夢女子船旅物語



「フレアって、今世は何がきっかけで料理にハマったんだ?」

今日の昼食はオムライス。ふわとろの玉子が乗ったチキンライスを飲み込んでから、ふと思い出したように、スザクが問いかけてくる。フレアは片付けをしていた手を止め、スザクの方を向いた。

「前世でのきっかけは、推しだったよな」
「そうだね。もともと、いい食べっぷりのキャラが好きで、エースを好きになってから色々作るようになったなー」
「エースの生誕祭に、手作りケーキとブートジョロキアペペロンチーノの写真アップしてから、3日間更新が途絶えたのは正直ビビった」
「ははは……、心配かけてごめん」

エースの好物ならと、ゴーグルとゴム手袋を装備して作った、ブートジョロキアペペロンチーノ。エースのグッズで飾った祭壇に、供えてから食べたところ、頭痛と腹痛で寝込むはめになった。多分エースも「そこまでしなくていい」と止めるであろう案件。悲しい年明けだったね……。

ちなみにブートジョロキアの辛さは、ハバネロの約4倍と言われている。切れのいい味で、辛いを通り越して、めちゃくちゃ痛い。それ以来フレアは、エースの誕生日を祝うとき、普通のペペロンチーノを作ることにしていた。

「今世では……」

食事を作るという行為は、もはや自分の魂に刻まれている行為なのだろう。フレアはそう思いながら、過去の記憶を掘り起こすように、遠くを眺めた。

***

前世の記憶を思い出す前のこと。今世では、私は薬屋を営むおばあちゃんと2人暮らしだった。船乗りの父は海難事故で。定食屋を営んでいた母は、父の後を追うように亡くなったらしい。

祖母1人、孫1人の生活だけど、そんなに寂しくなかった。祖母も村の人も優しかったし、薬草畑の世話や家事の手伝い等、やることはたくさんある。料理を覚え始めたのも、祖母に少しでも楽をさせたかったからだ。

私にとっての料理は、1日に3回、祖母と自分の食事を用意すること。祖母だけが「美味しい」と褒めてくれること。それ以上もそれ以下も無かった。

私が12歳のときに、2人の旅人が家を訪れるまでは。

村の人しか来ない小さな薬屋だから、その2人は余計に目立って見えた。1人は、首が痛くなるほど背が高い男の人。もさもさの黒いコートを着てて、一瞬クマと間違えそうになった。もう1人は私より少し背が低い男の子で、毛羽立った帽子を深く被っているから、顔がほとんど見えなかった。

「こんにちは。薬が欲しいんだが、今お嬢ちゃん1人だけか?」
「お、おばあちゃん呼んできます!」

驚きで声がひっくり返る。顔に不思議な模様――片目の下に青いギザギザ、耳まで裂けてるみたいに引かれた口紅――があったけど、私と目線を合わせてしゃがんでくれた。だから、多分、いい人。ぱたんとドアを閉じ、私はおばあちゃんの仕事部屋に駆け込んだ。

「おばあちゃん、知らないお客さん来た!」
「おや、知らない人とは珍しい」

ハーブを束ねて壁に吊るしていたおばあちゃんは、ゆっくり歩いて玄関へ向かう。そしてドアを開き、「あら、まあ」とおばあちゃんなりに驚いている声を上げていた。

「お話を聞きましょう。中にお入り」
「お邪魔します」

小さな入り口に体をぶつけながら、男の人がそろそろと中に入る。男の子はためらうように外で立ち止まっていたけど、男の人に手招きされて、恐る恐る足を踏み出した。

男の人が求めたのは、「ハクエンビョウを治す薬」。それは初めて聞く病名で、おばあちゃんも私も首を傾げた。おばあちゃんが詳しい内容を聞き、紙に症状を書き留めていく。

「……公害の類かね。痛み止めは処方できるが、私のハーブ薬では力不足だ」
「そうですか……」
「旅を続けるなら、この家で休んでおいき。そんなにボロボロじゃあ、治すための力も出ないだろう」

ひと回りくらい縮んで見えるくらい、しょんぼりしていた男の人が、迷路から抜け出したみたいに顔を明るくした。確かにあちこち薄汚れてるし、服もほつれたり破けたりしてるところがある。一旦キレイにした方が、彼らにとってもいいだろう。

「いいんですか!? ありがとうございます!」
「まずは風呂と洗濯だね。着替えはあるのかい?」

おばあちゃんがてきぱきと事を進め、私もそれを手伝う。お風呂を沸かしたり、帽子を頑なに取らない男の子に私のキャスケットを貸したり、シャツやズボンを洗って干したりした。

次はごはん。今日は何を作ろうかと、冷蔵庫の中身を確認していたとき。ふと振り返ると、私のキャスケットを被った男の子が、いつの間にか台所の入口に立っていた。

「わっ」

音も立てずに後ろにいた彼に、ビクッと心臓が跳ね上がる。一声かけてくれたらよかったのに。胸を手で押さえながら、私は彼に声をかけた。

「お風呂上がったんだね。これからごはん作るんだけど、食べられないものとかある?」
「……何でお前に言わなきゃなんねェんだ」
「うっかり嫌いなもの入れちゃったら、君が困るでしょ」

そう言うと、男の子はぐうの音も出ないように、ムグ、と唇を噛む。そして、ぼそりと呟くように言った。

「……パンと、梅干し。コラさんは確か、パンとピザが嫌いだ」
「オッケー。教えてくれてありがと」

だったらアレとコレを使うか。野菜をたくさん摂れるあのメニューも追加で。食材を冷蔵庫から出して、石鹸でしっかり手を洗う。その間も、彼はずっと入口の側に立っていた。

「? ごはん食べる部屋で待ってていいよ?」
「……余計なもん入れないか、見てるだけだ」

もしかして、他人の手作りに抵抗あるタイプだろうか。ちゃんと洗ってキレイだよ、とアピールするように、私は両手のひらを彼に向けて振った。

まず鍋にお米と水を入れて、火にかける。それから人参とじゃがいもは、皮をむいて乱切り。玉ねぎは半月切り。キャベツはざく切りにして、水と一緒に別の鍋に入れる。

コトコト煮てるうちに、卵を割ってボウルに入れ、作り置きしていた出汁を混ぜる。油をフライパンに引いて、溶き卵を流し入れ、火が通って固まってきたら巻いていく。いつも以上に集中してる自分がいて、その感覚が不思議と、懐かしかった。


「塩おにぎりと玉子焼きとウインナー。あと野菜たっぷりポトフです。召し上がれ」

名付けて、「こういうのがいいんだよごはん」。一般家庭にある食材で、手軽に作れる美味しいメニュー。おばあちゃん以外に、手料理を食べてもらうのは初めてだ。少し緊張したけど、男の人(確かコラさんと呼ばれてた)は美味しそうに食べてくれたし、男の子もお米の1粒残さず食べてくれた。

***

「……お前もばあさんも、変なヤツだ」
「急にどうした」

いつものように、ごはんを作っていると、■■くんが後ろから話しかけてくる。彼は私が料理をしている最中、後ろや横から眺めていることが多かった。

「……何で、ここまでするんだ」
「? 君たちが困ってたから」

思ったことを素直に答えると、■■くんは予想してなかった答えを言われたように、目を見開いた。

「それにお腹すいてるとさ、イライラするし、集中力は無くなるし、力が出ないんだよ」

レタスと焼いてほぐしたサーモンを、ご飯と混ぜて炒めたチャーハン。それをスプーンで1口すくい、彼に向ける。

「君たちがここにいる間は、そんな思いさせたくない。お腹いっぱいになってほしい」
「食べることは、生きることだよ」

「味見どうぞ」と付け加えて、スプーンを差し出すと、彼はぎこちなく受け取る。それからチャーハンをじっと見て、パクッと口に含んだ。もぐもぐと少しふくらんだ頬が動く。

「どう? しょっぱくない?」
「……悪くねェ」
「よっしゃ」

固く強ばっていた彼の白い顔が、ほんの少しだけでも綻ぶのが、嬉しかった。自分の料理で、身内だけじゃなく他の人が喜んでくれるのに、ワクワクした。ドキドキした。

自分の料理で、相手を喜ばせたい。彼らと過ごしたあの3日間で、私は身内以外にも料理を作ることに、積極的になったような気がする。


「いい話だな〜」
「ありがと〜」
「というかその2人、絶対ローとロシナンテさんだよな」
「ほんとそれな」
「料理上手の村娘に、幼い日のローが胃袋を掴まれ、少しでも心を救われている展開になりそう」
「まさかあ。3日間一緒に過ごしただけのお節介女なんて、覚えてないよ」

笑い飛ばしてから、私もオムライスを食べ始める。うん、今日も美味しい。私天才。

***

ポーラータング号の廊下を、1人の男性が歩いていく。お盆を片手で持っているが、危なげない身のこなしだった。

「お、ペンギン。それキャプテンの夜食?」
「そうそう。今日は"いつもの"やつ」

キャスケットとサングラスを身につけた男性――シャチに話しかけられ、ペンギンはお盆を持った方の腕を軽く上げながら答える。

「キャプテンの夜食メニューって、意外だけど何かいいよな。フツーのあったかい家で出てきそう」
「和むよなー。妙に癖になる組み合わせだし」

シャチと別れ、ペンギンは船長室のドアを叩く。クールでかっこいい我らがキャプテンに、お盆を手渡し、彼は部屋を後にした。


おにぎりと玉子焼きとウインナー。夜食が乗ったお盆を受け取り、ローは自室のドアを閉める。椅子に腰かけ、真っ白なおにぎりを手に取り、1口かじる。噛む度に、米の甘みと優しい塩の味が溶け合い、素朴な懐かしさを感じた。

――食べることは、生きることだよ。

食事をする。その時ふっと、色あせた写真をなぞるように、あいつの言葉を思い出す。

あの家を出たとき、持たされた包み。その中に入っていた、コラさん用の梅干し入りおにぎりのこと。そして、おれのために作られた、シソの葉が混ぜられたおにぎりの味を思い出す。

箸で黄色い玉子焼きをつまみ、口に入れる。そして、今食べている味と、記憶の中の味を比べる。あいつが焼いた玉子焼きの味は、甘い砂糖でもしょっぱい塩でもない。少し香ばしいような、甘じょっぱい味つけだった。

「……また、食いてェな」

珀鉛病に蝕まれていた自分を、ホワイトモンスターと呼ばず、人間として扱ってくれた他人。16歳のときに、ハートの海賊団として旗揚げをした後、あの家を再び訪れたことがある。でも、そこには誰もいなかった。

薬草畑には雑草がはびこり、壁には緑のツタが這う。家具はそのままだったが、あの女の姿と、調理器具だけが見えない。残されていたのは、薬屋のばあさんの名前が彫られた墓石だけだった。

次に会ったら、その時は、おれの船に乗せる。

その決意を胸に、また1口玉子焼きを食べる。仲間が作ったそれは、まろやかで甘い味がした。
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