乙女心って、昔からあんまり変わってないらしいですよ
大変!漫画の新刊(特典付き)を初日で購入するために、寮を出てしまったイデア先輩が、花嫁のゴーストに見初められちゃった!
ピーチ色のドレスが似合うお姫様よろしく、さらわれてしまったイデア先輩に待ち受けているのは、ゴーストと結婚して文字通りゴートゥーヘブンの未来!もうこれ生け贄じゃねえか笑えねえわ!
彼の命を助けるため……ではなく、ゴシップという名の面倒事を避けるために、基本自己中心的で良心が欠けた、NRCの困ったちゃん(バブちゃんを含む)たちが渋々重い腰を上げる──!
……なーんて、思ってたら、第一陣の高身長組と、第二陣組が帰らぬ人となりました。
ごめん、この言い方だと語弊と悪意がありまくりだね。ただ、皆の集合場所になってる、購買部前に戻ってこなかっただけです。平手打ちで金縛り状態にされちゃったから。
「まあ確かに、男子しかいない全寮制寄宿学校の生徒たちが、告白すっ飛ばしてプロポーズはハードモードにも程があるよね。乙女心を知るためのサンプルがいないもん」
「お前、女子のことサンプルって言うのやめろよ」
エースに「それはねーわ」と言いたげな顔でツッコミを入れられた。だってその通りじゃん。
このままだと、イデア先輩が生け贄に捧げられてしまう。なるべく早くゴーストのお姫様のハートを射止めて、イデア先輩への気持ちを逸らしたいところではある。
「学園長。試したいことがあるので、私が行ってもいいですか?」
「えぇ?でも君は女の子でしょう?花嫁のゴーストが待っているのは王子様ですから、性別から当てはまりませんよ」
「分かってないなぁ。性別が違うなら、性別を変えればいいんですよ」
くるりと回って、男物の制服をアピールする。私はこれでも女の子だし、同性の気持ちは分かるつもりだ。やってみる価値はある。失敗したら……まぁ、その時はその時だ。
「じゃ、ちょっと準備してきまーす!」
止めるつもりだったのか、何やら手を伸ばしている悪友や先輩に手を振って、私は頼れそうなあの人を探しに行った。
***
大食堂のドアが開き、1人の人物が歩いてくる。
背筋をぴんと伸ばし、軽く胸を張るその姿は、小柄だが堂々としている。足をクロスさせた歩き方には品があり、1本の線の上を歩いているようだった。
(フェアリーガラで、散々レオナさんに叩き込まれてた歩き方……。見よう見まねだけど、様にはなってるはず)
着ているのは、プロポーズする者にふさわしい正装服。白いタキシードは、純真無垢を具現化したような美しさがある。
(お金が無いから、ファッションに妥協しないクルーウェル先生に、かけてもらった実践魔法。人は服装で変わるから、これで"王子様"に近づけてるかな)
「あなたは……。また私に求婚しに来た人かしら?」
「はい。こんにちは、お姫様。僕はユウといいます。あなたのお名前を伺っても?」
「……イライザよ。あなたは、さっきまでの失礼で乱暴な人たちとは違うみたいね。分かったわ。試しましょう」
少しの警戒があるものの、チャンスを与えてくれた姫君に、"彼"は……監督生は、ふわりと微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。では、聞いてください。僕の想いを」
すっと一息。自分の中で合図をしてから、監督生は伸びやかな声で歌い出した。
「♪〜」
デデニーの恋には歌が不可欠。でも異世界出身の監督生は、アドリブがとても苦手だった。
そこで今回、監督生が選んだのは、「キュンキュン系」や「青春系」の音楽を生み出すクリエイターユニットが作った曲の1つ。
自分なりの解釈と思いがこもっていれば、きっと伝わる。こちとら歌うためだけに、お金払って個室を借りる国の民やぞ。歌に感情を乗せるのは、ずっとしてきたから得意な方だ。
「♪寂しそうなその"青い"唇に 優しい魔法かけるよ」
"お嬢さん"は"姫様"に。
"お姫様"は"お嫁さん"に。
"ジュリエッタ"は"イライザ"に。
歌詞は不自然にならない程度に変えさせてもらった。特に名前の部分は大事だ。もし花嫁の前で別の女性の名前を出したら、ビンタされて転がされるルート待ったナシ。
結婚式会場となった大食堂は、すっかり監督生が作り出した空気に飲まれていた。
イライザはロマンチックで情熱的な歌詞に頬を染め、歌に聞き惚れている。動けなくなっているイデアは、いかにも陽キャが好きそうな曲なのに、既視感がある自分に困惑していた。
ここにディアソムニア寮のシルバーがいたら、本家のデュエットが聞けただろう。閑話休題。
時折イライザの方へ手を伸ばし、真摯な眼差しで歌いきる監督生。ときめく胸を押さえるイライザを、監督生は甘く優しい目で見つめた。
「僕の想いは、届いたでしょうか?」
十分届いてると思うぞ。
女の子を前にして、何を言っていいか分からずに固まってしまったデュースでも、そう思った。
「可愛らしい人ですね。頬が赤くなっていて、ミルクに浮かべたバラの花びらみたいです」
何でそんな言葉がさらっと出てくんだ。
お前、普段はそんなキャラじゃねえだろうが。
早々にビンタをくらったレオナは、自分より王子様みたいな行動を取る監督生に、ちょっと不満の目を向けた。
「綺麗な瞳だ。ネモフィラの花でも、輝くタンザナイトでも、あなたの瞳より青いものは無いでしょう」
付け焼き刃のウォーキングには改善の余地があるけど……。あの眼差しと言葉、演技にしては感情がしっかり乗ってるわね。
ヴィルさん。あいつは嘘つかないというか、思ってもないことは言わない奴なんで、全部本音だと思います。
昔なじみのヴィルとジャックは、邪魔にならないように小声で会話をした。
ジャックの言う通り、監督生は見て感じたことをそのまま述べているだけなのである。素直さは美徳だが、無自覚天然褒め上手は心臓に悪い。
ちなみに監督生は読書好きのため、『幸福の王子』等で知られるオスカー・ワイルドを筆頭に、語彙力と比喩表現を蓄えてきている。さっきの例え方は、『サロメ』に出てきたものの応用だ。
「あなたの可憐な手に、口付けをすることが許される存在になりたい」
片膝をつき、そっと下からすくうように、監督生はイライザの手を握る。必然的に上目遣いになるが、監督生は計算してやっているわけではない。王子様といえばこのポーズだろうと思った結果である。
甘えるような、それでいて凛とした意志がある目……!あれで計算していないなんて有り得ない!
残念ながら、全部素だと思いますよ。監督生さんはアズールと違って、素直な心で人を褒めるタイプですから。
小エビちゃんすげー。アズールじゃないけど、オレ今なら、口から砂とか砂糖吐けそう。
おやおや。アズールが吐くのは墨ですよ。
オクタヴィネル三人衆もヒソヒソ話す。自信があったからこそ悔しいアズールは歯噛みし、物騒な方のリーチは笑顔で幼なじみを貶し、論外な方のリーチは陸に上がって知った言葉をさっそく使っていた。
一方イライザは、目の前にいる乙女心をくすぐる彼と、理想の王子様として一目惚れしたイデアの間で、目をぐるぐるさせながら葛藤している。
うーん、もうひと押しかなー。
そう思った監督生は、軽く首を傾けて言った。
「他の誰かじゃなくて、僕があなたを大切にします。だから、僕じゃダメですか?」
その一言で、ハッとしたような顔になった1人のゴーストがいた。
見た目の割に声が爽やかイケボな、イライザにとって"最高の友達"のチャビーだった。
(そうか、オレも……)
その時だった。
「……そういえば、監督生氏って女の子だけど、いいの……?」
イデアが、ふと疑問に思ったことを、ぽろっと口にしてしまった。
時が止まったかのように、しんと静まりかえる大食堂。固まるイライザとゴーストたち。元から動けない男子陣。すんっと真顔になる監督生。やっちまったと言わんばかりに、髪色にも負けないくらい青ざめるイデア。
「「「なんて余計なことを!!」」」
直後、撃沈した理想の王子様候補者たちが、見事に息ぴったりなハーモニーを奏でる。口は災いの元というが、まさにその通り。
「お、女の子……?」
「うーん、女の子はダメですかね?」
「だっ、ダメよ!女の子はみんなお姫様なの!お姫様は王子様と結ばれなくちゃ!」
「ご存じですか?世の中には、お姫様の隣にお姫様がいることもあるんですよ」
さっきまで確かにあった、少女漫画のような甘酸っぱい空気は霧散した。代わりに何やら、白百合の花がつぼみを開きそうな、そわそわするような雰囲気が漂い始めている。
ついでに言うと、この監督生、ノリノリである。
久々に会えた女の子だからね。もっとお話したいと思うのも仕方ないね。
「わ、私の王子様にはできないけど……!私、あなたみたいに素敵な言葉をくれる、女の子のお友達も欲しいわ。だから、私と一緒に死者の国へ行きましょう?」
「おっとそうきたか」
恋愛とはまた違う好意を持たれてしまった、監督生の運命やいかに!
***
「その結婚待ったーー!てか何で監督生も捕まってるんだよ!?」
「お、真打ち登場エース・婿ッポラ!遅れて登場するのがヒーロー!アトランティカ記念博物館で見せた達者な口を見せてくれ!」
「野次を飛ばすな!あと誰が婿ッポラだ!」
「監督生氏……。囚われの身で、なんで観客状態になれるの……」
「囚われの身だからですかね」
この後、無事に救出された。
おまけ。
「まぁ、私は死者の国に行ってもよかったんですけどね。死んだら元の世界に帰れるかもしれないし。帰れなくても、女の子の友達って久しぶりだし。もう面倒事に巻き込まれなくて済むだろうし」
「ちょっと学園長ーーー!学園長が帰り方探してくれないせいで、監督生がヤケになってるんですけどーーーー!」
「いやいやエース。ヤケじゃないよ。冷静に真面目に先を見すえて考えた結果だから安心してね」
「お前、それ聞かされて何でオレが安心できると思ったわけ??」