夢女子船旅物語



ダイヤの欠片や砂金をばらまいたような星空の下。青黒い波の上を、1隻の船が進んでいく。

甲板の上では、ランタンの明かりがぽつぽつと灯り、数人の明るい歌声が響いていた。今は夜だが問題ない。なぜなら、騒音の苦情を持ち込む近隣住民はいないので。

「『ビンクスの酒』歌うの楽しすぎる」
「歌いやすくていいよねー。私たち海賊じゃなくて冒険団だけども」
「推しが海賊だからしゃーない」

柔らかい敷物の上で、お酒やジュースを片手に話しているのは、7人の人影だ。その中で、皿に盛られたフライドポテトを頬張っていた少女が、何かに気づいたように空を見上げる。

「あ。皆さん見てください。流れ星ですよ」
「わーホントだ! キレイ!」
「そういえば、今日は流星群が見える日だったね」
「いい事ありそうだし願掛けしとこう」

黒に近い群青色の丸天井。そこに散りばめられた星々の間をすり抜けるように、光の線が何度も描かれては消えていく。ある者は祈るように両手を組み、ある者は両手を口元に添えて、思い思いの願いを叫んだ。

「ニューゲートさんが健やかでありますようにーー!」
「エースに幸あれーーー!」
「チョッパーくんが、わたあめいっぱい食べられますようにーー!」
「今夜こそロビンさんとカリファさんに優しく甘やかされる夢が見られますようにーー!」
「イワンコフさんと絶対会って、女の子にしてもらうーー! いや絶対なるーー!!」

「ダイナさんは願い事しないんですか?」
「そうですね。大声で言うのは少々恥ずかしいので、心の中で唱えておきます。そういうタタンは、願い事はしました?」
「"イッショウさんに、優しくて素敵な出来事が起こりますように"ってお願いしました」

船の名前はトロイメライ号。船員は全て、かつて日本で生まれ育った転生者であり、アニメや漫画やライトノベル――特に『ONE PIECE』――を嗜んできたオタクたち。そして、Tw〇tter、p〇xiv、個人サイト等で繋がっていた夢女子仲間でもあった。

「さすが白ひげさん推しのセイラさん。ぶれない」
「ふふっ、それは皆もでしょう」

頬に片手を当てて、ふわりと柔和な笑みを浮かべたのは、セイラ。雪のような肌に黒檀の髪、赤い唇と緑色の目を持つ、どこぞのお姫様を成長させたかのような美女である。

彼女は前世、童話パロディや小説オマージュの夢ネタを、よくプラスタグで呟いていた。読書好きが影響したのか、今世はオハラで、全知の樹の図書館司書として働いていたらしい。子どもの頃に悪魔の実を食べたおかげで、最強夢主に近い能力を得ていた。

「エースに幸あれ。愛あれ。光あれ」
「フレアが創世記みたいなこと唱えてる」

真剣に流れ星を拝んでいるのは、フレア。コックコートとオレンジ色の目が特徴的な女性で、前世は飯テロに定評がある夢字書きだった。推しの誕生日は、ケーキと好物を手作りしてお祝いするほどの料理好きで、その腕前は今世でも存分に振るわれている。

「……チョッパーくんの等身大ぬいぐるみを作ろうか……」

満点の星空を眺めて、物思いにふけっているのは、コットン。ショートヘアにアーモンド型の黄色の目、スレンダーな体型という、カッコイイ系の美魔女だ。

前世は男装が得意なコスプレイヤーで、少女漫画並の構図で多くの夢女子たちに鼻血を流させたと言われている。また、獣化や獣人パロを好む、もふもふ大好きお姉さんでもあった。

今世では何と、嫌われ者の天竜人に転生してしまい、立場を使って奴隷たちをこっそり解放し続けたものの。人間(というか天竜人と人間屋に関する人たち)の醜さを見続けたせいで、世を儚んだこともある。今は仲間たちのおかげで、元々の明るさを取り戻していた。

「ロビンさんとカリファさんの夢絵描いて、枕の下に入れようかなぁ」

いそいそとスケッチブックを手元に引き寄せたのは、リーゼ。ショートウルフにした茶髪に、頭頂部からぴょこんと伸びる白いアホ毛、青い目が特徴の女性だ。

前世は神絵師で、夢なら百合もNLもBLもサラダ化も美味しく頂ける雑食である。描いた絵の割合は、百合夢の方が少し高い。仲間と焼肉やる度に、「お前の腕よこせ」と言われるのが悩みだった。

今世では、こちらも幼少期に悪魔の実を食べていた。その能力のせいでジェルマ王国に軟禁され、実験体として扱われていたところを、何とか逃げ出してきたらしい。「いくら何でも不憫」「リーゼが女性キャラ好きだからって、そこと繋がることある??」と仲間からは同情されていた。

「家族に一生見つかりませんように……。忘れられてるから大丈夫だと思うけど……」

目を閉じて両手を組みながら、追加の願いを口にしているのは、タタン。ピンク色の髪に藍色の目を持つ、少し内気そうな少女だ。

前世はほのぼの甘ギャグハッピーエンド大好きな読む専で、作者には丁寧な感想を送っていた。ワンピースは子どもの頃にアニメを見ていただけのため、知識があやふやなところもある。

甘いものは得意ではないが、なぜか今世はビッグマムの娘に転生。甘ったるいホールケーキアイランドの空気に体調を崩し気味で、病弱と思われていたうえに存在を忘れられていた。
しかし王国を脱出してから、母譲りの頑丈さと戦闘能力があることが発覚。気弱で泣くこともあるが、しっかり動けるタイプだ。

(いつか推しとワンナイトしたい。‪✕‬‪✕‬したいし‪✕‬‪✕‬されたい)

しとやかに座り、ミステリアスな目で星を見つめている横顔からは、想像できない欲求を願っているのは、ダイナ。白金色の髪に紫色の目を持ち、出るとこ出て締まるとこ締まった体型を、クラシカルなメイド服に包んだ女性だ。

前世は裏夢を書かせたら天下一品の夢字書きで、たまに夢絵も描いていた。官能小説のような熱量ある文体と、キャラクターへの愛ある解釈で、成人済の夢女子に萌えの悲鳴を上げさせていたという。表情はいつも涼しげだが、脳内はサンジにも劣らないほど色欲で渦巻いていた。

「早く女の子になりたい……」
「スザクが妖怪人間みたいなこと言ってる」
「イワさんが脱獄するまで待つしかないね」
「シクシクの実も候補に入れる?」
「あれは覇気で破れるじゃん……」

艶のある低い声が、弱々しく呟く。お酒が入ったグラスを持ったまま、甲板にうつ伏せで横たわっているのは、スザク。滑らかな褐色の肌に、水色のメッシュが入った黒の長髪。そして赤い目が特徴の、彫刻のような美丈夫だ。

推しと自分の恋愛模様を妄想しては、満足するのが癖だったが、今世では男の体で生を受けていた。そのため、革命軍のエンポリオ・イワンコフの能力で女性になることを目標としている。

「逆に考えるんだ。待つんじゃなくて、『こちらから行けばいい』と考えるんだ」
「待て待て待て」
「そうだ。インペルダウン、行こう」
「大変。スザクが乱心しちゃったわ」
「しっかりしろよ。船長だろ?」
「夢を追うのは大事ですけど、世界政府に目をつけられないように、清く正しく慎ましく生きようって決めたでしょう」
「お水持ってきます!」

天啓を得たように顔を上げたスザクに対し、コットンは止め、セイラは困ったように眉を下げ、フレアはツッコミを入れた。ダイナは諭し、タタンはキッチンの方へ駆けていく。

いずれ多数の囚人が世に放たれるとはいえ、そこは「鉄壁」を誇る海底大監獄。屈強な凶悪犯でも獄中で死亡することが多く、決して、決して旅行感覚で行く場所ではない。

恋する乙女の行動力は、時に身を滅ぼす。恋しい人に会いたい一心で、付け火をして火あぶりになった八百屋お七を思い出しながら、セイラはスザクの背を撫でた。

「女の子になりたい割には、けっこう鍛えてるよね。おかげで男の人の体描くとき、めっちゃ助かってる」
「分かる? 最高の状態で女の子に戻りたいから、自分磨き頑張ってんの」
「イワさんのホルモン調整に、頼りきりじゃないスタンス、嫌いじゃない」

タタンが持ってきてくれた水で、酔いを覚ましながら、スザクはリーゼに答える。エンポリオ・女ホルモンは、髭面で筋肉ムキムキな男性でも、ボンキュッボンの華奢な女性に変えることができる。それを分かったうえで、スザクは念には念を入れていた。

「まぁせっかくワンピ世界に転生したんだし、やっぱり推しには会いたいよね」
「聖地巡礼もしたい」
「焦らず行きましょ」

これは、大海賊時代の海原を巡り、夢を見ながら推しを追いかける乙女たちの物語である。
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