咲いた百合は白か黒か
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翌日。土曜日で学校が休みだったので、私はあの廃墟の近くに来ていた。
"行かない方がいいよ"ってあの人は言ってたけど、あそこに何があるんだろう。桜の木の下ならぬ、廃墟の下には死体が埋まってるとか?
「やぁ、昨日ぶり。早速連絡くれたみたいで嬉しいよ」
草の向こうの寂れた家に、目を凝らしていたとき、後ろから待っていた相手の声がした。指定していた時間より7分遅れ。微妙な遅刻だ。
「……どうも」
「どうもー。それで、何を聞きたくなったのかな?」
「……教えてください。呪霊とか、呪術師とかについて」
目隠しに隠れた、五条さんの目の部分を見つめて、はっきり言う。それを聞いた彼は、にんまりと笑った。
「道で立ち話するのも目立つし、行こっか」
五条さんが廃墟の方を指さす。
草が風に揺れて、そよそよと鳴る。
「行かない方がいいよって言ったのはどこの誰ですか」
「ここの僕だね。一般人の子には見せられないものがあったから、あの時は止めたんだよ」
「暗に私は一般人じゃないって言うの、やめてもらえます?」
私だって一般人だわ。
かなり不服だけど、大人しく彼について行く。草むらをかき分けて進むのは大変そうだと思ったけど、五条さんが足を踏み入れた途端、草が二手に分かれた。海割りしたモーゼか。
傾いて閉じきっていないドアを押して、中に入る。漂うのは、ホコリとカビの匂い。蜘蛛の巣があちこちに出来ている。空気がひんやりとしていて、薄暗い。
「怖い?」
「不法侵入で訴えられないかが怖いです」
「そっちかー」
けらけらと笑ってから、彼は私に向き直った。
「じゃあ説明しようか。君が聞きたいことについて」
「まずは呪霊。"呪い"とも呼ばれてる。人間の身体から流れた負の感情が、具現して意思を持った化け物だよ」
「日本国内での怪死者・行方不明者は何人か知ってる? 年平均1万人を超えてるって言われてるんだけどね、そのほとんどが、呪霊による被害とされてる」
「呪力の無い一般人には、見ることも触れることもできない。だから呪霊を視認して呪術を使う呪術師が、呪霊を祓ってるんだ」
「ちょっとおいで」と部屋の奥にあるドアを開け、彼は歩いていく。私はそれを追いかけた。暗い廊下を進むと、またドアがあり、そこを開けば下へ続く階段がある。
「地下、ですか?」
「そう。足元に気をつけて」
すっと大きな手が差し伸べられる。エスコートするような、紳士的な仕草だった。あなたそんなことできたのか。
少し迷ってから、五条さんの手を握る。ふざけて引きずり込まれやしないかと思ったけど、そんな事は無かった。彼のスマホの明かりを頼りに、階段を下りていく。
「ここからは、一般人の子には見せられないものがある」
さっきまでとは違う静かな声。なるほど、どうやら精神衛生上、よろしくないものがありそうだ。
外の世界から遮断されたような静けさ。その中で、かつん、かつん、と靴の音がやけに響く。やがて地下に着き、五条さんがドアノブをひねって押す。重そうな音を立てて、ドアが開いた。
彼が部屋の隅を照らす。
そこには、手足の無い白骨死体があった。元は服だったらしい、ボロボロの布がまとわりついている。私は思わず、五条さんの手を強く握ってしまった。
「……呪霊は、人間を容赦なく殺しに来る。そうなることを少しでも防ぐために、僕たち呪術師がいるんだ」
「……この人、呪霊にやられたんですか」
「そう。2級がいるから死体でもあるのかなと思って、調べたら案の定。これより酷い状態で見つかることもあるし、そもそも遺体が見つかるだけ御の字だ。僕はそんな地獄に、君を招待しようとしてる」
「どうする?」と問いかけられる。すぐに答えは出なくて、私はまた骨に視線を移した。
夢に出てきた白い骨の山が、脳内に浮かぶ。
そこに姉さんやミフユがいるのを、うっかり想像して、気分が悪くなった。
「……呪霊って、いきなり来るんですか」
「そうだよ。なんの前触れもなく降ってくる、災害みたいなものだ」
優しく手を引いてくれる五条さんと、地下の部屋を後にする。階段を登っていくにつれて、微かだけど下に比べれば光があって、少し安心した。
考える。今見たことについて。いつか起こるかもしれない可能性のことについて。自分が出来そうなことについて。
考えて、考えて、私は口を開いた。
「呪霊の急所って分かります? 首落とせば死にますか?」
「うん、それは呪霊じゃなくても死ぬかな。……もしかして、呪術高専に来てくれる感じ?」
「これ以上、身近な人を持ってかれるのはごめんなんで。姉と友達に危害が加わる可能性があるなら、潰したいです」
「……ははっ。今まで普通に生きてたのに、敵の急所探し出すなんて。いいね! 呪術師向きのイカレ具合だ」
「今私ディスられました?」
***
数日後。面談だの書類提出だの家族や友達との話し合いだのを経て、私の転入が決まった。
寮生活という事で、姉さんやミフユとはしばらく会えなくなる。姉さんは少し寂しそうな顔で、手作りのお守りをくれた。ミフユには泣かれたけど、家を出る日には見送りに来てくれた。
リュックとキャリーバッグを持って、迎えの車に乗る。リュックには、前にミフユとおそろいで買ったマスコット人形が揺れてる。
自分の力を自覚するために、その力で2人を守るために、呪術高専で頑張ろう。そう決めた。
「そういえば、リョウメンスクナの生まれ変わりっていたりしますか?」
「ん? いないけど、まだ現代で生きていると言っても過言ではないな。宿儺の遺骸の指を、誰も消せていないから」
ふと気になって質問すると、迎えに来てくれた五条さん――五条先生は、そう答えてくれた。
更に、スクナの指は特級呪物と言って、呪霊が取り込むと膨大な呪力を手に入れられるらしい。
死後も影響を残してるなんて、それほど強かったんだろう。
「喋って息して動く両面宿儺はいないけど、他にも祓うべき呪霊は数え切れないくらいいる。一緒に地獄で頑張っていこう」
「はい」
「ちなみに今年の1年生は、君を含めて3人。学校で会えるのは、今のところ1人なんだけど……ちょうど今日、仙台に行ったところ。タイムリーなことに、宿儺の指を回収しに行ってる」
「すごい偶然ですね」
「うちの高校でも保管してるけど。着いたら見てみる? 宿儺の指」
「あ、遠慮しときます。人の指単体を鑑賞する趣味は無いんで」
どちらかと言うと、呪術高専の図書館にあるらしい、前世の私(仮定)とリョウメンスクナについて書かれた文献。そっちが気になる。
そんなことを考えながら、私はコンクリートで舗装された地獄への道を進んで行った。