夏椿の物語
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
パチッと目を開けた。
少しうたた寝してたらしい。
「ん……」
椿はまだ来ていない。伸びをしながらぼうっとしていると、部屋の静けさが伝わってくる。
少し目を閉じて、その静けさに浸る。そのとき、耳がかすかな音を捉えた。誰かが歩いているような。
「……?」
そうっと立ち上がり、音を立てないように1階に降りていく。
明かりをつけていない家の中は、暗いところから何か出てきそうな雰囲気だ。
護身用に玄関の傘立てから木刀を引き抜き、音のする方向へ向かう。どうやらおばあちゃんの部屋からしてるみたいだ。
障子の隙間からこっそりのぞくと、体の大きさから男性らしい。
懐中電灯に照らされているその手元に視線を移し、私は凍りついたように固まった。
貝細工の施された黒い箱。
『おばあちゃんの宝物なんだよ』
柔らかく微笑んで、箱を撫でながら語るおばあちゃん。
だめ。だめ。それは、その中のものは────!
一気に障子を押し開く。
振り向いたその人めがけ木刀を振り下ろした。
箱が畳に落ちる。すぐさまそれを守るように、しっかりと抱きかかえた。
逃げなきゃ。
部屋を飛び出し玄関に突進した。そのとき後ろからきた衝撃で、床に転んだ。
箱をかばってうずくまる。
じんじんと走る痛みにうめく。
その時だ。
背中に鋭い痛みが、ぐさりときた。
***
闇夜に揺れる白い羽織。からんからんと響く下駄の音。
どことなく嬉しそうに、口元を隠して椿は笑った。
「今日は沙羅と何して遊ぼうかなぁ」
2階にある沙羅の部屋に、窓から入る。不思議なことに今日は、そこに沙羅の姿は無かった。
いつもは部屋でゆったりしてるのに……。
明日の朝ご飯の準備をしてるとか? 後ろから行ったら驚くかなー。
足音をたてないように下に降りていく。そのとき、人の気配がした。
廊下に出ると、沙羅と知らない人間がいた。沙羅は床にうずくまっている。
人間は刃物を、赤にまみれた沙羅の背中に振り下ろしていた。
「────何してるの?」
空気を凍らせることができそうなほど、冷徹な声が響く。ほとんど無意識で、僕は日本刀を握りしめていた。
***
「……っ沙羅、沙羅!」
終わらせた後、うずくまったままの沙羅を仰向けに抱き起こす。
背中は刺傷だらけで、部屋着の白パーカーが無惨な赤黒に汚れていた。
息が弱い。
その姿に、夢で見た記憶を思い出した。血溜まりの中、横たわるあの子。
早く僕の血を……!
そのとき沙羅が薄く目を開けた。
ぼんやり見えた目に胸がひどく痛む。
彼女の虚ろな目は、生きることを望んでいないように見えたから。
グ……ッと唇を噛み締める。牙が刺さり、血が垂れる。
「……ごめん」
────僕のために、生きて。
すがるような気持ちで、沙羅の唇に自分の唇を重ねた。
こぼれた雫が、沙羅の中にぽたりと落ちた。
背中の傷が消えたのを確認した後、沙羅を横抱きにして2階に上がる。さすがに血だらけの服のままはまずいから、着替えさせないと。
とりあえずハンガーにかけてあった黒いセーラー服を取ってきたとき、初めて沙羅が黒い箱を抱えているのに気がついた。
つやつやしたその箱は、貝細工がきらきらと反射している。そっと沙羅の腕から抜き取り、蓋を開けてみる。
中身を見てハッとした。
そこには、夏椿の髪飾りがあった。
セーラー服を着せた沙羅を横抱きにし、僕はひらりと窓から降りた。
「────帰ろうか。沙羅」
まだ眠ったままの沙羅の髪に、夏椿が仄かに光っているようだった。
***
────翌日。
1軒の民家から男の死体が発見されたという記事が、新聞に載っていた。
その男は借金を抱えていたらしく、金に変えるためだろうか。
近くにあったバッグには、家主だった葉室 椛(はむろ もみじ)さんの物と思われる、かんざしや髪飾りが入っていたという。
男が血に濡れたナイフを持っていたこと。
その家に暮らしていた少女がいないこと。
2階に血に汚れた女性もののパーカーが見つかったことから、第三者が男を殺害し、重症を負った少女をどこかへ運んだのか────。と言われている。
だが一体誰が? 何のために?
そして男は、現在行方不明の少女の父親だったと明らかになっていた。
「沙羅の様子どう?」
「……まだ、起きません」
沙羅の様子見を頼んでいたオトギリに聞くと、その返答が返ってきた。
ちなみに今朝帰ってきたとき。
「……つばきゅん……」
「……いつも朝帰りしてたのは、」
「……困ります」
「……若、挙式の手配は必要でしょうか?」
「椿に春が来たんだねぇ〜。おじさん嬉しいよ」
「ちょっと待って。皆何考えてるの」
沙羅をお姫様抱っこしてたからか、変な誤解を受けかけた。
オトギリと交代してもらい、ベッドの側の椅子に座って沙羅を見つめた。
穏やかで幼げな寝顔が、夏椿に重なる。あの子は白髪で、沙羅は黒髪なのに……。
もしかして生まれ変わりとか、なんて考えてみる。そっと艶やかな髪を撫で、沙羅の頬にふれた。
「……もう、大丈夫だよ。沙羅」
彼女を、沙羅自身を守りたい気持ちがあふれて、僕は穏やかに眠る沙羅の傍にずっと座っていた。