ピュアホワイト・フェアリーテイル
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1人きりだった旅の途中。初めて、旅の仲間と呼べそうな存在ができた。人と関わることはよくあるし、途中まで船に乗せてもらうこともある。でも、行動を共にする人たちと出会ったのは、初めてだった。
道化師のようなメイクをした、大柄な青年――ロシナンテさん。珀鉛病と呼ばれる、中毒症状を持つ少年――ロー。余命がわずかなローの身体を治すために、おれは2人と行動することにした。
「"白い町"の生き残りだー!」
「伝染る! どっか行けェ〜!」
凝り固まった偏見や恐怖が、どれだけ人を傷つけるか。外の世界が持つ冷たさを、おれは目の当たりにした。人を治し、命を救うはずの医者が、悲鳴を上げて拒絶する。相手はただの子どもなのに。
「肝臓の辺りだけでも診てほしい。そこに悪いものが溜まってるんだ」
「うるさい! お前もその髪と肌、珀鉛病なんじゃないのか?! そこのガキよりも末期じゃないか!」
おれが何度言っても、医者たちは耳を貸してくれない。それどころかヒステリックにわめいて、おれたちを追い出しにかかる。結局、怒ったロシナンテさんが医者を殴り、おれとローを連れて病院を飛び出した。
「ちくしょう! 何で診てくれねェんだ!」
「ひどく
追っ手から逃れた町外れ。ベンチに腰掛けたロシナンテさんが、頭を抱えて唸る。それに同意しつつ、おれは隣に座るローを見た。帽子のつばを両手で押さえて、顔を隠すようにしながら、身を縮めている。背中や肩が震えていて、小さくしゃくり上げるような音が聞こえた。彼の膝に、ぽたぽたと丸いシミができる。
これまでも、心無い言葉や態度に、傷つけられてきたんだろうか。そう思うと胸が重く、苦しくなった。おれはそっと腕を伸ばし、ローの肩を抱き寄せる。それからふわふわした帽子越しに、ローの頭をぽんぽんと撫でた。
「……なにすんだ」
「おれが落ち込んでいたとき、先生がこうしてくれた」
小さくてぶっきらぼうな声を出し、ローがもぞもぞと動く。先生がしてくれたことを、思い出しながら説明すると、やがてローは大人しくおれにもたれかかった。
「……ガキ扱いするな」
「大丈夫だ。13歳はまだ子どもだ」
「うるせェ」
胸の辺りをぽかりと殴られた。力加減をしてくれたようで、あまり痛みは無かった。
「……何でお前、おれに優しくするんだ」
「?」
「おれのせいで、あんなこと言われたのに……」
あんなこと。おれも珀鉛病の患者だと扱われたことだろうか。パンタシアの外に出てから気づいたが、おれみたいに真っ白な髪と肌は、外の世界では珍しいようだ。「老人みたい」「気味が悪い」と言う人もいた。
「気にしてない。この髪も肌も、先生や友達が、良いと言ってくれたから。それに、見慣れないものを怖いと感じるのは、おかしなことじゃない」
「クレマンお前、優しすぎないか……!?」
ロシナンテさんが目を見開き、大きめの声を上げる。そんなに驚くようなことを言っただろうかと、おれは首をかしげた。おれの腕の中で、ローがひょこりとおれを見上げる。
「……お前、家族はいるのか?」
「先生がいる」
「そうじゃなくて」
「血の繋がった家族はいない。おれはもともと孤児だ」
そう言うと、ローとロシナンテさんが一瞬固まった。話しづらいことを聞いてしまったかのように、ローの喉仏がこくりと上下する。
「この世界では、珍しいことじゃないだろ。……気づいたら1人で、腹を空かせて、ガレキの中にうずくまってた。そのとき拾ってくれたのが、先生だったんだ」
――1人なら、一緒に来るか?
まだ温かい干しぶどう入りのパンと、真っ赤なリンゴ。それらを差し出してから、おれに手を差し伸べて、先生は言った。鮮烈な真紅の髪が波打ち、みずみずしい果肉のような白い肌と、夏の日差しを浴びた緑のような目が、よく映えていて。楽しい遊びを思いついたように、彼女は笑っていた。
「……そうなのか」
ローがぽつりと呟く。ロシナンテさんが目を潤ませて、大きな手でおれの頭をわしゃわしゃと撫でる。頭がぐらぐら揺れたが、嫌な気はしなかった。
***
ロシナンテさんは悪魔の実の能力者らしい。どんな能力なのか聞いたところ、意気揚々と披露してくれた。
「見てろよ2人とも〜! おれの影響で出る音は、全て消えるの術だ! "
ロシナンテさんが、ぽんっと自分自身にふれる。見た目は変わっていないように見えるが、すぐに何が変化したか分かった。ロシナンテさんがこっちにピースサインを向けたまま、私物の壺を、思い切り地面に叩きつける。けたたましい音が聞こえるはずなのに、砕けた破片だけが静かに飛び散った。
「目線!」
バズーカ砲を肩に乗せて撃っても、派手な爆発が起こるだけで、辺りはしーんと静まり返っている。目に映る光景と聞こえる音が合わず、頭が混乱しそうになる。どうだ! と誇らしげな笑顔を向けてくるので、ローがツッコミを入れていた。
思わずぱちぱちと拍手をする。ロシナンテさんは照れたように、頭をかいて笑った。
「とても不思議だった。音を消す力なのか?」
「そうだ。おれはナギナギの実を食べた無音人間なんだ!」
「何の役に立つんだよそんな能力!」
「安眠でおれの右に出るやつはいないぞ!」
かなり自信があるようで、ロシナンテさんは胸を張りながら宣言する。それから、そわそわと好奇心を抑えられないような顔で、おれの方を見た。
「クレマンの魔法も見せてくれねェか?」
「分かった」
いそいそと三角座りをするロシナンテさんと、入れ替わるように、おれは立ち上がる。ヤドリギでできた短い杖を振ると、空中に色とりどりの可憐な花が咲いた。ポピーにチューリップ。ネモフィラにフリージア。白百合にスイートピー。
もう一度杖を振れば、たくさんのシャボン玉が現れる。透明な虹色にきらめきながら、ふわりふわりと浮かんで、パチンと儚く消えていく。
最後に、弧を描くように杖を振ると、七色の虹がアーチをかけた。目を輝かせながら拍手をするロシナンテさんに対し、ローは唖然としたように口を開けていた。
「何の役に立つんだよ! コラさんより戦えねェじゃねェか!」
「仕方ないだろ。おれは人を傷つける魔法を使えないんだ」
「すごいな! 優しくて綺麗な力だな〜!」
「癒しと守りにおいて、おれの右に出る魔法使いはいない。先生のお墨付きだ」
「……お前、よく今まで生きてこられたな」
納得したような、それでも大丈夫かと心配しているような複雑な表情で、ローはおれを見ていた。とても心外だ。
その夜。ふと目が覚めると、ロシナンテさんが眉間に皺を寄せて、唸り声をもらしていた。ロシナンテさんの"サイレント"に守られたローも、冷や汗を浮かべながら、きつく目を閉じて縮こまっている。どうやら2人とも、夢見が悪いらしい。
おれは毛布をどけて起き上がり、枕元に置いていた杖を手に取った。
「ひと吹きするのはミルクと吐息」
「いい子は来なさい、傘の下」
「『
呪文を唱えると、2人の頭の上に、ぽんっとこうもり傘が現れる。内側には、色とりどりの美しい絵や楽しい絵が、たくさん描かれた傘だ。強ばっていた2人の表情が、だんだん柔らかく緩み、穏やかな微笑みに変わっていく。
更におれは使い魔を呼び出した。丸い毛玉のようなふわふわの羊たちが現れ、ロシナンテさんとローを包むように集まる。真っ白なもこもこに囲まれながら、2人は安らかな寝息を立てていた。
「おやすみ。いい夢を」
今夜はもう、悪い夢を見ることはないだろう。祈るような気持ちで呟いてから、おれは温もりの残る毛布に潜り込んだ。
***
ローの病気を治す、最後の手段。それは、人体改造能力を得られるという悪魔の実――オペオペの実を手に入れることだった。
ロシナンテが独自の情報網で、オペオペの実が取引される情報を掴む。直接的な戦闘には向かないが、隠密行動において抜群の効果を発揮するナギナギの実の力。それを駆使し、ロシナンテは難なくオペオペの実を手に入れた。
(やったぞ……! ローの病気を治せるぞ!)
しかし、そう上手くはいかない。いつものドジがこんなときにも発揮され、派手に転倒してしまう。雪に覆われた坂道を転がり落ちた先には、数人の海賊たちがいた。
ロシナンテに複数の銃口が向けられた瞬間。強い風が吹き込み、男たちの視界が白く染まる。凍りつきそうな冷気が襲いかかり、男たちは悲鳴を上げた。
「うわっ! 何だ!?」
「寒ィ〜〜ッ!」
「!?」
転がっていたロシナンテの身体は宙に浮き、ふわふわと漂い、少し離れた場所に着地した。柔らかな雪の上に、そっと下ろされた彼が見上げると、そこにはホウキを片手に持った少年がいる。雪景色に溶け込みそうなほど、白い少年の首には、ロシナンテが贈った赤いマフラーがはためいていた。
(何で、ここに)
自分に
「ローなら大丈夫。おれの使い魔たちがついてる」
オペオペの実をロシナンテに奪われたうえに、クレマンに邪魔され、男たちが殺気立つ。身体にまとわりつく雪を払いながら、再び男たちが銃を構えた。ロシナンテが飛び出そうとする前に、クレマンが杖を振る。
引き金が引かれる。しかし銃口からぽんっと音を立てて飛び出したのは、愛らしいタンポポと清楚なスミレだった。
「は……、ハア!? 何だこれ! どうなってやがる!」
「うわああ! おれの銃から旗が出てきた!? とっ、止まらねェ!」
慌てふためく男たちが、ガチャガチャと引き金を引き続ける。しかし出てくるのは、生き生きと咲き誇るバラやパンジーたちに、カラフルな三角旗を繋げたフラッグガーランド。真っ白な雪の上に、色鮮やかな美しいものが散らばっていく。
「おれは誰も傷つけないし、あなたたちもおれを傷つけられない。それがおれの魔法だ」
白い息を吐きながら、クレマンが凛とした声で告げる。あまりにも優しく、どこまでも強い魔法に圧倒され、ロシナンテは思わずぼうっと見とれてしまった。
(クレマンの魔法って、こんなに強かったのか……!)
「何しやがったんだテメェ! ふざけた真似しやがって……!」
やけくそになった男が銃を振りかぶるも、それがクレマンの頭に当たることは無かった。銃そのものが青い蝶の群れに変わり、ひらひらと飛び去っていったからだ。ついに腰を抜かし、逃げ出した男たちに背を向け、クレマンはロシナンテを魔法で浮かせる。
「急ごう。ローが待ってる」
その言葉にハッとして、ロシナンテは手の中にあるオペオペの実をしっかりと持つ。こくこくとロシナンテが頷くのを確認してから、クレマンは空飛ぶホウキに跨った。
***
3人で旅をした数ヶ月のことを、ローとロシナンテは今も思い出す。
あの後。ロシナンテはまとめた情報文書を海兵に届けてから、全員でとなり町のスワロー島へ逃げ延びた。ひとまず見つけた洞窟にたどり着き、ローが偶然オペオペの実の能力を発動させ、珀鉛病を治療する。クレマンが指摘した肝臓を見ると、確かにそこには珀鉛が溜まっていた。
その翌日、彼らは天才発明家を名乗る老人――ヴォルフと出会う。そして彼の家に住まわせてもらう代わりに、家事や手伝いをする「ギブアンドテイク」の生活をすることになった。少しずつ新しい生活に慣れてきた頃、クレマンはまた旅に出て行った。
まるで、ぱたりと絵本が閉じられたかのようだった。新たな出会いを経て、平和で賑やかな日々を過ごすうちに、クレマンのことは夢だったのだろうかと思うこともあった。
おとぎ話に出てくる魔法使いは、主人公が幸せになるのを手伝ってくれる。けれど、主人公が幸せになったラストシーンでは、一緒にいてくれない。2人が穏やかに暮らせる日まで、側で見守ってくれていたクレマンのように。
「本当に、天使みたいなヤツだったなァ」
ポーラータング号の船長室で、ブランデーをちびちびと傾けながら、ロシナンテは呟く。同じものを飲みながら、ローも頷いた。
「……『また、いつか。どこかの海で』、か」
「あいつ、まだ修行の旅を続けてんのかな。今頃は27歳くらいか? ローより3つ上だもんな」
ローが16歳、ロシナンテが29歳のときに、「ハートの海賊団」として旗揚げをしてから8年経つ。少し寂しそうに微笑みながら、白い髪とマントの裾、そして赤いマフラーをなびかせて一人旅に戻る後ろ姿。それを追いかけるように海に出たが、まだ再会はできていない。
もう一度会えたら、また一緒に旅がしたい。
現在目指しているのは、
「珍しい毛色に加え、不思議な力を持っております! パーティーの余興にいかがでしょう?! 50万ベリーから!」
白い髪と白い肌を持ち、白い服を身にまとう、天使か妖精のような姿。泣くことも怯えることもせず、黒水晶のような目で平然と観客を見つめ返している、16歳くらいの少年。肩にゆるく巻かれた赤いマフラーが、くっきりと映えている。
人間屋のオークション会場で、彼を見つけたローが自分の番号札を引っつかむのは、また別の話。