失せざる花の恋語り
「馬子にも衣装」
「天女みてェだな。綺麗だぞ」
純白の着物に、赤い胸紐がついた薄絹の千早。黄金日車(ヒマワリ)を模した金の冠。巫女舞の衣装をまとった私に対して、キッドとローはそんな感想を伝えてきた。
「この後、舞の奉納をするんだったか」
「そうそう。毎年やってるとはいえ、出番前はちょっと緊張しちゃうね」
今は太鼓演奏の奉納だ。神楽殿の方からは、コビーさんたちが打ち鳴らす和太鼓の音色が聞こえてくる。ドンドットット♪ ドンドットット♪と、胸に響くリズムに、気持ちがそわそわと浮き立った。
そのとき、するりと片手を握られる。顔を上げると、神楽殿の方に顔を向けているキッドがいた。冷えた私の手を、温めてくれる感触に、つい口元がほころぶ。小さい頃、緊張で逃げ出しそうになっていた私の手を、温めて引き戻してくれた手。
――逃げんな。この日のために、ずっと練習してきたんだろ。
ムスッとした顔で、ぶっきらぼうな声で、励ましてくれた。側にいて、背中を押してくれた。子どもの頃から変わらずに、そうしてくれるのが、何だか嬉しい。
「頑張って踊るから、見守っててね」
笑顔で告げると、2柱はうなずいてくれる。どちらからともなく繋いでいた手を離し、私は舞台の方へ足を進めた。
***
笛や太鼓の演奏に合わせて、彼女が舞う。手に持つ鈴が澄み切った音を響かせ、金の冠がきらきらと日輪のように輝いた。千早が空気をはらみ、天女の羽衣のように揺れる。
迷いの無い、なめらかな動き。大胆さと繊細さを兼ね備えたような身のこなし。うっすら頬を上気させ、淡い微笑みを浮かべて踊る彼女から、祈りの声が聞こえてきた。
――太陽の光があまねくこの地を照らし、飢えることのない自由と平和な世が、とこしえに続きますように。
他者の未来と幸福を願う、あいつらしい願い。どこまでも優しく、清らかな願い。心から祈っている純粋な声に、耳を傾けながら、おれはそっと呟いた。
「美しいな」
「……」
「……だが、あの衣装も、舞も祈りも、他の男に捧げられていると思うと、腹が立ってくる」
「……奇遇だな。おれはガキの頃からその気持ちだ」
ユースタス屋と共に屋根に腰掛け、舞台を見守る。すると近くの木の枝から、無邪気な声が聞こえてきた。
「しししっ、あいつキレイだなァ〜!」
「麦わら屋……!」
枝にちょこんと腰かけていたのは、小猿のような姿の存在。両手に持った肉や果物に、むしゃむしゃとかぶりつきながら、そいつは笑顔で舞台を眺めている。呆れたことに、近くには、屋台の食べ物が詰まったビニール袋もあった。
「また勝手にパクってきたのかよ、バカザル。あいつに怒られんぞ」
「いいんだ! おれがもらったやつだし! それに、あいつがおれを心配してくれるのも嬉しいしな!」
ユースタス屋がため息をつく間にも、麦わら屋の口の中に、吸い込まれるように食べ物が消えていく。丸い黒目を輝かせて、ニコニコと笑う顔は、気が抜けるくらい幸せそうだ。
食べ物をごくんと飲み込み、口の周りを舐める。膨らんだ腹を撫でながら、麦わら屋はおれたちを見下ろした。
「おれは、あいつが選んだヤツなら、誰でもいいけどよ。もしあいつを泣かせたり閉じ込めたりしたら、おれが貰うからな!」
宵闇に現れた太陽のような、屈託の無い笑み。しかしその奥には、挑発するような、立ちはだかるような色が見えた。黒い目が一瞬、朝焼けのようなピンク色に光る。
「上等だ、麦わら屋」
「テメェに言われるまでもねェよ。バカザル」
「あっはっはっは!」
観客の拍手と麦わら屋の笑い声が響く。神楽殿の中央では、愛しい人の子が、陽だまりに咲く花のように照らされていた。
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