ピュアホワイト・フェアリーテイル
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――雪から生まれた妖精のようだ。
その少年を見たとき、ロシナンテはそう感じた。鎖骨の辺りに垂れる、1つ結びにした髪も。シミ1つない滑らかな肌も。フード付きのマントも、全てが白い。病的な白さではなく、一切の汚れを寄せ付けないような、純粋な白。ロシナンテの肩越しに、ローが息を呑む気配した。
「……街の病院を爆破したのは、あなたか?」
「っ! だったら何だ」
「理由が知りたい。治療が必要で、抵抗できない人たちがいる場所を、どうして壊せるんだ?」
黒水晶のような目に、ロシナンテたちの姿が映る。その真っ直ぐな眼差しからは、正義を振りかざして断罪する様子も、非難するような気配も見えない。ただ、知りたいという意思だけが宿っていた。
「……おれは、こいつの病気を治したい。だがあの医者たちは、"病気が
ただの病気の子どもを、まるで恐ろしい病原体や化け物のように扱った。そのときの怒りがまた込み上げそうになり、ロシナンテは爪が手のひらに食い込むほど、拳を強く握る。唇を噛み締めた彼をじっと見つめてから、少年は不思議そうにローの方を見た。
「この街の医者は、腕が良くないのか?」
「え……?」
「その子は、肝臓の辺りに毒が溜まってるだけだ。伝染る病気じゃない。中毒だ」
「な……っ! 何で分かるんだ!? お前、まだ子どもに見えるが医者なのか!?」
「医者じゃない。でも見れば分かる」
「……ウソつけ! 医者じゃないなら適当なこと言ってんじゃねェよ! 父様でさえ分からなかったのに、何でお前が……!」
淡々と事実だけを述べるような少年に、とうとうローが声を荒らげる。国一番の名医だった父親でも、身体のどこに珀鉛が溜まっているのか、見つけ出すことができなかったのに。出会ったばかりの少年が、あっさりと指摘できることが信じられなかった。
少年は少し考え込むような素振りを見せ、腰に着けたケースから、スッと杖を取り出す。片手で振れるような短いもので、シンプルなデザインの杖だ。何をする気だ、と身構えるローたちに、少年は杖を静かに向ける。
「毒よ眠れ、痛みよ和らげ」
「『
少年が唱えると、杖の先に、ふわりと淡い光が灯る。やがてその光はローの辺りをふわふわ漂い、ぱちんとはじけるように消えた。何が起こったか分からず、辺りを見回すロシナンテに対し、ローは唖然としたように自分の体を見下ろす。
身体中の痛みや熱っぽさが、波のように引いていく。指先や手のひらにあった白い斑模様も、ゆっくりと目立たなくなっていった。
「……な、何で……」
「ロー! どうした大丈夫か!? おいお前、ローに一体何した!」
「身体の毒を眠らせることで、進行を遅らせた。しばらくは問題無いから、その間に治療できる医者を探してくれ」
「待て待て待て待ってくれ!」
杖をケースに仕舞い、少年はくるりと背を向けて歩き出す。ロシナンテはとっさに長い腕を伸ばし、少年が背負っている革のトランクケースをがっしり掴んだ。その勢いで持ち上げてしまい、少年の足が宙に浮く。
「うわっ!?」
「よく分からんが、ローのこと助けてくれたのか? だったら礼がしたい! あと名前も教えてほしいし、説明もいっぱい頼む!」
「わ、分かった。分かったから下ろしてくれ。肩が痛い」
「あっ、すまん!」
慌ててロシナンテが手を離すと、少年はとんっと軽い足音を立てて地面に降り立つ。そしてロシナンテたちの方に体を向けた。
「あっちに、おれが寝泊まりしている場所がある。そこで話そう」
白い髪とマントの裾が、さらりと揺れる。深い夜のような目が、星のきらめきを宿して、ロシナンテたちを見つめた。
「おれはクレマン。旅人だ」
***
クレマンと名乗る少年に案内されて、街から外れた森の中を歩く。やがてたどり着いた場所には、白いドーム状の小屋があった。クレマンが杖を振ると、小屋がふた回りくらい大きくなる。ドアを開け、クレマンはロシナンテたちを招き入れた。
恐る恐る、足を踏み入れる。白に近いクリーム色の壁。柔らかそうな絨毯が敷かれた飴色の床。暖炉には火が燃えて、室内を温かさで満たしていた。天井からは、花に似た形のペンダントライトがぶら下がっている。
「そこに座っててくれ」
「お、おう」
指さされた白いソファに2人が腰掛けると、ふかふかした感触と共に体が沈んだ。ドンキホーテ海賊団を離脱してから、しばらく味わっていなかった柔らかさに、ロシナンテは思わずソファから落ちた。ローが呆れたような目でロシナンテを眺めていると、別室からクレマンが現れる。
「何やってるんだ」
「イテテ……。ソファがあんまりふかふかだったもんで、驚いた……」
訝しげに眉をひそめながら、クレマンはテーブルにお盆を置いた。ティーカップが3つ並び、透明な金色のお茶がほんのりと湯気を立てている。
「カモミールとペパーミントのブレンドだ。まだ熱いから、気をつけて飲んでくれ」
「ありがとなあ。お茶まで入れてくれて……、ぶっ!」
「言わんこっちゃねェ……」
ハーブティーを吹き出し、火傷した舌を冷ますように出しているロシナンテ。それを横目に、ローはふうふうと息を吹きかけて、少しずつ舐めるように飲んでいた。クレマンは持ってきた布巾で、テーブルに飛んだお茶を拭き取る。
「すまねェ、おれはドジっ子なんだ……」
「治せないのか?」
「ドジは昔からだ。治らない」
「それなら仕方ないな」
「仕方ないで済ますのかよお前」
ロシナンテのドジをさらりと受け入れたクレマンに、ローは目を剥いて突っ込みを入れた。またお茶を口に含むと、りんごのような香りと温かな風味が舌に広がり、スーッと爽やかな後味を残す。飲んでいるうちに、不思議と気持ちがリラックスしていくような味だった。
一緒にお茶を飲んでいたクレマンが、白百合の模様が描かれたカップを、ソーサーにそっと置く。
「説明を頼むと言っていたが、どこから話そうか」
「うーん……。いろいろ聞きたいが、まずはあの呪文のことだな。悪魔の実の能力者か?」
「いや、おれは悪魔の実を食べてない」
「能力者じゃないなら……。もしかして魔法使いか? なんちゃって」
ロシナンテがおどけたように笑いながら言うと、クレマンは片手を口元に当てて、少しの間黙り込む。やがて小さく頷いてから、ロシナンテたちの方に目を向けた。
「あなたたちになら、話してもいいか」
「ん?」
「おれは、パンタシアで育った魔法使いだ」
「……な、何だって!?」
ロシナンテが前のめりになりながら、驚きの声を上げる。隣に座っていたローも、目を丸くしてクレマンをまじまじと見つめていた。
それは、絵本や童話によく登場するモチーフだった。パンタシアとは、海のどこかにあると言われる、魔法に満ちた神秘の島。そこにはたくさんの魔法使いが住んでいて、美しく不思議な暮らしをしているという。
「魔法使いって、架空の存在じゃなかったのか……!?」
「神秘の島の魔法使いが、何でここにいるんだ?!」
「おれたち魔法使いは、条件を満たせば、外の世界へ修行の旅に出ることができるんだ」
クレマンが語るのは、パンタシアの過去。
魔法の力を利用しようとした世界政府による、魔法使い狩り。魔法の力を恐れた一般市民による迫害。魔法の力を金に変えようと、魔法使いを襲う海賊や人攫い。それらの被害から逃れるために、魔法使いたちは隠れて暮らすようになった。
とある島に逃げ延び、悪しき心を持つ者がたどり着けないように魔法をかけ、彼らはようやく平穏な暮らしを取り戻した。やがて時が過ぎ、外の世界に興味を持つ者が現れる。過去の悲劇を繰り返さぬよう、魔法使いたちは条件を決めた。
15歳になった者の中で、外の世界へ行きたいと希望を出した者は、自分の師匠の許可を得てから行くこと。
修行の旅として、各地を回ること。
魔法使いだとバレないように、人前で魔法は使わないこと。自分が魔法使いだと、誰彼構わず言いふらさないこと。
人に捕まり、助かる未来が見えなくなった場合は、強制的に島に連れ戻されること。
「てことはお前、今いくつなんだ?」
「今年で16だ」
「おれより3つ上なのか」
「1年も一人旅してたのか……! すごいな! 外に出ようと思ったきっかけはあるのか?」
「特に無い。"先生"に言われたから、旅に出た」
「先生?」
「おれの師匠で、育ての親だ」
『優しいことに力を使え』
彼の師匠はそう言って、彼を外の世界に送り出したという。善いこと、正しいことに、お前の魔法を使えと。何が善いか、何が正しいかは、自分で見極めて判断しろと。
クレマンはもともと、外の世界に興味は無かった。平和で美しい島で、先生に魔法を教わって、仲間たちと切磋琢磨して、立派な魔法使いになるのだと思っていた。しかし、先生はそれを許さなかった。
『外の世界にはいろいろな物がある。発見がある。自分が素敵だと、面白いと思ったものをたくさん見つけて、持ち帰ってこい』
イタズラを思いついた子どもみたいな笑顔で、軽やかに追い出すように、彼女はクレマンを島の外に行かせた。真面目なクレマンはその言葉の通り、人助けをしながら旅をしていた。その中で、病院を爆破した男――ロシナンテと出会ったのだ。
理由を聞こう。そのうえで彼が悪人なら、止めなければならない。それが優しいこと、善いこと、正しいことに力を使うということだ。そう判断して、クレマンはロシナンテを追いかけた。
「そういうことだったのか……」
納得と感心が合わさったような表情で、ロシナンテは相槌を打つ。
「……おれたちに話して、よかったのか?」
「話さないと、納得してもらえなさそうだったからな」
様子を見るような上目遣いでたずねるローに、クレマンは答える。何ともないような態度だったが、彼を疑い怒鳴ったローは、膝の上で拳を握った。
「……う、疑って、悪かった」
「おれも言葉足らずだった。ごめん」
素直に謝り、仲直りする少年たちを、ロシナンテは微笑ましそうに眺める。それに気づいたローは、「何ニヤニヤしてんだ」と、肘でロシナンテの脇腹を小突いた。脇腹をさすりながら、ロシナンテは顔を上げる。
「クレマン。お前さえよければ、おれたちと一緒に来てくれないか? 詳しいことを知ってるお前が口添えしてくれたら、話を聞いてくれる医者もいると思うんだ」
「分かった」
「二つ返事かよ」
「おれが助けになるなら、協力したい」
淡々としているが、真面目で清廉な、優しいお人好し。人の薄情さや醜さを見続けたローには、容姿と中身が一致しているような清らかさを持つクレマンが、別の生き物のように見えた。人間よりも無垢な、天からの使いのような、そんな存在に。
***
ローを助けてくれたお礼として、ロシナンテがクレマンに欲しいものを聞いたところ。彼はためらうように考えてから、おずおずと口を開いた。
「……アップルパイ」
詳しく聞くと、彼の好物らしい。隣町に移動してお菓子屋を探し、ロシナンテは片手で持てるサイズのアップルパイを5個買った。本当はホールで買おうとしたが、流石に申し訳ないとクレマンに止められた。慎ましい少年だ。
広場のベンチに腰掛け、さくさく、もぐもぐとクレマンはアップルパイを食べていた。白い頬に赤みがさし、黒水晶の目が光をかざしたようにキラキラ瞬いている。両手で持って、小さな口で味わっているのを眺めながら、ロシナンテは癒されていた。
(大人びて見えたが、子どもらしいところもあるんだなァ)
リスやハムスターを観察するような気持ちでいると、クレマンがアップルパイを食べ終える。そして残った4つのうち2つを、ロシナンテとローに差し出してきた。
「あなたたちも、よかったら」
「えっ! 遠慮しないで全部食べていいんだぞ? お前への礼に買ったんだから」
「美味しいものは、誰かと分け合いたい」
「気持ちはありがたいが、……おれはパン系が苦手なんだ。ごめんな……」
「……おれも」
「そうか……」
少ししゅんとしたようにクレマンが眉を下げ、アップルパイの包みを持つ手を下ろす。それを見たロシナンテは、罪悪感に苛まれながら、アップルパイに手を伸ばした。小麦粉を練って発酵させたパンと違って、パイはお菓子だ。イケるかもしれない。
そう思いながら包みを開くと、小麦とシナモンとバターの香りがふわりと漂った。1口かじれば、さっくりした香ばしいパイに、柔らかく煮詰められたリンゴの甘さが口に広がる。
「……あ、美味いなこれ」
思わず呟くと、クレマンは目を丸くしてから、つぼみがほころぶように微笑んだ。初めて見る柔らかな表情に、ロシナンテの心も温かくなる。ローも同じことを考えているようで、クレマンに見とれていた。
「ローも1口食うか?」
「……1口だけなら」
大きな手でアップルパイを割り、ローに渡す。ロシナンテにとっての1口はローには大きかったようで、ローはちまちまとパイをかじっていた。ローも主食では無いお菓子のパイなら食べられるようだ。「甘ェ」と言いながら完食した彼を、クレマンは柔らかく微笑みながら見ていた。
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