コワレヤスキ
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「……美咲」
四角い窓枠に切り取られた、ジオラマのような街を見ていたとき。背後から名前を呼ばれ、私は声の主の方を振り返った。
「どうしたの?桜哉」
彼は家族の一員で、よく私の話し相手になってくれる男の子。私にとっては弟みたいな存在だ。そんな彼が、少し曇ったような表情で私を見つめていた。
「……また、外見てたのか」
「見てるだけだよ。どこにも行かない」
「……いいのかよ。椿さんのわがままにそこまで付き合うことないんだぞ」
「椿に合わせてるわけじゃないよ」
そう言いながら、私は窓から離れる。
「ただ、大切な人を悲しませてまで、外に行きたい理由が無いだけ」
私の部屋には、好みに合う本も、DVDも、CDも、たくさん揃っている。
でもそれは、椿や他の家族の皆が私のためにわざわざ買ってきてくれたのであって、ありがたい反面申し訳ないと思っていた。
だから1度、椿に、外に出かけたいと話したことがある。
そのときの椿が、とても困ったような、傷ついたような顔で「だめだよ」と私を止めた。
それ以来、椿が悲しい顔をしなくて済むように、私は外出せずに部屋で日々を過ごしている。
「ただいま〜、美咲」
「おかえり、椿」
少し経ってから、ふらりと散歩に出かけていった椿が帰ってきた。私が部屋で読書をしていたのを見て、安心したように頬を緩ませる。
「ねぇねぇ美咲、今日はこんなの見つけちゃった」
見てるこちらにも楽しい気持ちが移りそうな様子で、椿は手に持っていた細長い箱を私に向けて開いた。
「わぁ……綺麗」
中に収まっていたのは、ガラス製の飾り玉がついた一本差しの
「椿がつけるの?」
「え、僕? まぁ僕イケメンだし何でも似合うよね~……って違うよ! これは美咲へのお土産だよ!」
自分なりのボケを口にしてみると、椿は鮮やかなノリツッコミを返してから、私の髪に簪を差してくれた。
「ほら、思った通り。美咲にぴったり」
大人っぽくまとめられた髪を飾る、シンプルで綺麗な簪。
「ありがとう、椿。大切にする」
嘘偽りない、心の底から湧き出た気持ちを笑顔と共に伝えれば、椿はそっと後ろから私を抱きしめたのだった。
「美咲、何か他に欲しいものはある?」
「今あるもので十分だよ。ありがとう」
「美咲は本当に欲が無いよねぇ。もっと色々要求してくれてもいいんだよ? 君は大事な、僕だけの主人なんだから」
私の体をふんわり包んだまま、椿が頬を擦り寄せてくる。くすぐったくて身をよじると、椿は逃がすまいと言うように、腕に少し力を入れた。
本当は、欲しいものというか、やりたいことがある。でも、言ったら椿が悲しむんじゃないかと、心配になる。
「……ねぇ、椿。私、欲しいものは無いけど、やりたいことがあるの」
迷った末に、私は思い切って口を開いた。
私たちは恋人同士で、家族でもあるんだから、ちゃんと話そう。そう思ったから。
「何? 美咲」
「……私ね、椿のことも、家族の皆のことも、大好きだよ。……だから、私は皆の手伝いがしたい」
私は全部知っている。
べルキアが、人間や他のサーヴァンプの下位吸血鬼を手にかけていることも。
シャムロックがお祭りの日に爆弾を仕掛けたことも。
オトギリが、色欲のサーヴァンプの元へ行っていることも。
私にだって下位吸血鬼としての戦闘能力があるし、椿からもしものときの護身用としてもらった武器がある。
力があるのなら、私は自分だけじゃなく、皆を守り助けるために使いたい。
「皆と、……椿と一緒に戦いたい」
私が望むのは、それだけだから。
どうか、この願いだけは聞いてほしい。
切実な思いを込めて、椿の腕に手を添える。
戸惑うような吐息が、耳の近くで聞こえた。
「……そんな風に、思ってくれてたんだね。でも……ごめん。それだけは聞けない」
「……どうして……? ……私は、そんなに頼りない?」
「……違うよ」
椿が、ぽすりと私の肩に頭を預ける。
彼の体も声も、震えているようだった。
「……ずっと昔にね、僕は大切な存在を失ったんだ。あのとき、自分が住む世界が逆さまになった気がした。……僕はもう、あんな思いはしたくない」
湧き上がる悲しみを押し殺すように、椿の声が掠れる。その響きはますます切なく、心が痛むようだった。
「だから、美咲は戦わなくていい。ここで僕たちの帰りを待って、『おかえり』って言ってくれるだけでいいんだよ」
そんな声でそう言われたら、もう何も言えなかった。私は椿の腕を解き、椿のことを正面から抱きしめた。
彼は、長男である怠惰のサーヴァンプに匹敵するほど強いのに。カリスマ性も戦術も、人並外れているのに。どうして、こんなに脆そうな面があるのだろう。
「……分かった」
壊れ物に触るように、椿の背中を静かに撫でる。密着した部分から、彼の存在を感じることができた。
「……でも、これだけは約束して。椿が危険なときは、私に椿を守らせて」
彼の側を離れたりしない。
絶対に彼を裏切ったりしない。
誰にも、何にも、彼を傷つけさせない。壊させない。
「うん……」
一言に秘めた思いは、もしかしたら伝わったのだろうか。肩が微かに湿っていく。
しばらくの間、私は泣きそうな気持ちで、彼とお互いの体温を分け合っていた。