2人の天使
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かわいいコーラスの賛美歌の後、小さい私がソロを歌っている。オルガンの音色が、歌う音を支えてくれる。教えてくれる。
『素晴らしい歌声だ』
『まるで天使だ』
たくさんの人が褒めてくれた。でも、一番うれしかったのは。
『おめでとう、リカルダ!』
母さんが喜んでくれて、褒めてくれることだった。
音楽関係の仕事でいつも忙しい母さんとは、父さんよりも一緒にいる時間が少なかった。
いつか母さんに聞いてもらいたい。その一心で、誰よりも頑張った。譜読みや発声練習、他にもたくさんの練習を毎日、毎日。
数々のコンクールで優勝し、金色に輝くトロフィーたちは努力の結晶に見えて。父さんも、そして母さんも褒めてくれて。頭をなでてくれるのが嬉しくて。
────でも、母さんが私の歌を聞きに来てくれることは、無かった……。
『母さんはいつもお仕事ばっかり! 1回でいいから聞きに来てよ!!』
"ごめんね。次は行くから"
12歳のとき。いつも聞いたその一言が悲しくて辛くて、ある日私は母さんにその言葉をぶつけてしまった。
また金色のトロフィーが私の腕におさまる頃には、私の子供じみた意地はおさまっていた。
母さんに、謝らなきゃ。
母さんは来られなくても、いつも褒めて、努力を見てくれたから。
『───リカルダ、母さんが……』
そう思ったのに、父さんが暗い顔で、歯切れの悪い声で紡ぐ。
───今日は聴きに行くつもりだったんだ。
───今まで仕事を頑張って、会場に急ぐ途中で、事故に遭って……。
真っ白な花に包まれて、目を開けない母さん。黒い服を着た人たち。閉ざされる棺。
"次は行くから"
その日分かったのは、その"次"はもう一生来ないこと。
"母さん、ごめんなさい"
そして一生、この言葉を渡す人がいなくなってしまったこと。
私はしばらく歌うことを忘れていた。
鼻歌を歌うことも思いつかなかった。
ある日父さんが、気晴らしに歌に誘ってくれた。父さんのチェロに奏でられる曲は、コンクール等で馴染んだ歌。
なつかしいな。
ぽつんと思いながら息を吸った。
『────』
声が、出なかった。
『リカルダ? どうした?』
『…………あれ……?』
もう1回、今度は大きく息を吸う。
『────』
やっぱり出ない。
言葉は話せるのに、歌声がぷっつりと出てこない。歌おうとすると出てくるのは、ひゅー……と掠れる息だけ。
────こうして、私は歌声を亡くした。
***
目を開ける。カーテンの隙間から、光が差し込んでいる。
「……夢、か……」
違う。夢じゃない。
実際にあったこと。まだじくじくと、胸で疼く記憶たち。
(……久しぶりに見たなぁ)
────どうして、私は歌えなくなったのか。
舞台で歌う私を見てもらいたかった。
みんなが褒める私を見てもらいたかった。
私は――あなたの娘はすごいんだよって、誇りに思ってもらいたかったんだ。
"母さんに"。
本当に聴かせたい人がいなくなってしまってから、自分が壊れた楽器になってしまったみたいだった。描き続けてた理想を叶える、1ピースが消えてしまったから。
世界が灰色に染まって、色が浮かぶことは無かった。
……彼のピアノに出逢うまでは。
あの音色を聴いて、空っぽだった心の洞穴に初めて音が届いた。身体の奥から反響して、共鳴するみたいに震えて。
気づけば私は、涙を流していたんだ。
「────」
『アメイジング・グレイス』を歌おうとして、もれる吐息にため息をつく。
どうして、彼のピアノとだと歌えたんだろう……。
彼が、クリスマスコンサートのときの男の子だから? あの時の"天使さま"だから?
何か忘れている気がしても、手をすり抜けるように思い出せなくて。私はしばらくベッドに沈んでいた。