コワレヤスキ
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【家族でも譲れないものがある】
「……1発で決まることって、なかなか無いよねぇ」
「これだけ人数いれば、意見が揃う方が奇跡ですよ」
「今日こそはボクの思い通りにさせてもらうよォ~!☆★」
「剣を出さないでください……。不穏なのは困ります……」
広いテーブルを囲んで座っているのは、憂鬱組のいつものメンバー。皆、真面目を通り越して、鬼気迫る表情になっている。
その中でも椿は机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくる、いわゆるゲンドウポーズをしていた。
「僕はいなり寿司がいいな」
「私も」
「私は若とお嬢が食べたいものにします!」
「……お好み焼き」
「串焼き一択! 異論は認めないよォ!!☆★☆」
「私はお蕎麦が食べたいです……」
「オジサンは秋刀魚の塩焼きが良いねぇ」
「ほら7人中3人がいなり寿司って言ってるよ? 多数決的には僕の意見でいくべきだよ?」
「つばきゅんいなり寿司ばっかじゃァ~ん! ボクそろそろ飽きたんだけどォ!」
「少数派の意見も大事にしてください……。困ります……」
賑やかに交わされる彼らの会議を、美咲はくるくるとよく動く目で観察していた。
今回のテーマは、今日の夕ご飯を何にするか。
それぞれ自分の食べたいものを主張しているので、なかなか意見がまとまらない。なので、毎回この手法が使われるのだ。
「今日いなり寿司食べたい人ー!」
椿がバッと左手を挙げる。先程いなり寿司に賛成していたシャムロックと美咲が手を挙げた。
「……あれ?」
しかし、そこで椿は目を点にする。
なぜか先程まで別のメニューを推していた他の4人の手も、ぴんと上がっていた。
「エッアレェ!? ギリオトの仕業ァ!?」
「言いがかりは困ります……。私だったらお蕎麦に挙げさせます……」
「今日も技使う気だったのかよ……」
「たはは、参ったねぇ。今回は美咲の仕業かい?」
狐につままれたような3人をよそに、へらりと笑いかけるヒガン。そんな彼を見て、美咲は少しいたずらっぽく微笑んだ。
「この前オトギリが、"お願い私の
「そう言われると困ります……。美咲には敵いません……」
「"
「……ほんと椿さんのためなら何でもしかねないよな。美咲って」
頬を膨らませるべルキアや呆れたような顔の桜哉。そんな彼らは一旦脇に置いて、椿は美咲に後ろから抱きついた。
「流石僕の美咲だね~」
下位吸血鬼としての能力の1つを使ってまで、自分の味方をしてくれた美咲。椿はよほど嬉しかったようで、すりすりと美咲の髪に頬を擦り寄せていた。
【逸らして背けて】
椿の睡眠時間は、1日10時間くらいになるほど長い。その間、私はベッドに座り、椿の隣で本を読みふけっている。
聞こえるのは、椿の寝息と自分の呼吸、そしてページをめくる音。退屈だと感じたことは、1度も無い。
椿の側にいるだけで、満ち足りた気持ちになるから。多分椿も同じ気持ちになるから、私のことを側に置きたがるのだろう。
"目が覚めたときに美咲がいてくれたら、落ち着くんだ"
彼の言葉を思い出し、ふふっ、と笑みがこぼれる。見た目は成人男性なのに、中身は末っ子気質の甘えん坊だ。
彼の頭を優しく撫でる。さらさらとした手触りを感じていたとき、ぼんやりとした情景が頭の中に浮かび上がった。
枕元に灯るオレンジ色のランプ。シワ1つない清潔なシーツの上。絵本を読み上げる私の声。
さらさらの髪を私が撫でたとき、嬉しそうに笑った男の子────。
「……え……?」
黒髪の、小さな男の子。
椿じゃない。
椿は私と同じ不老不死の吸血鬼だから、子どもの姿なんて有り得ない。
じゃあ、この映像は何?
この男の子は、誰なの?
だって、私は椿と恋人で、家族で、ずっと一緒にいたはずで……。
あれ?
私と椿って、いつから一緒にいたんだっけ?
どうして仲良くなったんだっけ?
私たち、どこで出会ったんだっけ?
ズキズキと、頭が痛み出す。
思い出してはいけないという警告を、体が告げているように。
私、何か。とても大切なことを、忘れているんじゃ─────。
そのとき。柔らかいものに包まれ、強い力で私は仰向けに倒れた。ぼすん、とスプリングのきいたマットレスが、私たちを受け止める。
「……つばき……」
もう起きたのかと、呆然としながら名前を呼ぶ。私は椿にきつく抱きしめられた状態で、ベッドに横になっていた。
椿が少しだけ身を起こす。時折見せる縋るような目が、私をとらえて離さない。
私をベッドに押し倒したまま、椿は私に顔を近づけた。全てを求めてくるような彼の口付けに、翻弄される。
「……僕といるこの時間に集中して」
魔法のような、呪いのような言葉。
はぁ、はぁと肩で息をする私を、椿は陶器をさわるような手つきで抱き起こす。
そして、ぽふんと黒い狐の姿に変身した。
「ほら、美咲の大好きな可愛い狐さんだよ。好きなだけモフっていいよ」
ちょこんと私の膝上に乗り、こてんと首を可愛らしく傾ける椿。彼なりに癒そうとしてくれているのだろう。
私は思わずくすりと笑って、柔らかな毛並みや尻尾にさわらせてもらった。
頭痛は、いつの間にか治まっていた。