バレンタイン・バースデー
2月14日。
乙女の祭典バレンタインデー。
そして、御園くんの誕生日。
「ありがとうございます、やまねさん。キッチン使わせていただいて」
「いえいえ。大切な方には、とびっきりのプレゼントを贈りたいものですよね」
ほんわり笑うのは、御園くんのお家のメイド長をしている、やまねさん。
御園くんにプレゼントをあげたくて。でも高い物を用意するのは何か違う気がして。
それなら彼の好物かな、どうせなら出来立てが美味しいなと気づいて今に至る。
買ってきた材料を並べ、エプロンを付けて取り掛かる。
チョコレートを溶かしたり、砂糖や卵を混ぜたりする間、御園くんのことを思い浮かべていた。
素直に喜んでくれるのかな。
照れ隠しで怒ってみせるのかな。
考える度にとくとくと鼓動が跳ね、心が浮き立つ。
美味しくなるように願いを込めながら、私は丁寧に仕上げていった。
「……よし!」
焼き上げたケーキに冷やしておいた生クリームを添え、出来栄えにガッツポーズを作る。
「まあ、本当に料理がお上手なんですねぇ」
やまねさんにも褒めてもらえて、私の鼻が少し高くなったのは大目に見てもらいたい。
***
「というわけで御園くん。ハッピーバースタインデー」
「混ぜるな。そして貴様その格好はなんだ」
お屋敷でしか見られないワゴンを押して御園くんの部屋にお邪魔すると、心なしかアホ毛をぴんと立てて彼が言ってきた。
「え? 何って、いつも見てるでしょ?」
「そうだが……なぜうちのメイド服を着ているのかと聞いてるんだ!」
「予備のをお借りしましたー。どう? 似合う?」
くるりとその場で1回りする。
御園くん家のメイド服は、クラシカルなロングスカートタイプで、赤いリボンがアクセントになってて可愛い。1回着てみたかったんだよね。
「……ふん。まあ、悪くは無いな」
「えへへ。ありがとう」
頬を指先でかきながら笑う。
御園くんなりの褒め言葉が嬉しくて。
「こっちはバレンタインのプレゼントね。冷めないうちに召し上がれー」
「……? 誕生日の分は別なのか?」
フォンダンショコラが載ったお皿と銀色のフォーク。
それらを御園くんの前に並べながら言ったとき、彼が不思議そうな顔で聞いてくる。
私はチョコレートミルクを、アンティーク風のカップに注ぎながら答えた。
「誕生日プレゼントの有効期限は、私が帰るまで。今日の私は御園くん専属メイドさんです」
御園くんがフォークを取り落とした。
幸いテーブルの上に落ちた。
「なっなっなっ?!」
「何かしてほしいことある? 肩もみ? 肩たたき? 足のマッサージでもいいよ」
「貴様僕を年寄り扱いか」
赤い顔でむくれながら御園くんはフォークを持ち直し、洗練された手つきでショコラを1口サイズに切り分ける。
口に入れたとき、彼の表情が変わった。
少し驚いたような、でも嬉しそうな。
大切に味わってくれている様子に、私は表情を綻ばせる。
「美味しい?」
「……悪くない」
「よかったぁ」
胸の奥がふわふわする感覚。
御園くんが熱心に食べるのをにこにこしながら見つめ、ミルクのおかわりをカップに注いだときだった。
「………………おい」
「どうしたの?」
振り向くと、御園くんが耳まで赤くなっていた。彼は目線をうろうろさせて、思い切ったように口を開く。
「……て、手が疲れた。食べさせろ」
「え、まだ半分しか食べてないのに……!?」
「……今日の貴様は僕の専属メイドなのだろう?」
強気と弱気が一緒くたになった上目遣いはずるいと思うよ!
フォークを受け取ってショコラを切り分けると、御園くんは目を閉じて口を開けた。
可愛くて、胸がきゅんとときめく。
「ふふ、病弱なお坊ちゃんですねー」
「や、やかましいぞ」
もしかしてこれは、御園くんなりに甘えてるのかな。
チョコレートを食べたみたいに甘い気持ちになりながら、私は御園くんのお給仕をした。