コワレヤスキ
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学生兼C3の戦闘班としての生活を続け、私は17歳――高校3年生になった。
自分の中にある魔術の才能を開花させ、仕事にも慣れて、C3の人たちとも随分親しくなったと思う。特に仲良くしてくれるのが……。
「美咲〜! Hello! 道具の調子はどう?」
「キレが良くなったよ。メンテナンスしてくれてありがとう、イズナちゃん」
イズナ・ノーベルちゃん。
彼女は開発班に所属している、私より1つ歳下の16歳。10代で開発班のエース的存在である、将来有望な女の子。
私が使っている魔法の道具、『ロゼ』を作ってくれたのも彼女だ。
刃の部分が赤い大鎌で、持ち手には赤いバラが絡みついている模様入り。小さく形を変えることもできるから、持ち運びがしやすい。
「やぁ美咲ちゃん、いい所に! 今日お兄さんたちと一緒に飲みに行かないかい? 経費で!」
「未成年を飲みに誘うなボケデコ!」
「あはは。あと3年経ったらお願いします」
「美咲ちゃん、吊戯のあしらい方が分かってきたな」
狼谷吊戯さん。
月満弓景さん。
車守盾一郎さん。
私と同じ戦闘班に所属している、25歳の先輩たち。C3の皆からは、『闇夜を駆ける中二病トリオ』略称『闇夜トリオ』と呼ばれている、仲良し3人組だ。
私はいつも楽しそうなこの3人に好感を抱いてるけれど、兄さんは私と吊戯さんが話すのを良く思っていないみたい。
理由は知らないけど、2人の仲はとても悪いから。この前もケンカになりそうだったのを、私と車守さんで止めた。
C3に入ってから交友関係が広がって、賑やかな日々を過ごしている。けど、私は未だに見つけられていない。
兄さんと、あの家に帰る方法を。
当然、普通に戻ることは出来ないって分かってる。だから兄さんもC3にいるのだろう。私が出来ることを見つけないといけない。
お父さんに手紙を書いてみようかな……。
きっと皆で話をしなきゃ、根本的に解決しない問題だと思うから。
私たちは、家族なんだから。
「……よし。明日、学校帰りにレターセットを買ってこよう」
そう決めてから、私は戦闘服に着替えて、今日の任務をこなしに行った。
***
翌日。世間ではお嬢様学校と呼ばれる、とある私立の女子校に通っている私は、放課後すぐに近場の書店を訪れた。
そこでシンプルな白い封筒と手紙のセットを購入し、帰り道を急ぐ。
文面はどうしようかな。
最初はノートに下書きをしようか。
書き出しは、『拝啓、お父さん』かな。
私の頭の中は、兄さんと有栖院家の皆の架け橋になりたいという気持ちでいっぱいだった。
そのとき、ぽつりと冷たい雫が頬に落ちた。
「……え、雨……?」
予報では1日晴れだって言ってたのに……。
不思議に思って立ち止まり、鞄を胸に抱えながら空を見上げる。
晴れた空から、いく筋もの水の糸がぽつぽつと降り注ぎだした。鞄から折りたたみ傘を取り出し、ぽんと開く。まるで琥珀色の花が咲いたようだ。
再び歩きだそうとした次の瞬間。誰かに見られているような妙な感覚がして、ざわりと肌が粟立った。
とっさに首がねじれそうな勢いで振り返る。
すると周りの風景が白くなり、やがて血を流したように不吉な赤黒に染まった。
脳内で警鐘が鳴り響く。
背後に感じた人の気配。
鞄にしまっていたロゼを元の大鎌に変え、私は柄の部分で攻撃を受け止めた。
「っ!」
ガキンッと金属がぶつかる音。
黒い日本刀。細い腕からは想像できない、強い力。漆黒の着物。翻る純白の羽織。薄いサングラス越しに、こちらをうかがう深紅の瞳。
人ならざる雰囲気をまとう美しい容姿には、見覚えがあった。
「……あは。やっぱり一筋縄ではいかないかぁ。武道関係の習い事をしてた上に、戦闘訓練も受けてたんだから」
「……随分詳しいんですね。"椿"」
「僕の名前、呼んでくれて嬉しいな、美咲」
要注意人物だと、先輩たちからもらった資料で見た存在。憂鬱のサーヴァンプ、"椿"。通り名は"
口の端を吊り上げ、彼は目を細める。まるで最愛の恋人でも見るようなその眼差しを、私は寒気を覚えながら見据えた。
「何で、私の名前知ってるんですか……?」
「君のことなら何だって分かるよ。僕はずうっと見てきたから」
刃がひらめく。振り下ろされた彼の刀を、すんでのところでかわし、体勢を整える。
「でも、……もう見てるだけじゃ足りない。今まで我慢してきたんだから、もう良いよね。僕は、遠くで見守るんじゃなくて、1番近い場所で君を守りたい」
風を切るようにロゼを振るう。
彼はそれを軽やかに避ける。
熱に浮かされたように、歌うように言葉が紡がれる。
「10年間、この日を待ち焦がれてた。僕と一緒に行こう、可愛い美咲。僕の花嫁」
集中しようとしても、並べられる狂気をはらんだ愛の言葉に、心が乱される。
なぜ初対面のはずの彼が、こんなに私に執着してるのか分からない。
とにかくここから逃げなきゃ。
どうやって?
攻撃は何とか避けられる程度なのに、背中を見せて逃げる隙なんて彼に与えられない。
なら戦って凌ぐ?
C3の誰かに連絡が繋がれば……。
スカートのポケットにそっと手を入れ、ケータイを取り出す。
そのとき一気に間合いを詰められた。
片足軸回転で刀の切っ先から外れる。それでも避けきれず、刀に弾かれたケータイが後方へ飛んだ。
「面白くないなぁ……。僕だけに集中してよ、美咲」
ケータイを拾おうとするも、畳み掛けるような追撃がそれを許さない。戦闘班としての経験から、簡単に予測ができてしまった。
このままだと、私は殺される。
唇を噛み、私はロゼを構え、柄を指が白くなるほどに強く握りしめた。
やり残してることが山ほどある。
それに約束したんだ、御園に。
"きっと帰ってくる"って……!
「私はここで、死ぬわけにはいかない……!」
やるしかない。
心に固く誓って、私は息を吸い込んだ。
「"1輪の花をあげましょう"
"あなただけにあげましょう"
"私にキスをくれたあなたに"
"たくさんの幸が訪れますように"」
"
呪文を唱えた瞬間、ロゼに施されたバラの模様から赤紅の花びらが湧き、私の周りをくるくると舞い踊る。手足に、体全体に、力が満ちる。
身体能力と回復力を底上げする魔法。これまでの任務では、仲間のサポートに使ってきたけど、自分にも使用できる魔法だ。
椿の顔が、酔ったように赤く、うっとりしたものへと変わる。
「……やっぱり君には、赤い花が似合うね。昔からそうだ」
再び、刀と大鎌がぶつかり合った。
魔法を使ったおかげで、休む間もない攻防戦を長く続けられた。でも私にはまだ、吸血鬼の真祖と戦うには力不足だったのだろう。
血を流し、満身創痍で地に倒れたのは、私の方だった。
掠れた息をもらす私の上に覆いかぶさり、椿はぺろりと自分の唇をなめる。胸が潰れそうになるほど、悔しくて悲しくて、涙が一筋頬を伝う。
「"嫉妬"の主人にも、"色欲"の主人にも、誰にも渡さない……」
服が破けてむき出しになった肩に噛みつかれ、体に残っている血を吸われていく。
椿の声をぼんやり聞きながら、無力になった私は深い闇の中に落ちていった。
***
目を覚ましたとき、そこは見知らぬ部屋の中だった。
広々とした部屋には、薄型テレビを乗せたテーブル。1人がけのソファが2つと小さな丸テーブル。2人は余裕で寝られそうな、ふわふわの大きいベッド。そこに私は寝かされていた。
どこもかしこも清潔で品があって、家というよりは高級ホテルのような雰囲気だ。
まだ夢の中にいるような気持ちで、ぼんやりと視線を動かす。自分の体に目を落とすと、私は黒い浴衣ドレスと、振袖のようなアームカバーを身につけていた。袖と襟は白いレースでふちどられ、大ぶりの赤い花模様が目を引く。
ここはどこだろう。
私はどうしてここにいるのだろう。
私は今までどこにいたのだろう。
私は、誰だろう。
何も分からなかった。
まるで、昨日まで丹念に書き綴っていた日記を、誰かの手によってまっさらにされてしまったような……。
「おはよう。美咲」
するとドアが開き、からんと下駄の音を鳴らして入ってきた男の人が、私に笑いかけた。
「誰……?」
自分の名前を忘れていたことに驚きながら、おどおどと問いかける。すると彼はベッドの端に腰を下ろし、私の頬を左手でするりと撫でた。
「可哀想に。何にも覚えてないんだね」
どこか含みのある言い方をして、彼は寂しそうに眉を下げる。この人は、私のことを知っているのだろうか。
「……ごめんなさい」
彼のことがどうしても思い出せなくて、そんな顔をさせてしまったのが申し訳なくて、私は頭を下げた。
そのとき、ふわりと彼が私を抱きしめる。着物にお香でも焚き染めているのか、ほのかにいい匂いがした。
「僕の名前は椿。君の家族で、大事な恋人だよ」
私の耳に唇を寄せて、彼は蜜のように甘く柔らかな声でささやく。
頭の中に映像が流れ出した。
彼と……椿と一緒に、アイスを食べている光景。
手を繋いでお祭りに行く光景。甘味処で談笑する光景。
「……あ……」
「……思い出した?」
椿は体を離し、愛しくてたまらないというような目で見つめてくる。彼の目に映る私は、彼と同じ赤色の瞳をしていた。
「ねぇ美咲。もうどこにも行かないで、僕の傍にいて。僕と契約して、主人になってよ」
甘えるように、縋るように、彼は私に懇願する。大切な人の願いなら、断るなんて選択肢は無かった。
確か契約には、名前と物と血が必要だったはずだ。何か無いかと服の上から探していたとき、首にかかっていた懐中時計に気がついた。
蓋にバラの花が彫られた、綺麗なアンティークの時計。私はそれを椿の首にかけてあげた。
「これをあげる。"椿"」
彼の名前を呼ぶと、仮契約の証である光がほとばしる。
それを見た椿は、この世にある幸せを全部贈られたかのように微笑んで、私の首すじにそっと牙を立てた。
椿の喉が鳴ったとたん、契約完了を示す鎖が私たちを繋ぐ。
椿が自分の指と私の指を絡ませる。お互いの唇が重なったとき、とろけるように甘い血の味がした。