推しをアフタヌーンティーに連れていきたい話



長い年月を経て、大事に受け継がれてきたものたちが、柔らかに呼吸をしているような空間だ。

ステンドグラスの窓。草花を表した、ウィリアム・モリスの壁紙。レースのテーブルクロス。花模様のシュガーポット。ふかふかのタータンチェックのクッションが置かれた、飴色の椅子。多少の落ち着かなさを抱えて、視線をテーブルに戻せば、優雅な3段のケーキスタンドが鎮座していた。

「可愛い〜! ここのアフタヌーンティー、食べてみたかったんですよね。連れてきてくれてありがとうございます!」
「パンは手伝えねェからな。頼むぞ」
「はい!」

元気に返事をする恋人は、無邪気に頬を染めている。予約して誘った甲斐があると思いながら、おれはカップに茶を注いだ。

英国文化を好む彼女によると、アフタヌーンティーは1番下から食べていくのが定石らしい。ただ、スコーンは温かいうちに食べるのが勧められる等、厳密に決まっているわけではないようだ。

「キュウリを使ったサンドイッチが出てくるの、本格的ですね。美味しい」

下段に並べられたサンドイッチを口に入れ、彼女が頬を緩ませる。上品なサイズのそれには、ハムとキュウリが挟まっていた。断面から薄いピンクと緑色がのぞいている。

「そうなのか?」
「昔はキュウリって、貴重な食材だったんです。育てられる使用人と温室があるっていう、富の象徴だったんですよ。アフタヌーンティーでは欠かせないメニューらしいです」

シンプルだが奥が深い。相槌を打ちながら、おれは中段のフィッシュアンドチップスに手を伸ばす。からりと揚げられた白身魚のフライと、フライドポテトは、塩気がきいていて美味い。

「ポテト、1つもらっていいですか?」
「好きに食え」

中段は温かい料理でまとめられているらしく、スコーンも置かれていた。お手本のようなイギリス式の円筒型。側にはクロテッドクリームと、黒っぽいジャムが入った小瓶が並んでいる。

「スコーンって、パンとクッキーの中間みたいな食べ物ですけど、大丈夫ですか?」
「焼き菓子の類だから問題ねェ」

少し心配そうに尋ねる彼女に答えてから、ころんとしたスコーンを手に取る。側面から見えるひび割れは、"狼の口"と呼ぶのだと、前に彼女が教えてくれたことを思い出した。

「そういえば。スコーンって名前は、スコットランドで、王の戴冠式に使われてた椅子の土台に由来してるんですよ」

彼女の話を聞きながら、割ったスコーンを1口かじる。外側はさくさくしていて、中はほろほろとした食感だ。コクのあるもったりしたクリームが、温かな生地に馴染む。ジャムの凝縮された甘みと酸味が、口の中を程よく引き締めた。干しぶどうにも似た、落ち着いた味わいだ。

「『運命の石』っていうんですけど。もとは古代エジプトで、ツタンカーメン王の王座下にあったらしいです」
「素朴な見た目の割に、ロイヤルな逸話が多いな」
「そこがスコーンの面白いところですよ。ん! ブラックカラントのジャム、初めて食べたけど合いますね」
「黒スグリか。おれも初めてだ」

スコーンで奪われた口内の水分を、茶を飲むことで補う。すっきりした渋みがちょうどよく、甘いものとの相性がいい。最後の上段では、3種類のケーキが待っていた。

「改めて思うが、小麦尽くしだな」
「メインはパンとスコーンとケーキですからねぇ。もとはお腹を空かせた公爵夫人が、夕方に紅茶やパンを食べる習慣から始まったらしいですし」

くすくす笑いながら、彼女は苺のミニタルトを先に選ぶ。おれも三角形にカットされた、茶色のケーキを皿に取り分けた。茶葉が混ぜ込まれているようで、品のある紅茶の香りが漂う。しっとりとして柔らかい口当たりだ。

「アップルパイも美味しい〜……! りんごが大ぶりにカットされてるの、嬉しいです」
「そういやイギリスには、『1日1個のりんごは医者を遠ざける』ってことわざがあるらしいな」
「あれイギリスのことわざだったんですね」
「食物繊維は整腸作用、ポリフェノールは老化予防。ビタミンCは免疫維持になるし、クエン酸は疲労回復になる」
「つまり、りんごを毎日適量食べれば、ローさんがお休みできるということですか」
「健康でいるのが一番だが。仮に病気になっても、おれがしっかり治してやる」

はにかんだような、嬉しさも混じったような顔で、彼女がふわりと微笑む。柔らかな笑顔に庇護欲を掻き立てられながら、おれは紅茶を口に運んだ。

「いつか、本場のアフタヌーンティーにも行ってみるか」
「いいですね、英国旅行! トラファルガー広場とシャンブルズ通りは絶対行きましょうね!」

夢見るように目を輝かせながら、彼女が前のめりで声を弾ませる。海戦の勝利にちなんで名付けられた広場は、東西南北を観光地に囲まれていることで有名だ。他にも英雄の記念碑や、4体のライオン像があるらしい。

有名な魔法使いの映画に出てくる、ダイアゴン横丁のモデルの1つになった通りにも、彼女は目星をつけていたようだ。それにしてもだ。

「お前、面白がってないか」
「いえいえそんなことは。えへへ」
「言っとくが、その頃にはお前も"トラファルガー"になってるからな」
「え、」

そう言ってやると、彼女の頬が赤く染まった。りんごのように色づいた顔で、おたおたと「今のどういう意味ですか」と聞いてくる。素直な反応を愛おしく思いながら、おれは口元を緩めたのだった。
1/1ページ
スキ