秘密の水辺に響く歌
夏本番、海水浴シーズンが始まった。
新しく買った水着の上に、ラッシュガードを羽織る。環境に優しい日焼け止めも塗ってきたし、準備は万端だ。
「ロー、来たよ」
「ギィッ!」
人々で賑わう海水浴場を離れ、いつもの入り江に向かう。嬉しそうな声を上げたローが、波打ち際から滑るように上がってきた。プールサイドに上がるアシカみたいな、素早い動きだ。
サンダルを脱ぎ、準備運動をしてから海に入る。日差しの暑さが和らぐような心地良さが、全身を包んだ。軽くクロールをしたり、力を抜いて水面に浮かんだりする私の周りを、藍色の尾ひれがぐるりと回っていく。
「ギッ、ギィ」
「潜るの? ちょっと待って」
ローに手を軽く引かれる。苦しくないように、大きく息を吸い込んでから、私は海に潜り込んだ。涼しい水に包まれる。コポコポと、流れるような音がする。目を開けると、透明な青の世界が広がっていた。
「……!」
ローに促されるまま、彼の腕にそっと掴まる。ローは尾ひれを揺らめかせて、ゆったりと泳ぎ出した。岩場をするりと避けて、周りの景色を楽しみながら、なめらかに進んでいく。
陽の光が差し込んで、ゆらゆらと網みたいな模様が揺れる。すぐ近くで、小魚たちが泳いでいるのが見える。
「ぷはっ」
海から顔を出して、酸素を吸い込んだ。後からローも現れる。その金色の眼差しを見つめて、私は頬を緩ませながら伝えた。
「すごい、綺麗だった……! 海の中を泳ぐって、あんな感じなんだね」
ローが柔らかく目を細める。そして私をもう一度、海の中に誘った。
『お前が楽しんでるなら、良かった』
前聞いたのと同じ声が、また聞こえる。海の中だと、ローが何を話しているか分かるのかな。もっと聞いてみたい。ローの腕にふれると、彼はまた泳ぎ始めた。
海の世界を楽しんで、水分補給と休憩をして、また一緒に泳ぐ。ローに掴まって自由自在に泳いでいる間は、自分も人魚になったみたいだった。
***
「ギィッ? ギィッ?」
「最近何で海に入らないのかって? まだ暑いもんね〜。でもクラゲがたくさん出る時期だから、流石に入れないよ」
「ギィ……」
「そんなにしょんぼりしないでよ〜。夏の間は一緒に泳げて楽しかったよね。また来年一緒に泳ごうね」
「チッ」
「今舌打ちした?」
8月の終わり頃。波打ち際でローを慰めると、眉間に皺を寄せて舌打ちされた。海の方を見ていたので、私に向けてしたものではないと思いたい。ローの濡れた髪を撫でてみると、大人しくされるがままになっていた。
「ギィ、ギッ」
「? どうしたの?」
ローが尾ひれを揺らし、ゴソゴソと探るような動きを見せる。やがて私の手のひらに、何かを握らせた。見てみると、透き通った藍色の丸いものが乗っている。光にかざすと、群青色や紫色に変わった。
「これ……、ローの鱗?」
「ギィ」
「貰っていいの? 尾ひれ、痛くない?」
「ギィッ」
ローが大きく頷く。手のひらの鱗を落とさないように、私は優しく握りしめた。
「ありがとう、ロー。大切にするね」
家に帰ってから、さっと水で洗って乾かす。せっかくローがくれたんだし、何かご利益ありそうだし、お守り袋に入れて持ち歩こうかな。