鉄屑のコル・スコルピイ
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キッドの見込み通り、セレスはよく働く人材だった。戦闘はもちろん、料理の手伝いや掃除等の雑用もそつなくこなす。船の修理に使う部品を、作り出すこともできた。
歯向かう意思を見せず、風紀を乱すことも無い。淡々とした態度が、逆に接しやすい程だ。全員がセレスの存在を認めていたある日の戦闘中、それは起きた。
背後を狙われたキッドを庇って、セレスが銃弾に貫かれたのだ。
幸い処置が早く、当たり所も悪くなかったため、大事にはならなかった。手当を受けて、医務室で休んでいたセレスのもとへ、後処理を済ませたキッドが駆けつける。
「どういうつもりだ」
その声には、欠片ほどの心配も含まれていなかった。ギロリとセレスを睨みつけ、キッドは噛み付くように声を荒らげる。
「おれがあんなのを避けられねェと思ったか? テメェもあれくらい、能力でどうにでもできただろ! 何わざわざ生身で食らってやがる!」
まるで、キッドの身代わりになって、死ぬことを望んでいたような。それがキッドには許せなかった。どう生きるか、どう死ぬかは自分で決める。自分の人生の責任は、自分が背負う。それを他人の都合で左右されるなんて、他人の思惑を勝手に背負わされるなんて、我慢が出来なかった。
キッドの怒りを前にしても、セレスの表情は空っぽだった。ただ、何も感じていないわけではないようで、射抜くようなキッドの視線を避けるように、目を伏せる。
「……もう、つかれた」
固く結ばれていた唇が、綻びを見せた。
「苦しい」
「悲しい」
「許せない」
「憎い」
ぽつり、ぽつりと絞り出される声。こぼれ落ちた言葉は、やがて流れ始める。今まで彼女の奥深くに閉じ込められていた思いが、堰を切ったようにあふれ出す。
「ずっと、ずっと、苦しかった」
「父様も、母様も、友達も、シスターも、町の人たちも。皆、みんな殺された」
「皆、殺されていい人じゃなかった。あんなふうに、"駆除"されていい人たちじゃ、なかった。なのに、私だけ、生き残ってしまった」
「幸せそうな人たちが、許せない。平和に生きてる人たちが、妬ましい。大切な人たちをあんな目に遭わせた奴らが、世界政府が、憎い」
初めて触れた、セレスの過去の断片。それを握り込んだまま、キッドは黙って耳を傾ける。一から十まで知ることはできない。それでも良かった。今はただ、彼女が自分から見せてきたものだけで、構わなかった。
「この世界全部、真っ白に塗り替えて、思い知らせてやりたい」
赤ではなく白。世界という果てしない仮想敵を、心の底から呪うように、言葉が吐き出される。彼女の声が詰まり、かすれ、荒れる感情につられるように息が乱れた。
「……でも、私だけじゃ、できない。力が、足りない」
「ずっと、ずっと、中途半端なまま」
「もう、消えたい」
息さえ苦しげな様子で、セレスは呟く。眉をぎゅっと寄せて、胸の辺りを掴んで、痛みに耐えるように目をつぶる。キッドはその手を取って、固く強ばった指をほどいた。
「……だったら、全部おれに寄越せよ」
冷たい手と細い指に、キッドの体温がにじんでいく。微かに目を見開いたセレスを、キッドは真っ直ぐに見つめていた。
「死のうとするくらいなら、お前の体も、心も、能力も、命も。頭のてっぺんから爪先まで、おれに寄越せ」
「世界を変えたいなら、思い知らせてやりたいなら、おれに全部賭けてみせろよ」
世界への復讐。理不尽と不条理への反発。無力な自分への苛立ちと諦め。傷ついて、歪んで、壊れて、がらくたのようになった心を、しっかりと捕まえられる。セレスの肺の中に、酸素が流れ込む。
「……あなたは、この世界をひっくり返せるの……?」
「やってやるよ。そのために海賊王を目指してんだ」
――それはまるで、凶星のような。
初めて出会ったときから、目を覗き込まれたときから、感じていた光。禍々しささえ感じるほど、ぎらぎらと燃える、強い光。
焼け付くようなエネルギーが眩しくて、セレスは目を細める。凍えていた心臓に、火をつけられたように、胸が熱く高鳴った。温かな血が巡り始めるような感覚に、目の奥がじんわりと緩む。やがてそれは雫となり、彼女の頬を伝い落ちた。
ぼろぼろと涙が流れるごとに、凍りついて麻痺していた感情が、溶かされていくようだった。
「……んだよ、泣けんじゃねェか」
突然泣き出したセレスに面食らうも、キッドは少し呆れたように笑った。無骨な指に涙を拭われ、キッドの手にも水滴が落ちる。どこかぎこちない手つきと力加減で、キッドはセレスの頭を抱き寄せた。
2人はしばらく、そのままでいた。彼女の涙が枯れるまで。