咲いた百合は白か黒か
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こんな夢を見た。
牛の頭蓋骨やら人の
本来2本しかないはずの腕は4本あり、1対しかないはずの目は2対。ごく普通の人間に程遠い存在であることは、充分過ぎるほどお察しだ。
そんな男を見上げている1人の女がいた。
身にまとう着物は太古の夜。全てを飲み込む深い漆黒。そして日本人らしい黒髪を、巫女さんみたいに1つに結んでいる。その手には、一振りの薙刀を握っていた。
「『百年待っていて下さい。きっと逢いに来ますから』……だったか」
白く冷たげな骨の玉座から、女を見下ろし、4本腕の男は嗤う。
「この俺を随分と待たせたものだ。さて、今世のお前はどれ程持つのだろうなぁ?」
暇つぶしの遊びを始めるような、それでいて獲物をどう仕留めようか考えているような、楽しげな声。それを皮切りに、女が紙の人形を飛ばし、薙刀を構えて飛びかかる。
息つく間もない攻撃の嵐。
4本腕の男は武器を持たないまま、女の攻撃を軽くいなして反撃する。
女の方は、致命傷になりそうなものはギリギリで躱しているものの、飛ばされたり蹴られたりで傷だらけだ。
「どうした? ほら頑張れ、頑張れ」
撫でさするような甘い声なのに、空恐ろしくなるのは何故だろう。そう思った次の瞬間、紙人形を持っていた女の左腕が、男の攻撃によって落とされ、血が吹き出た。
それでも、女は戦うことをやめない。細く長い布で患部を手早く縛り、男に薙刀を向ける。
「そうだ、その目だ」
脂汗が浮かび、痛みで苦しそうな表情でも、絶望していない女。それを見て、男は実に満足そうな笑みを浮かべた。
「どれ程血を流してボロボロになろうとも、瞳に俺だけを映して挑んでくる様は、百年前と変わらず無様で美しい」
***
まぶたを開いたら、頬が濡れていることに気づいた。目に溜まった涙と一緒に拭うと、夢の余韻も少し薄れる。
「……またこの夢かい」
これで10回目だろうか。最近よく見るようになった夢だ。4本腕の男と戦って、殺される夢。何故か私は、夢に出てくる女の人を私だと思って、その光景を見ている。
今回は死ぬところまで見なかったけど、今まで三枚おろしにされるわ開きにされるわ、煮られるわ焼かれるわ色々された。
この前なんて趣向を変えたのか、サイコロ状に切り分けられたし。料理でもしてんのかあの男は。今日の具材を私に決めるんじゃないよ。とんだブラックジョークだわ。
おかげで最近、起きてすぐに体をペタペタまさぐって、皮膚も肉もちゃんとくっついてるか確認するのが癖になってしまった。辛い。
そもそもあの男は人間なのだろうか。まだ鬼や妖怪ですって言われた方が納得できる。
そして夢の中の私は、殺られすぎ。暗器を追加するとか、毒を使うとか、もう少しレベルアップが欲しい。あそこまでされても諦めないって、あの男に親でも殺されたのか。あ、有り得そう。
「なーんて。有りもしない夢の内容なんかについて、うだうだ考えることも無いか」
悪夢は忘れるに限る。そう思いつつ、ベッドから降りて、ぐ〜っと体を伸ばす。
ただ、さすがに鬱陶しくなってきたから、今夜は枕の下に獏の絵を忍ばせようかな。
パジャマからTシャツとハーフパンツに着替えて、ダイニングに行くと、姉さんが朝ごはんをテーブルに並べていた。
「おはよう、姉さん」
「おはよう。今日はよく眠れた?」
「眠れたけど、また嫌な夢見た」
「いただきます」と手を合わせてから、オムレツにケチャップをかけて食べる。甘いケチャップと、半熟とろとろのオムレツの相性は抜群だ。ご飯と食べると更に美味しい。
じゃがいものお味噌汁を飲みながら、夢の内容を姉さんに話す。姉さんも、きゅうりの浅漬けをぽりぽり噛みながら、相槌を打ってくれた。
「それにしても不思議だね。似たような夢を何回も見るなんて。しかも内容が惨い……」
「ここまで来ると、スピリチュアル的なアレの気がしてくる」
「前世とかかな?」
「そうそれ」
「ごちそうさまでした」と手を合わせると、向かいに座っている姉さんが立ち上がり、手を伸ばして私の頭を撫でる。
「大丈夫。ひどいことなんて、何も起きやしないよ。お姉ちゃんが守るからね」
「姉さん、私もう高1だよ。心配しなくても気にしてないって」
2年前に両親が事故で亡くなってから、姉さんは口癖のようにそう言ってくれる。でも私にとって姉さんは、どこかほっとけない所があるから、私も甘えてばかりではいられない。私だって姉さんを守りたいのだ。
歯を磨いて顔を洗って、寝癖をちょちょいと直す。それから制服に着替えて、昨日のうちに準備をしておいたリュックを背負って、私は家を出た。
「行ってきます」の一言を、姉さんと、両親の写真に言うのを忘れずに。
***
午前の授業が終わり、休み時間になると、友達のミフユが私の席にとことこやって来た。
「お昼を食べる前に、ちょいと肩をもんでくれまいか……。なんだか、朝から肩が重いんだ」
「合点承知、お安いご用。さあそこに座り給えよ」
「かたじけないね」
「苦しゅうないよ」
お互いの古めかしい言葉遣いに笑いながら、ミフユの肩を揉む。ぐっぐっ、と適度に力を入れて、肩全体や首の根元を解していく。
自分で言うのもあれだけど、私は肩もみには自信がある。今までおじいちゃんやおばあちゃん、姉さんや小学校の担任の先生等の肩を揉んできた。私がこうすることで肩こりが和らがぬ者はいなかった。
「ほあ……すごい肩軽くなった。もしかしてお祓いとかしてくれた?」
「まさか。私にそんな不思議パワーは無いよ」
「いや絶対あるって。だって中学校の肝試しで、旧校舎に君と行った時、嫌な空気がすぐ霧散したもん」
中学から一緒にいるミフユには、霊感があるらしく、幽霊といった人ならざるものの気配を感じるそうだ。昔はくっきりはっきり姿も見えていたようだけど、今は薄れて見えづらいらしい。
机を合わせてお昼ご飯を食べる。ミフユは紙パックのジュースと、自動パン売機で買ってきたパン。私は姉さんが用意してくれたお茶とお弁当だ。
「ねえねえ、今日一緒に帰らない?」
「良いけど。珍しいね。私、部活入ってないから、いつもなら帰りは別々じゃん」
「実は帰り道の途中に、ひどい悪寒がするゾーンがありまして……。朝はなんともないんだけどね」
「なるほどねぇ。じゃあそっちの部活終わるまで、図書室で待ってるわ」
「うちの部室来てくれてもいいよ? アットホームでいいとこだよ。お菓子もあるし」
「実家かな?」
相変わらず和やかだな、君が入ってる美術部。
結局、放課後は図書室で本を借りてから、美術部の部室にお邪魔した。全員でデッサンをした後は、イラストを描く人、立体作品を作り出す人、話をする人と様々だ。
ミフユは部活仲間と話しながら、好きなアニメの推しを描いている。私はその横で、話を聞いたり本を読んだり、置いてあるお菓子を少し頂いたりした。ビスケット美味しい。
部活が終わる時間になり、「お疲れ様でした」と声をかけて、ミフユと部室を出る。2人並んで、慣れてきた帰り道を歩いていく。
「それで、ひどい悪寒がするゾーンとは?」
「この辺り」
この辺は人通りが少ない。夕方だからか、少し怪しげな景色に見えなくもない。
その道の近くには、背の高い草に囲まれた、古い家がある。廃墟だろうか。普段気にしたことは無いけど。
強い風が吹き、ざわりと草が揺れる。
思わずミフユの手を掴んで引き寄せた。その時、"バツンッ"と近くで何かが破裂したような音がした。
「……何、今の」
「……あ、悪寒が消えた」
「マジか」
怪奇に触れてしまった気分で、呆然と立ち尽くす。あの家に何かあるのか。引き寄せられるように、1歩足を踏み出す。
「行かない方がいいよ」
しかし、進むのはそこで止まった。
振り向くと、全体的に黒っぽくて、めっちゃ背が高い人がいた。
「アギャアーーーーーッ!!」
「うるさっ」
「おっ、独特な声だね」
幽霊と勘違いしたのか、ミフユが涙目で叫んだ。まあ声かけられるタイミングが悪かったよね。私も驚いたけど、正直ミフユの悲鳴の方にびっくりした。ガバッとしがみつかれたし。
おいそこの黒い人。呑気に耳塞いで笑うんじゃないよ。元凶アンタだかんな。
「それにしてもすごいね、君。近づいてきた2級の呪霊を爆発四散させるなんて」
「え、ミフユそんなことしたの?」
「私は何もしてないよ! ジュレイって何!? 木の年齢ですか!?」
「あ。僕が言ってるのは、元気な悲鳴の子じゃなくて、そこのクールな君のことね。あとその樹齢はジュレイ違いかな」
そう言いながら、男の人が近づいてくる。白い髪と高すぎる背が、日本人離れした迫力を出していた。恋愛ドラマで見る、キスする3秒前みたいな距離に来られ、私は後ずさる。
その黒い目隠しで、何をどう見てんだ。怖いわ。あと近い。パーソナルスペースどうなってんの。
「この辺は、呪霊が不自然なほど発生しにくいって言われてたけど、原因は君かな?」
「知りません」
「君の家、神社だったりする?」
「集合住宅ですけど」
「あ、至近距離で見て改めて思ったけど、瞳の色綺麗だね」
「ミフユ、警察呼んで」
「おまわりさーーーーーん!」
「誰が原始的な呼び方をしろと言った」
そんなボケはいらない。
「待って待って。僕は君を勧誘したいだけだよー」
「は?勧誘?」
「そう。君の中には、濃くて強い呪力が流れてる。戦わずに2級の呪霊を祓えるくらいのね。並大抵の呪術師とは桁違いだ。エリートの家門でも、なかなかお目にかかれないくらいだよ」
呪力? 呪術師? 何言ってんだこの人。深夜アニメの見過ぎか?
ミフユが、宗教勧誘に来た人を見るような懐疑的な目で、私の袖をくいくいと引っ張る。うん、私も逃げたい。一刻も早く。
「そうだ、"両面宿儺"って知ってる?」
「リョウメンスクナ……?」
オウムのように言葉を繰り返す。なぜか鳥肌が立ち、胸が妙にざわついた。人名にしては、奇妙な響きの名前だ。
「そう。両面宿儺。1000年以上前に実在した、最凶最悪の呪術師。4本腕と2対の目を持つ、異形の人間だ」
「………………は?」
今、この人は何て言った?
4本腕に2対の目?
そんな妖怪みたいな特徴、まるで……。
「当代の呪術師たちが総力を挙げて挑んだが、ついに彼には勝てなかった。ついた異名は『呪いの王』。そんな彼に、たった1人で挑んだ女性がいた」
何も言えず、男の人の語りを聞く。ミフユも昔話のような内容に引き込まれたのか、私の袖を掴んだまま動かない。
「彼女は呪術師として育てられたわけじゃない。とある神社の巫女として産まれた。彼女には弟や妹がいて、家族をとても愛していたそうだ」
「でも、その幸せは打ち砕かれた」
「彼女を残して、家族は全て殺された。両面宿儺は、人間、特に女子供を鏖殺することを悦楽としていたからね」
「彼女が復讐に走るのは自然な事だ。何も不思議なことじゃない」
「彼女は両面宿儺と戦った。そして骨も残らず殺された」
「ところが、彼に挑む女性がまた現れた」
「たった1人で無謀だと思う? でも、時を隔てて、そういう女性が何度も現れた。そして記録によれば、その女性たちには共通点があった」
「……共通点……?」
やっと口が開いた。すっかり、彼の話に集中していたことに気づく。私の質問に、彼は口角を上げた。
「"緑と青を差したような、澄んだ茶色い瞳"。君の瞳と、ちょうどそっくり同じ色だ」
「君はきっと、その女性の生まれ変わりなんだろうね。怒りや憎しみ、悔しさ、そういう負の感情が強い呪力になって、君の魂に深く染み込んでる」
「"何度でも生まれ変わる。両面宿儺を葬るまで"……。そんな呪いを、彼女は自分にかけたと考えるのが妥当だ」
「それを前世から引き継ぐなかで、呪力をずっとじっくりぐつぐつ煮込んで煮詰めて熟成してる感じ。その力を叩いて伸ばして鍛えれば、特級呪霊祓うのも夢じゃないよ。むしろ即戦力ものだ」
「私の力はバルサミコ酢か何かですか?」
思わずツッコミを入れてしまった。最後の説明のせいで、台無し感が半端ない。おいシリアスどこ行った。早く帰ってこい。休暇は終わりだぞ。
「そういう訳で、都立呪術高等専門学校に来てくれない? 呪術師の世界はいつだって人手不足だから、君みたいな人材大歓迎だよ」
「いや、無理です。せっかく第1志望の高校に受かったし、前世の人と私は関係ないですし。呪霊なんて見たことないし見えないし。何かの間違いですよ」
「1級以上の呪霊なら、努力無しで見えるかもよ。君の中にある呪力は、特級呪霊の両面宿儺を祓うために作られたものだから。2級以下はお呼びじゃないって感じかな?」
「私に聞かれても」
知らんがな。話には聞き入ってしまったし、最近夢見が悪い理由みたいなものは分かったけど、それとこれとは別だ。呪いとか巫女とか戦うとか、ゲームのシナリオじゃあるまいし。
「これ、僕の連絡先ね。話を聞きたくなったら連絡して。じゃ、またねー」
メモをぽんと手渡され、つい受け取ってしまう。ひらひら手を振りながら去っていく後ろ姿を、私はぽかんと見送った。
「……何だったんだ。あの人」
「ね、ねえ、……よその学校行っちゃうの?」
「……さあね。今はまだ何とも言えないな」
寂しそうにしゅんとするミフユに、曖昧な返事をする。とりあえずメモは、ブレザーのポケットに突っ込んでおいた。
***
まだ姉さんは帰ってきてないみたいだ。鍵を開けて、家の中に入る。制服を脱いで私服に着替えてから、私はもらったメモを見た。
電話番号とメール、それと"五条 悟"の文字。多分、あの男の人の名前なんだろう。全体的に怪しい人だったな。
大きくため息をついてベッドに転がる。
「無理。初耳情報多すぎて、頭追いつかない」
そもそも呪霊とは何ぞや。聞かれてないことだけ喋って、何事も無かったように去ってったぞあの人。勧誘するくらいなら、その辺の説明もちゃんとしてくれ。
試しに電話をかけてみる。呼び出し音がしばらく聞こえた後、機械の声がした。
『おかけになった電話番号は――』
「いや連絡先よこしたんなら出ろし」
忙しいのかもしれないけど、2度目のツッコミである。仕方が無いのでメールを書いた。『あの廃墟の近くで待ってます』と最後に添えて。
「ただいまー! コロッケ買ってきたから夕飯にしよー」と、玄関から姉さんの明るい声がした。