コワレヤスキ
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13歳の誕生日を迎えた夜。
私は、こんな夢を見た。
「御園、今日はお姉ちゃんの部屋で一緒に寝ようか」
「いいの?」
11歳の私が、8歳の御園と話している。
なぜかその夜は胸騒ぎがしていて、御園を1人にしちゃいけない気がした。
うとうとし始めた御園と一緒に、ベッドに潜り込む。可愛い寝顔に安心して、御園の頭を軽く撫でて、私も目を閉じる。
何か音が聞こえた。
まぶたを開いて体を起こす。
嫌な予感がした。ごくりと唾を飲み込み、ベッドからそっと下りる。静かな暗闇の中で息を潜め、不安を感じながらドアを開けた。
後ろで御園が、眠たい目をこすって起き上がったことに、気づかないまま。
音は、兄さんの部屋から聞こえた。
兄さんの部屋のドアが、薄く開いている。
隙間から部屋の様子をうかがうと、兄さんの姿が見えた。背中を向けていて、表情は分からない。
(どうして、こんな時間に起きてるのかな……)
「兄さ……」
かけようとした声が止まる。
兄さんの傍らに、背の高い人影が見えた。
足元に、横たわる人が見えた。
よく見ようと目を凝らして、私はその場に貼り付けられたように動けなくなった。
「……お姉ちゃん?」
寝起きでふわふわした、御園の声。
バッと振り向いた私の青ざめた顔を、不思議そうに見た御園は、ドアに手をかけた。
「……お兄ちゃん? 何してるの? ……誰……?」
「……っ御園! 見ちゃダメ!」
そのとき、兄さんが振り向いた。
眉を寄せて、歯を食いしばって。まるで、痛みに耐えているような顔をしていた。
立ち尽くしてしまった御園の目に、もう何も映らないように。私は御園を抱きしめ、震えながらその光景を見つめた。
兄さんの足元に、べったりと絨毯を黒く染めて倒れていたのは。他の誰でもない、私たちのお母さんだった。
「────っ!!」
そこで、目が覚めた。
たまらず飛び起きた私は、バクバクと鳴る心臓の辺りを、服の上からぎゅっとつかんで。数回、深く息を吸って吐いた。
「……な、んで……」
何で、今まで忘れてたの。
兄さんが、この家からいなくなってしまった理由を。
兄さんが、お母さんを殺したことを。
***
今朝はずっと、家族の誰とも顔を合わせることができなかった。
ちょうどその日は学校も習い事もお休みで、私は人目を盗んで家から抜け出した。昔、兄さんがこっそりくれた、裏門の合鍵を使って……。
(どうしよう……)
どうしてこの時期に思い出せたのかは分からない。でも、このまま兄さんのことを、無かったことにして生活するなんてできない。
あれこれ考えながら歩いていたとき。ふと目についた喫茶店で、私は1度頭を落ち着かせることにした。
運ばれてきたミルクティーの湯気を見つめて、思いを巡らせる。
どうして兄さんは、あんなことをしたんだろう。
兄さんは今、どこにいるんだろう。
何をしているんだろう。
(このままじゃ、駄目だ)
兄さん1人を悪者にして、最初からいなかったように扱って。そんな状態を、本当にこのまま続けていいの?
(……良いわけない)
本当のことを聞かなきゃ。
有栖院家の皆に聞いても、きっと誰も教えてくれない。誤魔化して、隠し通そうとするだろう。兄さん自身に会って、面と向かって話をしないと。
気づいたときには、湯気はもう消えていた。
冷めてしまったミルクティーを2回に分けて飲み干して、私は代金を払ってから喫茶店を出た。
***
屋敷にこっそり戻ってすぐ、私は調べ物を始めた。
ある人と連絡を取り、トランクケースに必要なものを詰めて、手紙を書いた。
『この家の真実を、探しに行きます』
宛先を有栖院家の皆にしたものを、机の上に置いてから。私は御園宛の手紙とトランクケースを持って、部屋を抜け出した。
今は夜の9時過ぎ。
足音を立てないようにして、御園の部屋に忍び込む。御園の机の上に封筒をそっと置いた。
「……お姉ちゃん……」
「!」
驚いて振り向くと、御園はまだ眠ったままだった。ほっと息をつくのと同時に、自分が今からしようとしてることに、迷いが生まれた。
御園を1人で置いていくの?
御園が悲しむかもしれない。それでも行くの?
────ううん、お父さんもリリィも、下位吸血鬼の皆も、たくさんいる。御園は1人じゃない。
「……ごめんね。御園」
私は御園も、御国兄さんも大好きだから。
3人で一緒にいた、あの頃に戻りたい。
指先でかすめるように、御園の髪を優しく撫でる。目の前がぼやけてきて、私は部屋から出た。
裏門のところで、振り返る。
今まで暮らしてきた、大きなお屋敷。
幸せな時間を過ごした、秘密の庭。
「……さよなら」
2年前。この家を出て行ったとき、兄さんは何を考えていたのだろう。
私は、心の1部が千切れて溶けていくような、心細い気持ちを抱えていた。
『大好きな御園へ。
突然のことで、こんな形で知ることになって、驚いたよね。本当にごめんね。
でも、私には、どうしても探さなきゃいけない人がいることに気づきました。
いつになるか分からないけど、その人と会って話をして、色々なことに整理がついたら、きっと帰ってくるから。
寂しい思いをさせるかもしれないけど、それまでこの庭で、待っていてください。
約束だよ。
美咲』
「……ここに入る手続きは、もう済ませましたか?」
「はい。案内ありがとうございました、露木さん」
兄の後輩である露木修平さんのおかげで、私は、人と吸血鬼との共存を図る中立機関"C3"を訪れることができた。露木さんの話だと、ここに兄さんがいるらしい。
「それにしても、よく俺の連絡先が分かりましたね」
「私が知っている兄の関係者が、あなたくらいだったので。やむを得ずうちの情報網を使って探し当てました。すみません」
「……本当に御国先輩の妹さんなんですね」
誠意を込めて頭を下げると、露木さんは何かを察したような、複雑そうな表情でそう言った。
その時、後ろから聞き慣れた声がかかった。
「修平ー、用があるって言うから来てあげたけど何〜? 手短に済ませてよ。ねぇアベル、……!」
振り向くと、声の主は驚いたように目を見張った。2年ぶりに会う兄さんは、雰囲気や顔つきが少し変わっているように見えた。
「……久しぶり。兄さん」
「……美咲。ちょっと見ない間に更に綺麗になったね。お兄ちゃんびっくりしたよ」
「……ありがとう」
へらりと笑う兄さんに、無難な言葉を返す。
どうやって接したらいいか分からなくなるような気持ちを、ぎゅっと拳を握ることで抑えた。
「……話があるの」
兄さんの目を真っ直ぐに見つめる。
そう切り出されることが分かっていたのだろうか。兄さんの表情から、笑みがすうっと消えて、真剣なものへと変わった。
「……教えてほしいの。2年前、何があったのか」
人気のない空き部屋で、兄さんから聞いた、あの日の真実。それは、過去の出来事が絡み合って、引き起こされてしまった悲劇だった。
有栖院家の皆が隠したかったのは、2年前の事件そのものでは無かった。
その原因になった、1つの事実の方。
御園が、お父さんとお母さんの子ではないこと。
お父さんと、浮気相手の人との子だということ。
兄さんは、御園の本当のお母さんのことを知っていたらしい。その人は昔、兄さんの家庭教師をしてくれていたそうだ。
彼女は、お父さんがお母さんを誰より愛してることを分かっていた。御園を育てながら慎ましい生活を送っていたことも、兄さんは教えてくれた。
お父さんとその人が、手紙のやり取りをしていたから。
御園の本当のお母さんは、殺されてしまった。
"嫉妬"にかられてサーヴァンプと契約した、お母さんの手によって。
御園を愛することが、せめてもの罪滅ぼしになるだろうか。両親はそう考えて、御園は有栖院家に引き取られた。
当時の私はまだ4歳で、この話を理解してもらうには幼すぎたから、両親は事実を話せなかったのだろう。
しかし、時が経つにつれてお母さんの精神は、嫉妬の蛇に飲まれてしまっていた。
御園がだんだん、浮気相手の人に似てくるのが、辛かったのだろうか。
……2年前のあの日、お母さんは御園のことも殺そうとしていた。
御園を守るために、兄さんはお母さんを手にかけた。
「……これが、あの日の真実だよ」
語り終えた兄さんは、ほろ苦い笑みを浮かべた。それは私の目に、ひどく自虐的に映った。
「さて、話はこれでおしまいかな。そんな大層な荷物を持ってないで、美咲はあの家に────」
「帰らないよ。私は」
兄さんの言葉を遮り、私は立ち上がってきっぱりと言い切る。兄さんは目を点にした。
「……え?」
「兄さんがちゃんと毎日元気に過ごしてるか、私これから近くで見張ることにするから」
「……は?」
「私もC3に入る。もう手続きも適性検査も受けてきたから安心して。同じ戦闘班になったから、よろしくね」
落ち着きを失ってる兄さんなんて、生まれて初めて見た。さっきまで深刻な話を聞いていたのに、思わず口元が緩んでしまう。
まずは兄さんを1人にさせない。
ちゃんと兄さんの傍にいよう。
そしていつか、2人であの庭に帰ろう。
決意を胸に秘めて、私はにっこりと、いたずらっぽく笑ってみせた。