕前を見せてもらうわ!」
目の前に、ずらりと宝物が並ぶ。色とりどりの宝石。腕輪やネックレス。王冠。金細工や銀細工。部屋中がパッと明るくなったようだ。
「次に到着した島で、換金しようと思ってたの。これ全部の価値を見てくれない?」
「分かりました」
医務室の洗面台で、石鹸を使って手を洗う。手袋だと繊細な動きがしにくいため、宝石にふれるときは綺麗に洗った素手と決めていた。
カバンに入れていたルーペを傍らに置き、目を閉じる。深く息を吸い込んで、静かに吐き出し、私はまぶたを開いた。目の前にある宝石たちに意識を集中させ、1つ1つ手に取って見る。
「……こちらの宝石は本物。こちらは模造品の色ガラスです」
「王冠は金メッキですね。使われている宝石は、チェリーピンクのルビーとエメラルド。それから"メレー"と呼ばれる、小粒のダイヤモンド。あまり値段は高くないと思いますが、エメラルドの分、値段が上がる可能性があります」
てきぱきと仕分けを進めていく。装飾品や宝石から読み取った情報を、丁寧に伝えながら、鑑定を続けた。30分経った頃には、宝物の整理と鑑定は全て終わっていた。
「あんた、めちゃくちゃ有能じゃない!」
「あ、ありがとうございます」
女の子が私の両手を握り、ずいっと顔を近づけてくる。長いまつ毛にふちどられている、ぱっちりした茶色の目が、キラキラ輝いていた。力になれてよかった。ほっと息をつきながら、宝物を片付けていく彼女を眺める。
「お前すごいなー!」
「驚いたわ。仕事が早くて正確なのね」
「えへへ……」
チョッパーさんが目をキラキラさせて、拍手しながら褒めてくれる。黒髪のお姉さんも優しそうに目を細めて、そう言ってくれた。はにかみながら笑うと、女の子が戻ってくる。
「改めて、あたしはナミ。この船の航海士よ。よろしくね」
「私はニコ・ロビン。考古学者をしているわ」
「わ、私はイリスです。よろしくお願いします」