推定ザシキワラシへの餌付け事情
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ガキの頃、変わった体験をしたことがある。
ほら穴を探検していたら、知らない場所にいて。そこで出会った女に世話を焼かれた。
温かい水。ふわふわした石鹸の匂い。食ったことのない味付けの、温かくてとろりとしたメシ。シンプルなのに着心地のいい服。人間が動くデカい板。ふかふかの厚い寝床。何もかも、初めてだった。
腹がいっぱいで、ぐっすり眠って。目が覚めたら元いた場所で。夢でも見ていたのかと思ったけど、あの女に貰った服を着ていた。傍らにあった服――おれが元々着ていたもの――は、すえたような匂いの代わりに、清潔そうな匂いがした。
それから何度あのほら穴に行っても、あの場所にはたどり着けなかったのに。成長して、力をつけて、キラーたちと海賊になった頃。またあの女と出会った。おれよりもデカいと思ってたのに、今ではおれの方が背が高い。
おれと違って、暖かな家庭を経験したような、平凡な女。そのくせ気が強くて、作る飯が美味くて、変わってるやつだった。
***
「今日はピザ食べながら、録画してた映画を見ます!」
「エイガって何だ」
昨日からやると決めてたところに、たまたまキッドが来たので、付き合わせることにした。粉と水を混ぜてフライパンに広げ、具材を載せて焼くだけで作れる、お手軽ピザミックスを使う。飲み物はインスタントのスープにした。
「絵が、動いてんのか……?」
「アニメ見るの初めて?」
「あァ。芝居はあるが、こういうのは無ェ」
ピザソースを塗って、ベーコンと薄切りの玉ねぎとチーズを乗せたピザ。シンプルなそれにかぶりつきながら、キッドが目を見張る。今日観るのは、金ローでやってたファンタジーアドベンチャーだ。日本が誇るスタジオジ〇リの映像美を堪能するがいい。
もちもちしたピザを食べながら、展開される物語を鑑賞する。空から降ってきた、不思議な石を持つ少女。鉱山で働く少年。2人が出会い、様々な事件に巻き込まれながら、空に浮かぶ伝説の島を目指していく。
海賊や軍も登場し、ハラハラドキドキだ。小さい頃から何度も見てるけど、見る度にワクワクする。キッドは楽しめてるかな。横目でちらりと様子を見ると、けっこう前のめりで見ていた。いい食いつきに思わずニッコリ。布教が成功した時の快感って味わい深いな。
「面白かった〜〜!」
「悪くねェな。続きは無ェのか」
「これで完結だね」
そう言うとムスッとしたような顔をされたけど、キッドはすぐ何かを考え込むような表情になる。
「あのメカ、どうやったら作れんだ……」
「ロボット? ゴリアテ? タイガーモス号?」
「羽で空飛ぶ、小せェやつ」
「フラップターか」
仕組みをネットで調べながら、ああだこうだと話し合う。そのうち映画の感想にも、話題が移っていった。
「海賊のババアとか三つ編みの女とか、ああいう度胸のある女はイイな」
「分かる〜〜。私、ジ〇リヒロインだと、シータとナウシカが一番好き」
優しくて家庭的。でも誘拐犯の頭を瓶で殴って、奪われたペンダントを取り返して、脱出を図る胆力がある。終盤でラスボスと対峙したとき、怯まないところも好きだ。
「他にもあんのか」
「いっぱいあるよ! どれ観る?」
洗い物を済ませてから、録画リストを1つ1つ見ていく。キッドが気になったタイトルに、簡単な説明をして、どれにするか選ぶ時間も、けっこう楽しかった。
***
「ハタチなったからお酒解禁」
「ジュース同然じゃねェか」
「キッドはまだ19歳だっけ。これは大人の飲み物だから、子どもは手出し禁止だよ」
「ガキ扱いすんな。酒の味なんざとっくに覚えてる」
「不良だ! 不良がいる!」
「海賊相手に何言ってやがんだ」
夕飯の後。ぶどうのリキュールを水割りして、切った苺とリンゴを加えて、サングリア風にしてみた。綺麗な赤色で美味しそう。1口飲んでみると、ちょっと渋くてじんわり甘くて、飲みやすかった。フルーツにもほんのり、お酒の風味が移ってる。
「それにしても、キッドの成長早くない? 1年しか経ってないのに、私のとこに来る度、大人に近づいてる気がする」
「おれの場所とお前の場所じゃ、流れる時間が違うのかもな」
「このまま歳追い越されたらどうしよう」
「いよいよ歳上ヅラできなくなるなァ。オネーサン?」
はん、とキッドに鼻で笑われた。むかついたので、拳で彼の胸板をぽかりと叩く。柔らかい苺やシャクシャクしたリンゴを噛みながら、ふと思った。
――キッドと出会って、1年経ったんだ。
どうして私の前に現れたのか。どうして今も、この部屋に来るのか。分からないことは多いけど、まるで磁石が引き合うように、私たちは出会い続けている。一緒にご飯を食べて、同じ時間を過ごしている。
いつまで、こうしていられるんだろう。いつか、会えなくなる日が来るんだろうか。そう思うと、何だか胸の辺りに隙間が生まれたような、心細いような気持ちになる。それ以上考えたくなくて、私はお酒の残りを飲み干した。
***
「……? おい、寝てんのか?」
グラスをテーブルに置いたナマエが、突っ伏して動かなくなる。耳をすませると、静かな寝息が聞こえた。仕方ねェから横抱きにして、ベッドに乗せてやる。風呂は明日になったら、自分で入るだろう。
「……無防備すぎんだろ」
ベッドに手をついて、寝顔を見下ろす。今、お前と一緒にいる男は誰か、分かってんのか。世界中に悪名を轟かせる海賊、"キャプテン"キッドだぞ。こんな女1人くらい、片腕でどうにでもできる。
手も足も身体も、ガキの頃よりデカくなった。酒の味も女の抱き方も覚えた。だからもっと警戒しろ。おれを意識しろ。お前の側にいるのは、非力なガキじゃなくて、獰猛な海賊だ。
「起きろよ……」
次に来るのは、いつになる。平和ボケしたこの世界で、生ぬるい時間を、あと何回過ごせる。何も分からねェのに、おれを放置してスヤスヤ寝てんじゃねェよ。おれが二度とたどり着けなくなったらどうすんだ。
「……ん……」
ナマエが身動ぎして、また動かなくなる。淡いピンク色の唇が、微かに開かれていた。シーツの上に肘をつき、顔を近づける。初めて奪ったそいつの唇は、ぶどうとリンゴと苺の味がした。
「……甘ェ」
舌までねじ込んでも起きない様子に、気が削がれる。舌打ちをしてから、おれはベッドに潜り込んだ。ぎし、と船のように軋む音がする。何も知らずに眠りこける身体を抱き寄せれば、石鹸と、こいつの匂いがした。
潮風の匂いはしない。娼館で嗅いだような、化粧品や香水の匂いも無い。不思議と落ち着くような、眠くなるような、匂い。寝たくねェのに、まぶたが重くなる。
あァ、めんどくせェ。こいつと離れるのが、惜しいなんて思うくらいなら、とっとと攫っちまいたい。おれが守り切れば、危険な目には絶対合わねェ。おれ以外の全部捨てさせて、おれだけのものに。
おれの中で、奪っちまえよ、と囁く声がする。それにブレーキをかけたのは、こいつと過ごした時間の記憶。おれの知らないものに囲まれて、おれには無いもので形作られたこいつだから、こんなに惹き付けられるのかもしれない。それに、こいつを通して別世界のものを知るのは、悪くなかった。
「……今はまだ、行儀よくしてやるよ。オネーサン」
届かなくてもいい。おれだけが覚えていればいい。そんな言葉をぼそりと呟いて、おれは目を閉じた。
***
「ん……?」
目を開けると、カーテンの向こうがほんのり明るくなり始めていた。キッドはいつも通り帰ったみたいで、部屋には私以外、誰もいない。
何か、ぐっすり眠ったような気がする。あと不思議な夢も見た。フラップターに乗ったキッドに掻っ攫われて、海まで連れて行かれる夢だった。
「いつもより早いな……。朝風呂するか……」
時計を見ると、いつもならまだ寝てる時間だ。そういえば、昨日はお風呂に入らず、お酒のグラスも洗わないで寝ちゃったのか。グラスを流しに持っていくついでに、タオルと着替えも持っていく。
浴室の鏡を見たとき、ふと違和感を覚えた。何だか唇の色が、濃い気がする。手の甲で擦ると、かすれた赤色がついた。
「口紅つけて寝たっけ」
そんなわけないか。冷たい水で顔と口を洗うと、頭がすっきりする。引っかかるような疑問は、さっぱりとお湯に流して、日曜日が始まったのだった。