世にも手厚いプロデュース



「……信っじられない」

私を空き教室に連れ込んだその人は、透明なマニキュアを塗ったみたいに艶々した指先で、私の顎を掴んだ。

そして、私の顔や髪をじっくりと眺め回してから、まるで毛が生えた亀か角が生えたうさぎでも見たかのような顔をした。

「何なのこの艶がないバサバサの髪は!長さも中途半端だし、しかも枝毛までできてるじゃない!」

強い語気で柳眉を逆立てているわりに、髪にふれる手つきは、乱暴に引っ張ることなく丁寧で優しい。

「肌は……まだ荒れてないわね。手触りがさらっとしてるしニキビもほぼ無い……。でも潤いが足りない!」

「う、」

すらりとしていながら男性らしい大きな手が、私の両頬をぶにっと挟む。タコのように少しとんがった唇が、親指にするりと撫でられた。

「ちょっと……このカサカサの唇は何!?しかもアンタ皮むいてるわね!?」

「なぜバレたし」

「血が滲んだような跡があるからよ!」

なぜ私は、見ず知らずの男の人(?)にダメ出しをされているのだろうか。
困惑を隠せずにポカンとしていると、目の前にいる美人さんは、わなわなと身を震わせた。

「アンタ、リップクリームやリンスは持ってないのっ!?どれだけ手入れを怠ってるのよ!有り得ないわ!」

「お金が無いので買えないんですよ。それに、無くても生きていける物ですし」

「死ぬわよ!その人の価値と魅力が死ぬわよ!」

美人のキレ顔って迫力あるな。

「……アンタ、その見るに堪えないツラを貸しなさい」

「そりゃ貴方から見れば、ほとんどの人が見るに堪えない顔だと思いますけど」

「お黙り」

逃げられないように私の手をしっかり引いて、スタスタと廊下を歩き出す彼は、とても美しい容姿をしていた。

目じりがつり上がった藤色の瞳は、黒々とした長いまつ毛とふんわりしたアイシャドウで、ふちどられている。

瞳と同じ色のインナーカラーが入った、ミルクティーのように色素が薄い髪は上品な光沢があり、踏み出す度にさらさらと揺れる。三つ編みのハーフアップには、少しの乱れも隙も無く、ばっちり整っていた。

180は超えているだろう高身長で、無駄な肉や骨ばったパーツは、制服越しには見当たらない。歩き方も相まって、ランウェイを堂々と進むモデルみたいだ。

丁寧に磨き上げてカッティングした、まばゆく輝く大粒のダイヤモンド。そんな風に人の目を惹き付ける力が、彼の全身から放出されてるように見えた。

鏡舎の鏡をくぐり抜けて着いた先は、ポムフィオーレ寮だった。

その中の、特にオシャレで高そうな調度品に囲まれた部屋。そこで私は、優美な曲線を描く椅子に座らされ、棚に並べられた小瓶や入れ物を物色する彼をぽけーっと眺めていた。

ちなみに私は、男装してこの学園に通っている。なぜならここが男子校だからである。

女の子が男子校にいたら、色々目立つからね。馴染むためには仕方ない。足の悪いお父さんの代わりに、男装して軍に入った女の子もいるし、そんなに珍しいことではないだろう。

だから、オシャレはしない方がいいかなと思ってたし、手持ちも無いから最低限の身だしなみだけしてたけど、私そんなに目も当てられない状態だったんだろうか。この人美意識高そうだしな。

「はいこれ。アタシが使わなくなったやつだけど、アンタにあげるわ」

「わぁ、すごい量」

手渡された紙袋の中には、リンスに化粧水、乳液に洗顔ブラシ、リップクリームにハンドクリーム等が詰められている。ドライヤーとブラシに、ヘアゴムやヘアピンまであるやん。

「でも、何でここまで……?これに見合うお礼、僕には用意できないかもしれないんですけども」

「アンタみたいなジャガイモに施しを受けるほど落ちぶれちゃいないわよ。このアタシを誰だと思ってるの?美しき女王の奮励の精神に基づくポムフィオーレ寮の寮長、ヴィル・シェーンハイトよ」

ほう。この厳しいタイプのオネェさんは、ヴィル先輩というのか。

「いい?1度しか言わないからよく聞きなさい。どんなに質のいい原石でも、磨かなければ意味が無いのよ」

「純金並みに重みがある言葉ですね」

「軽口を叩く暇があるなら、早くオンボロ寮に帰ってそれらを余さず使いなさい。アタシにお礼がしたいなら、まずは行動と結果で示すことね」

文字通り上からの目線でそう告げる彼は、女王様のように気高さを漂わせていて、私は素直にこくりと頷いた。それに、貰った物を使って自分磨きをすることが、確かに今の自分にできる最善のお礼だと理解したから。

「ありがとうございます。精進します」

ぺこりと深く頭を下げてから、私は紙袋を胸に抱えて、通り道になっている鏡へ向かった。

***

1週間後。食堂で監督生の隣に座ったエペルは、その大きな水色の瞳を丸くした。

「……監督生サン、何か変わった?」

「あれ、変なとこあるかな?」

「ううん。ない。むしろ、髪とか綺麗になった」

そう。彼の言う通り、バサバサだった監督生の黒髪は、しっとりと柔らかそうな髪質に変わり、銀色の艶を帯びていた。

伸びてきた髪はヘアゴムで1つに束ねられ、前髪もピンで留められて、すっきりとした印象になっている。

乾燥して荒れていた唇も潤い、元から色白だった肌の色はワントーン明るくなっていた。

「ヴィル先輩に色々貰ったから、毎日使ってるんだ。おかげで人並みに戻ったと思う」

綺麗と言われて悪い気はしないのか、チークを使わずに染まった頬を人差し指でかく監督生。
それを見たエペルは、どう見ても人並みというより、めごぐなってんだよなぁと心の中で呟いたのだった。

***

「アタシがあげたやつ、ちゃんと使ってるみたいで何よりだわ。基本ができてるなら、次はメイクね。あの子ならベビーピンクかコーラルピンクのグロスかしら……。ビューラーは必須ね。あんなに長めのまつ毛なのに、下向いてたらもったいないわよ」

「やぁ、毒の君ロア・ドゥ・ポアゾン。君のお気に入りの姫君は、随分と変わったね。まるで、妖精に魔法をかけられたシンデレラ姫のようだ」

「馬鹿ね。アタシはまやかしの美しさなんか授けたりしないわ。それに、あれはあの子が自分で選んで掴んだ結果よ。アタシの栄光じゃない」

「それにしても、君があれほど親身になるとは珍しいね。どういう心境の変化かな?」

「別に。大輪の花を咲かせられる蕾が、盛りの時も漫然と過ごして、枯れるのをただ待ってるように見えたから、イライラしただけよ」

エペルと同じくらいの背丈に、彼よりも細く柔らかそうな手足。
長い前髪で隠れがちだったけれど、パーツの配置が整った顔。

男しかいないはずのこの学園で、彼……いや"彼女"は、青々とした草原に1輪だけ咲いた赤い花のように、ヴィルの目を引いていた。

磨けば光るダイヤの原石。その素材を無駄にしている彼女を放っておけないほど、彼は美にうるさかった。

「どんなに質のいい原石でも、磨かなければ意味が無いのよ」

だからこれからも、アタシがプロデュースしてあげる。だって、最初にアンタを見つけ出したのは、このアタシだもの。
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