鉄屑のコル・スコルピイ
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その日、1つの海賊団が壊滅した。
勝利を手にしたのはキッド海賊団。
「
キッド海賊団の船長――ユースタス・キッドが言う。彼が押さえ込んでいるのは、1人の女だった。所々黒が混じった白髪。青白い肌。ぼんやりとした目は、甲板に転がる死体たちに向けられているが、何も見ていないように見える。
広がる赤い血と、動かない船員。ボロ雑巾のようになった船長。悲しんでいるのか、呆然としているのか、絶望しているのか、全く分からない。やがて彼女はまぶたを閉じ、静かに呟いた。
「……殺すなら、早くして」
全てを受け入れるような、淡々とした声だった。男1人に押し倒されているのに、その体が警戒で強ばることも、暴れることもない。ぐたりと全身の力を抜く姿に、キッドの中で、静電気のような苛立ちが駆け抜ける。
「テメェ、誰に命令してやがる」
彼女の細い手首に、キッドの指がギリッと食い込む。それでも彼女の表情は変わらない。
「殺してやるかよ。他の雑魚に用は無ェが、テメェは別だ」
「その戦闘センスと、金属を生み出す能力。テメェと組めば、おれはもっと暴れやすくなる。ここで潰しちまうのは惜しいだろうが」
身のこなしも能力の発動速度も早い。鉄がキッドの磁気に操られると分かれば、作り出す金属を銅や銀に切り替える。船長が「助けろ」と泣きつくだけあって、彼女の戦いは目を引いた。
強引に体を引き寄せ、顎を掴んで顔を向けさせる。諦めたように開かれた、彼女の目を覗き込みながら、キッドは告げた。その虚ろな瞳に、自分の存在を焼き付けるために。
「テメェは今日から、おれの
***
「お前、名前は?」
「……セレス」
ヴィクトリアパンク号に連れてこられた彼女は、そう名乗った。食堂には他のメンバーも集まっていて、警戒心を隠さない目つきで見ている。キッドの相棒であるキラーも、マスク越しに様子見しているようだった。
「お前の能力、詳しく教えろ」
「……メタメタの実の、金属人間。体を金属に変えたり、金属を精製したりできる」
「作れないもんはあんのか」
「組成式が分かれば、どんな金属も作れる」
彼女の戦い方を思い返す。鋼を研磨して武器にする。金と白金を混ぜて、盾として使う。指先から銃弾を撃ち出すこともしていた。どうやら加工も自由自在らしい。
「よく使うやつは何だ」
「鉛玉。体の一部を銀にして、毒味するのも得意。ヒ素系の毒に限るけど」
「毒味だァ?」
「よくあること。前の船長とか」
「ハッ。身を守ることだけは一丁前だった訳だ」
用心深くてずる賢い。偉そうにしていたが、
「何であんなクソつまらねェ野郎に従ってたんだ」
「あの人を守れば、寝床と食料が貰えたから」
「ンな甲斐性あるようには見えねェけどな」
痩せた彼女の体を包むのは、ほつれたシャツと端が擦り切れたズボン。目の下のクマは元からか、寝不足のせいか。中途半端な白い髪もボサボサだ。青白い頬にも化粧っ気が無い。
「喜べ。結果さえ出せば、それなりの待遇は用意してやるよ」
「どうして、そう言うの」
「ア?」
「私はあなたの物なんでしょう。道具として扱えばいいのに」
「尊厳まで捨てさせた覚えは無ェぞ」
ずい、と顔を寄せると、彼女の肩がぴくりと揺れた。仲間にするために奪ったのであって、奴隷が欲しかったわけではない。それを分からせるために、キッドは言葉を続ける。
「おれとあんな雑魚を一緒にすんじゃねェ。いいか、覚えとけ。おれは、自分のモンは丁重に扱う主義だ」
「……変な人」
「ア゛ァ!? バカにしてんのか!?」
「落ち着け、キッド」
拳でテーブルを叩きながら食ってかかるキッドを、キラーは慣れた様子でなだめた。
***
その夜は、少し寝苦しかった。キラーが時計を見ると、まだ2時を回ったばかり。水でも飲むかとボンクから降り、キッチンへ向かう。
「……ッ!?」
明かりをつけたとき、キッチンの隅にうずくまる人影が見えた。一瞬ぎくりとするが、よく見るとセレスだと気づく。黒が混じった白髪が、両膝の上に乗せられていた。
「……おい、こんな所で何してる」
目線を合わせるように膝をつき、華奢な肩を掴んで軽く揺する。やがて頭が微かに動き、のろのろと顔が上げられた。曇りガラスのような目が、ぼんやりとキラーの姿を反射する。
「……あなた、は……」
「キラーだ。こんな場所で寝るな。体を痛めるぞ」
空き部屋を与えたはずだが、何故キッチンで丸まっていたのか。寝起きのせいなのか、セレスはいつもより、ぼうっとしているように見えた。生気の無い青ざめた顔は、まるで幽霊のようだ。腕を掴んで立たせると、抵抗無く引っ張り上げられる。
「……眠れ、ない。夢を、見て」
「夢?」
キラーが問い返すと、こくりと首を縦に振られる。キラーは数秒考え込んでから、セレスを椅子に座らせた。
「少し待ってろ」
医務室に向かい、薬棚からスプーン1杯分の薬草を取り出す。キッチンへ戻ってから、ヤカンに薬草と湯を注いで、3分程蒸らした。出来上がった茶を木樽のジョッキに注いでから、キラーはセレスに渡す。
「カップなんて気の利いた物はねェから、これで勘弁してくれ」
「……これは……」
「薬草茶だ。精神を落ち着かせる効果があるらしい」
ジョッキを両手で持ち、セレスは温かな湯気を立てる茶を眺める。水を飲むキラーに視線を移し、小首を傾げた。
「……どうして、ここまでしてくれるの」
「明日も仕事があるからな。倒れられたら困る」
穏やかな返事に瞬きをしてから、セレスはジョッキに口をつけた。少しずつ飲み込んでいくうちに、頬に微かな赤みが差していく。りんごのような香りに包まれて、心なしか、さっきより表情も和らいでいるようだった。
「飲み終えたら、流しに置いておけ。明日洗う」
「……ありがとう」
控えめな声で礼を言われ、キラーは不意を突かれる。どうやらキッドが奪ってきた彼女は、律儀なところもあるらしい。妙な動きを見せれば、自分が対処することも考えていたが、まだ様子を見るだけでいいかもしれない。
ジョッキを流しに置いて、部屋に戻る細い背中を見送りながら、キラーはそんなことを考えていた。