障子くんとフクロウ少女
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小さくノックをしてからドアを開ける。
障子の目に入ったのは3日前と同じ、ベッドに寝かされている憩だった。
個室の部屋には、ベッドの他に丸椅子が数脚と小さなテレビが1つ。簡単な作りの棚には、小さなぬいぐるみやヒマワリのフラワーアレンジメント等の見舞い品が置かれていた。
「……羽鳥」
思わず彼女の苗字をつぶやく。人工呼吸器は外されていたが、点滴をつけられたその腕は、やけに細く頼りなげに見えた。
元々彼女が小柄なせいだろうか。
そう思いながら丸椅子に座り、目を閉じている羽鳥の頬にそっとふれる。手に伝わる温かさと、ちゃんと上下している胸に安堵した。
「……皆、心配してるぞ」
敵に襲撃されたあの夜。羽鳥も毒ガスの被害に合って意識を失った。
「……ご家族の方にも会った。こんな形で会うとは思ってなかったが……」
───もしかして、"ショウジ"くん?
初めて見舞いに行ったときに会った、彼女の兄を思い出す。
───いつも妹から話を聞いてるよ。優しい男子がクラスにいるって。君はどこも怪我してない? ……そっか。良かった。
───……憩のことだから、お土産話をたくさん持って笑顔で帰ってくると思ってたんだ。まさかあんなことになるなんて……。
ヒロタカと名乗った彼は、羽鳥に似た幼げな顔立ちと小柄な体つきで。でも年上らしい、理知的な瞳と穏やかな物腰をしていた。
───……憩の夢は応援したい。けど正直、……家族がいなくなったらって思うと、怖い。
寝ている羽鳥の頭を優しく撫でながら、憂いを帯びた表情でつぶやいた彼の言葉。それが今も脳内に焼き付いている。
まだ目を覚まさない彼女の寝顔は穏やかで、小さく規則正しい寝息が聞こえた。
部屋の中は相変わらず静かだ。……羽鳥が起きていれば、きっと賑やかなんだろう。
幸せそうにものを食べる顔。
からかわれて拗ねた顔。
半分泣きそうな顔。
照れて赤くなった顔。
実習のときの凛とした顔。
楽しそうに笑った顔。
───障子!
羽鳥の色んな表情が、名前を呼ぶ声が、次々浮かんでくる。いつも傍にいた存在がいなくなるかもしれないなんて、考えたくなかった。
「……っ」
管に繋がれていない方の腕をとる。
子どものように小さな手は、俺の両手にすっぽり包まれてしまった。
───私、朝はちょっと苦手だったんだけどね。障子のモーニングコールならすっきり起きられたんだ!
───……あのさ、良かったらまた、起こしてくれる? た、たまにでいいから!
どうして今、いつかの日の言葉を思い出したのか分からない。俺は、あの他愛のない会話にすがりたかったのかもしれない。
羽鳥の手を包んだまま、目を閉じる。祈るような思いで、俺はささやいた。
「……起きてくれ、羽鳥。……頼む」
***
……誰かが呼んでいる気がした。
何だか泣きそうな、切実な声で。
右手がほんのり温かい。ゆっくり目を開けると、白い天井が視界に映る。視線を動かすと、私の右手を握ってうつむく障子がいた。
「……しょーじ……?」
夢かと思った。寝起きのふにゃふにゃした声でそう問いかけると、障子がハッとしたように目を見開いた。
「……羽鳥?」
「おはよー……」
呆然としているような障子に、ベッドに寝たままへにゃっと笑う。
自分の左腕からはチューブが伸びてて、点滴の袋からぽつぽつ雫が落ちていた。それを見てやっと、ここが病院ということに気づく。
上半身を起こそうとすると、障子が心配しつつ背中に手を添えて手伝ってくれた。
「んー……。私、どれくらい寝てた?」
「毒ガスが抜けるまで。3日くらいだな」
「うぇ、そんなにか」
こしこしと目元をこする。ずっと寝てたからか、入ってくる日差しが少し眩しい気がした。
「……あ! 障子、ケガはない? 皆は無事?」
「もう治った。他の皆も大事には至らなかった」
「そっか……。良かった……」
ガスにやられなかったら、皆のケガを治せたのに……。そんな後悔を、何とか心の隅に押しやる。
「何か久しぶりに障子と話した気がするなぁ。ずっと寝てたからかな?」
あくびを1つしてから、ちょっとおどけてみせる。そのとき、ぽすんと私の顔が、障子の胸に当たった。
微かに汗ばんだ匂いや、背中に回された大きな手。がっしりした固い腕に抱きしめられてるんだと、遅れて気づく。
「へ、あ、えと……しょーじ?」
顔から湯気が出そうな気持ちで、もそもそ体を動かす。前に少女漫画で読んだシーンみたいで、体までぽかぽかしてきた。
うわあああ、"ぎゅっ"てされてる!
これ、この体勢って何か。まるで……。
(か、……カレカノ、みたい)
オーバーヒート寸前の脳内が、おバカな発想を作っていく。そんなとき、押し殺したような声で障子がささやいた。
「…………良かった。目覚めてくれて」
その言葉にハッとした。
自分が毒ガスで倒れたこと。
3日くらい眠っていたこと。
どれくらい心配かけちゃったんだろう……。
「……障子のおかげだよ。私を起こしてくれて、ありがとう」
ちゃんとここにいるよ。
ちゃんと傍で生きてるよ。
そう伝えたくて、私は手をうんと伸ばして障子の背中を撫でた。
抱きしめてくる腕の力が、少し強くなった気がした。