実の親に捨てられたけど、優しいお姉ちゃんやお兄ちゃんたちに出会えたので問題なしです。
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「おょ? いつきちゃん、かわいいブレスレットつけてるねぇ」
「これねえ、つばきおねえちゃんがくれたの!」
「よかったねぇ。似合ってるよー」
「えへへ」
いつきが喫茶ポトスでジュースを飲んでいると、隣に座る桐生が声をかけてきた。透明やパステルカラーのビーズが連なるブレスレットで、1つだけ大きなリボン型のビーズがアクセントになっている。よく見ると、ぬいぐるみのパディントンの腕にも、似たようなデザインのブレスレットがついていた。
桜たちを通して知り合った彼は、柔らかく微笑みながら、女の子のおしゃれにすぐ気づいて褒める。さすが女子からの人気が高い男だ。
照れたように染まった頬を緩めて、いつきはちうちうとストローでジュースを吸う。彼女が飲み終えたのを確認してから、桐生は再び声をかけた。その手には、ホットドッグのようなカバーがついた、彼のスマホが握られている。
「いつきちゃん、今日もお願いしていーい?」
「うん! ここの、10ってかいてあるとこ、おすんだよね?」
「そうそう。よく覚えてるね〜」
前にいつきは桐生に頼まれて、ゲームの10連ガチャを引いたことがある。そのときにSSRを3枚引き当てたため、桐生はたまにいつきにガチャを引いてもらっていた。
「きらきらでたー!」
「やったー! いつきちゃんありがとー」
今回も彼女の無欲さが、運を引き寄せたらしい。無邪気な笑顔で画面を見せるいつきを、桐生はふわっと包むように抱きしめる。甘い香水の匂いがほのかに漂い、いつきは体の力を抜いた。
「……お前ら、よくやるな……」
「桜ちゃんもする? いつきちゃんとハグ」
「はるちゃん、ぎゅーする?」
「やらねえよ!」
カウンター席に座る桜が、赤い顔で反論する。怒っているのではなく、照れているだけだと分かっているので、桐生もいつきもくすくすと笑った。
「いつき、そろそろ帰りましょうか」
「はーい。おにいちゃんたち、またね!」
「またねー、いつきちゃん」
祖母に連れられてポトスを出る。お兄ちゃんたちと別れるのは、ちょっと寂しい。でも、また会えるから、大丈夫。そう思いながら手を振る。それに、手を振り返してくれる人がいるのは、嬉しいことだ。
「風鈴のお兄さんたちと仲良くなったわねぇ」
「みんなやさしい。すき!」
そう答えると、祖母は微笑ましそうに目を細めた。おっとりした空気で接してくれる桐生。少しツンとしているけれど、実は照れ屋な桜。ちょっとした冗談で驚かせたり、楽しませたりしてくれる蘇枋。フォローを入れつつ朗らかに接してくれる楡井。鍛えた上腕で、いつきをぶら下げて遊んでくれる柘浦。
昔は大変だったけれど、今は街を守ってくれる風鈴生。小さな子にも優しく接してくれる子が多いのは、街に住む人間として、嬉しいしありがたかった。
手をつないで帰り道を歩く。そのとき2人の前に、1匹の猫が現れた。真っ白な毛並みで、首にはピンク色のリボンが巻かれている。
「わぁ、ねこちゃん!」
「あら。この子……リサちゃんかしら」
「りさちゃん?」
「また逃げ出しちゃったのね」
祖母が慣れた手つきでしゃがみ、そっと猫を抱き上げる。大人しく腕の中に収まる猫を、いつきはそうっとのぞき込んだ。
「ねこちゃん、かわいいねえ」
「そうねえ。飼い主のおばあちゃんも心配してるだろうし、連れて行ってあげましょうか」
「あぁ! いた!」
突然大声が響き、いつきはビクッと飛び上がる。祖母の後ろに隠れてから顔をのぞかせると、風鈴高校の制服を着たお兄さんたちがいた。髪をガチガチに固めたお兄さんと、前髪で目が隠れたお兄さん。そしてヘッドホンをつけたお兄さんだ。
「こんにちは、榎本くんたち。リサちゃんを探してくれてたの?」
「ああ、見つけてくれて助かった」
誰だろう。はるちゃんたちとは、お友達かな。パディントンを抱きしめながら、いつきが様子を見ていると、長い前髪のお兄さんがこちらに気づく。そして目線を合わせるようにしゃがみ込み、スマホの画面を見せてきた。
『はじめまして。オレはくすみ ゆうとです。きみのおなまえは?』
「いつき、5さい。こっちは、ぱでぃんとん」
『よろしくね、いつきちゃん(*^^*)。パディントンって、えほんにでてくるクマさんと、おなじなまえなんだね🧸』
「うん! あのね、おばあちゃんとおじいちゃんが、おたんじょうびにくれたえほんなの」
平仮名で文章を打ち込んでくれるから、いつきでも読みやすい。すぐに打ち解けて笑顔を見せるいつきを、楠見はニコニコしながら眺めた。
「この子、ばあちゃんの孫か?」
「ええ。可愛いでしょう?」
「オルェは榎本 健史。風鈴高校の2年だ。こっちは 梶 蓮。よろしくな」
「ゆうとおにいちゃん、たけしおにいちゃん、れんおにいちゃん」
1人1人の顔を見て名前を呼ぶ。楠見は口角を上げて頷きながら、梶のヘッドホンをずらした。榎本は満更でもなさそうに、鼻の下を指で擦る。梶はというと、片手を自分の口元に当てて、何か考え込むような顔をしていた。
「……ばあちゃん、こいつ食わせちゃまずいもんとかあるのか」
「アレルギーも好き嫌いもないわよ」
それを聞くと、梶はズボンのポケットを探り、何かを取り出す。それは棒付きのアメだった。無言で差し出され、いつきは思わず、アメと蓮を交互に見ながら受け取る。
「いいの?」
「ん」
「れんおにいちゃん、ありがとー」
笑顔で言うと、梶はふいっと視線を逸らし、またヘッドホンを耳に当てた。怒っちゃったのかな。心配になったいつきが、助けを求めるように楠見を見上げると、楠見はスマホに素早く何かを入力した。
『てれてるだけだから、だいじょうぶだよ』
「はるちゃんといっしょ」
そうと分かれば怖くない。アメを大事に握りしめて、いつきはふにゃっと頬を緩めた。リサちゃんは無事にペットキャリーに入り、榎本たちと共に、飼い主のおばあさんのもとへ向かう。それを見送ってから、いつきと祖母は家の方へ足を進めた。
ここに来てから、優しい人にたくさん会う。明日はどんな人に会えるかな。楽しみになりながら、いつきは相棒のパディントンをぎゅっと抱き直した。