咲いた百合は白か黒か
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東京都立呪術高等専門学校、通称『呪術高専』に飛び入り転入して数日。
制服のカスタマイズをお願いしたり、五条先生にもらった初心者用のトレーニングをしたり、学長先生のぬいぐるみと戦ったり、普通じゃなかなかできない体験と生活を私はしていた。
同学年の人とは、まだ顔を合わせていない。
友達になるかは別として、波風立てないように付き合っていきたいと思う。
***
出会いが訪れたのは、私の部屋の前。
図書館から借りてきた、両面宿儺に関する本を読んで、彼のあまりの非道っぷりに「うへぇ」と声を出していた時だった。
軽やかなノックの後、出張に行ってるはずの五条先生の声に名前を呼ばれて、ドアを開ける。
すると、五条先生の隣に1人の男子がいた。
ピンクにも見える薄茶色の髪は、刈り上げ部分がある短さ。茶色い瞳は丸っこくて、おじいちゃんちにいるワンコを思い出す。怪我でもしたのか、両目尻の下には細い傷跡? があった。
着てるのは、青緑色のパーカーに、ロールアップのジーンズ。体動かすの好きそうなイメージ。
「えーと……? 誰ですか?」
「今日から君のクラスメートになる子でーす!」
「俺、虎杖 悠仁。仙台から。よろしくな!」
「あ、鈴掛 小百合です。よろしく。よかったらアメどうぞ」
仙台ってことは宮城か。遠いのによく来たな。
アメを入れてる缶を開けて、虎杖くんに差し出す。彼は「ありがとな!」と人懐っこい笑顔で、オレンジ味を1つ取った。ますますワンコっぽい。汝は柴犬。
「小百合ー、僕には?」
「じゃあソーダ味あげます」
なぜか五条先生にもねだられたので、1つ手に乗せといた。彼は「わーい」と子どもみたいに喜んだ。本当に28歳なのか。
「ケヒッ、……その天と草木を映した眼。その気配。懐かしいなぁ。お前、あの女の生まれ変わりか」
不意に虎杖くんの頬から口が出現する。しかも喋った。傷跡だと思ってたところが開き、そこから出てきた赤目がこちらを見て、弓なりに細くなる。
腰から脇腹へ。背中から頭へ。
ぞわぞわとした感覚が、震えが、体中を駆け抜けた。体温が数度くらい下がった気もした。
反射的に身体が動く。
虎杖くんとの距離を一気に詰め、私は腕を伸ばして。
「……何これ。え、何これ本物?」
噛まれないように、歯の外側に親指を入れて、彼の頬にある口を軽く引っ張った。
いきなり近づいたせいか、虎杖くんは目を点にして固まっている。しばしの沈黙を破ったのは、吹き出した五条先生だった。
「ぶっ、あははははっ! い、いきなり、まとう空気が変わったから何するかと思えば……! 肝が据わってるにも程があるでしょ!」
「笑いすぎでは」
うわ、ちゃんと歯も舌もある。どこに繋がってるんだこの口。食べ物を摂取できたりするのかな。
気になったので、缶から出したアメを、その口に放り込んでみる。そしたらペっと勢いよく吐き出されたので、思わず避けた。誰にも受け止めてもらえず、むなしく床に転がったアメを、もったいないなと見る。表面洗えば食べられるかな。
「イチゴ味は嫌いだったか……」
「いやそういう問題じゃねーと思う! てか今すっげー変な感覚した! 口の中と頬の間にコロコロした物が入った感じ! 何だこれ!?」
トリップした思考がようやく帰ってきたらしく、頬にある口を蚊でも叩くように押さえて、虎杖くんが突っ込んでくれた。
「許可なく触れるな。不愉快だ」
「口だけの奴が何か言ってる」
「殺すぞ」
押さえられても黙らんぞと、虎杖くんを嘲笑うように、にゅっと手の甲へ口が移動する。
発言の内容と、全部知ってるような口ぶりから、彼が"両面宿儺"であることをようやく察した。
「五条先生。あなた前に、"喋って息して動く両面宿儺はいない"って言ってませんでした?」
「それがさー、そこの悠仁が宿儺の指を食べて、宿儺が受肉しちゃったんだよね! いやぁサプライズで連れてきて大正解! 小百合が文献に残ってる女性の生まれ変わりって裏付けできたし!」
「虎杖くん、拾い食いはお腹壊すよ」
「確かに百葉箱から拾ったけど! 腹減ってたから食ったわけじゃねーよ!? あんなマズイの進んで食わねーよ!」
つまり"あんなマズイの"を進んで食わなきゃいけない事情があったのか。
「……何だ。随分とぬるい会話しかしないと思えば、今世のお前には記憶が無いのか。それほど強く変化した術式と呪力量に加え、あの女の憎悪が色濃く残っていれば、存分に楽しめただろうに」
「あなたをいつも夢に見てたけど、私あんな風に死にたくないから、"楽しむ"のは諦めて」
「まぁ良い。お前の感情、目、意識全てを俺に向けさせる術は、とうの昔に知っている」
「話聞いてます?」
聞いてないっぽい。
夢で会うならもっと優しい人が良かった。
「お前の肉親か、懇意にしている人間を殺せばいいのだからな」
邪悪な言葉。明確かつ救いようのない悪意。
姉さんとミフユの顔が頭に浮かび、ぴくりと反応したその時。
虎杖くんがべちんと手の甲にある口を叩いた。
「そんなことさせねーよ。お前もう黙ってろ」
抑え込まれたのか、気が済んだのか。宿儺の口が消えて静かになる。虎杖くんが少し眉を下げ、申し訳なさそうに言った。
「ごめんな、うるさくて」
「いや、虎杖くんこそ大変でしょ。そんなやかましいのが中にいて。追い出せないの?」
「俺の体に受肉してるから無理っぽい」
虎杖くんの体を土だとすると、しっかり宿儺が根を下ろしてて、取り除けない感じかな。
「そっか。……あのさ、虎杖くん。なるべく両面宿儺の手綱は握っててくれないかな?」
ぱちくりと瞬きをした虎杖くんの目を、私は真っ直ぐ見つめて続けた。
「私、クラスメートを手にかけたくないからさ」
「……もしかして俺、第2の死刑宣告された?」
「第1が何かは知らないけど、そうなるね。私を人殺しにさせないように頑張ってね」
「わかった」
素直にうなずいてくれた虎杖くんを見て、何とも言えない気持ちになる。
初対面の印象だと、彼は姉さんと似たタイプの人間だ。もし彼の中の宿儺が、私の大切な人たちに手を出したら、彼のことも始末することになる。それは何か寝覚めが悪すぎる。
そんな事にならないように、虎杖くんに気をつけてもらったうえで、私も守りきれるだけの力をつけないといけない。
"自分の力を理解して、正しく使う"
"そして、大切な人を呪いから守る"
そのために、私は呪術高専に来たのだから。
「あ、そうだ。明日、4人めの新入生を皆で迎えに行くから、小百合も来てね! 原宿集合だよ」
「私が言うのもアレだけど、一気に日常会話に戻してきたなこの人。分かりました」
***
翌日。届いた制服に袖を通し、指定された待ち合わせ場所にて、私はまだ会っていなかったクラスメートと顔を合わせていた。
「伏黒 恵」
「鈴掛 小百合です。どうぞよろしく」
とりあえず片手を出してみると、伏黒くんは少しの間をあけてから握手をしてくれた。名乗っただけだけど、そんなに素っ気ないわけではないかもしれない。
まつ毛は長めで肌は白い。ツンツン髪がもう少し落ち着いていれば、女装が似合いそうな気がする。
「鈴掛の制服、ミニワンピっぽいんだな」
「動きやすさと、スカート要素が欲しかったからね」
私の制服は、紺色で立襟の上着をミニワンピースみたいな長さに伸ばし、それにレギンスを合わせることにした。これならどんなにアクティブな動きをしても問題ない。
「ポップコーン食いたい!」と飛び出していった虎杖くんが、イチゴのクレープと英単語のデザインの変なサングラスも買うのを眺め、最後のクラスメートを待つ。
すると、キャッチかスカウトをしていたような男性に、自分を売り込んでいる女の子がいた。逃げようとする男性の襟首を掴んでる。呪術高専っぽい制服を着てるから、あの子で確定かな。
「俺たち今からあれに話しかけんの? ちょっと恥ずかしいなー」
「おめーもだよ」
「利害が一致してるんだから、モデルに採用すればいいのに。雑誌のコンセプトに合わないのかな」
「そういう問題じゃないんだろ」
伏黒くんはちゃんとツッコミを入れてくれるタイプのようだ。
五条先生が彼女に声をかけ、合流した後コインロッカーに荷物を入れてから、女の子は腰に手を当てて堂々と自己紹介をした。
「釘崎 野薔薇。喜べ男子、女子が増えたわよ」
明るい茶髪は綺麗なストレートのボブカット。可愛いと言うよりはイケメンタイプって感じの顔だ。
1年生が全員揃い、そのうち2人は東北からのお上りさん。五条先生の「行くでしょ、東京観光」の一言を受けて、一気にテンションが上がる虎杖くんと釘崎さん。
都内に住んでる私と伏黒くんは、それを遠巻きに眺めていた。あと虎杖くん、横浜は東京じゃなくて神奈川ですよ。地図見ようね。
そんなこんなで五条先生に連れてこられた先は、近くに霊園がある廃ビルだった。
虎杖くんと釘崎さんの2人で、ここにいる呪いを祓ってもらうらしい。
「先生、私はここで待機ですか」
「そうだよー。小百合が行ったら、悠仁と野薔薇の実力が見られないでしょ」
「何、この子そんなに強いの?」
「そうらしいよ」
「何でアンタが分かってないのよ」
「スカウトされたのが最近なもので。今は勉強中」
勉強中と聞いた時、呪いを祓う経験者らしい釘崎さんは、無知の私を下に見るわけでもなく「あっそ」と返した。
伏黒くんと五条先生の会話を聞きながら、2人が戻るのを待つ。今日はよく待つ日だ。虎杖くんが要監視対象だっていうことも、この時知った。
地方と東京じゃ、呪いのレベルが違うこと。
知恵をつけた獣は、時に残酷な――命の重さをかけた天秤を突きつけてくること。
五条先生が言ったことを、
姉さんと他人だったら、私は多分姉さんを優先するだろうな。結局大事なのは赤の他人より、知ってる身内だ。
でも、姉さんとミフユだったら?
その時私は、守りたい人たちの命を、選べるのだろうか?
脳内でシミュレーションしていた時、五条先生が「お?」と何かに反応した。同じく上を見た伏黒くんの、「祓います」という言葉から、呪霊がビルから出てきたことを察する。まあ、私には見えないんだけど。
何も無いように見える空中から、"バシュッ"と何かが消滅するような音が聞こえた。
音だけ認識できるのは、変な感じだ。
「いいね、ちゃんとイカれてた」
「あ。今、呪霊消えたんですね」
「……お前、見えないのか?」
「うん。現在、特訓中」
意外そうな表情で聞いてくる伏黒くんに、正直に答える。努力の甲斐あって、2級くらいなら、ぼんやりとだけど視認できるようになってきた。そんな私に全く見えなかったってことは、3級以下かな。
景色が朱色に染まる夕暮れ。
戻ってきた虎杖くんたちが、男の子を連れてきた。保護したと言うその子を、家の近くまで送り届けてから、全員でご飯に行くことになった。
「ビフテキ!」
「シースー!」
「待っかせなさーい! 小百合と恵は?」
「どちらかと言うと肉の気分かな。まあ、決まった方について行きます」
「……」
リクエストがないので隣を見ると、伏黒くんがスマホをいじっていた。調べものかゲームでもしてるんだろうか。
5人で歩く中、「出番が無くて拗ねてんの」と五条先生が茶化し、釘崎さんがぷぷぷと煽るように笑う。それを見てクールな顔をしかめる伏黒くん。
呪霊を祓ってきた帰りにしては、ずいぶんと学生らしい雰囲気だ。呪術師を特別に考えすぎてたかもしれない。彼らも私と同じ高校生なんだということに、改めて気づく。
ちなみにビーフステーキと寿司の2択だった夕飯は、ジャンケンにより寿司に決まった。「ザギンでシースー」が叶えられるとなった釘崎さんは、とても嬉しそうだ。一回転して飛び跳ねてたし。
「俺、回転寿司がいい」
そう言った虎杖くんは、釘崎さんに即メンチを切られていた。伏黒くんも回転寿司には反対のようだ。
「俺も流石にどうせなら上手いほうが。五条先生の金だし」
「回転寿司か……。小学生の時、家族で何回か行ったな。懐かしい」
「今は行ってねーの?」
「親、2年前に亡くなったから。そういえば、それ以来あんまり外食してない」
そう言うと、その場の空気が固まった。体感3秒くらい。
「回転寿司行こーぜ」
「いや私は寿司が食いてえんだけど」
「寿司は食事だけ回転寿司はレジャーなんだよ遊園地なのTDLなの! てゆーか釘崎、ド田舎出身って言ってたけど、回転寿司行ったことあんの!?」
虎杖くんはなぜか、釘崎さんに対して熱く語った。何か刺激してしまっただろうか。他人のことだし、そんな気にしなくていいのに。
虎杖くんの説得の結果、寿司が新幹線に乗ってくるという、りっぱ寿司に行った。
「あれ? 小百合、安いのしか食べてないじゃん。僕の奢りなんだから、子どもが遠慮しないの」
「いや、食べたいのを食べてるだけですけど」
いなりと納豆巻きは、小学生の時も食べていた。あと肉の気分だったからテリヤキハンバーグも。
釘崎さんとか遠慮なく大トロ取ってるから、釣り合い取れていいと思う。伏黒くんはというと、寿司とガリを黙々と食べていた。
「あ、鈴掛、肉の気分って言ってたよな。牛カルビにぎりも食べるか?」
「んー、食べる。ありがと、虎杖くん」
「おう!」
「寿司屋で肉寿司は邪道でしょ」
「邪道も極めれば王道なんだよ」
ちょっとした口論をまた始めた、虎杖くんと釘崎さんを眺めつつ、取ってもらった牛カルビにぎりを口に運ぶ。人のお金で食べる肉寿司は美味しい。
クラスメートや先生と来てるからか、数年ぶりの回転寿司は、どこか新鮮な感じがした。たまにはこういうのもいいな。
喋って笑ってツッコミが入って、美味しいものを皆で食べる。
今まで過ごしてきた日常と、変わらない空気感のせいか、私は忘れかけていた。
呪術師の世界に――五条先生が言う地獄に、飛び込んだという事実を。