鉄屑のコル・スコルピイ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――キッドたちと会ってから、3年経ったのか。
これまでのことを振り返りながら、持っていた新聞を広げる。以前から気になっていた、海賊団の記事が載っていた。
生きているはずが無いと、思ってた。
子どもも女性も関係無く射殺されて、あちこちに火をつけられて、死体に紛れでもしなきゃ国境を越えることなんて出来なかったのに。
でも、
「……"死の外科医"」
お父さんと同じ医者になるのだと、話していた。勉強熱心で、カエルを捕まえて解剖することもしていた。家族思いで、ラミちゃんと一緒にいた私にも、優しくしてくれた。
本当に、彼自身なら。一目だけでもいいから、生きている姿を見たい。
「……ロー、くん」
もう呼ぶことはできないと、思っていた名前。戻れない過去の記憶が、ページをめくるように流れていく。童話の雪国みたいで、きっと世界で1番美しかった、純白の町。真っ白な鍋で煮込まれた、ブドウのシロップの甘さ。
鉄錆に似た濃い血の匂い。花火でしか知らなかった、火薬の匂い。人間が燃える匂い。重なり合う死体は冷たくて、生暖かくて、ずっしりと重かった。
神様なんていなかった。
救いの手なんてどこにも無かった。
正義の味方は見つけてくれなかった。
あの日から、大好きだった賛美歌を歌わなくなった。
「セレス」
名前を呼ばれてハッとする。振り返ると、真っ赤な髪が揺れた。目が覚めるような、鮮やかな赤。意識が一気に、現実に引き戻される。
「何見てんだ」
「新聞」
「……トラファルガーの記事か。気になんのか?」
「私も北の出身だから」
新聞を軽く畳んで、海原を眺める。青い水平線に、シャボン玉が浮かぶ樹木が見え始めていた。
***
シャボンディ諸島に到着し、下船の準備やコーティングの手配が進む。キッドたちは酒場に向かったけど、ついて行く気分では無かった。キラーさんは別行動してるし、私も1人歩きするか。今のうちに、ハートの海賊団を探したい。
他の海賊や天竜人も来てるだろうから、目立たないようにしないと。辺りを観察しながら、諸島を歩いていく。虹色のシャボン玉や、それを加工した乗り物がふわふわ浮いている様子は、見ていて楽しかった。
「……ッ!」
そのとき、手首を掴まれる。敵意や殺気を感じ取れないまま、路地裏に引っ張り込まれる。反撃しようとしたとき、暗がりから低い声が聞こえた。
「"ROOM"、――シャンブルズ」
景色が変わる。外れにある場所なのか、建物も人もほとんど無い。マングローブの林が並ぶ場所で、相手と向かい合う。
白地に黒い斑模様の帽子。ひょろりと細い体を包むのは、ジョリーロジャーを描いたパーカーとジーンズ。帽子の下から覗く目は、クマが濃くて鋭い。
「ろ、」
「……セレス、か……?」
低い、大人の男性の声が、確かに私の名前を呼んだ。どこか掠れたような響きが、耳に届く。もしかして、という疑惑が、確信に変わる。
顎にはヒゲが生えてて、耳にはピアスが開いてて、手と腕にはタトゥーが彫られてる。あの頃よりだいぶ背も伸びて、声変わりもしてる。でも、間違いない。この人は。この人が。
「……ローくん」
何とか頷いて、名前を呼んだ。幼なじみで、友達のお兄さん。彼は苦しそうな、切なげな表情で、眉をひそめていた。アルファベットを彫り込んだ指が、私の手首を軽く持ち上げる。
「……何も、無いか」
細い腕に、華奢な肩に。色白の首筋と頬に。白髪混じりの黒い髪に、指がふれていく。確かめるように、至近距離で目を覗き込まれる。
「腕も、足も、腹も、背中も、首も、皮膚も、眼球も、心臓も、肝臓も、全部無事か」
睨むような強い眼差しが突き刺さる。青ざめた顔と、震えながらも力の込もる指に、鬼気迫るものを感じて。でもよく見ると、不安そうな色が奥にある気がした。落ち着かせるように、彼の手に自分の手を重ねる。
「大丈夫だよ。ローくん。私は無事だよ」
「……本当か」
「何も無い。全部、体から抽出したから」
大人になっても、優しいところは変わらない。海賊になっても、体を気遣ってくれるところは変わっていない。微笑むと、ローくんはようやく安心したみたいだった。深く息を吐き出して、手の力を緩める。
後頭部と背中に手を回されて、抱きしめられる。細いけれど鍛えられた体に受け止められて、心臓がドクンと跳ねた。強くかき抱かれたせいか、胸が苦しくて、でも抵抗しようとは思わない。
彼の胸板に頬を寄せると、彼の鼓動が聞こえてくる。規則正しく脈を打つ心臓が、体を包む温かさが、彼が生きていることを伝えてくる。背中におずおずと手を回したとき、目の奥がじわりと熱くなった。
――生きててよかった。
――会いたかった。
言いたいことがあるのに、言葉が出てこない。涙だけがいくつも流れていた。
***
「……あれからどうしてたか、聞いてもいいか」
ローくんに言われて、少しずつ話し始める。倒れていた丸太に隣り合って座って、お互いに積もる話をした。あの日のこと。故郷を出てからどうしていたか。どこにいたか。何があったか。
「……ユースタス屋の船にいることは、新聞や手配書で知ってた」
ローくんの大きな手が、私の頭をさらりと撫でる。故郷から逃げたときと比べたら、色が戻りつつある髪。複雑そうな眼差しで、ローくんは私の髪をひと房すくった。
「遠目から見ると、銀に見える髪。船長と並んで敵陣に突っ込む、鉄砲玉のような戦闘スタイル。ついた異名が……"シルバーバレット"」
手配書についてた異名、そんな意味があったんだ。相槌を打ちながら聞いていると、ローくんが髪から手を離す。真剣な目で見つめられ、思わず背筋を正した。
「セレス。おれの船に来る気はねェか」
「え」
「おれは、もう、お前が傷つくような目には遭ってもらいたくねェ。お前は本来なら、こんな血なまぐさい場所にいる人間じゃ、なかったんだ」
本来なら。何も起きていなかったら。きっと私は賛美歌を歌うのが好きなままで、平和に生きる普通の女の子だった。ローくんだって海賊じゃなくて、きっと本来のお医者さんになってた。
故郷が滅んだ今、私たちにはお互いしかいなくて。多分その手を取ればローくんは、ラミちゃんにしていたように、私を守ってくれるんだと思う。
「ありがとう。でも、いいの」
その気持ちだけで、嬉しかった。首を横に振ると、彼は少し目を見開く。
「死にたくなくて、精一杯で、なのにいつの間にか、死に損なったと思ってた」
「悲しさとか怒りとか、復讐したいとか、諦めとか、そういう気持ちでぐちゃぐちゃで。でも、そんな11年の苦しみを、キッドは3年で溶かしてくれた」
傷つく前にはもう戻れない。深く刻み込まれた、悲しみも恨みも苦しさも、ずっと抱えて生きていく。そう考えられるようになったのは、キッドが全部、受け止めてくれたから。
「だから私は、能力も、この先の人生も、全部キッドに賭けるって決めたの」
あの日からずっと、キッドは私の心臓だ。私の体も心も能力も命も、全部キッドのものだ。
ローくんは薄い唇を噛んで、何か言いたげだった。抱き寄せられて、私の肩に彼の額が乗せられる。
「……おれじゃ、駄目か」
絞り出すような、くぐもった声に、胸が痛んだ。そうじゃないと伝えたくて、首を横に振る。
「ローくんが駄目なわけ無い。ただ私は、辛くても、傷ついてもいいから、キッド海賊団の一員として生きていきたい」
どうか分かってほしい。私はもう、守ってもらわなくても大丈夫なこと。無力な子どもじゃなくて、戦える大人になったこと。しばらくして顔を上げたローくんは、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
「……お前、この後の予定は?」
「えと、1番GRでキッドたちと合流する予定」
「なら、一緒に行くか」
「いいの?」
「おれがそうしたいんだ」
手を差し伸べられる。手のひらを重ねると、優しく握って引き上げられた。そのまま歩き出すローくんに、つられるように足を進める。
「あの、ローくん」
「何だ」
「手、離してもらっても大丈夫だよ」
「別にいいだろ。このままで」
「いや手を繋いだままだと誤解されない?」
「ただの迷子防止だ」
「ローくん私もう22歳だよ」
成人済みの男女で手を繋ぐのは、何だか気恥ずかしい。軽く腕を振ってみるけど、しっかり握られてて振りほどけなかった。何だろう。何かローくん、吹っ切れたような雰囲気をまとってる気がする。
その後キッドたちと訪れた人間屋で、ローくん含むハートの海賊団のメンバーと再会した。
「"
「行儀も態度も悪ィな……!」
ヒートに耳打ちされたキッドが、額に青筋を立てる。ローくんはキッドに対して、睨みと舌打ちだけじゃなく中指まで立てていた。
***
売られる人間。買う人間。社会の縮図のような場所で繰り広げられる、愁嘆場と醜いオークション。そんな歪みと淀みを吹き飛ばすように、麦わら帽子の彼は動いた。
――配信越しだったらスカッとしたな。
天竜人に危害を加えれば、海軍大将率いる軍艦10隻が即座に派遣される。キッドとローくん、そして麦わらのルフィに続いて、私たちも人間屋を出た。白い制服を着た海兵が、周りを取り囲んでいるのが見える。
大砲や剣はたくさんあるから、鉄は意識して作らなくていいか。キラーさんたちと一緒に構え、メタメタの実の能力を発動させる。3本の指をピストルの形に見立てて、海兵たちに向けた。
これだけは、組成式を思い浮かべなくても、すぐ出せる。生まれてから8年間、私の中にあったから。
私を苦しめたもの。私から大切な人たちを奪った原因。そして、……ただ一つ残った、私の故郷の欠片。
「"
指先から撃ち出される純白の弾が、一瞬で3人の海兵を貫く。混じり気無しの珀鉛製。とどめを刺すとき――特に世界政府関係者に対しては、これを使うと決めていた。
橋を壊し、海軍を振り切っても追っ手は来る。王下七武海のバーソロミュー・くまも現れ、ローくんたちと一緒に交戦。ただ本物とは違うみたいだった。内側が機械製の硬い体。手と口から出るレーザー。複数人で攻撃して、ようやく機能停止できるくらい、手強かった。
これで、やっとそれぞれの船に向かえる。そう思ったんだけど。
「それじゃあな。ユースタス屋」
「おい待てトラファルガーおれのクルーをどこに連れてく気だ」
「うちの船だが」
「死にてェらしいな! おれのモンに手ェ出してんじゃねェよ!!」
「こいつを物扱いするな消されたいのか」
「あの2人とも。手を離して。肩が抜ける」
私に構わないでまず逃げるべきだと思うの。今の状況分かってるのかなこの2人。両腕を左右から掴まれて痛い。口喧嘩始めないで。
「……離してくれた方について行く」
そう呟くと、キッドとローくんが同時に手を離した。解放された隙を見逃さず、急いでキラーさんの背後に避難する。様子をうかがうと、キッドがローくんに吠えかかっていた。
「欲しいやつは必ず奪うのが海賊だろ」
「テメェあいつの何なんだよ! いきなり出てきて奪おうとするなんざイイ度胸だなァ! ア゛ァ?!」
「何だ、敵船の船長をたぶらかしてきたのか?」
「違います。幼なじみです。誤解を招く言い方やめてください、キラーさん」
「悪かった。冗談だ」
よく見たらキラーさんの肩が震えてる。面白がっているのだろうか。やがてキッドはヒートとワイヤーに、ローくんは白いツナギの2人に止められて、渋々離れていた。
「またな、セレス」
「え、あ。またね、ローくん」
「"また"なんてねェよテメェも手振るな!」
怒鳴られながら抱えられる。そのまま走って向かうのは、ヴィクトリアパンク号がある場所だ。馴染み深くなった船に、安心感を覚える。乗り込んで一息ついたとき、キッドが不機嫌そうに舌打ちした。
「……アイツとどういう仲だ」
「幼なじみ。14年ぶりに会った」
キッドの眉間のシワが深い。人差し指で伸ばしてみるけど、取れなかった。
試しに炎みたいな赤い髪を撫でてみる。キッドはまた舌打ちを1つしたけど、されるがままになっていた。満更でもなさそうだ。
「大丈夫。船は降りないよ」
「そもそも降ろさせねェよ。お前はおれのモンだろ」
「うん」
抱えられたままで頭突きをされた。ぽふぽふと頭を撫でていると、「やめろセットが崩れる」と文句を言われる。腕から降ろしてもらって、お互いに向かい合う。
「……お前が詳しく話す気ねェなら、別に構わねェと思ってた。でも今は、お前のことをちゃんと知りたい」
「キッド……」
「教えろ。お前の、これまでの人生のこと」
キッドにしては珍しい、静かで真面目な目つきだった。潮風が、私たちの髪と服の裾を撫でていく。
「……長いし、面白くないと思うよ?」
「ンなのはおれが決める。この先の人生も、これまでの人生も。お前を構成するものは全部手に入れてェんだ」
呆気にとられるくらい、欲張りで我がままだ。全部キッドに預けたつもりなんだけどな。口元に手を当てて、小さく笑うと、頬をつままれて伸ばされる。
「お前な、人が真剣に話してんだぞ」
「ごめん。何か今更だなって」
「うるせェ」
「分かった。ちゃんと話すよ」
死に損なった先にあなたと出会った。
折れそうだった命を繋ぎ止められて、こんな世界でも生きてみたいと思えた。
暗闇の中で見つけた星のような、道標のような光は、今も私の胸にある。