むすんで握って心を込めて
「こんにちはー」
「おっ、来た来た! おーい監督生ー!」
バスケ部が活動している体育館に、カゴを抱えてお邪魔すると、運動着姿のエースが手を振りながら駆け寄ってきた。
事の発端は彼の一言。どこから聞きつけたのか、第1回ナイトレイヴンカレッジおにぎりパーティーinスカラビア寮の話の真偽を確かめられ、事細かく丁寧な説明をしたところ。
「オレもそのオニギリ? ってやつ食いたい!」
この世界に来て初めて出来た友達に、期待を込めた眼差しでそう言われたら、断ることなど到底不可能である。
そこで、いくらお腹が空いても困らないように部活動中の差し入れとして、ありったけの米をかき集めて作り過ぎかと思うくらい作ってきたのだ。
正直猫の手も借りたいと思ったが、グリムの肉球ではおにぎりは握れず、衛生面も気になったので、グリムには台所から退場してもらった。
「はい、差し入れのおにぎり。いっぱい作ってきたから、バスケ部の皆でどうぞ」
「うわっ!? すげー! めちゃくちゃ入ってんじゃん! これ全部自分で作ったのか!? 魔法無しで!?」
カゴの中を覗いたエースのテンションは、まさにうなぎ登りだ。そこまで元気になってもらえると、作り手冥利に尽きるな。
「あ、入ってる具の説明したいんだけど、お邪魔しても大丈夫?」
「いいぜ! そろそろ休憩時間だからな」
エースの後ろについていくと、輪になって座ってる人たちの中にジャミル先輩がいた。バスケ部に所属してたのか。もしかして、エースに情報提供したのは彼かな。
皆さんの真ん中にカゴを置いて、蓋を開ける。どっさり入った白黒の三角形を見て、「おぉお」と歓声が上がった。
「それでは、中に入ってる具について、簡単に説明しますね。種類は全部で5つ。1つめは、おかかと言われる、魚を加熱してから乾燥させたものを細かく削って調味料を混ぜたもの。2つめは缶詰のツナとマヨネーズを混ぜたもの。3つめは鮭という魚の身をほぐしたもの。そして4つめは唐揚げを丸ごと1個入れたものになります」
運動部所属の現役高校生にとって、やはり肉は偉大なのだろう。唐揚げおにぎりの説明をした時が、1番場が沸き立った。
最後に説明するのは、この世界だと食べ慣れない人が多いであろう故に、特に食べた時の反応が気になる食材だ。
「ちなみに5つめは、疲れた体に効くとされてる代わりに、けっこう酸っぱい味がするものが入ってます。これは慣れてない人にはキツいと思ったので、1個だけにしました」
「ロシアンルーレットかよ!?」
「エースくんご名答。ちなみに自分がいた世界では定番の食材なんですけど、それでも苦手な人はいますね。さあどうぞお召し上がりください」
危ないものじゃないよと言いたくて、にっこり笑顔で食事を勧める。さーて、罰ゲームを受けた芸人並みの反応になるか、普通に食べちゃうか、どっちかなー。
「この前も食べたが、なかなか美味いな」
先陣を切って手を伸ばしたのは、一緒におにぎりを握った仲のジャミル先輩だった。
それに釣られるように、周りの人たちもおにぎりを手に取っていく。中には目を丸くしておにぎりを眺め回す人もいたが、最後は皆、幸せそうな顔で頬張っていた。
お口に合ったみたいで良かった。
おにぎりが順調、いやそれよりも早いペースで減っていくのを、ほっこりした気持ちで見守っていたその時。
「ごふっ!?」
隣であぐらをかいて、何個めかのおにぎりにかぶりついたエースが変な声を出した。
おっと、この反応はもしや。
「〜〜〜っ!?!?」
「大丈夫? スポドリ飲む?」
口を押さえて悶えるエース。近くにあった彼のボトルを差し出すと、エースは奪い取るように受け取って、ごくごくとそれを喉に流し込む。よほどキツかったのか、目には涙が浮かんでいた。
「酸っっっぱ! 何これ酸っっぱ!」
「初めての梅干しはどうですかエースくんや」
「これ人の食べ物じゃなくね!?」
「失礼な。木の実を塩漬けしてから日干しした、伝統的な健康食品ですけど」
梅自体そんなに出回らないのか、サムさんの店でも少ししか売ってなかったんだよね。あんパンを作る小豆があるんだから、もうちょっと日本系の食材が増えてもいいと思う。
「この酸っぱさが疲れた体に良いらしいんだけど、どう?」
「……酸っぱさに意識持ってかれた気分。ヨダレ出そう」
「抑えて抑えて」
口直しのためか、エースがまたおにぎりに手を伸ばす。今度は唐揚げが当たったようで、しかめっ面が緩んで綻んだ。
これをきっかけに、ナイトレイヴンカレッジで一時期おにぎりがブームになったらしい。