君のまもり人になりたい
「忘れられない本があるんだ」
毎日必ず1冊はカバンに忍ばせてるほど、本好きな彼女が、そう話してくれたことがある。
「中学のときに読んだ思い出の本でね、ちょっと切ないけど、温かくて優しい内容なんだ。自分用に買おうと思ったんだけど、絶版になってますって言われちゃって……」
そのときのことを思い出したのか、へにゃりと眉を下げて、笑ってるけど残念そうな顔になる。
「いつか、また読みたいなぁ」
前に彼女が教えてくれたワスレナグサ。その花の色とそっくりな、よく晴れた空を見上げて、彼女は夢見るように呟いたのだった。
***
その子は、なぜか低級の呪いにちょっかいを出されやすい体質で、そのせいか体調を崩しやすい。だから読書をするようになって、本が好きになったのだと、初めて会った頃に教えてくれた。
「虎杖くんは、運動神経すごくいいよね! スポーツ選手みたい。憧れちゃうな」
「丈夫な虎杖くんと一緒にいるからかな? 熱出たりすることが、前より少なくなってる気がする」
両手で拳を作り、ヒナギクみたいにふわふわした笑顔を見せてくれる彼女は、俺より背が低くて手足も細い。何かあったら俺が守んないと、と思いつつ、俺は彼女にイタズラしようとする呪いをせっせと祓う。
それくらい俺にとって大切になってる彼女が、「忘れられない」と話してた本を、気にならないわけがなくて。彼女が教えてくれた本のタイトルと作者名で検索をかけると、ネット通販や電子書籍のサイトが出てきた。
彼女は通販に疎いし、電子書籍より紙の本派だから、こっちで手に入れる方法は思いつかなかったんだろう。
「……って、中古のしかねぇじゃん。新品のやつ、ねぇのかな」
見つかんなかった。ゼッパンになってるからだろうか。「使い古しをプレゼントする男なんてサイテー。無いわ」と、頭の中でしかめっ面の釘崎に唾を吐かれたけど、背に腹は変えられない。
2冊選択して、注文のところをクリックする。
3日くらい経ってから、それは届いた。タイトルは、『たんぽぽのまもり人』。白い羽根が1枚プリントされた、シンプルな表紙だ。
中古だから当然安かったけど、ほとんど汚れてないし紙の状態もいい。パラパラとページをめくって確認してから、俺はほっと息をついた。
水彩で描いたような花柄の包装紙(似合いそうだと思って買った)で、スマホを使ってやり方を調べながら、本を丁寧に包む。
それが終わってから、俺はもう1冊買っておいた本をまた開いた。
自分でも読んでみようと思ったから。
物語に出てくるのは、俺らと同じくらいの女子高校生。それと、彼女を見守る〈ガーディアン〉の男。
ガーディアン(守護者)は、自分が担当してる人間が天寿を全うするまで、寄り添い見守る存在なのだという。その部分を読んで、俺はそっと自室を見回した。
呪いがいる世の中だし、もしかしたら俺にも守り神的なのがいるんじゃないかと思って。もちろん見えなかったけどな。
良心の声とかトランス状態とか、現実でも聞く現象で例えてるから、身近に感じやすくて面白い。
その中で、気になるところを見つけた。
ガーディアンは人間が〈予定外の破滅〉を迎えないように、選ぶべき方向を囁いて教えたりするらしい。
「予定外の、破滅……」
これは、不注意で起きた事故とか、自分で高いところから飛び降りたりだとか、呪いによる間違った死みたいなこととか……だろうか。
呪術師とガーディアンじゃ、色々違うところはある。でも、人が知らないところで、正しい死に導こうとしてるところは、少し俺と似てるのかもしれない。
四六時中ずっと一緒は無理だけど、俺もなるべく彼女の隣にいて、危ないことからすぐ助けられる存在になりたい。
あのふわふわした笑顔を、彼女が絶やさないようにしていきたい。自分がいつか死ぬ日まで。できれば死んでからも。
そこまで考えてから、俺は本を顔に置いて、床に仰向けに寝転がる。
「あれ、何か俺、ちょっと重くね……?」
自分の気持ちに気づいたはいいけど、顔がすっげー熱い。思わず足をじたばたさせるくらいには恥ずかしい。
「どーしよ。引かれない程度に伝えないといけないじゃん。どう言おう」
続きのページをめくる目的は、だんだん小説を読むためじゃなくて、俺にとって告白のヒントを探すためになっていた。
***
結局、俺には駆け引きもシャレたことも思いつかなくて、ラッピングした本を渡してからストレートに伝えた。
耳まで真っ赤になった彼女と、友達の関係を変えてから初めて繋いだ手は、俺の骨ばった手よりも小さくて柔らかくて、ぽかぽかしていたのだった。