夏椿の物語
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今夜の椿はまだ帰らない。
いつもは少し話をしたり、椿にせがまれて作ったおいなりさんを2人で食べたりする。
「椿、帰らなくていいの?」
「なにそれー。沙羅は帰ってほしいの?」
「ううん。でも椿には帰る場所があるんでしょ?」
そう聞くと、狐姿で座布団の上にいた椿は、不服そうな顔をして人間姿に戻る。そして、すねたように言った。
「そうだけどさ、朝に沙羅の作った味噌汁が飲みたくて」
「お味噌汁?」
「そう。だから今夜は帰らない。帰るのは沙羅の味噌汁飲んでから」
「そんなに飲みたいの?」
「沙羅が作ったのが飲みたい気分」
「という訳で今日は泊まり~」と、また狐姿に変化して布団に丸くなる椿。
(……明日のお味噌汁、油揚げ入れようかな)
思い立ったが吉日。明日の朝ご飯の準備をしてから、私は布団に入った。丸くなってる椿の背中や尻尾に、少しふれてみる。
(ふわふわ……)
胸のあたりがほわりとするのを感じながら、あたたかな布団に包まれて目を閉じた。
***
早起きの小鳥の声が聞こえた。私はいつも、目覚ましより早く目が覚める。起きあがろうとするも、いつもと違った。
「ん~……、すぅー……すー……」
私と違う人の寝息。私は人間姿の椿に抱き込まれていた。
(……いつの間に戻ったのかな)
両腕でしっかり抱きしめられ、足もこちらにやや絡まっている状態で、何とも抜け出しづらい。
身をよじればなぜか椿の腕に力がこもり、さらに体が密着するという悪循環だった。
(時間、まだ早くてよかった……)
時計を見てホッとしながら、椿を見つめてみる。
サングラスを外した椿は普段より少し幼げに見えた。細く垂れた長めの黒髪はさらさら、色白の肌はすべすべだ。小さな顔のラインにそっとふれる。
(……きれい)
寝ているときはいつもよりも穏やかで、リラックスしているようだった。
(……いつも、こんなふうにゆったりできたらいいのにな……)
さやさやと椿の髪をなでていたとき。ぎゅうっと両腕に包み込まれ、おでこにちゅ、と柔らかいものが当てられる感触がした。
「っ?!」
思わずぎゅっと目をつむると、頭の上でくすくす笑う声が聞こえた。
「ふふ、あははは。朝の沙羅って意外と大胆だね」
「……お、起きてたの? いつから?」
「沙羅が僕から逃げようとしたときからだよ~」
けっこう最初からだ。
「……じゃあ、お味噌汁作りたいし、着替えたいから離して」
もそもそ動きながら言うと、椿は名残惜しそうな表情をしつつも解放してくれた。
「離したから、美味しいの作ってね」
「……なにそれー」
思わず顔がほころぶ。椿と会ってから、表情がゆるみやすくなった気がする。
「……あ、見ないでね」
「……はーい」
パジャマのボタンを2つくらい外してから椿に念を押すと、布団の中で椿はくるりと後ろを向いた。
「それ今言うのー……」とぼやく声が聞こえた気がするけど、とりあえず木綿のチュニックとハーフパンツに着替えてエプロンをつける。
「二度寝しちゃだめだよ」
布団の中の椿に声をかけてから、私は1階に降りた。
***
今日はお休みだけど、朝ご飯はいつもの時間にとるようにしている。
「いただきます」
椿と2人で、カーテンを閉めた茶の間のちゃぶ台で手を合わせる。
誰かと朝ご飯なんて、すごく久しぶりな気がする。少しくすぐったい気持ちだ。
今日はご飯と焼き鮭。お味噌汁の具は、大根と油揚げにした。
「やっぱり朝は味噌汁だよね~」
すごくごきげんそうにそう言った椿は、お味噌汁を口にした途端固まった。
「……」
「……椿……?」
何か失敗してたかな……。味見した時は大丈夫だったけど……。
「……すごく美味しい」
「……あ、良かった……」
椿の感想にほうっと息をついて、私は鮭の身を箸でほぐした。上手く焼けてる。
「……何か、毎朝沙羅に味噌汁作ってもらいたいなぁ」
そうぽつんと、椿が感慨深そうにこぼした。
「椿がいいなら、いつでも作るよ」
そう答えたとき、椿がお皿の上に鮭の切り身を落っことした。ぽかんとした彼の表情に首をかしげると、椿が「いいの?」と聞いてきた。
「いいよ」
「やった! じゃあまた今度、味噌汁飲みに泊まるね」
椿が嬉しそうに無邪気に笑うから、私も心がほっこりして笑い返していた。
***
最近、椿さんが朝帰りをする。
「ただいま~」
「椿さん、どこ行ってたんですか」
「内緒! あ、桜哉心配してくれたとか?」
「してないです」
「えぇー残念」
そう言って ひらひら手を振りながら廊下を歩く椿さんは、シャムロックの質問攻めをかわしていた。
どこに行こうと椿さんの勝手だが、こうも頻繁だと気になる。昨日はオトギリに「……朝帰りは、困ります……」と言われていた。
朝帰りの理由をオレたちが知るのは、また別の話。