夢女子船旅物語



自分の中で一番古い記憶は、両親の顔を初めて見たときのこと。

「この子は幸せな子だえ。何と言っても、私とお前の子なのだから」
「わたくしたちの可愛い子。まるで天使のようアマス♡」

ガマガエルが人間になり損なったような生き物が、2人そろって私の顔をのぞき込んでいた。あのときの恐怖と絶望を、火がついたように泣きわめきながら感じた思いを、今なら正しく言い表せる。

――親ガチャ、ミスった。消えたい。

***

5歳で前世の記憶を取り戻したとき、逆に安心した。今まで自分を取り巻くほとんどに馴染めなかった理由が、ようやく分かったからだ。

今世の私は、天竜人として転生した。日本で有名かつ長寿な漫画『ワンピース』に登場する、世界貴族。世界政府を作り上げた20人の王たちの末裔。生まれただけで世界一の権力が得られる血族。そして……人の命を紙くず同然に弄ぶ、正に"ひとでなし"だ。

べたべたに甘やかしてくる、生物学上の両親。無駄に広くて、どこもかしこも豪奢な屋敷。欲しいものを言えば、本でもぬいぐるみでも服でも、高価なものを掃いて捨てるほど与えられる環境。恵まれてるはずなのに、心は寒く空虚になるばかり。

そんな私の世界でも、ただ1つ拠り所があった。

「おまねきいただき、ありがとうございます。ホーミング聖」
「そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。コットン」

豊かな口ひげと濃い金色の巻き毛を持つ男性が、穏やかな微笑みを浮かべる。私の頭を撫でる大きな手は、温かくて優しくて、私はほうっと息をついた。

「コットン!」

そのとき、私を呼ぶ声と共に、ぱたぱたと小さな足音が駆けてくる。短い金髪に、5歳児には少々いかついサングラス。口角をにっこり上げて、私の小さな両手を、同じくらい小さな手でぎゅっと握る。

「ドフィ」
「まってたえ。はやくあそぼうえ」

ぐいぐい彼に引っ張られ、私は引きずられるように駆け出す。やっと楽になった息が、また上がる。でも不思議と、嫌ではなかった。

彼――ドンキホーテ・ドフラミンゴは、私と同い年の幼なじみ。そして、婚約者でもある。ドフィが根回しをしていたのか、親公認になっていた。

――おまえは、おれのみらいの"つま"になるんだえ。だから、おれがまもってやるえ。

前世の記憶を取り戻す前に、彼が舌足らずなしゃべり方で、その言葉を贈ってくれたとき。怖いものばかりだった世界に光が差し込んだ。ようやく安心して縋れる場所を、見つけたと思った。

――つらくて恐ろしい世界から、救いだしてくれる王子様だ。

今思えば、5歳の子どもの言うことに本気で救われるほど、かつての私は追い詰められていたということだ。そう考えると背筋が寒くなる。でもドフィは、あの言葉の通りに、私を大切にしてくれた。

「コットン。プレゼントだえ」
「わぁ、あけていい?」
「もちろんだえ」

つやつやしたサテンのリボンをほどき、ドキドキしながら包みを開く。現れたのは、可愛らしいテディベアとビロードの小箱。箱の蓋を開くと、小さな指輪が入っていた。

指輪を飾るのは、1粒のダイヤモンド。1カラットはありそうなその宝石が、透明な輝きを放つ。腕のいい職人がカッティングを施したようで、傾けると虹色にきらめいた。

「きれい……」
「こんやくゆびわだえ」

指でつまんで眺めていると、ドフィが指輪を取ってから、私の左手を取る。そして私の指に、そっと指輪をはめた。私の左手の薬指で、ダイヤがキラキラと輝く。

「これでおれたちは、おとなになってもいっしょだえ」

嬉しそうにはずむあどけない声と、無邪気な笑顔に、胸を掴まれる。ちょっと強引な面もあるけど、こんなに無垢な天使が、将来は人を操って貶めて国を乗っ取る凶悪キャラになるの? 正直ずっとこのままでいてほしいんだけど。進化キャンセル可能なBボタンはどこですか。

中身は成人女性だから、5歳児に恋心を抱けないけど、あまりの可愛さにニヤけそう。目を閉じて下唇を噛んで耐えていたとき、唇にむちゅっと何かが押しつけられた。

思わず目を開ける。真っ暗だった視界が明るくなるにつれて、くっついていたドフィの顔が離れていく。ちょっと待て今のはキス待ち顔じゃないんだよ。「フッフッフ」じゃないよなにわろてんねん。

「こっちのクマも、きにいったかえ?」
「う、うん。ありがとう、ドフィ。だいじにするね」

私が、ふわふわしたものが好きなこと、覚えててくれたのかな。くすぐったい気持ちを押さえながら、柔らかいテディベアを抱きしめて頬ずりする。クリクリした茶色の目が愛らしい。頬を緩める私を、ドフィは満足そうに見つめていた。

温かで善良なドンキホーテ夫妻。優しくしてくれるドフィ。「ねぇね」と無邪気に慕ってくれる、小さなロシー。おままごとのような甘酸っぱい日々は、私にとって確かに幸せだった。
例え3年後に終わる、儚い夢だったとしても。

***

悲鳴と怒号が、遠くから聞こえる。固く繋がれた手は痛いほどで、ひどく熱かった。彼に引きずられるように走りながら、マリージョアの出口にたどり着く。

「…………ドフィ……」

息を切らしながら、何とか彼を呼ぶ。2年前、うちの両親によって婚約破棄をされた、元婚約者の愛称。子どもの真剣な訴えも泣き落としも、駄々ですらホーミング聖を止められず、もう呼ぶことはないと諦めるしかなかった、その呼び名。

――今の私たちは10歳。今日だったのか。彼が、ホーミング聖の首を持ち帰る日は。

擦り切れてボロボロになった服。傷だらけで薄汚れた顔。険しくなってしまった表情。まだ子どもの彼が、これまで受けてきた苦しみの証に、胸が潰れそうになる。サングラスに隠された目からは、感情が読み取れなかった。

「……コットン」

呟くように、名前を呼ばれる。繋いだ手は離さないまま、ドフィが私の頬に片手を添えた。生ぬるい液体が頬に塗りつけられ、金臭い匂いが鼻を刺す。

「……おれは、天竜人たちが牛耳るこの世界を、全て破壊する」

子どもの声で淡々と語られるのは、原作の彼が語っていた誓い。サングラス越しに見つめられると、透明な糸で縛られたように、体が冷たく強ばった。ドフィがふと、私の胸元に視線を向ける。そこには、銀色のチェーンに通された、ダイヤの指輪が光っていた。

「破壊したら、必ず迎えに行く。それまで待っていろ。……おれの、お姫さん」

髪の毛1本、足の爪の先まで、お前はおれの所有物なのだと言われているような気がした。忘れることを許さないように、塗られた血。頬を赤黒く汚した私は、彼と同じ人殺しのように見えるだろう。

真っ白な羽をもがれ、彼と同じ場所まで堕とされるイメージが浮かぶ。私に歪んだ呪いをかけてから、彼は聖地から姿を消した。

***

「お前は毛足の長いものが好きだから、ミンク族のペットを買ってきたえ」
「……わ、わぁー。お父上様、ありがとうござ……ァマス」

マリージョアに取り残された私に、嘆く暇は無かった。
無理やり天竜人特有の語尾を付け足し、引きつった笑顔を浮かべる。目の前にいるのは、羊のミンク族の少女。ボサボサの毛並みは薄茶色で、怯えたようにうつむいていた。

「……この奴隷は、私がしつけるアマス。1人にしてほしいアマス」

私が住む離れから父親を追い払い、2人きりになる。私はもらったカギで、彼女の首輪を外した。じゃらりと鎖を床に落とすと、少女がびくりと震え、おどおどと私を見上げる。

「……こっちに来て」

少しでも彼女を怯えさせないように、低い声でささやくように言う。おずおずとついてくる彼女を、私は浴室に案内した。服を脱ぐよう伝えてから、ブラシで絡まった毛をほぐし、程よく温かいシャワーをかける。

痛い思いをさせないよう、細心の注意を払いながら、いい匂いがするお気に入りの石鹸で彼女を洗った。毛並みが元の色であろう白を取り戻した頃、ふかふかのタオルで巻いて、ドライヤーを当てる。そうして現れたのは、真っ白ふわふわの、愛らしい姿だった。

古ぼけた布切れのような服の代わりに、前世の特技を活かして作った服を与える。シンプルな淡い緑のワンピースが、よく似合っていた。

「……これでよし」

満足して息をつくと、少女はとても戸惑ったように、私を見ていた。

「…………て……?」
「え?」
「ど、して……?」

今まで出すのを押さえていたような、かすれた声。スカート部分をぎゅっと握り、少女がたずねる。痛々しい様子に、私は唇を噛んだ。

「……私、キレイ好きなの。私のそばにいるのに、汚いのはゆるさない。首輪も、鎖の音がうるさいから、つけない。私の耳は繊細なの」

腕組みをして、顎をツンとそらして告げる。わざと高慢に振る舞うのは、ボロを出さないようにするためだ。私がこの地獄で生き抜くために。この場所で、私ができることをするために。

「私はコットン。あなたのお名前は?」
「……め、メリーナ、です」
「歳はいくつ?」
「10、です」
「私の一つ下なのね。親は?」
「こ、故郷に、います」

それなら、なるべく早く故郷に――親元に帰してあげなくては。すぐに解放したら両親に怪しまれそうだから、しばらく私のところで療養させよう。

「あなたに仕事を言いつけるわ。1日3回決まった時間にご飯を食べて、1日1回お風呂に入って、9時間眠ることよ」
「……え」
「奴隷の健康管理がなってないなんて、思われたくないわ。しっかり守りなさい」
「……それだけで、いいんですか?」
「そうよ。子どもにできる仕事はそれくらいでしょう」

はっきり告げると、少女――メリーナの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。ごしごしと何度も目を擦る彼女に、私はハンカチを持って近づいた。

「そんなに乱暴にこすったら、目がうさぎさんみたいになるでしょう。泣きたいときは、気が済むまで泣きなさい。何も恥ずかしいことじゃないわ」

そっと彼女の手を押さえて、ハンカチを当てれば、彼女は声を上げて泣き出してしまった。

それから、私の計画が始まった。奴隷を買い、体を洗わせ、怪我の手当をする。充分な栄養を摂らせ、分からない者には読み書きや簡単な計算を教え、頃合いを見てそれぞれの故郷へ送り届けた。下界への外出と称して。

健康で文化的な環境を整え、それと引き換えに屋敷の掃除や彼らの洗濯等の仕事を頼めば、皆は素直に聞いてくれた。

私がいては皆の気が休まらないだろうと思い、1日に3回だけ様子を見ることにしている。でもその数回の間、私を見つけた奴隷たち――特に子ども――が我先にと駆け寄ってくるようになった。

「コットンさま、これお庭のすみに咲いてました! どうぞ!」
「あら、可愛い花。あなたは花摘みの才能があるのね。いい仕事をするわ」
「コットン様、おやつに苺のパイを焼いたんです。どうぞ召し上がってください」
「あなたはまた料理の腕を上げたわね。これはパティシエになるのも夢じゃないわ」

皆が人間らしく、いきいきと過ごしているのを見ると、心が綺麗に澄んでいくようだった。自分が生まれてきてよかったと、心から思えた。そんな私を、いつの間にか隣に寄り添って見守ってくれるのは、メリーナだった。

「コットン様、もっと皆の様子を見に来ていいんですよ?」
「……私がいたら、皆が落ち着けないでしょう」
「今のを見て、そんな人がいると思います?」
「……そういえば、あなたはいつまでここにいるの? ゾウに行く船は、前に出したのだけど」
「話を逸らしましたね。できれば、いつまでも。コットン様のおそばにいさせてください」
「……天竜人なんかのそばにいたいなんて、あなたは物好きね」
「あなただから、一緒にいたいんです」

ほわんと柔らかな笑みを浮かべる彼女からは、初めて会ったときのような怯えは全く見えない。それに安心しながら、私はその気持ちを悟られないように、ぷいとそっぽを向いた。

***

「今回も良質な奴隷が勢ぞろい! 目玉商品もございます!」

うるさい。

「もう、また壊れちゃったアマス」
「ノロマな奴隷だえ。早く動くえ!」

きたない。

「……お父上様。私、新しい奴隷が欲しいアマス」

もう、いやだ。

「……ッ!」

目が覚める。身体中が汗で冷えて、気持ち悪い。吐き気がする。何も悲しくないのに、目から勝手に涙があふれて、止まらない。しょっぱい水が目にしみて痛い。両腕を目に当て、声を押し殺す。

涙腺なんていらない。泣いたって何の役にも立たない。助けてくれる人はいない。神もヒーローも王子様も、どこにもいない。

私が、やらなきゃ。この狂った世界で、正常なのは私だけなんだから。私が匿った人たちだけでも、自由にしなきゃ。

「……らくに、なりたい……」

全部終わらせるまで、終われない。頭では分かっていても、唇から弱々しく転がり落ちたのは、逃げの言葉だった。

疲れ切っていた。屋敷から出れば、下品な笑い声を立てる化け物が、鎖に繋いだ人たちをいたぶっている。血の匂い、硝煙の匂い。強欲で傲慢で、醜い化け物。そんな奴らと、同じように振る舞わなければならないこと。

私が26歳のとき、フィッシャー・タイガーによる奴隷解放が起きた。混乱に乗じて、そのとき屋敷にいた奴隷たちを、船で逃がした。……ただ1人をのぞいて。

「……どうして」
「……」
「どうして、逃げてくれないの?」
「……コットン様」
「私なんかと、天竜人と一緒にいたって、あなたのためにならない! 早く行って! どこにでも、好きなところに行けばいい! 早く!」

地面に座り込み、泣きながらわめく私を、メリーナは苦しそうに見ていた。

「……好きなところに、行っていいのなら。あなたのそばを、選ばせてください」

地面に膝をつき、メリーナが私を抱きしめる。微かに石鹸の匂いがする、ふわふわの体が、私の体をほんのりと温める。私の涙が、彼女がまとうワンピースに吸い込まれる。

「私を生かしてくれたあなたを、私は失いたくないんです。あなたの辛さも苦しみも、私に分けてください。お願いします」

メリーナは、分かっていたのかもしれない。彼女がいなくなれば、私をこの世に繋ぎ止めるものも無くなると。奴隷としてではなく、普通の人間として扱っただけで、そこまで忠誠を誓ってもらうことはしていない。それなのに、どうして彼女は優しいの。

だらりと下ろしていた腕を、のろのろと上げる。突き放さなきゃいけないのに、私は彼女の背中に手を回していた。こんなに優しい彼女を、この腐った場所に置いておけない。それでも今は、縋らせてほしかった。

自分の弱さが、情けなかった。



29歳になり、私はメリーナを連れて、お忍びで外出した。メリーナと同郷の人のビブルカード。その切れ端が指し示す先に進み、とうとう彼女の故郷にたどり着く。18年ぶりの里帰りに、メリーナは嬉しそうに頬を緩ませていた。

「コットン様、おひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫。ほら、早く家族に元気な姿を見せてあげて」
「はい!」

お土産を大事に抱え、メリーナがゾウの後ろ足を登っていく。その首を縛るものは、何も無い。ミンク族ならではの身体能力に見とれているうちに、やがて彼女の姿が見えなくなった。

それを確認してから、私は船を進める。ゾウが移動するのとは反対の方向へ。

「ごめんね。ありがとう」

お土産の中に、彼女への手紙を入れている。謝罪も感謝もしっかり込めたから、もう思い残すことはない。前を向けば、長い髪を揺らす風も、眩しい太陽も、光を浴びてきらめく水面も、全てが爽やかで美しかった。

また生まれ変わったら、今度は動物がいい。白銀の毛並みの狼なんてどうだろう。きっと人間より、強くて凛々しくて、綺麗に違いない。

来世もこの世界で生まれるなら、今度こそミンク族がいい。考えただけでわくわくする。もしそうなったら、前世での推しのチョッパーくんにも、堂々と会いに行けるだろう。

胸元で光るペンダントに、手を当てる。結局捨てられなかった、あの日の婚約指輪。もう指が入らなくて、何も知らない人が見ればおもちゃにしか見えないような、小さな指輪。これだけは、最期に連れていこうと決めた。

迷いは無い。恐怖も無い。私は笑顔で、船から身を踊らせた。ザブンと音を立てて、青い波が私を受け止める。下から見上げると、淡く光る水面が美しかった。

目を閉じる。息も心臓も止まるのを待つだけだったそのとき、誰かの手が私の手を掴んだ。

目を開けると、小さな人影が見える。私の腕を自分の肩に回し、水面に向かって泳ぎ出す。止めようにも声が出ず、ごぼっと泡があふれた。

私が乗っていたのとは、別の船に引き上げられる。甲板の上で咳き込んでいると、まだ変声期が来ていない声が、私を呼んだ。

「大丈夫ですか!? あの、『ふわふわこっとん』さんですよね!? おれ……私! 『朱雀@最推し不死鳥』です!」

前世のSNSで使っていたアカウント名で呼ばれ、頭の中が一気にはっきりしてくる。改めて声の主を見ると、そこには全身びしょ濡れの少年がいた。まだ11歳くらいで、ピジョンブラッドルビーのような目が、きらきらと輝いていた。

「……『朱雀』さん……? 不死鳥マルコとのモビー生活から現パロ同棲まで、幅広い夢妄想をほぼ毎日ぽこぽこ投下してた、あの……?」
「はい!」

目の前にいるのは、将来イケメンになることを約束されているような、黒髪に褐色肌の美少年。自分の他にも転生者がいたなんて。

「見つかってよかったー! 私、他にも前世の仲間を探してる途中なんです! 一緒に行きませんか? ていうか、来てほしいです!」

前世の仲間が、他にもいる?
その言葉を聞いて、手足に力が満ちてくる。閉ざされていた世界が開かれ、新しい風が吹き込んでくる感覚。まるで、第2の人生が始まったような気がした。

「……分かった。行こう」
「やったー! あ、私、今世ではスザクです! よろしくお願いします!」
「私はコットンだ。よろしく頼む」

中性的な口調で答え、黒髪をそっと撫でると、スザクは嬉しそうに満面の笑みを見せた。落ち着いたら髪を切ろう。服も買い直そう。求めていた自由な暮らしが、すぐそこまで来ている予感がした。

***

「……以上、私がスザクに拾われる前の出来事だ。長い上につまらない昔話で、申し訳ない」

今世での生い立ちを聞かれたので、紅茶を飲みながら仲間たちに告げると、彼女たちは唖然としたような表情になった。

「……重くない?」
「あの、天竜人生活、誠にお疲れ様でした……」
「なんかたいへんってことがわかった」

スザクが顔を強ばらせ、タタンが労わるように深く頭を下げる。フレアは考えることをやめたような顔で、私にカヌレが乗ったお皿を勧めてきた。

フレアが焼いたカヌレは、ラム酒がほのかに香る。表面はカリカリで、中はもっちりねっちりとして美味い。ちょうどいいほろ苦さと甘さだから、甘いものが得意でないタタンでも、美味しく食べられる味だった。

「あの、ドフラミンゴからの指輪って」
「これだな」
「ウワーッ特級呪物だ!!」
「失礼だな。純愛だったよ」
「過去形!」
「今は歪んだ呪いなの?!」
「愛ほど歪んだ呪いはないよ…ってコト?!」
「ドフラミンゴなら有り得るのしんどい」

懐から小箱を取り出して、中身を見せると、リーゼたちが大騒ぎする。何か資金が必要なときに、ダイヤモンドを外して売ればいいと思って、保管していただけなのに。

「ドフラミンゴが初恋拗らせおじさんになってるかもしれない気配を察知」
「まさか。アラフォーになってそれは無いだろ」
「ドレスローザの湿度をご存知ない?」
「そんなに蒸し暑いところでしたっけ?」
「タタン、知らなくていいわよ……」

カヌレを飲み込むスザクに返事をすると、ダイナが真面目な顔で問いかけてくる。タタンは首を傾げ、セイラが微笑んだままでやんわり止めた。

「ドフィは人間臭いとこあるし、心配しなくても大丈夫だろう。自分より12も若い子に手を出してるみたいだし。私みたいな年増に執着し続けるとは考え難い」
「あっ……(察し)」
「……その件については、コットンさんどうお考えで……」
「ドフィも男なんだな、としか」
「コットンさんがカラッカラのドライ! まっったく気にしてない!」

打てば響くような仲間たちの反応が、面白くて心が和む。紅茶で喉を潤しながら、私は青い空を見上げた。

深く息を吸い込んで、吐き出す。もう息苦しさは、感じなかった。
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