夏椿の物語
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今よりもずっとずっと、気が遠くなるほど遥か昔。まだ先生が生きていた頃の話。
「ねぇ先生、この子って?」
ある日先生が、小さな生き物を造った。ぬいぐるみみたいなその子を抱き上げてみる。
犬みたいだけど少し違う。目にある凛とした、憂いにも見える光が印象的だった。
光の加減で白銀にも見える、真っ白な毛並み。瞳は花の芯みたいな黄色。
僕の傍にいる存在だと、先生は言った。
────お前が"憂鬱"にならないように、な。
「僕は"憂鬱"の真祖なのに?」
思わず笑いがこぼれる。
────名前はお前が決めてやりなさい。
「はーい」
僕の新しい"家族"で、"友達"みたいな存在になるのかな。僕と似た名前にしたいな。
……そうだ。
「夏椿」
僕の名前と同じ、ツバキ科の植物。白と黄色で、色も似てるし。そう呼ぶと、"夏椿"は目を丸くした。
「君の名前だよ」
「────夏椿?」
あどけなさの残る少女の声が繰り返す。この子、話せるんだ。
「狐化した僕と同じ感じ?」
先生に聞いたら、同じだと返された。僕と同じ、先生に生み出された君。そういえば狐だって犬科だ。
そう思ったとき、夏椿が言った。
「アカネ」
「? 違うよ、僕は椿」
「つばき?」
────その子は、名前をつけるのが好きみたいなんだ。自分が知らないうちは、自分で考えた名前をつけるみたいでな。
「へ~……」
先生の言葉を聞きながら、高く抱き上げた夏椿と目を合わせた。
それから、先生と夏椿と一緒の生活が始まった。
夏椿は少女の姿にもなれた。肩までの白髪の、華奢な少女。
ツバキの花を、僕は彼女の髪に飾った。白に、赤い花が鮮やかに映える。
「椿、ありがとう」
嬉しそうにはずむ声が僕の名前を呼び、感謝の言葉を紡ぐ。
「椿も!」
小さな手が僕の髪に、夏ツバキを飾った。真っ白な彼女そっくりの花。
「おそろいだ」
2人、笑う。無邪気に笑う。
***
C3に捕らえられたあの日。
僕を連れていこうとする人達に向かって行って、傷つけられた夏椿。
血溜まりの中に転がる小さな身体。雪みたいに綺麗な毛並みは、赤黒く汚れていた。
『────!!!』
伸ばした手は、届かない。
「……何で、忘れてたのかな」
ホテルの1室の、ソファーの上。
1人、寝転がったままつぶやいた。
***
昔の日本風の家が並んでいる。おばあちゃんと見た時代劇の中みたい。
その中の1つの家。咲き誇る赤と白の椿の花。そのそばに私はいた。
「ここは……?」
『見つけた』
よく知った声が聞こえた。思わず耳を疑った。
だってその声は、間違えようが無い。私自身の声だった。
「え……」
振り向くとそこに、同じ年くらいの女の子がいた。
雪みたいな白い髪。星みたいな黄色の瞳。
それ以外は顔立ちも、体つきも、すべてが私と瓜二つで。まるで鏡を見ているみたい。
白い着物に萌葱色の帯の女の子と、黒いセーラー服の私が向かい合わせになる。
「……誰……?」
『私は夏椿。私は沙羅』
「……沙羅は、私の名前……」
『あなたは沙羅。あなたは夏椿』
微笑みながらその子は繰り返す。はだしの足が一足ずつ、私に近づく。
『"椿の傍にいる"。先生と決めた唯一の決め事。大切な約束』
「……椿? ……せんせい?」
柔らかな声が紡ぐ言葉に困惑していると、その子の白い着物が所々、赤く汚れているのに気がついた。
『椿の剣に、椿の盾に。椿の力になるように』
微笑む彼女……夏椿が私に手を伸ばす。おずおずと私も手を伸ばす。
ふわりと手のひらを合わせたとき、彼女の手がほろりと崩れた。
指先からほぐれるように、彼女が真っ白な花びらに変わっていく。
サァ……ッと風が吹く。
気づけば辺り一面、はらはらと雪のような、夏ツバキの花弁が舞い踊っていた。