委員長とゆかいな不良たち
「……勉強会、ですか?」
「と言っても、居残り組の手助けと監視をしてくれるだけでいいんだ。お前、どこの部活にも入ってなかったよな?」
放課後。私を職員室に呼び出した先生は、拝むように両手を合わせて、そう頼んできた。
同じクラスの鈴木くんと山岸くん。彼らは宿題を出さない常習犯であり、授業態度もあまり良くない。更に、成績もまあお察しの通りという有様らしい。
そこで、放課後は学校に残って宿題をしてもらうついでに、少しでも授業に追いつけるような対応をすると先生は言うのだ。
「先生がやるという発想は無かったんですか?」
「……お前にはまだ分からないかもしれんが、先生ってのは意外とやることが多くてな……。ハハハ……」
先生の目から光が消えた。乾いた笑いをもらす先生なんて初めて見たので、私はぶるりと震えた。
「用事が無いなら、学級委員長のお前に頼みたいんだが、できるか?」
「分かりました。やります」
「本当か! 助かった! それじゃあ空き教室にあいつらを呼んでるから、早速始めてくれ!」
「失礼しました」と言ってから、職員室を後にし、先生が言っていた空き教室に向かう。
それにしても、鈴木くんや山岸くんとまともに関わるのは、これが初めてになるかもしれない。2人を含めて、5人くらいで固まっているのを見たことがあるけど、あのグループは少し苦手だ。
赤や金の派手な髪色に、リーゼントや長髪といった校則違反の髪型。制服も着崩してるし変形させてるし、いかにも不良っぽい。非常ベルは押したらしいし、授業中はよく寝てるのを見かけるし、少し前は青アザや生傷でボロボロの状態で登校していた。
怪我するくらいの危ないことを、よくする人なんて、良い印象はとても持てなかった。
そんな人たちが、大人しく放課後来てくれるのかな……。もしかしたら、空き教室に行っても誰もいないかも。そうしたら早く帰れるな。
そんなことを考えながら、空き教室にたどり着く。中から複数の話し声がかすかに聞こえ、首を傾げながら私は扉を横に開いた。
「あ、やっと来た! おせーじゃん、いいんちょー。遅刻だぞー」
「……山岸くん、私さっきまで先生に呼ばれてたんですけど。それより、山本くんと千堂くんはどうしてここに? 居残り組じゃないよね」
「俺たちは付き添いだよ」
「このバカ2人を委員長1人に任せるわけにはいかねーからな」
「「おい誰がバカだ!!」」
千堂くんの言葉に、鈴木くんと山岸くんが食ってかかる。それを見て、山本くんは穏やかに笑っていた。
「……とりあえず、やろっか。確か山岸くんは数学で、鈴木くんは国語だったよね。分からないことがあったら聞いて」
「いいんちょー。何がわからねーのかもわかんねーときはどうすりゃいいんだ」
「山岸くん、そういう時は教科書出そうね」
「いいんちょー、この漢字なんて読むんだよ」
「これは余分のヨ。こっちは音韻のイン。ふたつ合わせてなんて読む? 鈴木くん」
「ヨブンノヨにオンインノイン……?」
「黒板に書くからちょっと待って」
チョークを持って、黒板にさっき出た3つの熟語を書く。カッカッと軽やかな音が空気をふるわせた。
「はい、鈴木くん。繋げて読んでください」
「……あ! ヨインか!?」
「正解です。あと、"韻"の左側には、委員会のインがあるでしょ? こういうところに注目すると、読み方のヒントが得られることがあります」
「すげー。いいんちょー天才じゃん」
「いいんちょー、数学わかんねー助けてー」
「い、今行くからちょっと待って」
右へ左へ移動しながら、2人に勉強を教えていく。山岸くんは、上半分の赤いフレームのメガネのせいか、パッと見ただけだと少し賢そうに見える。だけど勉強はかなり苦手らしい。
鈴木くんは、黒い髪色だけは真面目そうだけど、オールバックにしてるあたり、やっぱり真面目とは言い難い。
「『あたかも』を使って短文を作るのに、何でこの回答ができちゃったの」
「正解じゃねーのかよ! これけっこー自信あんだぞ!」
「"冷凍庫にアイスがあたかもしれない"じゃ、小さい"つ"が無いから不自然だよ。いきなり片言になってどうするの」
「『まさか〜ろう』のやつは合ってるよな!?」
「俺それ分かった! "まさかりかついだ金太郎"!」
「山岸くん、便乗しない。君がやってるのは数学でしょ。あと鈴木くんと同じ間違いしてるよ」
でも、不良っぽい見た目だけど、2人は思ってた以上に勉強をしてくれる。千堂くんも山本くんも、それとなく助けに入ってくれた。
「いいんちょー、勉強あきたから休憩しようぜー」
「お前ら、委員長のこと困らすなよ。まず宿題終わらせろ」
千堂くんは赤い髪をリーゼントにしていて、この中だと一番不良に見える。だけど、話す言葉は正論だし、この中では一番しっかりしている印象だ。山本くんは薄茶色の髪の毛で、何だかチャラそうに見えたけど、一番温厚そうだ。
同じクラスにいたのに、知らないことだらけだ。もしかしたら、彼らと一緒にいる花垣くんも、ただの不良じゃないのかもしれない。
***
翌日の放課後も、空き教室に集まった。
「あのね。過去形っていうのは過去に何が起きたかを表すのであって、タイムスリップしろって意味じゃないからね」
まず、プリントにある山岸くんの回答を指さしながら、私はそう言った。書かれていたのは、"I live in Edo."という1文だった。
「これだと、"私は江戸に住んでます"って意味になっちゃうよ」
過去形には、動詞の後ろに"ed"か"d"がつくものと、形が変形するものの2つがあることを、黒板を使いながら教える。どういう基準で動詞が変わるのか、何とか理解してもらえたみたいだ。
「っしゃ終わったあ!」
「サンキューいいんちょー! 行ってくる!」
「廊下は走ったらだめだよ」
プリントを先生に出すために、鈴木くんと山岸くんが、バタバタと教室を出ていく。
注意が聞こえてるといいんだけど、と思いながら開けっ放しのドアを眺めていると、千堂くんが声をかけてきた。
「悪いな、委員長」
「え?」
「先生に頼まれたとはいえ、あいつらの相手すんの大変だろ? あいつらバカだしふざけるし」
首筋をかきながら、千堂くんは様子をうかがうように私を見上げた。彼の声にどこか心配そうな響きがあって、私は戸惑う。全然大変じゃないと言えば嘘になるけど……。
「そりゃあ、最初は、学級委員長の仕事だからって思ってたけど……」
掃除中にふざけてる人たちを注意したり、提出物を集めたり。学級委員長の仕事をしていると、先生に感謝されることはあれど、クラスメートと話すことは仕事以外で機会が無い。
真面目すぎて人が寄ってこない、典型的なタイプと言うべきか。私も、読書に集中できるからいいやと放置していたせいで、友達と呼べるような存在がクラスにいない。
「クラスメートとこんなに話すの久しぶりだから、今は少し楽しくなってきた、かな」
話しているうちに、自然と顔がほころぶ。
どう言ったら分かりやすいか、考えながら勉強を教えるのも、珍回答にツッコミを入れるのも、胸の辺りがくすぐったいほど楽しい。
それに、同じクラスにいるのに、知らなかった彼らの一面を知ることができた。
「鈴木くんと山岸くんには言わないでね。調子に乗っちゃいそうだし」
内緒話をするように、人差し指を口に当てて笑ってみせる。すると千堂くんは、意外なものを見たように目を丸くして、それからニッと白い歯を見せた。
「そうだな。秘密にしとこうぜ」
***
同じクラスにいたけど、関わったことは無かった。
ケンカにあけくれる不良と、学級委員長を務める優等生なんて、住む世界が違う典型的なパターンだったから。
スカートは校則通りの長さ。ボブカットの髪は、1度も色を抜いたことが無さそうな黒だ。ツヤがあるキレイな髪質だから、ついすれ違う度に目で追っていた。
よく図書館で借りた本を読んでいて、真面目で、表情が動くところをほとんど見たことがない。仕事をしっかりしてるところは、クラスのほとんどが信頼してるだろうけど、それでも敬遠されてる空気はあった。
怒ると怖そう。頭悪いやつ見下してそう。
話したことがないから、そんなイメージが付きまとうのだと、彼女を見て思った。
マコトや山岸がどんなにバカ丸出しの答えを言っても、彼女は丁寧にツッコミを入れつつ、何度でも根気よく教えていた。見捨てることも、途中で投げ出すこともしなかった。
同じクラスにいたのに、知らなかった。
「委員長って優しいよな。アッくん」
「ホントにな」
タクヤの言う通りだからだろうな。マコトも山岸も、どんどん委員長に対して遠慮が無くなってた。「あ、これくらいなら甘えても大丈夫だな」みたいな感じで、距離を詰めるようなイメージ。
「委員長、教えんの上手だし、先生とか向いてるんじゃね」
勉強会の終わりに俺がそう言うと、委員長は少し考えてから、「先生か……。うん、いいかもね」と呟いていた。
もし将来、委員長が学校の先生になっていたら、いったいどんな感じになっているんだろう。俺らみたいな不良でも、今みたいに、ちゃんと向き合ってくれそうだ。
まだ分からない未来を想像して、俺は口元を緩めた。