2人の天使
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
約束の貸しスタジオ。
ドアは開かれていて、足を踏み入れた私は自然とピアノに引き寄せられていた。
蓋を持ち上げて人さし指で真ん中の鍵盤を押すと、ポーンと柔らかな音を立てる。
ポン、ポロン。ポロロンッ。
何も考えずに、あちこち押して音を楽しむ。
昔よく歌った、『きらきら星』の音階をたどった。自分が弾ける曲はこれくらい。
吐息を口ずさみながら、歌声の代わりに拙く指を動かしていたときだった。
「なんでお前、歌えなくなったんだ?」
突然隣から聞こえた声に肩をはね上げる。
「り、リヒト、いつの間に……?」
「何でだ? ……昔のお前は、楽しそうに歌ってた」
「……え……」
昔の私を知ってるの……?
歌えてた頃を思い出して、切なさがこみ上げる。
「……聞かせたい人が、もういないから……かな」
真っ直ぐな瞳につい自嘲的な笑みを浮かべたとき、彼がつぐんでいた口を開いた。
「9年前のあの日も、昨日も、俺のピアノでお前が歌うのが楽しかった。……俺は、お前と初めて会ったときから、ずっとお前と音を奏でたいと思ってる。……お前は違うのか?」
9年前────。
その言葉に、天使が弾いていると思っていた、ピアノの音色が蘇る。一緒に音楽をやれたら、きっと楽しいと確信していたあの音が。
あぁ、やっぱり、あの弾き手は……。
喉がつまり、必死で首を横に振る。
────あの子と一緒に、音楽を奏でられたら。
「……リヒトと、音楽を奏でたい」
小さい頃に夢見た思いが、口から歌のようにあふれた。
***
「本当に大丈夫かい?」
「うん。私、やり直すことにしたの。新しい夢、見つけたから」
荷物が詰まったキャリーバッグを持ち、父さんに笑顔を向ける。もうすぐクランツさんたちが来る時間だ。
私はリヒトたちと、世界を周ることを決めたのだ。新しい目標……リヒトと音楽を奏でるために。
話を承諾してくれたクランツさんの紹介で、私のマネージメントをしてくれる人も見つかったらしい。
「そうか……」
父さんが安心したような、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「母さんのことがあってから、リカルダは歌を続けないほうが良いかもしれないと思っていたんだ。……でも、やっぱりリカルダ自身は、歌が大好きなんだな」
さすが家族だ。私のことを、よく分かってくれている。
近づいてくる車のエンジン音が、タイムリミットを知らせる。
一瞬熱くなった目をつむり、私はからりと笑ってみせた。
「いってきます、父さん」
「いってらっしゃい、リカルダ」
新たな創造のために、私は歩き出す。